ありふれた癌   作:Matto

39 / 68
12:異物

 八重樫の奮闘の結果は、果たして敗北だった。アハトドを含む複数の魔物たちの攻勢、そしてカトレアの攻撃に、彼女はついに膝を折った。

 もとより、スピードに特化した“剣士”である八重樫だ。複数体の敵を巻き込む面制圧も、敵の攻勢を受け止める防御能力もない。蓄積した疲労に一瞬の隙が生まれたところを、アハトドの拳が彼女を吹き飛ばし、その右腕を粉砕した。

 

 

「あぐぅう!!」

「雫ちゃん!」

 

 

 壁に叩きつけられたきり動かない八重樫に向かって、白崎は咄嗟に走り出した。仲間との陣形とか魔力が尽きかけているとか、自分が傍に行っても意味がないとか、そんな理屈の一切は綺麗さっぱり消え去っていた。

 魔力枯渇で疲弊した足で歩く白崎の道を、魔物たちの攻勢が襲い掛かる。それを、谷口が結界で強引に凌いだ。

 

 

「えへへ。やっぱり、一人は嫌だもんね」

 

 

 谷口は、すでに諦めかけていた。自分たちは、ここで終わる。もう助からない。だからせめて、最後を親友とともに迎えられるように――自己満足と分かっていても、彼女は手を伸ばさずにはいられなかった。

 

 

「か、香織……何をして……早く、戻って。ここにいちゃダメよ」

「ううん。どこでも同じだよ。それなら、雫ちゃんの傍がいいから」

 

 

 うずくまる八重樫の体をそっと抱きしめ支える。今や白崎にできるのは、痛みを和らげる魔法だけだった。八重樫も、痛みに苦しみながら力なく笑うことしかできなかった。

 

 

「……ごめんなさい。勝てなかったわ」

「私こそ、これくらいしか出来なくてごめんね。もうほとんど魔力が残ってないの」

 

 

 そこに、アハトドの拳が迫った。谷口の結界などまるで気にした様子もない重厚な一撃が、無防備な二人に迫る。

 今まさに放たれようとしている死の鉄槌を目の前にして、白崎の脳裏には様々な光景が過ぎっていた。これが走馬灯なのかな、と妙に落ち着いた白崎はが、最後に浮かんだ光景に心がざわついた。

 それは、月下のお茶会。二人っきりの語らいの思い出。自ら誓いを立てた夜のこと。困ったような笑みを浮かべる、ここにはいない彼。この末路に至って、ようやく好きだったのだと自覚した。だがそんな思いも、それもここで終わる。結局、誓いを破ってしまった――そんな思いが、気がつけば白崎の頬に涙となって現れた。

 まずは名前で呼び合いたいと思っていた。その想いのままに、せめて、最後に彼の名を……

 

 

「……ハジメくん」

 

 

 ばこん、と目の前で爆音が鳴った。ごろごろと天井が崩落し、その岩陰から黒い一閃が迸る。唖然とする白崎の頭上をごおと駆け抜けたそれは、その眼前のアハトドの胴を両断し、びちゃびちゃと夥しい血と臓物を撒き散らし、肉と骨の塊に変えた。

 眼前にいた白崎と八重樫は無論のこと、天之河や彼らを襲っていた魔物たち、そしてカトレアまでもが、驚愕に硬直した。

 

 

「――『ハジメくん』じゃなくて悪かったな?」

 

 

 がちゃりとグレートソードを担ぎ直したのは、ずっと前に死んだはずの穂崎慧斗だった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 時間を、少しだけ遡る。

 

 

「ほ、穂崎! そっちに魔物が――」

「うるさい」

 

 

 遠藤の警告にも構わず、慧斗がリザードマンのような魔物を斬り捨てる。真っ二つに斬り裂かれたリザードマンは、障害ひとつにもならないまま慧斗たちの突破を許した。

 

 

「……す、すげぇ……」

 

 

 仮にも九十層手前、天之河たちが到来する前は前人未踏だったはずの階層だ。そこに蔓延る強力な魔物を、さも小石を払い除けるように斬り捨てていく慧斗に、遠藤は度肝を抜かれた。

 

 

「迷わないのも、強さ」

「そうですね!」

「うむ、容赦のなさは大事じゃな!」

「…………」

 

 

 その後を追うユエたちは、慧斗の殺戮行脚を眺めるだけだった。何故か嬉しそうなティオの言葉はなるべく無視する。

 ふと、ユエが立ち止まった。

 

 

「――魔力の気配がする」

 

 

 その言葉に、一同も停止する。魔法使いとして特に優れたユエが感じ取ったのだ、何かあるはず――しかしユエは、きょろきょろと首を巡らせて出処を探知すると、やがて地面を見下ろした。

 

 

「こ、ここはまだ八十九層だぞ? 階段はあっちに――」

「――下か!」

 

 

 直感した慧斗は、遠藤の言葉に構わず、地面にグレートソードを突き立てた。

 

 

「“穿断”!」

 

 

 かっと輝くグレートソードが、その地面を砕き、大穴とともに落下した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 こきりと首を鳴らす慧斗の姿に、八重樫は呆然とした。

 

 

「……えっ、穂崎君? えっ? なんで?」

「死人が出たぐらいで騒ぐな、剣術小町」

 

 

 ようやく言葉を絞り出した八重樫を、慧斗はぴしゃりと黙らせた。

 一歩遅れて、瓦礫をがらがらと降りてくる姿があった。黒装束の遠藤だ。

 

 

「浩介!」

「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」

 

 

 今度はきちんと気付いてもらったのか、瓦礫に躓きかけながら仲間の許に駆け寄る。

 一方、慧斗は周囲をぐるりと睥睨すると、同じように降りてきた仲間たちへと指示を出した。

 

 

「ユエ、ティオ、あそこの連中の守りを。シア、そこの騎士を引っ張って、容態を見ててくれ」

「ん」

「任された」

「了解ですぅ!」

 

 

 それぞれが動き出したのを見届けると、慧斗はグレートソードを担いだままカトレアに向き直った。

 

 

「よう、魔人。オルクスくんだりまでよく来たな」

「――あんた――あんたは、何者だい」

「何に見える?」

 

 

 驚愕に顔を染めるカトレアに対し、慧斗はにっとあくどい笑みを浮かべた。

 

 

「せっかくだ、人間族流の歓迎をしてやるぜ!」

「私、亜人族なんですけどぉ」

 

 

 挑発とともに突撃する慧斗の言葉にぶつくさとツッコみつつ、シアは言われた通りメルドを引っ張って生徒たちの許へ集合した。ユエとティオの守りを受けながら看護した方が効率的だ。

 真正面から突っ込む慧斗に対し、姿を消したキメラが、その横から襲い掛かり――

 

 

「“爆導策”」

「ガルゥゥッ!?」

「――半端だな。大道芸か?」

 

 

 火焔の連鎖爆発で焼き払いながら、慧斗は視線も向けず吐き捨てた。たかが姿を隠したところで、空間の歪みが残っている。おまけに気配も魔力も断っていないようでは、片手落ちどころか隠し芸がせいぜいだ。その勢いのまま、キメラのもう一頭、猪頭の魔物、黒猫の魔物、四つ目狼を次々に薙ぎ倒していく。

 その奥から、六足亀アブソドの口腔から輝きが収束した。メルドの決死の攻撃から奪った魔力を用い、焼滅の砲撃を放った。

 

 

「キュワァアア!」

 

 

 この狭い空間では、回避も防御もままならない。迫りくる死の一撃に対し、

 

 

「えーい――よっとッ!」

「馬鹿なッ!?」

 

 

 慧斗はぐるりとグレートソードを構えると、ぎゅるりとその魔力を吸い上げ、突き出すように押し返した。衝突する白光が放散し、周囲の壁をがらがらと破壊する。

 

 

「遠藤君、何がどうなってるの!?」

「生きてたんだよ、あの穂崎が!」

 

 

 這う這うの体でようやく合流した八重樫が、遠藤を問い詰める。彼は久々に喜色満面の笑みで答えた。

 その言葉に憔悴したのは檜山だった。まずい。これは、非常にまずい。

 

 

「う、うそだ。アイツは死んだんだ。そうだろ? みんな見てたじゃんか。生きてるわけない! 適当なこと言ってんじゃねぇよ!」

「うわっ、なんだよ! ステータスプレートも見たし、本人が認めてんだから間違いないだろ!」

「うそだ! 何か細工でもしたんだろ! それか、なりすまして何か企んでるんだ!」

「いや、何言ってんだよ? そんなことする意味、何にもないじゃないか」

 

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ生徒たちに、文字通り冷や水が浴びせられた。水球を召喚し生徒たちに向かって叩き落したユエは、冷え冷えとした視線を向けていた。

 

 

「大人しくして。鬱陶しいから」

 

 

 その瞬間を狙い、魔物たちが生徒たちへ殺到した。谷口が咄嗟に結界を張ろうとするが、度重なる魔法の行使に、唯でさえ絶不調の体が悲鳴を上げる。

 

 

「……大丈夫」

 

 

 それを、ユエが押し止めた。座り込んだ谷口の頭を優しく撫でる。

 ユエが谷口から視線を外し、今まさにその爪牙を、触手を、メイスを振るわんとしている魔物たちを睥睨する。そしてたった一言の言霊は、

 

 

「“蒼龍”」

 

 

 万象焼き払う蒼炎を顕現させ、一瞬でとぐろを巻く青の龍姿へと変貌させた。周囲の魔物たちをまとめて焼き払い、生徒たちを護るようにぐるりと囲むと、その顎門(あぎと)を開き、重力球を生じさせた。急速な重力変化に、魔物たちが宙を浮いて吸い寄せられ、そして蒼炎に呑み込まれ焼滅させられていく。

 

 

「なに、この魔法……」

 

 

 生徒たちが愕然とするのも無理はない。既に失伝した神代魔法を用いた複合魔法だ、イレギュラーの塊である。ただ一人、ティオだけはふふふと艶然に笑うだけだった。

 

 

「ほほ、さすがは“吸血姫”。妾の出番はないかのぅ」

「サボってたら、ケイトにお仕置きされるよ?」

「望むところじゃ!」

「…………」

 

 

 むしろ本望、と言わんばかりのティオの言葉に、ユエは無視を決め込んだ。そうしないと、竜人族への尊敬で生きてきた自分の価値観が崩れ落ちそうだった。

 一方、メルドの容態を診ていたシアが悲鳴を上げた。

 

 

「ユエさん、ティオさん! この人マズいです! 傷が深くて、出血が止まりません!」

「ふむ……“快気”」

 

 

 その言葉に、ティオがとりあえず回復魔法を施し、傷の数々を塞ぎにかかった。あとは、失血をどうするか。

 その間にも、慧斗は次々に魔物たちを排除していく。爆殺し、両断し、焼き払い、貫く。部屋ごと崩落させかねない重厚な連撃に、あらゆる魔物が蹂躙されていく。

 

 

「“閃濤”!」

 

 

 慧斗の指先からびゅんと鋭い水が飛び、白鴉を撃ち抜いた。配下を次々に倒されたカトレアは、もはやこれまでと逃げの一手を決断した。

 

 

「“落牢”!」

「まずい! 逃げろ!」

 

 

 去り際に石化の煙をばら撒き、上階段へと走り出す。散々苦しめられた魔法に、天之河が思わず叫んだ。しかし――

 

 

「どっ――せい!」

「がはぁっ!?」

 

 

 慧斗はぎゅるりとグレートソードを回転させると、その煙を余すことなく吸い上げ、逃げるカトレアの背を襲った。

 既に白鴉を失い、背中に傷を負いがっくりと膝を折ったカトレアは、その首筋に突き付けられたグレートソードに、ついに抵抗する気力を失った。

 

 

「……この化物め。上級魔法が意味をなさないなんて、あんた、本当に人間?」

「ノーコンを人のせいにされてもなあ」

「……化物め」

 

 

 涼しい顔で軽口を叩く慧斗に、カトレアは歯噛みした。

 

 

「正直、同感ですぅ」

「黙れ駄ウサギ」

 

 

 そこに、メルドをティオたちに任せてきたシアがジト目で睨みながら歩み寄ってきた。振り返りもせずに罵声を浴びせる慧斗だが、その正体は化物以外の何物でもない。

 

 

「さて、言い遺すことはあるかね? 呪文以外で」

 

 

 慧斗は改めてグレートソードと、ついでに剣鉈を突き付けた。どうあっても逃がさぬといった様子の慧斗に、カトレアはあくまで口を噤む。

 

 

「――魔人族が、どうやってこの場に入り込んだ」

 

 

 核心的な慧斗の問いに、カトレアはぐっと唇を噛んだ。

 

 

「前線の様子は聞いてきた。人間族の劣勢であることは変わりないが、それでもホルアドまでは侵攻されてなかったはずだ。どうやって、ここまで隠れてやってきた?」

「あと、あの魔物をどこで手に入れたのかも聞いておきたいのぅ」

「おい、連中の守りはどうした」

「あの“吸血姫”がおれば問題あるまい」

 

 

 そこに割り込んできたティオを、ケイトが咎めた。平然と答えるティオに、後で十字固めを極めてやろうと思った慧斗だが、この変態(マゾヒスト)に限ってはご褒美にしかならないという事実に閉口した。

 

 

「あたしが話すと思うのかい? 人間族の有利になるかもしれないのに? バカにされたもんだね」

「そうだな」

「――あがぁあ!!」

 

 

 挑戦的なカトレアの言葉に、慧斗は涼しい顔でその左脚に剣鉈を突き立てた。

 

 

「ま、いろいろ予想はつくけどな。ここに来たのは、『本当の大迷宮』を攻略するためだろう? あの魔物共は、神代魔法の産物だ」

 

 

 続けて放たれた慧斗の言葉に、カトレアは思わず瞠目した。それを見たシアが、正解を確信する。

 

 

「図星みたいですねぇ」

「なるほど。魔人族側の変化は、大迷宮攻略によって魔物の使役に関する神代魔法を手に入れたからか……こやつらも迷宮攻略に動いているということじゃな」

 

 

 一言も話していないのに、するすると情報が()れていく。隠し切れない動揺が、冷や汗となって頬を伝った。

 

 

「どうして……まさか……」

「説明されなきゃ分からねえ凡愚か? 諜報員の分際で」

 

 

 思わず言葉を零すカトレアへ、慧斗が罵声を浴びせる。その一言で、彼女はすべてを察した。

 

 

「なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……

 ――フフ、もう、いいだろ? ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……」

「『あの方』ねえ。お前自身じゃなくて、攻略者からの賜り物ってわけか」

 

 

 すべてを諦めた自暴自棄の言葉すら、慧斗たちの情報に変わる。彼女はもはや、自分の命に何の価値もなくなったことを察した。

 

 

「いつか、あたしの恋人があんたを殺すよ」

「そりゃ愉しみだ」

 

 

 最期の言葉に、慧斗は真正面から答えた。

 

 

「け、ケイトさん! まさか……」

「本人のご所望だ。どうしてもって言うなら、かわりに拷問のお時間だぜ。生憎俺の趣味とは合わなくてね」

 

 

 それに当惑したのはシアだ。元は温厚で戦いを嫌う兎人族、目の前で人が殺されるのはどうしても抵抗がある。しかし慧斗は、もはや決定事項とばかりにグレートソードを構えている。

 そこに、もう一つの声が割り込んだ。

 

 

「待て! 待ってくれ、穂崎! 彼女はもう戦えない! 殺す必要はないだろう!」

 

 

 ようやく“覇潰”の反動から立ち直った天之河が、ふらふらと慧斗たちに歩み寄る。

 

 

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。穂崎も仲間なんだから、ここは俺に免じて退いてくれ」

「あのさあ――」

 

 

 天之河の言いように呆れた慧斗が、そちらに意識を向ける。視線が逸れた途端、カトレアがぶつぶつと詠唱を呟いたのを聞き逃さなかったのは、間違いなく幸運だった。

 

 

「――ふッ!」

 

 

 慧斗は即座にグレートソードを振り抜いた。その刃がカトレアの首を刎ね、ぽんと吹き飛ばす。夥しい血を撒き散らしながら、カトレアの体躯はどさりと倒れた。

 

 

「ケイトさん……!」

「穂崎!!」

「――口ではどうこう言いつつ、最期までやり合う気概だった。見上げた根性だ」

 

 

 ぶおん、とグレートソードを振るいつつ、慧斗は呟いた。最期まで戦士だった。あるいは、名を訊いておく価値があったかも知れない。もう仕方のないことだった。

 

 

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」

 

 

 恨めしげに睨む天之河を無視して、慧斗はユエの方に歩み寄った。ひとまず脅威は去った。あとは、さっさと脱出するのみだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。