ありふれた癌   作:Matto

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4章 流人と海
01:消失


 慧斗たちが王都を飛び出して、三週間ほど経ったころ。畑山たちと護衛隊の生徒たちが、王都に帰ってきた。

 

 

「そう、ですか……清水君が……」

 

 

 一通りの報告と、とある案件に関する協議を経た後、畑山は八重樫と自室で会話を交わした。特に八重樫の心を動かしたのは、クラスメイト清水の死だ。八重樫自身は直接の関わりがなかったものの、見知った者の死というのは、その心に深い影を落とす。穂崎に突き付けられた死と戦争の価値観も、それを色濃くさせる。

 畑山自身も、悄然と肩を落としている。畑山の価値観を思えば、どんな事情があれ気に病むのは仕方ないことだろう。

 

 

「清水君のことは、残念です……でも、それでも先生が生きていてくれて本当によかったです。穂崎君には感謝ですね」

「……そう、ですね」

 

 

 何とか絞り出した励ましの言葉も、彼女の気力を取り戻させるには至らなかった。何しろ、教え子同士の実質的な殺し合いである。受け止めるには時間がかかる――あるいは、一生引き摺るかも知れない。

 これ以上掘り下げても、畑山の気分を落ち込ませるだけだろう。八重樫は話題を変えることにした。そういえば、国王エリヒドへの報告から戻る際、ひどく動揺した姿を見せていなかったか。

 

 

「そういえば、陛下への報告はどうでした? 何かあったんですか?」

「……穂崎君に、異端認定が下りました。使命を帯びながら脱走したことについて」

「そんな……!?」

 

 

 畑山の言葉に、八重樫は愕然とした。異端認定――仏教と神道が基本の生徒たちには実感の薄い罰だが、穂崎たちを敵対者として認定したのは間違いない。

 

 

「いくら何でも早計では? まだ協力の余地は……」

「ええ、そうですね。勝手に飛び出したのは事実ですけど、結果的にウルの町を救っている救世主です。八重樫さんの言う通り、連れ戻して説得する余地はまだあるはずです。

 それに――自分で言うのは嫌ですけど、私、“豊穣の女神”ですよ? それなりの発言力はあるはずです。それなのに、私がいくら抗議をしてもまるで取り合ってもらえませんでした」

 

 

 まるで決定事項を淡々と述べるかのような冷たい空気に、畑山は精一杯の憤怒ともに抗議しながらも、どこか薄ら寒い怖気を感じていた。教皇イシュタルはともかく、国王エリヒドを始めとして、王国関係者たちがまるで人形のような冷たい態度――いやそれどころか、あらゆる情動を排したかのように沈黙を保っていたのだ。数少ない例外が、畑山以上に猛反発した相川と同様、強い反対意見を述べた王女リリアーナである。

 それに何より、同席すべき()()()()()()()()()()()()()。聞くところによるとオルクス大迷宮で重傷を負ったとのことだが、すでに治癒魔法で回復しているという話だった。にもかかわらず、「メルド団長は所用で席を外している」と曖昧な言葉で誤魔化されては、いくら人の好い畑山でも、疑いの目を向けずにはいられない。

 底知れぬ不安に襲われ、本来庇護するべき生徒の一人八重樫に零してしまったのも已む無しというべきか。八重樫も明瞭な答えを見つけ出せず、二人して頭を抱えるだけだった。

 

 

「それはともかく――とりあえず考えないといけないのは、その穂崎君たちを追うのに、()を差し向けるつもりなのか、という点ではないでしょうか」

「……そうですね。おそらくは……」

「ええ。私たちでしょう」

 

 

 認めがたい現実に暗い表情を浮かべる畑山に対し、八重樫は硬い表情で断言した。

 

 

「私は――正直、ごめんです。ともに訓練を積んできた身として、これだけは言えます。誰も、彼を倒せない」

「ふふ、まるで一端の剣士のようですね」

「これでも“天職:剣士”ですよ? 剣だけが取り柄ですから」

 

 

 八重樫の言葉に、二人はようやく顔を綻ばせた。それが幾多の流血と危機の果てに獲得したものだから、喜んでいいものか、どうか。

 そんな穏やかな雰囲気は、しかしすぐに崩れた。笑って誤魔化しても、生徒同士の対決は避けられない。

 

 

「穂崎君は、そんなに強いですか?」

「何というか――彼には、底がない」

 

 

 八重樫は、穂崎の強さ――いや不気味さについて、少しずつ言語化を試みた。

 

 

「正直なところ、剣の腕は普通でした。いや勿論鍛えてきてて強いんですけど――何というか、『普通に強い』程度のレベルというか、天職が“剣士”じゃなかったのも頷けるというか……魔法の補助ありきとはいえ、本当に奈落を脱出できたのか? って腕前でした。その魔法も、優秀だけど突出しているというほどではない」

「え? でも、さっきは……」

「はい。彼には『底』がない」

 

 

 首を捻った畑山の問いに、八重樫ははっきりと答えた。

 

 

「単純な剣の腕じゃないんです。彼は何というか――たぶん、()()()()()()

 例えば剣の達人と敵対したら、真っ向からの剣の勝負なんかしない。魔法で遠間から攻める。例えば魔導師と敵対したら、魔法の撃ち合いなんかしない。それこそ剣の間合いに持ち込んで斬り捨てる。咄嗟の状況で武器がなかったら、徒手空拳で対応する。

 そもそも、真っ向からの勝負にこだわらない。器用貧乏って言ったら言い方悪いですけど、彼はそれを徹底的に突き詰められる。自他の強さにこだわらず、勝つための手段を考えて、それを実行に移せる。彼の強さは、そういうところだと思います」

「万能型――ってことですか? それなら……」

 

 

 八重樫の確信的な言葉に、しかし畑山は変わらず首を傾げた。あらゆる状況にあらゆる手札で対応できる万能型といえば、同格――あるいは格上たり得る生徒がいる。天之河だ。

 

 

「先生の想像通り、光輝なら渡り合えると思います。あるいは、勝つこともできるかと。

 でも――倒すことは、()()()()()()()()()と、先日露呈しました。穂崎君と光輝がやり合ったら、必ずそこを突いてくると思います」

「そんな……」

 

 

 八重樫の断言に、畑山は再び表情を曇らせた。天之河は、仲間を――あるいは敵でさえ、殺すことはない。殺すことができない。それが彼の長所でもあり、短所でもある。戦争という煉獄で足掻くには、あまりにも善良過ぎるのだ。

 だが穂崎はそうではない。生来の気質が野蛮で乱暴な彼は、必要とあらばどんな敵も打倒殺戮する。それは清水の見殺しという形で証明されており――つまり天之河や仲間の生徒たちを、自らの障害だと認識すれば、()()()()()()()()可能性が非常に高まる。

 畑山は深呼吸をして、冷静さを取り戻した。生徒同士の殺し合い――そんなことは、二度とあってはならない。そのために、できることを成さなければ。

 

 

「穂崎君は、何かを隠しています。おそらくこの世界に――そして私たちに関係する何かを。それは取りも直さず、私たちが生きて地球に帰るために必要な情報です。――これ以上、清水君のような犠牲を生まないために」

「それが明らかになるまで、穂崎君たちとは敵対するべきではないと?」

 

 

 八重樫の問いに、畑山は深く頷いた。

 

 

「まず、そのことを皆で話し合いましょう。今晩……いえ、夕方、全員が揃ったら先生から話したいと思います」

「それは……いえ、分かりました。なんなら今から全員招集しますか?」

「いえ、あまり教会側には知られたくない話なので、自然に皆が集まるとき――夕食の席で話したいと思います。『久しぶりに生徒たちと水入らずで』と言えば、私たちだけで話せるでしょう」

「なるほど……分かりました。では、夕食の時に」

 

 

 その後、八重樫と畑山は雑談を交わし、程よい時間で別れた。この約束が果たされないことを予期するのは、この時の八重樫には無理な相談だったと言っていい。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 夕方。予定通り、生徒たちとだけでの夕食という都合を確保し、その席に向かう畑山は、一人廊下を歩いていた。

 窓から差し込む夕陽が、廊下を橙色に染め上げる。その美しさに見惚れながら歩いていると、畑山はふと前方に人の気配を感じた。

 夕陽の影に佇んでいるのは、聖教教会の修道服を着た、背の高い女――修道女だろうか。王宮では決して珍しくない、しかし見覚えのないその女は、そのまま口を開いた。

 

 

「はじめまして、畑山愛子。あなたを迎えに来ました」

 

 

 まるで情動を感じさせない、無機質な声。得も言われぬ悪寒に、思わず身を震わせた。

 

 

「えっと、はじめまして。迎えに来たというのは……これから生徒たちと夕食なのですが」

「いいえ、あなたの行き先は本山です」

「えっ?」

 

 

 そう言うと、修道女は一歩踏み出した。夕陽に照らされた銀髪に、成人男性と変わらないすらりとした高い背。白磁のようになめらかで白い肌に、すらりと伸びた手足。しかしその表情は、無表情を通り越して無機質だ。まさに能面のような顔、芸術家によって造られた彫刻のような非人間的な美しさだった。

 

 

「あなたが今からしようとしていることを、主は不都合だと感じております。あなたの生徒がしようとしていることの方が『面白そうだ』と。なので、時が来るまで、あなたには一時的に、退場していただきます」

「な、なにを言って……」

 

 

 足音も立てずに、しかしすたすたと近寄ってくる修道女に、畑山はたじろいだ。その碧眼が輝いた瞬間、畑山は頭に靄がかかったような錯覚に襲われた。反射的に、魔法を使う時のような集中力を込めると、靄はあっという間に退いていった。

 

 

「……なるほど。流石は、主を差し置いて“神”を名乗るだけはあります。私の“魅了”を弾くとは。仕方ありません。物理的に連れて行くことにしましょう」

「こ、来ないで! も、求めるはっ……うっ!?」

 

 

 修道女はそうつぶやくと、いっそうにじり寄ってきた。得体の知れない威圧感に、愛子は咄嗟に魔法を使おうとするも、修道女の方が一歩速かった。女とは思えぬ剛力が畑山のみぞおちに叩き込まれ、彼女は意識を失った。

 

 

「ご安心を、殺しはしません。あなたは優秀な駒です。あのイレギュラーを排除するのにも役立つかもしれません」

 

 

 そんな気休めのような言葉が、畑山に届いていたか、どうか。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「――?」

 

 

 そのまま畑山を担いだ修道女は、ふと廊下の先に意識を向けた。じっと観察していた彼女は、おもむろに廊下の先にある客室の扉を開く。

 中に入り部屋全体を見回すと、足音を立てることなくクローゼットに近寄り、勢いよく開けた。何もない空洞に首を傾げると、彼女は再び周囲を見渡し、あちこちを見回った。棚の影、カーテンの裏、テーブルの下――やがて何もないと結論づけたのか、彼女は畑山を担ぎなおすと踵を返し、部屋を出て行った。

 静寂の戻った部屋の中で、震える声が零れた。

 

 

「……知らせないと……」

 

 

 部屋の中には誰もいない。どこかに遠ざかる足音がほんの僅かに響き、やがて、完全に静寂を取り戻した。

 

 

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