ありふれた癌   作:Matto

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02:赤銅の砂漠

 砂漠といえば、色褪せた土色の印象が強い。それだけに、赤銅色が視界を覆う光景は、慧斗にとって意外さを覚えさせた。

 

 

「……あ゛っついですぅ~……」

「……装甲付けてる、俺の方が暑いっての……」

 

 

 ……のは、最初の数分が関の山。一行は、灼熱の太陽に苛まれながら歩いていた。

 事前に砂漠越えのためにマントを調達していたものの、容赦ない太陽光と遮蔽や冷感を与える木々のない土地は、想像を絶する過酷さだった。竜化したティオに運んでもらうという案もあったが、さすがに却下せざるを得なかった。アンカジ公国の物見に目撃されると、色々と厄介だ。

 

 

「だいたい、別に毛深い方じゃねえだろ。その耳で放熱とか、できねえのか」

「そんなに便利じゃありません~……あつーいぃぃ……」

「……迂闊に肌晒してるからだよ……」

「でもぉ……この服、お気に入りなんですぅ~……」

「女子は分からん……」

「……特に、ケイトさんが谷間見てる時とかぁ……」

「そんなに見てない!」

「……ケイトのえっち」

「語るに落ちたり、じゃな」

 

 

 そんなしょうもないやり取りはさておき。

 一行は、やがて騒ぐ元気をも失い、なるべく体力を消耗しないように黙々と歩いていった。唯一の例外は、にこにこと笑顔を浮かべながら最後尾を守るティオである。竜人族ゆえに耐性があるのか、それとも別の何かが彼女に元気を与えているのか……ティオ除く一行は、前者であることを期待した。

 

 

「待て。二時の方向で騒ぎじゃ」

 

 

 そんな中、ティオが前方に何かを発見した。見れば赤銅色の土埃が舞い、巨大なミミズのような魔物が複数体、ぐるぐると何かを中心に渦を成している。

 

 

「……何だありゃ」

「サンドワームじゃな」

「名前が訊きたいんじゃねえ」

 

 

 かのサンドワームなる魔物、見ての通り、砂漠の生態系に反して巨大な姿をしている。普段は地中に潜航しており、獲物を見つけると真下から奇襲しそのまま丸呑みにするというえげつない生態をしているのだが、肝心のサンドワームそのものが感知能力が低いため、よほど運が悪くない限り、遭遇する事例は決して多くないらしい。その行動パターンに則れば、あのように何かを取り囲む姿は異様としか思えないが……

 

 

「まるで、食うべきか食わざるべきか迷っているようじゃのう?」

「そう見えるな。そんな事あんのか?」

「妾の知識にはないのじゃ。奴等は悪食じゃからの、獲物を前にして躊躇うということはないはずじゃが……」

「何だろう厭な接点見つけちゃった」

 

 

 技能『悪食』。これまでの食生活が災いしたのか、もはやユエに魔力を抜いてもらうまでもなく、バリボリと魔物の肉を食えるようになった慧斗だが、死ぬほど不味いのは変わらない。あんな醜悪な怪物と一緒にされたくない……と慧斗は閉口した。なおその正体は立派に醜悪な化物である。

 どう動くべきか、しばらく様子を見守っていた一行だが、サンドワームがふとその動きを停め、こちらに向かって鎌首をもたげたのを見て、それぞれに得物を構えた。

 

 

「む、こちらに気づいたようじゃな」

「は、ようやく餌のお時間ってか」

 

 

 一斉に襲い掛かってくるサンドワームたちに、まず慧斗とシアが突撃した。相手は四匹、恐れるほどの数ではない。

 まず、先頭の一匹が慧斗に襲い掛かった。がばりと口を開き、ずらりと三重の牙が並んだ大口に対し、

 

 

「ぜぇいッ!」

 

 

 慧斗は横薙ぎにグレートソードを叩き込んだ。

 サンドワームの突進に任せ、ぎちぎちとその肉を斬り裂いていく。ミミズ特有の色の薄い血が飛び散り、赤銅色の荒地を染めていった。

 

 

「どっせぇぇい!」

 

 

 その横で、シアがもう一匹に対し鉄槌の嘴を叩き込んだ。鋭い嘴が柔らかい体表を容易く貫き、突進の勢いで滑るサンドワームの肉をぶちぶちと裂いていく。

 

 

「“破断”!」

 

 

 慧斗の両翼に迫った二匹を、ぐるりと回転斬りの勢いに合わせて高圧水流を放った。至近距離から浴びせられたウォーターカッターに、二匹のサンドワームはなすすべもなく絶命した。

 

 

「……ケイトさん、戦闘になった途端元気になる性格、何とかなりませんか?」

「あ? 脳内スイッチ切り替えてるだけだっての。というかお前に言われるのも釈然としない」

 

 

 あっという間に肉塊に早変わりしたサンドワームたちの横で、慧斗とシアはぐちぐちと文句を交わした。“破断”による冷水で、体感温度が少し下がったせいもあるかも知れない。

 ともかく。サンドワームの異常行動の原因を探るべく、一行はサンドワームのいた場所に赴いた。

 

 

「これは……人?」

 

 

 そこにいたのは、上等な白いマントに身を包んだ青年だった。日よけのフードを深く被り、その下はガラベーヤのような服を着ている。精緻な金の刺繍を見る限り、裕福な人物のようだ。

 

 

「待て、様子がおかしい」

 

 

 近寄ろうとした三人を引き留め、慧斗は独りで青年に近寄り、その身体を抱き起した。

 

 

「これは……?」

 

 

 青年の顔には大量の汗が浮かび、呼吸は荒く、脈も早い。体内から急な圧力でもかかっているのか、身体中のあちこちで内出血を起こしている。目や鼻といった粘膜からも出血しているとなれば、やはり伝染病の可能性が高い。魔物喰らいで様々な耐性を獲得している慧斗はともかく、三人を近寄らせるのは危険だろう。

 

 

「……魔力が、変な感じがする」

 

 

 慧斗に言われるがままに距離を取っていたユエが、ぽつりと漏らした。ただの伝染病ではなく、魔力の異常?

 

 

「ステータスプレートに何か出るかも」

「そういうもんなのか?」

「知らぬ」

 

 

 ともあれ、物は試し。人物の懐を漁り、ステータスプレートを見つけると、慧斗はその指先をナイフで軽く切り、流れる血から魔力を引き抜いてプレートに垂らしてみた。

 

 

状態:魔力の過剰活性 体外への排出不可

症状:発熱 意識混濁 全身の疼痛 毛細血管の破裂とそれに伴う出血

原因:体内の水分に異常あり

 

 

「出たわ……」

「出るんですね……」

 

 

 状態/症状はおろか、原因まで出てくる。いくらエヒト神の思惑が疑われる魔導具(アーティファクト)とはいえ、ちょっと都合が良すぎないだろうか。

 

 

「魔力の活性……ただの伝染病じゃない?」

「かも知れぬ。治癒師のおらぬこの場では、なんとも言えぬのう」

 

 

 内科知識の乏しい面子であることが災いした。怪我の治癒回復こそユエとティオで充分だが、病の類となると、さすがに回復魔法ひとつで解決するものではない。

 ともあれ、病状は分かった。魔力の過剰活性が主因ということは、その魔力を何とか抑えれば回復する可能性が高い。

 

 

「……吸血で、魔力を吸い出してみる?」

「しかし吸血と言えば、血ごとじゃろう? この砂漠のど真ん中で吸血なんぞしおったら……」

「脱水症状で死ぬわな」

 

 

 ユエの提案は却下するしかなかった。魔力を排出して絶対値を下げるという案は良いが、その手段が血ごと吸い上げる吸血では逆に危険だ。ユエはしばらく考え込むと、ひとつの詠唱を紡いだ。

 

 

「ん……光の恩寵を以て宣言する、ここは聖域にして我が領域、全ての魔は我が意に降れ――“廻聖”」

「これは……」

「上級魔法“廻聖”か。見事なものじゃ」

 

 

 聖堂のような光が降り、一同を包み込んだ。本来自らの魔力を分け与える上級回復魔法を、青年の魔力を吸い出すことに使う。それは魔法行使に特化したユエであっても、三節の詠唱を必要とする複雑な術式だった。見る見るうちに青年から灰色の煙のようなものが吸い出されると、ユエは“宝物庫”から魔晶石のひとつを取り出し、それに吸収させた。

 青年の呼吸が安定を取り戻し始めた。熱で赤らんだ顔も元の色を取り戻し、出血も治まっている。ユエは“廻聖”を止めると、続いて“天恵”で青年の内出血を治癒した。

 

 

「とりあえず収まったみたいですねぇ」

「しかし、根本的な解決はできておらぬぞ。解毒なり何なりせねば、また魔力暴走で内側から圧迫されることになる。そしてその度に体力を消耗することになるじゃろうな」

「純粋な暴走となると、よく分かんないな……何か見覚えのある奴は?」

 

 

 慧斗の問いかけに、一同は揃って首を横に振った。慧斗の“魔力放出”はあくまで制動された暴力であり、意図せぬ暴走など体験したことはない。アンカジだけの風土病か、それとも何かの伝染病に感染したのだろうか?

 うーんと首を傾げる一同の横で、青年がもぞりと動いた。

 

 

「こ……ここは……?」

「あ、気が付きましたよぉ!」

「ここは……天国か……へぶっ!?」

 

 

 どうやら意識を取り戻したらしい。駆け寄ったシアの顔――とその下で強く主張する双丘を見て、思わず鼻の下を伸ばした青年に、慧斗は蹴りを叩き込んだ。

 

 

「意外と元気そうだな、このスケベ野郎」

「ケイトが言っていい台詞じゃない」

「それ引っ張るなよ!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 青年はビィズ・フォウワード・ゼンゲンと名乗った。アンカジ公国の領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲン公の長子であるらしい。

 

 

「まず、助けてくれた事に礼を言う。本当にありがとう。あのまま死んでいたらと思うと……アンカジまで終わってしまうところだった」

「そりゃどうも。俺は穂崎慧斗」

「ユエ」

「シア=ハウリアですぅ」

「ティオ=クラルスじゃ」

 

 

 烈日の中で話すのも何だから、と慧斗は“水球”を展開しながら話を続けさせた。なおユエではないのは、「練習」と言いつけられたからである。

 ビィズ曰く――四日前、アンカジにおいて原因不明の高熱を発し倒れる人が続出した。初日だけで、総人口二十七万のうち二万人以上が症状を訴え、うち三千人は意識不明の重体に陥った。未曾有の感染爆発(パンデミック)に医療院は瞬く間に満床となり、政府は緊急事態として直ちに治療と原因究明に当たったが、何の手立ても打てないまま混乱だけが広がり、ついに患者から死者が出始めた。

 しかし、アンカジ政府もただ座して手を拱いてたわけではない。あらゆる方法を駆使して原因究明と臨床実験を重ねた医療院は、僅か二日で熱病の原因とその治療法を発見した。すなわち、発症者が飲んでいた飲み水に魔力の暴走を促す毒素が含まれていたこと、そして“静因石”という鉱石を用いた魔法薬で治療できることを。

 しかしこれは、アンカジの絶望を示していた。

 アンカジのような砂漠地帯の国家において、水源は極めて限られており、その大半がオアシスに集中している。つまりオアシスが被害を受けている場合、国民の大半が清浄な飲み水を確保する手段を失っていることを意味する。政府の調査隊によってアンカジ中のオアシスが調べられ、――果たして、オアシスそのものが汚染されていた。清浄な水は感染爆発(パンデミック)の二日前に備蓄した水が全てであり、それが尽きた時が、すなわちアンカジの終末であるという事実が突き付けられた。

 その絶望を打開しうる静因石の確保もまた、あまりにも困難な課題だった。この希少な鉱石には魔力の活性を鎮める効果があり、魔法研究に従事する者が常備していることが多い。裏を返せば、平時はその程度の需要しかなく、とても数万人の患者を治療するだけの量などなかった。緊急で採掘しようにも、その産地は『グリューエン大火山』か、砂漠を挟んだ北方の岩石地帯かのみである。往復だけで一ヶ月以上かかる岩石地帯へ派遣している場合ではなく、またグリューエン大火山の迷宮で鉱石採取できるほどの手練れは、既に病に倒れていた。

 もはや自国のみで解決できないと悟ったゼンゲン公は、ハイリヒ王国への救援要請を決断した。とはいえ、二十七万人を抱えるアンカジ公国を潤すだけの水の運搬も、静因石の採掘要員――特に今回の場合、グリューエン大火山という大迷宮に行って戻ってこられる実力者である――の手配も、容易いものではない。同盟国とはいえ、所詮他人事でしかない王国を直ちに動かすには、ゼンゲン公本人か、その名代たるビィズが直接赴く必要があったのである。

 

 

「父上や母上、妹も既に感染していて、備蓄してあった静因石を服用することで何とか持ち直したが――衰弱も激しく、とても王国や近隣の町まで赴くことなど出来そうもなかった。だから、私が救援を呼ぶため、一日前に護衛隊と共にアンカジを出発したのだ。その時は症状は出ていなかったのだが……感染していたのだろうな。おそらく、発症までには個人差があるのだろう。家族が倒れ、国が混乱し、救援は一刻を争うという状況に……動揺していたようだ。

 万全を期して静因石を服用しておくべきだった。今、こうしている間にも、アンカジの民は命を落としていっているというのに……情けない!」

 

 

 まさに忸怩たる思いで、ビィズは絞り出すように言った。護衛隊もサンドワームに襲われ全滅したという悔しさも相まっているのだろう。ひとつ幸運だったのは、ビィズの異常にサンドワームが気付き、捕食を躊躇ったことだ。

 

 

「……君たちに、いや、貴殿らにアンカジ公の名代として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸して欲しい」

 

 

 ぐっと頭を下げるビィズに、四人は顔を見合わせた。大事であることは分かる。領主公爵の名を出してまで依頼する意義も分かる。問題は、その解決のためにできる手があるかということだ。

 

 

「水質調査に、その浄化、加えて薬剤の原料確保――……大仕事だ。報酬は吹っ掛けさせてもらうぜ」

「無論だ。達成してくれた暁には、我が名に懸けて約束しよう」

「――商談成立だな」

 

 

 どのみち、アンカジにもグリューエン大火山にも行かなければならない。その道中で、助けられることは助けてやるのもいいだろう。応じることにした慧斗に、ビィズはもう一度頭を下げた。

 

 

「となれば、善は急げだ」

「『善』というキャラではないのう」

「うるさい。とにかく都に戻るぞ、王国なんぞに行ってる場合じゃねえ」

「し、しかし、まずは水の確保を……」

「――ユエ、何とかできるか」

 

 

 このまま王国に戻ってしまえば、脱走者として拘束されること間違いなしだ。ユエの腕前に頼ってみようと考えた慧斗に対し、彼女はすこし考え込んだ。

 

 

「できる。と、思う」

「ほ、本当か!?」

「お前なんでもできるな……」

「むふー」

 

 

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