ありふれた癌   作:Matto

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03:アンカジ公国

 赤銅色の砂漠を乗り切り、辿り着いたアンカジの都ゼェレンは、乳白色の外壁に囲まれた都だった。その壁柱から上る光の柱が、都を囲う天蓋のように結界を形成している。これが砂風を防いでいるらしい。

 乾燥した外の砂漠に反して、都の中は清澄な空気に満ちていた。随所に運河が流れ、街路樹も青々と生い茂っている。町の至るところに緑豊かな広場があり、普段は活気に満ち溢れているのだろう。

 ――人っ子一人いない、暗く陰気な目抜き通りの様子を除けば。

 店舗は固く閉ざされ、露店もなく、人通りはない。誰も彼もが戸口を固く閉め切って、嵐が過ぎ去るのを蹲って待っているかのような静けさだ。

 

 

「……皆様に、活気に満ちた我が国をお見せしたかった。すまないが、今は時間がない。都の案内は、全てが解決した後にでも、私自らさせていただこう。ひとまずは、父上のもとへ。あの宮殿だ」

 

 

 心底悔しそうなビィズの言葉に従い、一行は白亜の宮殿に向かった。

 道中、急速に体調を悪化させたビィズを背負った慧斗は、武官の案内で宮殿内に入り、そのまま領主ゼンゲン公ランズィの執務室へと通された。衰弱しているとのことだったが、どうやら治癒魔法と回復薬を多用し、根性で執務に乗り出しているらしい。

 

 

「父、上!」

「ビィズ! お前、どうしっ……!?」

 

 

 慧斗に担がれた息子ビィズの様子に、ゼンゲン公と思しき人物は目の色を変えた。

 

 

「緊急時だ、無礼はご勘弁な。あんたがゼンゲン公ランズィ氏だな?」

「……いかにも。お前たちは?」

「ビィズ氏の緊急要請で参った冒険者だ。細かい説明はあとにさせて貰うぜ」

 

 

 ともかく、今はビィズの回復が先だ。ゼンゲン公は文官を呼ぶと、静因石の粉末を飲ませた。ビィズの言葉通り、症状はあっという間に安定した。あとは、沈静化した魔力を体外排出すれば完治らしい。

 

 

「――ふん、大事なご子息のための用意はあるんだな」

「……言いたいことは分かる。民のために使えというのだろう。しかし……」

「ナチュラルに命の優先順位つけんの、あんたらの良くない性質(たち)だと思うぜ」

 

 

 その様子を眺めていた慧斗の言葉に、ゼンゲン公は苦い顔を浮かべた。民のために使う、為政者のために使う――どちらにも正当性がある話だ。

 

 

「厭味で時間潰してる場合じゃねえな。まずは水の問題だ。ユエ!」

「できるだけ、広い場所。砂漠以外で」

「む? うむ、農耕地に行けばいくらでもあるが……」

「よろしい。方針は決まったな」

 

 

 よし、と慧斗は全員を見回した。

 

 

「ビィズ、“廻聖”とやらを使える魔法使いを集めたら、こっちのシアを連れて医療院に案内しろ! シア、吸い上げた分の魔力を魔晶石に溜めさせろ! 溜まったら随時こっちに送れ!

 ユエ、公国の案内に従って水の確保に行け! ティオは念のため、俺と一緒にユエの様子を見たあと、グリューエン大火山の攻略に向かうぞ!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 ゼンゲン公とその護衛に案内された農耕地のひとつ。一行の先頭に立ったユエが、目の前の荒地に向けて手をかざした。

 ゼンゲン公は、未だ険しい目で三人を見守っている。水を確保といっても、常識的に考えてできるわけがない。もしも謀ったと判明したら、即座に打ち首にしてやるといった気勢が込められていた。

 

 

「“壊劫”」

 

 

 ユエの言霊は、その常識ごと破壊した。

 中空に巨大な重力球が顕現し、ぎりぎりと軋みながら平面に変形したかと思うと、大地に向けて落ちていく。ずどん、という轟音とともに、大地が潰れた。超重力に悲鳴を上げる大地の衝撃に、ゼンゲン公らは盛大に尻餅をついた。

 衝撃から立ち直ったゼンゲン公らの眼に映ったのは――巨大な大地の窪みだった。そっくりそのまま、元のオアシスと遜色ない巨大な貯水池が出来上がっている。

 

 

「な、何だとぅ……!?」

「馬鹿な、こんなことが――」

「いいから、周りの土固めといて。さっさと溜め池にして」

 

 

 驚愕と動揺で硬直する宮廷魔導師たちに、慧斗は冷淡に言い放った。とはいえ、超重力で押し潰され変形した土地だ。人力で固めるも何も、初めから強力に押し固められている。

 

 

「……ふぅ」

「ご苦労。次は水だ」

「ん。――“舞波”」

 

 

 慧斗にその背を支えられたユエは、言霊とともに彼方へと手掌を向けた。しばらく、何も起きなかった。ゼンゲン公らは不発だと思った。ごごごごと何か重いものが迫りくる様子に――やがて、中天の太陽を遮るように飛来する巨大な水の塊に、彼らは揃って腰を抜かした。

 アンカジのさらに彼方――エリセンとの間を繋ぐ海から、海水を強引に運び出してきたのだ。それこそ、今しがたこさえた貯水池を埋めるほどの、トン単位の巨大な海水の塊を。

 

 

「お、おぉぉぉ!?」

「ありえん、ありえんだろう!?」

「お前ものすごい荒業してるって自覚ある!?」

「これが一番手っ取り早い」

 

 

 いよいよ腰を抜かした宮廷魔導師をよそに、ユエは平然と言い放った。距離といい重量といい、ユエほどの大魔法使いだからこそ成せる奇跡であって、普通の魔法使いにとっては手っ取り早くも何ともない。

 

 

「ケイト。塩を固めて、除けて」

「そこで俺に振るのかよ!? えーと――“渦潮”、そんで“結晶”!」

 

 

 巨大な水の塊が落とされ、轟音とともに満たされた貯水池を前に、ユエは突然慧斗に振った。まさか自分の出番と思っていなかった慧斗は、慌てて魔法を唱え、海水から塩分を抽出すべく調整を始めた。

 直径約二百メートルの貯水池が、ぐるぐると巨大な渦を形成する。その過程で巻き上げられた不純物を中央に集め、不格好な結晶として押し固める。魚たちが何匹と言わず巻き込まれているようだが、貴い犠牲と割り切ることにした。

 

 

「……こんなことが……」

「念のため水質確認しといて。排出漏れがあると大変だから」

 

 

 そのまま巨大な塩の塊を持ち上げ、どんと貯水池の脇に押しやると、慧斗は未だ呆然とする宮廷魔術師たちに言い放った。慧斗のざっくばらんな気質では、ユエのように精緻な魔法を使いこなすことはできない。大雑把に不純物を取り除いた以上、あとの調整は頑張ってもらおう。

 

 

「ああ疲れる……全然手っ取り早くねえじゃん……」

「私も疲れた」

「はいはいお疲れさん」

「……いただきます」

 

 

 そう呟くと、ユエは慧斗の体躯をよじ登り、その首筋に噛みついた。

 

 

「な、なにを……?」

「流して」

「いや、しかし」

「流して。必要経費(血)だから」

 

 

 困惑するゼンゲン公の疑問を、そのままユエを抱えた慧斗が強引に遮る。そのままこくこくと血を吸い上げるユエの表情が妙に艶然としているのも、一同の困惑を買った。

 ともあれ、これで応急処置は済んだ。あとはアンカジ政府としての仕事だ。

 

 

「とりあえず、これで少しは保つだろう。あとは、オアシスを調べてみて……何も分からなければ、稼いだ時間で――」

「……ケイト?」

 

 

 何気なく元のオアシスに視線を遣った慧斗は、そこに言い知れぬ違和感を抱いた。

 

 

「……公。調査隊ってのは、どの程度調べたんだ」

「……確か、資料ではオアシスとそこから流れる川、各所井戸の水質調査と地下水脈の調査を行ったようだ。水質は息子から聞いての通り、地下水脈は特に異常は見つからなかった。もっとも、調べられたのは、このオアシスから数十メートルが限度だが。オアシスの底まではまだ手が回っていない」

「オアシスの底には、何か魔導具(アーティファクト)でも沈めてあるのか」

「? いや、“真意の裁断”――オアシスの警備と管理に使われている魔導具(アーティファクト)だが、それは地上に設置してある……結界系の魔導具(アーティファクト)でな、オアシス全体を汚染されるなどありえん事だ。事実、今までオアシスを攻撃されたことなど一度もなかった」

「じゃあ、ありゃ何だ」

「なんのことだ?」

 

 

 疑問符を浮かべるだけのゼンゲン公の言葉に、慧斗は確信した。このオアシスは外部から汚染されたものではなく、()()()()()()()()()()()()

 

 

「――“糸伸ばし・束”」

 

 

 慧斗は魔力の糸を束ね、オアシスへと投げ込んだ。毒素に汚染されたオアシスの中を、ぎゅるぎゅると広がりながら探し回る。やがてオアシスの底へと辿り着いたその瞬間――ばちん、と鋭い音が響いた。

 

 

「――っと!」

「ご主人様!」

「大丈夫だ、弾かれただけ」

 

 

 駆け寄るティオに構わず、慧斗はオアシスを睨み据えた。

 そのオアシスから、鋭い水流が迸った。咄嗟にティオが炎を現出させ、水流を蒸発させて相殺する。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

 オアシスの水が膨張し、見る見るうちにその体積を増大させると、重力に逆らうようにせり上がり十メートル近い小山が出現した。ぐねぐねと歪む透明な身体に、無数の触手。その中心には、赤く輝く魔石。スライム状の魔物、バチェラムである。だが大きさが段違いだ。せいぜい一メートル程度の小汚い溶解液の塊が、このように水を取り込んで巨大化し、触手まで備えることなどあり得ない。ゼンゲン公は本日何度目かの驚愕を覚えさせられた。

 

 

「なんだ……この魔物は一体何なんだ? バチェラム……なのか?」

「何でもいいさ。順当に考えるなら、こいつがオアシス汚染の原因だろう?」

「……確かに、そう考えるのが妥当か。だが倒せるのか?」

 

 

 その威容に圧倒されるゼンゲン公らを横目に、慧斗たちは悠々と構えた。

 

 

「“糸伸ばし・荒縄”!」

 

 

 動いたのは慧斗だった。魔力の糸を膨大に吹き出し、無数の荒縄に束ね、バチェラムもどきの胴へと突き立てる。あくまでただの水を纏っているだけのバチェラムもどきはそれを止める手段がなく、核を捕まえられないように逃げ回った。

 バチェラムもどきが触手を慧斗に向け、一斉に襲い掛かった。

 

 

「防御頼んだ!」

「応! 吹き荒べ頂きの風、燃え盛れ紅蓮の奔流――“嵐焔風塵”!」

 

 

 そこに割り込んだティオが、火焔と烈風で相殺する。無数の触手は、引き千切られ、吹き飛ばされ、焼き払われ、一向に慧斗たちに届かない。

 やがて慧斗の荒縄の一本が、ついにバチェラムもどきの核に触れた。それに呼応するように、荒縄がぎゅっと束ねられ核を拘束する。

 

 

「――捉えた。“爆導策”!」

 

 

 荒縄の束を伝うように爆炎が迸り、バチェラムもどきの胴を突き破り、その核を爆破した。

 命の核を文字通り砕かれたバチェラムもどきが、ぱちんと弾けるように溶解した。その身体を構成していた水が崩落すると、ざざーんと轟音を立ててオアシスが大きく波打ち、周囲に水を撒き散らした。

 

 

「……お、終わったのかね?」

「おう。原因の排除イコール即浄化とはいかんだろうがね」

 

 

 おずおずと問うたゼンゲン公の言葉に、慧斗は即答した。慌てて宮廷魔術師たちが集まり、水質検査を始める。できることのない慧斗は、“糸”を飛ばし砕かれた核の魔石をせっせと拾い集めていた。こういう小さな努力が、魔晶石として有用な資源になる。

 

 

「……どうだ?」

「……いえ、汚染されたままです」

 

 

 一方、早くも検査結果が出たようだ。苦い顔をする宮廷魔術師たちの報告に、ゼンゲン公は分かりやすく肩を落とした。それを慰めるように、ティオが進み出た。

 

 

「まぁ、そう気を落とすでない。元凶がいなくなった以上、これ以上汚染が進むことはない。新鮮な水は地下水脈からいくらでも湧き出るのじゃから、上手く汚染水を排出してやれば、そう遠くないうちに元のオアシスを取り戻せよう」

「いや結構遠くないソレ?」

 

 

 「いくらでも」といっても、湧出の速度には限度がある。代替の貯水池こそ用意したものの、排水と浄化の手間を考えると、かなり面倒な手間がかかるのではなかろうか。

 それでも、ゼンゲン公たちの励ましにはなったようで、気を取り直し復興に向けて動き始めた。彼らが諦めない以上、慧斗たちもできることをやるべきだ。

 

 

「よし、こうなりゃスピード勝負だ。地図!」

 

 

 慧斗の呼びかけに、宮廷魔術師の一人が地図を差し出した。

 

 

「オアシスの場所は?」

「こことここと――」

 

 

 魔術師が指し示す場所と方角をざっくり確認すると、慧斗はユエたちに向き直った。

 

 

「よろしい。では作戦変更を伝える。

 ユエ、魔力の余裕がある限り貯水池を用意してやれ。魔晶石はある分使おう、とにかく量を確保だが――なるべく元のオアシスに近い場所がいいだろう。俺が送る」

「ん」

「ティオ、先にグリューエン大火山に行って下見をしてこい。()()()いい。俺ァこれから各地のオアシスに行って、こいつらを仕留めてくる」

「了解した」

 

 

 慧斗の指示に応えると、ティオは魔力を結集させ、黒い輝きとともに竜へと変身した。

 

 

「り、竜!?」

「魔物だったのか!?」

 

 

 まさか美女が巨竜に変ずると思っていなかったゼンゲン公らが、驚愕でいよいよ腰を抜かし始める。ティオはそれに構わず、ごおと皮翼を広げた。

 

 

『では、行ってくるでな』

「おう」

 

 

 短いやり取りを交わすと、ティオはぶわりと皮翼を羽搏かせ、彼方の大火山に向けて飛翔した。その後姿を見ながら、ゼンゲン公はおずおずと慧斗に問うた。

 

 

「ケイト殿……貴殿らは、いったい……?」

「縋った相手を誰何してる場合か?」

 

 

 それに対し、慧斗はただ短く切り捨てる。やるべきことが山ほどある以上、お互いに無駄な時間を費やしている場合ではない。それを理解したゼンゲン公は、気を落ち着かせて思考を切り替えた。

 

 

「あ、ああ……では、各地の責任者に使いを――」

「いや、そんなもん待ってる方が惜しいわ。()()()()

「は?」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「ちょっと、そこの君! いきなりやってきて何だい!? ――はあ、領主様の使者? 証拠は? 文書は? ――ってちょっと! いきなり何を――ギャー!?」

 

 

「ちょっと君たち、今は緊急事態で――いきなり何をぉ!?」

 

 

「待て、落ち着いて話し合おう。汚染されているとはいえ貴重なオアシスに無断で――問答無用!?」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「――こっちが貧血になるわお馬鹿!!!」

 

 

 宮殿に戻ってきた慧斗は、首筋を抑えながら思い切り叫んだ。

 ひとまずすべてのオアシスで対応したはいいものの、慧斗は疲労と貧血でふらふらになりかけていた。ただでさえ高音低湿なアンカジの各地を、空歩で思い切り駆け抜ける強行軍の挙句、貯水池の水質調整とバチェラムもどきの始末をしなければならない。にもかかわらず、その腕に抱えられたユエが、ここぞとばかりに吸血するものだから堪ったものではない。

 

 

「つか魔晶石使えよ! 俺から吸血しなくてもいいだろ!?」

「ん。ケイトの血が美味しいのがいけない」

「どんな理屈だ!」

 

 

 ゼンゲン公の執務室にて、慧斗はどんと机を叩いた。「このチビ俺を殺す気か!」と叫ぶも、肝心のユエは白々しく聞き流した。

 

 

「――まあそういうことなんで、事後処理なんとかしといてくれ」

「肝心なところで雑だな、貴殿は……」

「いつものこと」

「なに、俺たちの見通しが甘くなけりゃ、ひとまず水の問題はこれで解決だ。事後処理くらい自力で頑張んな」

 

 

 ふうと水を飲んだ慧斗の言葉に、ゼンゲン公は何も言い返せなかった。紙とペンを使いこなし、各種事業をスムーズに進めさせるのが政治の役割だ。喫緊の課題が解決した分、多少は心安らかに政務に当たることができる。

 

 

「……しかし、あのバチュラムらしき魔物は一体なんだったのか……新種の魔物が地下水脈から流れ込みでもしたのだろうか?」

 

 

 ゼンゲン公の推測に、しかし慧斗は違和感を抱いた。魔物の調教、清水の調略、オルクスの攻略――そしてこの水質汚染。偶然というには、あまりに噛み合い過ぎている。

 

 

「こいつは推測だが――魔人族の仕業じゃねえかな」

「ま、魔人族だと!? ――貴殿がそう言うからには、思い当たる事があるのだな?」

 

 

 目の色を変えたゼンゲン公の問いに、慧斗は一通りの推測を述べた。王国と同盟関係にあり、水産物や果物等の流通網を有するアンカジ公国を窮地に陥れれば、連鎖的に王国の窮地を呼び込むことができると踏んだか。オルクスの攻略失敗が、思いの外魔人族に響いた可能性も高い。

 

 

「魔物のことは聞き及んでいる。こちらでも独自に調査はしていたが……よもや、あんなものまで使役できるようになっているとは……見通しが甘かったか」

「ま、こればっかりはしょうがねえ。王国でも、おそらく新種の魔物なんて情報は掴んでないだろう。『勇者一行』が襲われたのもつい最近だ。今頃、あちこちで大騒ぎだろうよ」

「いよいよ、本格的に動き出したということか……

 ケイト殿……貴殿は冒険者と名乗っていたが……その強さ、もしや――」

「それ以上は踏み込まれると困るな。あんたたちも都合が悪くなる」

 

 

 その正体を確かめようとするゼンゲン公を、慧斗が手で制した。『勇者一行』の一員でありながら脱走した身だ、それを承知の上で関りを持ったとなれば、アンカジ公国も立場が悪くなる。

 そこまで察すると、ゼンゲン公はそれ以上問うことなく、ぐっと頭を下げた。領主たるゼンゲン公の行動に思わず文官がぎょっとするも、しかし主君に倣って同じように頭を下げた。

 

 

「……ケイト殿、そしてユエ殿。アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う。この国は貴殿等に救われた」

「これからだろ、何呑気なこと言ってんだ」

 

 

 すかさず指摘する慧斗の言葉に、ゼンゲン公は思わず顔を上げた。目の前の窮地を凌げば、それで終わりではない。これから国家総出で治療に取り組み、解決までの道のりを算出し、民衆の損失を補填し、国家としての損失を対処する――たかが一介の冒険者でありながら、そこまで思考が及んでいるのだ。

 

 

「あ、ああ。分かっているとも。未だ苦しんでいる大勢の患者たち……それも、頼めるかね?」

「いいだろう、それも契約のうちだ。で、必要量は?」

 

 

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