ありふれた癌 作:Matto
グリューエン大火山――おそらく、五十層あたり。
表現が曖昧なのは、一行の置かれている状況がやや特殊で、正確な位置が把握できていないからである。具体的には、宙を流れる大河の如き溶岩の上を、赤銅色の岩石で出来た小舟に乗って、どんぶらこと流されていた。
どうしてこんなことになったのか――時間を僅かに遡る。
少し前の階層を攻略しながら静因石を探していた一行は、相変わらず自分たちを炙り続ける溶岩が、ところどころで不自然な動きを見せていることに気がついた。具体的には、岩などで流れを邪魔されているわけでもないのに大きく流れが変わっていたり、何もないのに流れが急激に遅くなっていたり、宙を流れる溶岩では一部だけ大量に溶岩が滴り落ちていたり、というものである。
何が起きているのか。その答えに、いち早くユエが辿り着いた。
「この溶岩、魔力を感じる」
「なに?」
ユエの言葉に、慧斗は目の色を変えた。確かによく探知してみれば、魔力の気配がある。そこら中に溶岩が流れているせいで、感知が遅れた。
「つまり――つまり?」
「魔力で流れてる溶岩が、静因石によって魔力を抑制されて、流れを変えられている可能性がある、ということじゃな」
「つまり、それがある場所に静因石があるって寸法か」
ティオの発見を待つまでもなく、溶岩の流れを見て掘削しまくれば、それで出てくるということである。慧斗はどっと疲れた気分になった。
「もっと早く気づけよ……」
「それを言うならケイトだって」
「これこれ、喧嘩はやめぬか」
熱気で常時の数倍は気力が削れ、ストレスも加速度的に溜まっていく。唯一元気なティオの仲裁を受けつつ、一行は片端からがりがりと掘削作業に入った。上層にも増して複雑化している溶岩の流れ通り、大きな静因石の塊がざくざくと採れる。
「よし、これで目標の量に――」
ようやく一通り削り切り、これで目標をひとつ解決、と油断した一行は、ごろごろと地響きのように轟く音を聞きつけた。
「……あ?」
「ん?」
「へ?」
「お?」
一行の前の壁が突き破られ、どば、と大量の溶岩が溢れ出てきた。
「だ、“大海嘯”!」
「“凍獄”!」
慧斗が咄嗟に大量の水を噴出し、ユエがそれを凍らせる。とはいえ高熱と高圧で熔解した溶岩を前に、何分と保つものではない。びしびしと砕け始める氷の大壁を魔力で強引に補強する後ろで、シアが悲鳴を上げていた。
「ギャー!? ケイトさんの馬鹿ぁ!」
「俺のせい!? これ俺のせいか!?」
「とにかく脱出策を――」
「とりあえず、イカダ作りましょうイカダ!」
「この状況でか!? つか諸共に溶けるだけじゃねえか!」
焦りながらも辺りを見回したシアは、ちょうど背後に大岩を見つけた。まるごと切り出せば、ちょうど四人乗れる大きさだ。
「ユエさん! この岩に魔法をかけてください! 溶岩でも耐えられるように!」
「“金剛”」
防御魔法“金剛”を生成魔法で付与。これなら、溶岩の熱にも耐えられるだろう。
「ケイトさん切り出して!」
「うーんせめて先に切り出すべきだった。さすがに“金剛”相手じゃ刃毀れしかねん」
「もうできてるぅ!?」
慧斗が渋い顔でグレートソードを検めている横に、ごとりと大岩が転がっていた。あとはユエによる錬成魔法で内側をがりがりと荒く彫り、不格好な岩船が出来上がった。
◇ ◇ ◇
という訳で、一行はどんぶらこと溶岩の流れに乗り、想定外のルートで深部に向かっているのである。熱気で気が滅入るのは変わらないが、その中で歩かされる疲労感が減ったのは不幸中の幸いというところだろう。うっかり空中の流れに乗ってしまった時は反発魔力で強引に乗り、沈むことなく乗り切った。
「あっ、ケイトさん。また洞窟ですよ」
「そろそろ、標高的には麓辺りじゃ。何かあるかもしれんぞ?」
それにしても、溶岩の流れは一向に途切れない。大河を悠々と流れたり、こうして洞窟に入ったり。どこかで行き止まりになるのではという慧斗の危惧は、幸運にも外れるようだ。
代わりに生じているのは――
「またか……ユエ、ティオ、制御頼む!」
「ん」
「任せよ」
目の前に迫る、不自然な溶岩流の断裂――すなわち大滝だ。そのまま落ちてはひっくり返ること間違いなしなので、ユエとティオの風魔法でゆっくりと降下してもらう。流石一流の魔法使いのコンビネーションだけあって、重量のある岩船でも安定して降下している。
あとの懸念は――
「ちっ、やっぱり出たか」
きぃきぃと甲高い鳴き声とともに、多数の蝙蝠が姿を現した。その全てが、灼熱の溶岩を纏っている。
「ケイト、任せた」
「あいよ。お前らは舵取りな」
「ん」
「うむ、任された。ご褒美は尻叩きでよいぞ?」
「死ね」
冗談なのか本気なのか区別のつかないティオを黙らせると、慧斗は立ち上がって構えた。
「“破断・雷纏”!」
両の指先から雷を纏った高圧水流が迸り、次々に溶岩蝙蝠を斬り裂き撃ち落としていく。火炎弾を吐き出しているようだが、まとめて斬り裂いてしまえば問題ない。
「うーむ……ご主人様の殲滅力は、いっそ美しさがあるのぅ」
「流石ですぅ」
全方位から攻めてくる溶岩蝙蝠の群れが、しかし一向に辿り着かず撃ち落とされていく様を見て、ティオは感心したように零した。単純な高火力で敵を蹂躙するユエとは異なり、ひたすら低コストで的確に効率的に処断していく慧斗。魔物喰らいで蓄積した膨大な魔力を、しかし強力な一撃に頼らず、手数を重ねて攻めてくるのだから、敵対者にとっては堪ったものではないだろう。
ごろん、と着潮した岩船は、しかし溶岩の急流に乗り、今度は上昇する潮流に巻き込まれた。魔力の流れありきとはいえ、物理法則もあったものではない。
流れに乗ってしばらく昇っていると、前方に光が見えた。ようやく洞窟の出口らしい。問題は、いよいよ溶岩の流れが途切れているということだ。
「掴まって」
すぽーん、と軽やかに吹き飛んだ岩船は、ユエの魔法による調整を受けながら、十数メートル先の溶岩池に着潮した。
終着地点は、どうやら天然の水盆のような形の巨岩が配された空間になっているらしい。直径が二、三キロメートルはあるそれは、そこかしこから煮え滾る溶岩が噴出し、端から零れ落ちていく。ところどころから顔を突き出している岩石は、広大な空間のせいで遠近感が狂ってしまうが、人数人が乗っても余りある大きさをしている。
なにより特徴的なのが、中央の巨岩島だ。溶岩から十メートルほどせり上がった巨大な台座を、さらに空中を漂う溶岩流が覆っている。
「……あそこが、“解放者”の住処?」
「深度とか諸々考えると、それっぽい感じだな。ただ……」
「最後の守護者がいるはず……じゃな? ご主人様よ」
ユエの確認に、慧斗はグレートソードを構えながら答えた。これまでの大迷宮のセオリーに則れば、最後に大きな難関が残っているはずだ。
「し、ショートカットして来たっぽいですし、とっくに通り過ぎたと考えてはダメですかぁ……?」
「諦めろ。こういう時のお約束は、大抵守られる」
怯えるシアを宥める慧斗の言葉に応えるかのように、四人の眼前でぶわり溶岩が溢れ、次々に巨大な蛇の形をなした。その数、二十。
「ほらな」
「『ほらな』じゃないですぅ! どうするんですかあれぇ!?」
悲鳴を上げるシアを狙うかのように、溶岩蛇たちが一斉に溶岩の散弾を吐き出した。
「“絶禍”」
それを、ユエの重力球が吸収する。三人がその陰で身を守っている間に、慧斗は大跳躍して溶岩蛇の頭上を取った。
「“穿断”!」
空中でグレートソードを構え、真下の溶岩蛇に衝撃波を叩き込む。ずどんと両断され、溶岩を撒き散らす蛇が四散し――
「っと!」
――たかと思うと、何事もなかったのように復活し、慧斗へと
「無事?」
「この通り」
その間に火焔の掃射は止んだようで、ユエが声を掛けてくる。その前で、溶岩蛇たちはゆらゆらとその身を揺らしていた。その動きは、中央の島への進入を阻むようなそれだ。
「やはり、中央の島が終着点のようじゃの。通りたければ我らを倒していけ、と言わんばかりじゃ」
「でも、さっきケイトさんが撃った相手、普通に再生してますよ? 倒せるんでしょうか?」
「あれだろ、バチュラムだか何だかと同じ要領だ。溶岩体を形成するための核、魔石を潰しゃあいい。
……溶岩が邪魔で見えねえな。面倒だから丸ごとぶっ潰せ」
「ケイトさんほんと雑ですよねぇ」
「うるさい」
そんなやり取りと、溶岩蛇たちの一斉襲撃はほぼ同時だった。一同を取り囲み、ぶくりと口腔を膨れさせると、再び溶岩の散弾を吐き出す。並みの挑戦者なら、逃げ場もなく大質量の溶岩に呑み込まれて終わりだろう。
だがここにいるのは、並みの戦士ではない。まずユエが“絶禍”で多数を吸収し、そしてティオが両手に黒色魔力を収束、圧縮させていく。
「久しぶりの一撃じゃ! 存分に味わうが良い!」
放たれたのは“竜撃”――ドラゴンブレスの簡易発動。恐るべき黒色の閃光は、真正面の溶岩蛇を跡形もなく消滅させ、さらに横薙ぎに振るわれた閃光が、まとめて八体の溶岩蛇を焼失させた。ぐずぐずと消失していく溶岩蛇の包囲網の崩壊に、慧斗たちはまっすぐ飛び込んだ。
――これで終わり、と行かないのが大迷宮の難関たるところだ。彼らのもといた足場に突っ込んだ
「え……?」
「どうなってる……? 倒せばクリアじゃねえのか?」
八体の魔石の気配は消えた。それが何事もなく復活など、いくら何でも不可解だ。まさか、無限に相手をし続けろとでも?
「あっ、ケイトさん! 見て下さい! 岩壁が光ってますぅ!」
「なに?」
シアが指差した先、中央の台座には、先程までなかったはずの光があった。ティオが薙ぎ倒した八体、プラス慧斗が最初に砕いた一体。それと符合する数が、台座に灯っている。よくよく見ると、複数の鉱石が等間隔に並べられているようだ。溶岩蛇を倒していけば、この鉱石が灯るという仕掛けらしい。
「なるほどね。あれが全部灯るまで溶岩蛇を倒し続けるってのが、“解放者”サマお望みのクリア条件か。――合計、百体分ってとこか?」
「……この熱さで、あれを百体相手にする……迷宮のコンセプトにも合ってる」
ユエはげんなりした様子で呟いた。とはいえ、攻略の目途が立ったのは朗報だろう。慧斗たちが構え直したのを待ち構えていたかのように、溶岩蛇たちが迫ってきた。
「“金剛”――“癒着”!」
慧斗はグレートソードの鍔元に鎖をぐるりと巻き付けると、二つの魔法を付与し接合した。これである程度、足場を気にせず攻撃ができる。『空歩』で空中機動ができる慧斗とは異なり、近接攻撃しかできないシアのフォローが必要だ。
「シア、足場フォローする! 暴れまくれ!」
「はいです!」
慧斗と共に、シアは勢いよく飛び出した。溶岩の熱に怯むことなく鉄槌を振り上げ、重力のままに振り下ろす。ばきりと魔石が砕かれる音と同時に、別の溶岩蛇がその背を襲った。
シアの足元に滑り込むように、慧斗のグレートソードが飛来した。シアはそれを足場にぴょんと飛び、溶岩蛇の突進を回避する。彼女なりに重力魔法を使いこなしているようだ。
「“雷炮”!」
伸びきったグレートソードに重力が集中すると、鎖を通じて迸る雷光が、纏いつく溶岩蛇の全身を透徹し、その身を弾けさせた。そのままぐるりと振り回せば、あっという間に五体を薙ぎ払う。
「“氷河”」
ユエの手掌から放たれた冷気が、八体の溶岩蛇を呑み込んだ。熱と冷気が衝突し、じゅうと焦げる音が響く。そのまま凍らされた溶岩蛇たちは、周囲の熱によって急速に融解し、そのまま崩れ落ちていった。
「“砲皇”!」
ティオが竜の翼を背から生やし、羽搏きながら竜巻と真空の刃を繰り出した。巻き込まれた溶岩蛇三体が崩れていく。
「これで十一体じゃ! 今のところ妾が一歩リードじゃな。ご主人様よ! 妾が一番多く倒したら
「なっ! ティオさんだけずるいです! 私も参戦しますよ! ケイトさん、私も勝ったら一晩ですぅ!」
「俺承諾してねえんだけど!?」
「――なら、私も二人っきりで一日デート」
「何でお前まで参戦してくんだよ!?」
周囲の熱気に加え、足元も危うい中で、よくもまあ余裕な口が叩ける連中だ。慧斗自身は空中機動に加え、シアのフォローもしないといけないというのに。
「いいから集中しろ、馬鹿共! 俺ァ焼死体とベッドを共にする趣味なんざねえぞ!」
怒声を浴びせつつ、慧斗たちは猛烈な勢いで溶岩蛇を処理していった。何しろ熱耐性のある慧斗とティオ、圧倒的な殲滅力を誇るユエ、制限こそあれど機動力に優れたシアの四人組だ。創設者の思惑と裏腹に、台座の光は次々に灯っていく。残りは十体分といったところか。
ティオのブレスが、溶岩蛇をまとめてなぎ払う。
――残り八体
シアの鉄槌と慧斗のグレートソードが、溶岩蛇を叩き潰す。
――残り六体
ユエに迫る溶岩蛇が、それを超える“雷龍”によって蹂躙される。
――残り四体
そこに素早く差し込まれた慧斗のグレートソードが翻り、膨大な雷撃を呑み込んで振り回される。
「これで終――」
慧斗がグレートソードを引き寄せた瞬間、頭上より極光が降り注いだ。
天井の岩壁を砕いて降り注いだ一撃が、空中にいた慧斗を呑み込む。それは慧斗を叩き伏せ、足場ごと溶岩を貫き、轟音を立てて炸裂した。膨大な熱量と衝撃が、残る三人をして怯ませ続ける。
「ケイト!!」
ユエが絶叫する目の前で、極光はたっぷり三十秒降り注いだ。
やがて極光が止み、光と衝撃が途絶えた。そこには落ち窪んだ岩の水盆と、溶岩ごと擂り潰された岩の残骸、そして倒れ伏すぼろぼろの慧斗。
「――“来翔”!」
「ユエさん!」
そこに埋まるように迫りくる溶岩を見、誰よりも早く飛び出したユエが慧斗を抱え、近くの足場に退避した。
(酷い――回復魔法だけじゃ間に合わない)
咄嗟にグレートソードで吸収したのか、辛うじて慧斗はその身を残している。ばちばちと白熱するグレートソードは、しかし膨大な極光を防ぐにはあまりに細い盾だった。魔物の殻製の装甲は砕け、その下の腕は焼き爛れて骨まで見えている。片目は潰れ、頬から首筋にかけて走る裂傷は、流血すら焼き潰され、黒い焼け焦げと化している。胸より下は黒く炭化し、服と癒着してしまっている。辛うじて心肺に損傷がないのは、不幸中の幸いか。
とにかく、今すぐ治療しなければ間に合わない。ユエは迷いなく“神水”を二つ取り出すと、慧斗を強引に抱き起こし、その口に含ませた。
「――馬鹿者! 上じゃ!!」
ティオの警告と同時に、無数の閃光が豪雨の如く降り注いだ。先ほどよりも細く弱い光は、しかしユエたちをまとめて焼き払う威力がある。慧斗に“神水”を飲ませるのに夢中だったユエは、その対処に一歩遅れた。二人に向かって、光の雨が降り注ぐ――
「させん! “嵐空”!」
咄嗟に手を伸ばしたティオが、二人の頭上に風の結界を展開した。圧縮された空気の壁が死の雨を受け止める。直撃の瞬間、大きくたわんだ風の結界は、押し返す余裕もなく、次々と着弾する小極光に早くも悲鳴を上げている。稼げたのは、ほんの数秒だった。
「“聖絶”!」
だがその数秒があれば、ユエが結界を展開する程度の余裕を作れる。最上位の防御結界が、風の結界が崩れる寸前に二人を覆い隠した。
瞬間、光の豪雨が輝く結界を襲った。小極光の集中砲火が結界をびりびりと揺らし、瀑布のごとく降り注ぐ。
「ケイトさん! ケイトさぁん!」
「落ち着くのじゃ、シア! 今妾の守りから出ては、お主も死ぬぞ!」
「でもぉ! ケイトさんが!」
己の上にも風の結界を敷いて防御するティオは、慧斗の許へ駆け寄ろうとするシアを必死に抑えつけた。ユエと慧斗を狙いすましたように降り注ぐ斉射は、ティオたちには牽制のように数発降りかかるだけだが、一撃でも食らえば焼き尽くされるだろう。
十秒か、それとも一分か……永遠に続くかと思われた極光の嵐が、やがて止んだ。周囲の溶岩は焼き潰され、じゅうじゅうと白い煙を残すばかりだった。
疲弊したユエとティオは、懐から魔晶石を取り出し、魔力を取り出し回復させた。
「……看過できない実力だ。やはり、ここで待ち伏せていて正解だった。お前たちは危険過ぎる。特に、その男は……」
そこに、男の声が降ってきた。
咄嗟に身上げた三人は、その光景に驚愕した。いつ現れたのか、無数の飛竜と、一際大きな白銀の竜が滞空している。
「まさか、私の白竜の、ブレスを直撃させてなお形が残っているとはな……女共もだ。まさか総数五十体の灰竜の掃射を耐えきるなど有り得んことだ。
貴様ら、一体何者だ? いくつの神代魔法を修得している?」
赤髪に浅黒い肌、僅かに尖った耳――魔人族の男が、白竜の背に乗っていた。