ありふれた癌 作:Matto
「――らァッッ!!」
「なにっ!?」
ぐん、とやけくそ気味に振るわれたグレートソードから、極光が迸った。咄嗟に魔人が灰竜数頭を前に出すと、白竜の放った極光の断片が灰竜たちを焼き払う。何やら障壁を張ろうとしたようだが、まるごと消し飛んでは役に立たない。
「――人にものを尋ねる前に、まず自分から名乗ったらどうなんだ、クソが」
慧斗はグレートソードを支えに立ち上がった。その額には脂汗が浮かんでいるものの、その瞳から闘志は消えてない。
「ケイトさん!」
「無事か! ご主人様よ!」
満身創痍を気合だけで立ち上がる慧斗に、シアとティオが駆け寄った。闘志こそ漲らせているものの、無茶をしているのは明らかだった。明らかな死に体を、魔人はせせら笑った。
「これから死にゆく者に名乗りが必要とは思えんな」
「違いない。俺も特に興味ないし」
出血は止まった。爛れた筋線維を“糸”で強引に補強し、魔力を巡らせて全身の力を代替する。まだ立てる。剣も握れる。俺は、戦える。
一方、慧斗の挑発に気分を害したのか、魔人は低い声で続けた。
「――気が変わった。貴様は、私の名を骨身に刻め。私の名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である」
「やっぱ訊くんじゃなかった。ありがちな誇大妄想だったわ」
「――殺す」
やれやれとため息を吐いた慧斗の言葉に、魔人ことフリードはいよいよ苛立ちを見せた。その姿を鼻で笑いながら、慧斗はグレートソードを肩に担ぐ。
「ウチの地元じゃ『自称神の使徒』なんて吐いて捨てるほどいてね。しかもそういう奴に限って、『私は有象無象の凡愚とは違う』なんてほざきやがる」
「ふん、では
「神代魔法くらいで気を大きくされても困るぜ? 己の品格を下げることになる」
何しろ己と同等だ、とは言わなかった。稀少な神代魔法を会得していながら、そのほとんどを使いこなせない慧斗と同格など、尊厳破壊もいいところである。
「不信心者め。神代の力を手に入れた私に、“アルヴ様”は直接語りかけて下さった。『我が使徒』と。
故に、私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える。その障碍と成りうる貴様らの存在を、私は全力で否定する」
「台詞が三流なんだよ、狂信野郎!」
その言葉を最後に、戦闘が始まった。
ユエが“雷龍”で、ティオがブレスで先制攻撃を仕掛ける。しかしその圧倒的な暴力は、割り込んできた灰竜が組み立てた障壁の展開によって遮られた。よく見ると、灰竜たちの背に赤黒の亀が張り付いてる。あれが障壁を展開しているようだ。
無論、圧倒的な攻撃力を持つユエとティオによる攻撃だ。半端な障壁の一枚二枚など物の数にもならない。だが前衛が焼き切られるたびに、後続の灰竜が繰り返し割り込み、障壁を展開し続ける。
「私の連れている魔物が竜だけだと思ったか? この守りはそう簡単には抜けんよ。さぁ、見せてやろう。私が手にしたもう一つの力を。神代の力を!」
その向こう側で、フリードは勝ち誇ったように笑うと、ぶつぶつと詠唱を始めた。言葉から察するに、先んじて得たこの大迷宮の神代魔法を使うつもりか。慧斗も“緋槍”で障壁を攻撃するも、万全でない一撃では焼け石に水だ。
「“界穿”!」
フリードの詠唱は完成した。輝く膜のようなものに白竜ごと飛び込むと、その姿を晦ました。まさか、と慧斗は身構える。
「――ケイトさん!」
シアの叫びに、慧斗は咄嗟にグレートソードを翻し、背中に構えながら飛びずさった。そこには、フリードを乗せて大口を開けた白竜がいた。白竜の口腔には、既に膨大な熱量と魔力が臨界状態まで収束している。ゼロ距離の極光の炸裂と、慧斗がグレートソードを囮に退避するのは同時だった。
ぎゅるりとグレートソードが極光を吸収し、途中で鎖を通じて手繰り寄せられる。“金剛”を施して補強したはずの鎖は、すでにぼろぼろだ。そろそろ飛び道具として使うのは諦めた方がいいかも知れない。
一方、間一髪で慧斗を逃したフリードは不愉快そうな表情を浮かべた。
「……あの一撃を避けるか。やはり、貴様らは脅威だ」
有象無象の集合と人間族を見下している魔人族にとって、それはある意味賞賛の言葉だろう。だが慧斗はグレートソードを肩に叩くと、ふんと鼻を鳴らすだけだった。フリードは、その態度に大きく気分を害した。
「……不愉快だな。なんだ、その目は」
「いや実用性とか考えないんだなーって」
「……なに?」
呆れたように言葉を吐く慧斗に、フリードがぴくりと片眉を上げる。心底呆れたような人間族の表情に、そのプライドが害された。
「今の魔法、おおかた空間を操る魔法だろ。離れた空間を繋げ、ありえない場所から攻撃を仕掛ける――まあ厄介な攻撃ではある。
それで? がっちり防御されないと碌に詠唱もできなくて、シアのサポートありきとはいえあっさり対応されて、それが『神の使徒の魔法』? だっさいわー、使いどころとか工夫しろよ」
「貴様ぁ――!」
「だいたいな、そこで真後ろ取るあたりが安直。マジで殺す気なら、もっと厭らしいところ狙えよ、三流」
「――殺す! 必ず殺す!」
畳みかけるような慧斗の侮蔑に、ついにフリードの怒りが頂点に達した。
――その隙を縫うように、シアが吶喊した。
「せいっ!」
鉄の嘴を振り下ろし、白竜の鱗をがりがりと削る。ユエの重力魔法が付与された鉄槌の一撃は、その鱗を削り落とし裂傷を刻ませるだけの威力を発揮する。
白竜がシアを捉え、その口をかばりと開いた。威力こそ絶大だが、溜めが長いのが白竜の極光の難点だった。元来脚力に優れた兎人族のシアは、重力を操作しいち早くぴょーんと飛び跳ねると、その射線から逃れた。
「ぜぇいッ!」
シアに気を取られた白竜とフリードに向けて、慧斗がグレートソードを突き出した。その刀身に吸収されていた小極光が迸り、無防備な白竜を襲う。
「“舞水”」
それと同時に、ユエが周囲に残った溶岩を操り、白竜へと殺到させた。本来周囲の水を操り攻撃する魔法は、今や溶岩流を支配し灼熱の奔流となってフリードを襲う。
「何というしぶとさだ! 紙一重で決定打を打てないとはっ!」
その二撃を辛うじて回避しながら、フリードは苦悶の声を上げた。魔法使いの少女はともかく、片や死に体、片や脆弱な兎人族だというのに、ここまで手古摺らせるか。
『オオオオオッ!!』
白竜を飛翔させつつ、今一度、“界穿”を――と詠唱した瞬間に、巨大な魔力の奔流がフリードを襲った。思わず吹き飛ばされ、何とか白竜の背にしがみついたフリードが目撃したのは、黒竜に変化したティオの姿だった。
「黒竜だと!?」
『紛い物の分際で随分と調子に乗るのぅ! ご主人様を傷付けた恨み、ここで晴らさせて貰うぞ!』
咆哮を上げるティオの姿は、それより一回り大きいはずの白竜をして怯ませるだけの威圧感を放った。
――油断していた。魔物もどきと化すことも厭わず、何者にも臆することなく挑みかかる剛毅な戦士。だが、
放っておいても何とかなると、己は調査に専念していればいいと慢心していた結果が、あの瀕死の姿だ。竜人族ティオ=クラルスの誇りにかけて、この慢心の罪は償わなければならない――すなわち、彼の少年に立ちはだかる敵対者の打倒によって!
『若いの、覚えておくのじゃな! これが“竜”のブレスよぉ!』
咆哮とともに、黒い閃光が迸った。白竜も咄嗟に身を捻り、極光を放つ。黒白の輝きが衝突し、周囲に衝撃波を撒き散らす。
拮抗は長く続かなかった。少しずつ、ティオの黒いブレスが押し始める。
「くっ、まさか、このような場所で竜人族の生き残りに会うとは……仕方あるまい。未だ危険を伴うが、この魔法で空間ごと……」
想定外の難敵に、フリードは再び神代魔法を放つべく詠唱を始めた。――その瞬間、背筋がぞわりと悪寒に襲われた。咄嗟に身を捻り、背後に意識を向けられたのは、間違いなく僥倖と言っていいだろう。
そこには、グレートソードを横薙ぎに構える慧斗が立っていた。竜同士のブレスの隙間を突いて、フリードの背後に迫ったのだ。
「――らぁッ!」
「がぁああ!!」
(――間一髪! しぶといのはどっちだ、この野郎!)
即座に振るわれたグレートソードが、辛うじて後ろに飛びずさったフリードの胸を浅く斬り裂いた。ひゅぱりと血が迸るも、表皮を薄く裂いただけだ。致命傷には程遠い。
しかし、それは決定的な隙となった。ぐらりとバランスを崩すと、フリードは思わず足を滑らせ、白竜の背から落ちていった。主の墜落に気を取られた白竜の腹に、ティオのブレスが突き刺さる。
『ルァアアアアン!!』
白竜は絶叫しながらも身を捻り、天井へと飛翔した。その先には、いつの間にか転移したフリードの姿。満身創痍の白竜の背に乗り、同時にユエたちを襲っていた灰竜たちを呼び集めた。その数、十数頭ほどしか残っていない。
一方、同じように白竜の背から滑落した慧斗は、素早く飛翔してきたティオの背に墜落した。
『無事か、ご主人様!』
「……辛うじて!」
歯を食い縛りながらも、その闘気は収まる様子がない。だが肉体は疾うに限界を超えているはずだ。ティオは素早く旋回すると、手近な岩場に着地した。灰竜たちの妨害が無くなったユエとシアも駆け付け、慧斗を助け起こす。
一方、その様子を上空で見ていたフリードは苦い表情を浮かべていた。絶滅したはずの竜人族に、無詠唱無陣の魔法の使い手、未来予知らしき力と人外の膂力をもつ兎人族。何より、あの人間の闘志が最大の脅威だ。恐るべき生への執念と同時に、敵対者を確実に殺害する気迫。初手で潰し切れなかったのは、間違いなく失敗だった。
「……この手は使いたくはなかったのだがな……貴様らほどの強敵を殺せるなら、必要な対価だったと割り切ろう」
その呟きは、慧斗たちまで届いたことか。空間全体、いや大火山全体に激震が走り、凄まじい轟音と共に溶岩の海が荒れ狂い始めた。
「うおっ!?」
「!?」
「きゃあ!?」
『ぬおっ!?』
下から突き上げるような激震に、一同は慌ててバランスをとる。異変に最初に気付いたのは、周囲を見回したシアだった。
「ケイトさん! 潮位が!」
見る見るうちに溶岩流の潮位が上がり、足場の岩をも呑み込もうとしている。そこかしこから溶岩の噴流が生じ、かつてないほど暴れ狂っている。この急変は、いったい何が起こったのか。
「あいつ――何しやがった」
慧斗はフリードを見上げた。その呟きが届いたのか、フリードは真剣な表情で慧斗を見下ろした。
「要石を破壊しただけだ」
「要石だあ?」
「そうだ。この溶岩を見て、おかしいとは思わなかったのか? ここは明らかに活火山だ。にもかかわらず、今まで一度も噴火したという記録がない。それはつまり、地下の溶岩溜まりからの噴出をコントロールしている要因があるということ」
「――まさか」
「そうだ。溶岩溜まりを鎮めている巨大な要石を破壊させてもらった。まもなく、この大迷宮は破壊される。神代魔法を同胞にも授けられないのは痛恨だが……貴様らをここで仕留められるなら惜しくない対価だ。大迷宮もろとも果てるがいい」
それだけ言い捨てると、フリードは白竜たちに命じて天井へとブレスを吐かせた。大火山そのものが崩落しかねない今、慧斗たちを追撃してまで生き埋めになるリスクは背負えない。
一方、慧斗はそれを妨害しようと鎌首をもたげるティオの鱗を叩き、己に注目を向けさせた。
「ティオ、よく聞け。これを持って、お前は一人であの天井から地上へ脱出しろ」
そう言って、ユエから受け取った“宝物庫”をぐいぐいと鱗の隙間に押し込む。こうすれば、竜の肉体を通して人状態のティオの手に渡る。
その言葉に、ティオは悲しげに唸った。まるでそれは、三人を見捨てて己一人生き延びろ、と言っているようなものだ。
『……ご主人様よ。妾は、妾だけは最後を共に過ごすに値しないというのか? 妾に切り捨てろと、そういうのか? 妾は……』
「寝惚けてんじゃねえよ、このクソトカゲ」
その鱗を叩きつつ、慧斗は続けた。
「俺たちはこれから深部へ向かう。神代魔法を手に入れにな。お前は、静因石をゼェレンに届けろ」
『しかし――』
「これがこの地の神代魔法を手に入れる最後のチャンスだ。二度目はない」
もうすぐここは崩落する。その前に神代魔法を手に入れなければ、二度と手に入らない。そしてその上で、なすべきことがある。慧斗一人では成せないことが。
「神代魔法を手に入れて神と戦う。静因石を届けてアンカジを救う。両方やらなくっちゃあならないのが俺たちの辛いところだ。
――覚悟はいいか? 俺はできてる」
慧斗の力強い言葉に、ティオは一瞬だけ瞠目した。この少年は、まだ諦めていない。何一つ欠かさず、すべてを成し遂げようとしている。
ならば、己にできることは――
『――承知! ご主人様よ、妾は信じておるからな』
「任せろ」
三人が己の背から降りたのを見届けると、ティオはばさりと皮翼を広げ、勢いよく飛び上がった。
天井を破壊しきり、一足先に飛び出していった灰竜の群れを追い抜き、ティオは勢いよく飛翔した。その姿にぎょっとした灰竜たちが反射的に小極光を放つが、ティオはまるで気にした様子もなく上昇していく。
『ふん、この程度の痛みぃ! むしろ心地いいのじゃ! バッチコ~イ!』
「あいつ元気そうだな……」
ティオの元気そうな叫びに、慧斗はただ呆れるしかなかった。いくら道中疲弊せず、先の戦闘でもほぼダメージを受けていないとはいえ、無数の小極光を浴びて喜んでいられるものだろうか。
『グゥルゥアアア!!』
そして竜の咆哮を響かせながら、ティオは遂に最後の岩壁を潜り抜けた。黒い風の塊と化したティオが垂直に飛び出し、巨大な砂嵐に囲まれながらも太陽の光が降り注ぐ天空を舞う。
「あの状況から出て来るとはっ! 化け物揃いめっ! だが、いかに黒竜といえど既に満身創痍。ここで仕留め――」
――フリードの失敗は、ティオが飛び出したその大穴から、迂闊に姿を見せていたことだろう。
「――“爆導策・纏”」
「がぁああ!!」
『ルァアアアアン!!』
その遥か下――フリードと白竜を捕捉した慧斗が、両者に纏わりつくような火焔を現出させる。巨大な火焔の連鎖爆発に、両者は思わず悲鳴を上げた。
作れた隙は数秒。だが強靭な古竜をして、あっという間に離脱させるには余りある時間だった。
「――きっちり果たせよ、ティオ」
その姿を見届けると、慧斗はひらりと身を翻した。障害が尽く消失した今、一刻も早く神代魔法を手にしなければならない。