ありふれた癌   作:Matto

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07:灼熱の中を

「さ、あとはあいつを信じて任せるしかねえ。俺たちは俺たちで、きっちりやり遂げるぞ」

「ん」

 

 

 とはいえ、慧斗はもう体力の限界だ。シアにおぶさりながら、慧斗たちは中央の台座に飛び乗った。

 すでに周囲は溶岩に埋もれている。このままでは、この台座まで呑み込まれるのも時間の問題だろう。溶岩のドームが失せた台座には、その中心に漆黒の建造物がその姿を見せている。

 いよいよ溶岩が噴出するのを尻目に、三人は建物に駆け寄った。一見して扉らしきものはないが、壁の一角に七大迷宮の紋章がある。その前に立つと、すんと音もなく壁が動き、中へと誘った。三人が中に入るのと、溶岩流が台座を呑み込み始めたのはほぼ同時だった。再び音もなく閉じる扉が、間一髪で溶岩流を堰き止める。それきり、大火山を揺らす振動は絶えた。

 

 

「……この部屋、振動まで遮断するのか……堅牢だな……」

「ん……ケイト、あれ」

「魔法陣ですね」

 

 

 驚異的な構造に感嘆する慧斗の腕を引き、ユエが目の前を指差した。巨大で複雑な魔法陣は、神代魔法のそれだろう。三人は一息に踏み込んだ。

 脳裏を疼痛が走り、記憶が浚われる感覚が走る。やがて引いていったその感覚とともに、三人は神代魔法の正体を看破した。

 

 

「やっぱ、空間操作の魔法か」

「……瞬間移動のタネ」

「ああ、あのいきなり背後に現れたやつですね」

 

 

 魔法陣の輝きが収まっていくと同時に、かこんと音を立てて壁の一部が開き、正面に輝く文字が浮き出た。

 

 

『人の未来が 自由な意思のもとにあらんことを 切に願う ――ナイズ・グリューエン』

「……シンプルだな」

 

 

 これまでのような、『神と“解放者”の戦い』の歴史を説明するものがない。それどころか、『住処』とは到底言えない殺風景な場所だ。ライセンのように本人がいるわけでもなく、オルクスのように亡骸があるわけでもない。ただ魔法陣があるだけの、魔法継承のためだけの空間。

 

 

「……身辺整理でもしたみたい」

「ナイズさんは、魔法以外、何も残さなかったみたいですね」

「ナイズ――オルクスの手記にもあったな。登場は少なかったが」

 

 

 ユエは穴が開いた壁に寄ると、そこに納められていたペンダントを取り出した。乙女がランタンを掲げる意匠の、今までとは趣の異なる証だ。

 

 

「……さて、魔法も証も手に入れた。次は、脱出なわけだが」

「……どうするの?」

「何か、考えがあるんですよね? たぶん、外は完全に溶岩で満たされてしまってますよ?」

「え? そりゃもう、早速の試運転だろ」

「え?」

「え?」

 

 

 当然のように言い放つ慧斗に、二人が唖然とした。

 

 

「いやー未来視持ってるシアが付いてきてくれてよかったわ。これで最低限の安全は担保できる」

「ちょ、私頼みですかぁ!?」

「しかも、行使するのは私……」

「じゃあ俺が代わりにやる?」

 

 

 狼狽える女二人に支えられながら、慧斗がけろりと言い放つ。魔法技能もさることながら、今の満身創痍の彼にはとても任せられない。とはいえ、初めて行使する複雑な魔法だ。やれと言われて、その通りにやれるものか。

 

 

「……失敗したら死ぬ……」

「そん時ゃそん時だ。諦めて心中しよう」

「何ですかその碌でもない二択!?」

 

 

 閉口するユエと、開き直る慧斗と、大騒ぎするシア。何だかんだ平常運転の三人は、ともかく割り切って行動に移すことにした。

 

 

「我が意に従え。我が望みのままに、道を照らせ――“界穿”」

 

 

 煌々と輝く黄金の光が、三人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一方、グリューエン大火山を乗り越え砂漠を飛翔するティオは、しかし強い疲労感に襲われて、ふらふらと力なく滑空していた。

 

 

(むぅ……これはちとマズイのじゃ……全く、厄介なブレスを吐きおって……致し方ない。ケイトよ、許してたもれ)

 

 

 強行突破したせいで全身余すことなく浴びた、極光の毒素。それは強靭な彼女をして、少なくない傷を与え、またぐずぐずと悪化させていた。心の中で慧斗に謝罪しつつ、ティオは“宝物庫”から“神水”の瓶を取り出すと、そのまま噛み砕いて嚥下した。貴重な薬を勝手に使うなと小言を言うかもしれないが、まあ本気で怒ることはないだろう。何だかんだ、身内には甘い少年だ。

 ブレスの連発と竜化の影響で消耗した魔力が、あっという間に回復していく。傷もまた全快とはいかないが、ひとまず毒素は沈静化させることができた。これなら、最速でゼェレンに辿り着くだろう。

 そうして力強く羽搏くと、あっという間にゼェレンが見えた。突然出現した竜に、物見は大騒ぎだろう。大手門に着地したティオを取り囲むように、兵士たちが集結した。剣や槍を構えた前衛、弓矢や杖を構えた後衛、ぞろぞろと増えていく。分かっていたことだが、仕方ない話だろう。絶滅したはずの竜が、都を攻めるように飛来してきたのだ。

 さてどう切り抜けるか……と思案していたティオの前に、兵士たちを掻き分けて進み出る者があった。

 

 

「ま……待て、総員待て!」

 

 

 公子ビィズである。父ランズィから聞いたのか、(ティオ)についての事情を知っているようだ。兵士たちが制止されたのを確認すると、ティオは魔力の繭に身を包み、竜化を解いた。

 

 

「あなたは、ティオ殿!? 無事か!?」

「むっ、ビィズか……うむ、割かし平気じゃ。ちと疲れたがの」

 

 

 とはいえ、片膝をついて荒い息を吐く様子は、とても無事とは認め難い。ビィズは周囲の兵士を呼びつけて、医療院への受け入れと、念のため馬車の用意を命じた。公子様が仰るならば……と兵士たちは渋々武器を下ろすが、その瞳には未だ警戒心に満ちている。

 

 

「ティオ殿……あの、ケイト殿らは? お一人なのか? どうして……あの噴火は……」

「落ち着くのじゃ、ビィズ。全部説明する。まずは、後ろの兵らを落ち着かせて、話せる場所に案内しておくれ」

 

 

 そしてビィズが呼んだ馬車に乗り、連れられるままに医療院に向かったティオは――

 

 

「よう、遅かったな」

 

 

 平焼きパンをかじりながらけろりとした顔で出迎える慧斗を前に、盛大にずっこけた。

 

 

「な……何故!?」

「いや実はな、グリューエンの神代魔法が空間魔法だったんだよ。それで溶岩をすり抜けて、ここまですっ飛んできたってわけだ」

 

 

 もぐもぐとパンを食らう慧斗の横では、ユエとシアがベッドで泥のように眠っている。何がどう転んだら、こんな事態が出来上がるのか。

 

 

「だとしても、妾より先に着くなど! 妾これでも相当飛ばしたんじゃよ!?」

「『ゼェレンに戻る』ってのを相当強く意識したらしくってな。()()()と思ったら、ここだ」

 

 

 政務で走り回っていたビィズとさえ入れ違い、突然現れた慧斗たちに、医療院の職員たちは揃って腰を抜かしたものだ。どうやらティオより先に着いたらしい、と察知した慧斗は、「物資は後から着くから」と言い残したきり、別室で休憩していたのだ。

 

 

「あとは、魔力消費でぶっ倒れた。ユエが倒れるまで使い込むんだから、相当な消耗なんだろうな」

 

 

 やっぱり実戦的じゃないよなー、などと独りごちる慧斗であったが、ティオは半分も聞いていなかった。

 

 

「そんな……妾の覚悟はぁ!?」

「そんなことまで知らん」

 

 

 半ば涙目のティオから、慧斗は顔を逸らした。一応本気で心配されていたらしい。慧斗自身は何もしていない以上、リアクションに困る。

 

 

「シアはどうした。どうせ魔法適性はほとんどないんじゃろ?」

「空間転移の演算に、こいつの未来視も応用してもらってな。『このまま突っ込んだら溶岩に落ちる』なんて未来を視ながら演算を繰り返したんだろう。で、こいつも魔力をごっそり消耗したってわけだ」

 

 

 慧斗の語っていた「安全の担保」こそ、シアである。実際に空間魔法を行使するユエと連携すれば、「このまま通り抜けたら、何が起こるか」を占うことが可能だ。しかし、元々未来視自体が魔力消費の重い魔法であり、連発した結果、シアも消耗したわけだ。

 

 

「それより、静因石は落としてねえだろうな」

「う、うむ。この通り、きちんと持ってきた」

「よろしい」

 

 

 ティオが差し出した“宝物庫”から、どさどさと静因石が山のように積み上がり、幾つもの箱が埋まっていく。必要量、いやそれを上回るほどに積み上げられた鉱石に、今度はビィズが度肝を抜かれる番だった。

 

 

「というわけで、俺たちの仕事は果たしたぜ。あとは自力で頑張んな」

「あ、ああ……まったく何でもありだな、貴殿らは」

「この世界の方が何でもありだろ」

 

 

 たじろぐビィズの言葉に、慧斗はへんと鼻を鳴らした。水の確保に原因調査、症状緩和、薬剤の原料調達と精製……どれも魔法があってこそ成しうるものであり、地球なら数倍から数十倍の時間がかかることは容易に想像できる。つまり、犠牲者も同様に増えるということだ。それに比べれば、この世界はずっと手間がかからず対応が早い。――そもそもこの事態を引き起こしたのも、魔法が発端であるという事実を除けば。

 

 

「国を挙げて感謝しよう。この礼は、必ず」

「あ、それなんだけどよ。割と早めに返してくんねえか」

「……ん?」

 

 

 深々と頭を下げるビィズに対し、慧斗は即座に返した。早めに、と言われても、患者たちの治療はこれからだ。とにもかくにも手が回らないのだが――

 

 

「海人族の町、エリセンに行きたい。こいつらが目覚めるまでに、渡りをつけといてくれねえか」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「エリセンから返答が来た。我々の入港と、貴殿らの滞在を認めるとのことだが……」

 

 

 夕方。ギルド所有の魔導具(アーティファクト)を借りて、エリセンへ要請した結果を伝えるビィズの横顔には、何とも言えない苦い感情が浮かんでいた。

 

 

「歓待は期待するなってか?」

「……端的に言うと、そうだ」

「別にいい。町に用事があるわけじゃねえしな」

「……では、何をしに行くので?」

 

 

 予測済みだった慧斗は、ふーんと鼻を鳴らすのみだった。貴重な海産物の供給元として、王国の保護を受けているとはいえ、亜人族の町だ。人間族がやってきても歓迎されないのは当然だろう。

 

 

「エリセンから西北西の沖合に、七大迷宮がある。……らしい」

「本当なのか? そんな話は、聞いたことが」

「情報筋は――……うーん、微妙」

「それでいいのかご主人様」

「ま、行ってみるしかねえだろ。他に手掛かりもねえし」

 

 

 少なくとも、情報と鍵は手に入れた。あとは出たとこ勝負といくしかない。

 

 

「ちなみに、その情報筋というのは?」

「――クソうぜえゴーレム」

「それ信じてよいのじゃろうな!?」

 

 

 渋い顔をする慧斗に、ティオがツッコんだ。あのふざけたドチビゴーレムが、こと試練に限っては真面目に応対していることを祈るしかない。

 

 

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