ありふれた癌 作:Matto
その夜。賓客として割り当てられた部屋で、ティオも倒れるようにベッドに沈み込んだ。いくら
ちなみに、当然のように同室である。アンカジの連中は自分たちの関係を何だと思っているのか、一度問い質す必要があるかも知れない。
窓際でそれを眺める慧斗に、ティオが倒れ伏したままにやりと視線を向けた。
「うら若き乙女が三人……誰から
「寝言が言いてえならさっさと寝ろ」
ティオの茶々を、慧斗はばっさりと切り捨てた。その肢体も相まって、並みの男なら「据え膳食わぬは男の恥」と飛びつくところだが、さすがの慧斗もそこまでの元気はない。
「早く寝ろ。お前もそれなりに消耗したんだろ」
「……ご主人様はどうなんじゃ?」
捲し立てるような慧斗の言葉に、ティオの眼差しが真剣なものに変わった。彼女の反問に、慧斗はにっとあくどい笑みを浮かべると、窓際から身を乗り出した。
「興が乗った。この玉体の完璧ぶりを、その身でたっぷり教え込んでやる」
「おや、おや、おや。それは楽しみじゃのう。――それが本音ならばな」
「……ちっ。からかい甲斐のねえ女だ」
慧斗の揶揄を見抜いたティオの言葉に、彼はしかめ面をしながら再び窓際に腰を下ろした。
その時、シアがう~んと唸りながら身じろぎをした。
「……むにゃ……あぅ……ケイトしゃん、大胆ですぅ~、お外でなんてぇ~、……皆、見てますよぉ~」
「…………」
「…………」
何やら馬鹿馬鹿しい夢を見ているらしい。ちょっとだけ頭にきた慧斗は、無言でシアの許に寄ると、その鼻と口を摘まんで塞いだ。
「ん~、ん? んぅ~!? んんーー!! んーー!!
――ぷはっ! はぁ、はぁ、な、何するんですか! 寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!」
「死ね」
「ご主人様、そういうのは妾にやってたも」
「お前も死ね」
空気が吸えなくなり、思わず起き上がるシア。下らないことを言う女二人に、慧斗は冷たく吐き捨てた。これでも起きないユエは神経が図太いのか、それともそれだけ疲弊させてしまったのか。
ともかく、起き上がったシアは、真剣な目つきで慧斗を見つめた。
「……ケイトさん……その、体は大丈夫なんですか?」
「そうそうくたばるタマに見えるか?」
「はぐらかさないで下さい」
窓際に戻りつつおどける慧斗に対し、シアはまっすぐ見つめ続けた。ティオも起き上がり、シアの問いに続く。
「本当に無事だったら、ユエが駆け付けるまでに持ち直しておったはずじゃ。それに妾自身、あのブレスを浴びたから分かる。あれは極光と同時に毒素を浴びせるブレスじゃ。事前の備えもなしに受ければ、五体が焼け爛れて死ぬ。そういうものを、お主は直に浴びたのじゃ」
「“魔力放出”だって使ってませんでした。まだ、後遺症が残ってるんじゃないですか?」
問い詰める二人に、慧斗はしばらく沈黙した。返答に窮しているわけではない。誤魔化しに窮しているわけではない。
「――そんなもん浴びて、形が残ってるのをおかしいと思わねえのか」
無表情でそう言うと、慧斗は懐から魔晶石を取り出した。魔物の魔石を砕いて再精製したものに、“廻聖”で患者たちから暴走魔力を吸い上げた、煌々と輝く晶石だ。慧斗はそれを、まるで煙草のように気軽に咥えた。
「何を……?」
シアの問いに答えず、魔晶石を咥えたまま天井を仰ぐと、そのままごくごくと喉を鳴らし、まるで飲み物のように魔力を吸収し始めた。
汚染された魔物の肉越しではなく、適度に希釈された魔力回復液越しではなく、濃縮された魔力の塊を直接呷る。その源は、さまざまな魔物や患者たちから吸い上げた雑多な魔力だ。魔力操作で吸収できるユエやティオですら、一旦魔力を取り出した後、適度に馴染ませるために吸収量を絞る必要がある。それを直接呑み込むなど、元来魔力を有しない地球人はおろか、トータスの人間族や魔人族ですら成し得ない所業だ。二人は思わず息を呑んだ。
やがて魔力が尽き、色褪せた魔晶石を吐き出すと、慧斗は服の袖で枯れた石を拭い、窓際にことんと置いた。“糸”で何とか繋いでいたはずの筋肉と皮膚は、くすんだ古傷だけを残して復元している。まるで食後の一服のような気軽さで、彼は人外の業を成した。
「――もう戻れない。無限に生命と魔力を食い潰して永らえる
正真正銘、化物なんだよ、俺は」
窓から差し込む月影が逆光となり、慧斗の顔を隠した。その影に隠れた慧斗の感情を、二人は形容することができなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝。チチチと囀る鳥の声とともに、ユエはゆっくりと目を醒ました。
「……ん……」
見覚えのない内装に戸惑いつつも、ユエはくしくしと目を擦りながら起き上がった。医療院の仮眠用ベッドで寝ていたはずだが、知らない間に客間に移動させられていたらしい。
「よ。起きたか、ユエ」
「ん……おはよう、ケイト」
そこに、体面のベッドに腰かけていた慧斗が声を掛けた。目覚めて最初に見たのが、最愛の仲間だったのは喜ばしい。
「やっぱ、疲れたか」
「ん……神代魔法の中でも、特に複雑。難しい」
「やっぱ俺には扱えなさそうだな」
ユエの言葉に、慧斗はうーんと頬杖を突いた。いつか語ったことだが、神代魔法はとかく使いづらい。失伝したのも当然と言っていいか、どうか。
――問題は、その効果だ。空間を操作する魔法、ある意味、慧斗が最も求めていた魔法だ。
「……これで、帰れると思うか?」
「厳しい」
「……そっか」
ユエのたった一言で、慧斗は静かに引き下がった。お互いの言葉の意味するところを、二人は即座に理解した。
たかがグリューエン大火山からゼェレンまでの距離を移動するだけで、この魔力おばけのユエが倒れるほどの負荷だ。次元を超えて地球に戻る――それも複数人など、到底期待できない。神代魔法ひとつで成就などという横着は、諦めるしかなかった。
しかし慧斗の目には、未だ光が宿っている。一縷の希望に縋る儚い光ではない。意地でも成し遂げる、執念の光だ。
「諦めないの?」
「……ミレディの野郎の言葉に従うのは癪だけどな。こうなったら、とことん集め切ってやる。そんで『神殺し』でも何でもブチかまして、力ずくで乗り切ってやる。
俺たちのためにも。お前たちのためにも」
自棄ではない。慢心ではない。慧斗は本気で神をも敵に回す気でいる。その原動力が『他人のため』というのが、どこまでも愛おしい少年だ。本人は否定するだろうが。
「……ん。やっぱり、ケイトはやさしい」
「どの流れでその感想になった?」
「秘密」
◇ ◇ ◇
アンカジ公国の港ノルエに移動し、翌朝船に乗って波に揺られること半日。辿り着いた海人族の町エリセンは、異様な緊迫感に包まれていた。
「な、なんていうか……」
「視線がやけに厳しいのう。ぞくぞくするわ」
「それはティオだけ」
船から降りた慧斗たちに向けて、町の者たちが敵意に満ちた視線を集中させる。思わず慧斗の陰に隠れるシアとは対照的に、身を震わせて興奮するティオ。その姿に何やかんや慣れてしまったユエは、自己嫌悪に苛まれながらツッコんだ。
「何かあったのか?」
慧斗の問いかけに、船長は「私たちにも分かりません」とかぶりを振った。
「元々、私たち人間族にそこまで友好的というわけではありません。それでも、交易には差し障りない程度に親交はありました。ここまで敵対的だったことは、今まで一度も……」
戸惑う船長の案内に従いつつ、慧斗たちは町の奥へと進んでいった。一旦冒険者ギルドに行けば、一通りの情報交換と交渉ができるだろう。
ところが、早くもトラブルが発生した。
「おい、そこのお前!」
海人族の青年が、慧斗へと怒声を飛ばしてきたのだ。ずかずかと歩み寄ってくるが、当然に面識はない。てっきり一行の向こう側に吹っ掛けているものかと聞き流していた慧斗は、反応に遅れた。
「ケイトさん、呼ばれているみたいですけど」
「あ? ……いや誰だよ。知らねえよあんなサカナ」
「何だと!?」
しかし、反射的に悪し様な言葉選びをしてしまうのは、慧斗の欠点だろう。罵倒されたと思った青年は、いよいよ怒りを露わにした。
「この――人間の分際で!」
その勢いで殴りかかってきた青年の拳に対し、慧斗はぐるりと回り込むと、その腕ごと捩じ上げた。
「ぎゃあっ!?」
「おいおい、勘弁してくれよ。サカナ共と因縁なんか無いんだけどな?」
「どー見ても今作っておるがのぅ」
ぎりぎりとした痛みに藻掻く青年に対し、慧斗が再び罵声を浴びせる。この少年はどうしてこう……というティオの呆れ声がどこまで届いているか。
「何をしている!」
そこに、鋭い声が飛んできた。見れば別の海人族が、銛を携えて歩み寄ってくる。
「あれは?」
「この町の衛兵です。なるべく事を荒立てないように」
船長が忠告を掛けるも、時すでに遅しだ。何しろ町の者から吹っ掛けてきた事態に対して、荒立てるもへったくれもない。できることは、捩じ上げた青年の腕を解放し、軽く突き飛ばすことだけだった。
さらに悪いことに、慧斗たちは海人族の憎悪を見誤った。
「こいつだ! この人間がいきなり殴りかかってきた!」
「えっ」
「何だと?」
「そうだ、そうだ! 俺も見ていたぞ!」
青年の言いがかりに呼応するように、周囲の海人族たちもやんやと声を上げる。突然出来上がった四面楚歌の中で、顔をしかめた衛兵が銛を構えて歩み寄ってくる。
「何のつもりだ? よそ者が、この町で好き勝手していいと思っているのか」
「ち、違います! 私たちは――」
「黙れ! 兎には訊いていない!」
慌てて弁明しようとするシアの言葉を、衛兵が強引に遮った。惰弱な兎人族への侮蔑が込められた物言い――それこそが、慧斗の逆鱗に触れるとも知らずに。
「おい」
慧斗は素早くグレートソード掲げ、ごり、と振り下ろした。剣圧が衝撃波となり、がりがりと地面を走る。
「!?」
「な、なんだ!?」
思わずたじろいだ衛兵たちの前で、慧斗はこめかみに青筋を立てながら口を開いた。
「言葉と態度はよーく選べよ、サカナ共。
下らねえ意固地で難癖をつけようってんだ、相応の覚悟はあると思っていいよな?」
「何だと……!?」
「人間ごときが、思い上がるなよ!」
慌てる船長を無視して放たれた慧斗の罵声に、周囲の海人族たちが怒りに身を任せて歩み寄ってくる。周囲は一触即発の空気に包まれた。
「はわわわわ……どうするんですか、これぇ」
「分からない」
「ご主人様は火薬庫じゃからのう」
慌てるシアの言葉に、しかしユエもティオも手立てがなかった。海人族の縄張りであるこの島で、刃傷沙汰を起こすわけにはいかない。特に二人は、魔法使いゆえに加減が難しい。
「何をしているのかね」
そこに、ひとつのしわがれた声が割り込んだ。見れば、腰の曲がった海人族の老人が、短い銛を杖代わりに立っている。
「あれは?」
「エリセンのギルド支部長です」
慧斗の問いに、船長は耳打ちで答えた。よりによって、一番面倒な人物が割り込んできてしまった。じろりと睨む慧斗を指差しながら、青年が叫んだ。
「ドルガさん、この男が!」
「――お前に殴り掛かられたから返り討ちにした。違うかね」
「うっ……!?」
「儂が何も知らぬと思うたら大間違いじゃ」
しかし現場を見抜いていたのか、支部長ことドルガは低い声で切って捨てた。その一言に、周囲の海人族たちも委縮する。
「なんだ、少しは話が通じそうな爺さんだな」
そこでようやくグレートソードを担ぎ直した慧斗の声に反応したかのように、ドルガが慧斗をじっと見つめてきた。
「……ホザキケイト」
「あ?」
突然名前を看破されたことに、慧斗は思わず素っ頓狂な声を上げた。繰り返しになるが、ここは初めて訪れる島だ。海人族との繋がりはないし、顔が知られているはずもない。
「ご主人様、知り合いか?」
「さあ」
「ケイトさんが忘れてるだけじゃないんですかぁ?」
「後でお仕置きな駄ウサギ」
じろりとシアを睨む慧斗の前で、ドルガはくるりと引き返すように後ろを振り返った。
「お前さんらに頼みごとがある。立ち話もなんじゃし、ギルドまでついて来てくれんかね」