ありふれた癌   作:Matto

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09:消えた子供

「まずは、町のもんが失礼したね」

 

 

 冒険者ギルド:エリセン支部の執務室。対面のソファに座る一同の前で、支部長ドルガは目を伏せて謝罪した。

 

 

「あの程度でいちいち目くじら立てねえ――と、言いたいとこだが」

「分かっておる。まずは事情を話さしてくれ」

 

 

 原因が誰にあるにせよ、トラブルは日常茶飯事だ。それ自体は問題ないが――ここまで謂れなき敵意に晒されたのは初めてだ。厳しい目を向け続ける慧斗に、ドルガは続けた。

 

 

「一ヶ月ほど前から、一人の子供がいなくなった。

 名前をミュウという。父親を早くに亡くした子でな、母親ともども町のみんなで守りながら育てている子だった」

 

 

 ドルガの言葉に、慧斗を除く一同は悲痛そうな顔をした。町の者全員が父親代わりの心境で育ててきた子供がいなくなったと思えば、その心配は人一倍だろう。

 

 

「獣に食われたとか、そんな話じゃねえだろうな」

「け、ケイトさん!」

「もちろん、その可能性は考えた。つい遠出をして波に攫われたかも知れぬ、虎鯨(シャチ)に食われたかも知れぬとな。

 だが、町の者を集めて調べていくうちに、別の可能性が出てきた」

 

 

 そんな中、冷淡に言い放つ慧斗をシアが止めにかかる。それを否定しなかったドルガは、しかし別の可能性を提示した。

 

 

「ミュウがいなくなる数日前に、王国から交易の船が来ていた。その中に、何やら怪しい風体の人間族がいたらしい」

「――! まさか、その人間に攫われたと……!?」

「儂らはそう疑っておる」

 

 

 驚く船長の言葉を、ドルガは事実上肯定する。

 

 

「そのせいで、この町のもんは人間不信になっておる。お前さんらに殴り掛かったのも、『ミュウが攫われたのは人間のせいだ』と思うもんがおるせいじゃ。

 ……もちろん、全ての人間族が悪人ではないことは、儂も分かっておる。だがそう思わんもんが現れる程度には、種族の壁というものは厚く、高い」

 

 

 ドルガ自身、人間族への疑心に囚われているようだった。目の前の人間たちにこそそれを向けないが、ぎりぎりと拳を握る様がその感情を強く示している。

 

 

「で? このまま海の上で待ちぼうけても、その餓鬼は帰ってこんだろ。こんなところでいつまで油を売ってるんだ」

「分かっておる。だが、儂らに手がないのも事実じゃ」

 

 

 頬杖を突いた慧斗の物言いに、ドルガは苦い表情を浮かべた。

 

 

「陸は人間族の巣窟じゃ。儂ら海人族は海には詳しくとも、陸のことはてんで分からん。若い連中は『人間族何するものぞ』といきり立っておるが、それが逸りであることは歴史が証明しておる」

 

 

 人間族の認識において、亜人族は『弱い』種族だ。それは偏に『魔法』という強大な力の有無が存在するがゆえであり、もしも人間族と敵対したところで、ただでさえ不利な物量を完膚なきまでに叩き潰されるのが関の山だろう。まして陸の戦い方が分からない海人族、反逆を試みたところで結果は火を見るよりも明らかだ。

 ――それがもし、同じ人間族による協力があれば?

 

 

「つまり、俺たちに押し付けると」

「私たちが代わりに見つけ出して、ここまで連れて帰ってくるってこと?」

「そう、それがまさに、お前さんらに頼みたいことなんじゃ。もちろん、報酬は相応を約束する」

 

 

 ドルガの依願に、しかし慧斗は頬杖を突いたまま冷たい表情で返した。ここに来たのは、ただの行きずりだ。名も知らぬ海人族の子供を助けてやる必要など、どこにもない。

 

 

「身内の問題くらい、自分たちで何とかしろよ」

「ちょっと、ケイトさん! ここまで聞いておいて知らんぷりする気ですか!?」

「ケイト殿、それはあまりにも……」

 

 

 シアと船長の苦言に、慧斗はがりがりと頭を掻いた。ユエはともかく、ティオも心苦しそうな表情を浮かべている。どうしてこう、人の好い連中に振り回される羽目になるのか。

 

 

「……手掛かりはねえのか」

 

 

 仕方なく、慧斗は折れた。何よりまず必要なのは、犯人の情報だ。

 

 

「人間ってだけじゃあ、いくら何でもきりがねえ。その餓鬼が老いて爺婆になるまで待てるって言うんなら、話は別だけどな」

「人相書きがある。これなら、手掛かりになるかね」

「どうかのぅ。目立つ風体なら話は別じゃが」

 

 

 ドルガが差し出した人相書きに、一同は揃って覗き込んだ。ぼうぼうの髭に、整えられていない蓬髪。薄汚い容貌の、いかにも怪しい男だ。

 

 

「どうですか?」

「俺も別に人脈広くない。船長さん、どう?」

「私も同感ですな……少なくとも、アンカジの関係者ではないと思います」

 

 

 王国出身者ではあることは間違いなさそうだ。問題は、この乞食同然の怪しい男が、どうやって交易船に紛れ込むようなコネを持っていたのか。

 

 

「王国に持ち帰るのも面倒だが……何しに来たんだ、こいつ?」

「先ほども言った通りじゃ。交易の商人を名乗り、怪しげな薬を売っとった。やれ精が付くだの、気分がよくなるだの……商いの方はあまり振るわん様子だったから、皆気にも留めておらなんだ」

「……ふぅーん?」

 

 

 ドルガの説明に、慧斗は思わせぶりな声を上げた。少なくとも、こいつが実行犯であることは確度が上がった。

 

 

「何か気にかかることでも?」

「まあ、()()()の商売がどうだったかなんて参考にならないが――いいね、大捕り物の予感がしてきたぜ」

「なに?」

 

 

 にっと悪辣な笑みを深める慧斗に、一同が不思議そうな顔を浮かべる。

 

 

「ヒント。ここは海のど真ん中、単独でよからぬ真似はできない。陸路みたいに、馬かっぱらってバックレるってわけにはいかねえからな」

「――まさか!」

 

 

 慧斗の謎めいた言葉に、ユエたちは首を捻ったが、船長はいち早く気付いた。もし、この想像が正しければ――かなり入り組んだ事態になる。

 

 

「ドルガ殿、その時の船長は!?」

「……ん? そういえば、その時だけはいつもと違うもんが船長をしておったの。いつもはロルドという男が船長をやっていてな、儂の個人的な友人でもある。あの日は、体調が悪くて船長を代わったという話だったが……」

「割符は検めたましたか?」

「うむ。馴染みの代役といえど、決まりを破るわけにはいかんからな」

 

 

 割符があるなら、本物なのは間違いないだろう――ユエたちの疑念は晴れなかったが、慧斗の笑みも、船長の苦い顔も変わらなかった。

 

 

「何か分かったんですか?」

「おそらく、こいつの単独犯じゃない。おそらく乗組員全員――最低でも、代役の船長とやらは共犯だ」

「えぇっ!?」

 

 

 慧斗の断言に、シアは驚愕した。この男だけでなく、交易船そのものが共犯!?

 

 

「ケイト殿も言った通り、ここは海のど真ん中です。人間族の身で王国領と行き来するには、どうしても船が必要になる。まして、子供という荷物を抱える以上は。

 そして、船は一人では動かせません。狭い船内に、多くの水夫がひしめき合うことになります。当然、全員から海人族の子供を隠し通すことなど不可能です」

「……じゃあ、どうやって?」

「簡単なことだ。()()()()()()()

 

 

 船長の説明に、ユエが疑問を呈する。それに答えたのは、慧斗の想定外の言葉だった。

 魔法ありきの世界とはいえ、重い船を動かす安定出力などまずあり得ない。ガソリンエンジン、電子制御による舵取りを備えた地球の船舶でさえ、乗組員は相応の数が必要になる。いわんや科学技術が発達していないトータスをや、だ。必然的に、多数の水夫がミュウなる子供を目撃することになるだろうが――

 

 

「『最初から人攫いが目的である』という了解があれば、攫ってきた子供を隠す必要なんかない。それを外に漏らす奴がいなきゃ、犯行が露呈することもない。

 が、そんな異常事態が可能なのは――船長が犯行に加担しているか、あるいは乗組員全員が徒党であるか。そのどっちかだ」

 

 

 その口を塞ぐ強権の持ち主か、そもそも塞がれるまでもない徒党ならば、露呈の心配などない。つまりこの男の独断ではなく、最初から人攫いという目的ありきの渡航だったわけだ。

 

 

「――王国め……! 儂らを愚弄しておったのか!」

「少し惜しいな、爺さん」

 

 

 信用していたはずの王国に出し抜かれ、悔しそうに拳を握るドルガに、慧斗が待ったをかけた。

 

 

「どういうことじゃ」

「交易船が来たあとで子供がいなくなった――十人中十人が、『その交易船が怪しい』と思うだろう? 犯行の瞬間がバレなくたって、嫌疑がかかるのは時間の問題だ。その時になって()()を切ろうが、連絡網のあるギルドが動けば、犯人特定はあっという間だ。

 

 

 いや、何なら王国が出張ってくる可能性もあるな。『人間族の人攫いが海人族の子供を狙った』、これだけで人間族と海人族の関係が悪化するのは明白だ。魔人族との戦争で追い込まれてる王国に、海人族とまで事を構える余裕はない。徹底的に調べ上げて、必ず犯人を見つけ出すはずだ。やっぱり、犯人共に逃げ場はない。

 ――よほどの馬鹿じゃねえ限り、こんな展開は容易に想像できる。交易船に偽装できるだけの頭があるなら尚更な」

 

 

「……つまり?」

「犯人は王国の関係者じゃねえ。『船長の代役』ってのは嘘っぱちだ」

「な、なんじゃと……っ」

 

 

 慧斗の断言に、ドルガは驚愕した。

 

 

「王国の交易船を装って潜入、バレた後の嫌疑だけ王国に押し付け、自分らは帝国あたりに高飛び――くく、人攫いの分際でよく頭が回るじゃねえか」

「褒めてどうするのじゃ」

「では、ロルドは……」

「どうやって襲われたのかは分かりませんが、生存は絶望的でしょうな……」

 

 

 ドルガの震え声の問いに、船長は重い口で返答した。交易船の船長を的確に始末し、その割符を奪って代理を装い、何の疑いも持たせず忍び込む……なるほど、見事な策略だ。それが『幼児の人攫い』という邪悪な所業でなければ。

 

 

「じ……じゃあ、どうやって犯人を捜すんですか?」

「……ここからは、当て推量になる」

 

 

 シアの問いに、慧斗と船長はようやく行き詰まりといった表情を見せた。

 考えろ。二度と使えない策謀だ。なるべく早く、そして高値で売り払う必要がある。王国にもエリセンにも()れずに売り払う方法は――

 

 

「王国内では売らないと思います。奴隷商も馬鹿ではない、犯行が露呈すれば巻き添えになる」

「じゃあ、帝国か?」

「それも難しいでしょう。王国の船を装ったのであれば、犯人は王国側の人間です。帝国側とのコネがないはず」

「……奴隷市場が盛んで、足がつきにくくて、王国の人間でも商人共とのコネが作りやすい場所――」

 

 

 船長と慧斗のやり取りを聞きながら、全員の脳裏にひとつの候補が浮かんだ。王国も帝国も関係ない、商業の盛んな街といえば――

 

 

「――フューレン!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『海人族の子供か……残念ながら、こちらでは把握していないね』

「そんなぁ……」

『念のため、市長にも問い合わせてみるよ。無論すぐというわけにはいかないが、明日か明後日には返事ができると思う』

 

 

 ギルド支部の通信用魔導具(アーティファクト)を用い、フューレン支部長イルワに問うた結果が、上記だった。

 

 

「フューレンははずれか……」

『いや、そうでもない』

「え?」

 

 

 渋い顔を浮かべるティオの言葉を、当のイルワが否定した。

 

 

「今、『フューレンにはいない』と言わんかったかの?」

『残念だが、すこしニュアンスが違うね。

 確かに、我々ギルドでは把握していない。だがそれは、“その子供がフューレンにいない”という意味にはならない。むしろ、かなりいい線を行っていると思うよ』

「???」

 

 

 イルワの謎めいた回答に、全員が疑問符を浮かべた。

 

 

『ドルガ氏やシア君には面白くない話だとは思うが――奴隷売買というのは、帝国でも王国でも立派な商売だ。出自がどうあれ、一度競売に掛けられ、買い手が付き、売買契約が成立してしまえば、取り戻すことは極端に難しくなる』

「そんな……」

『ただ、その分取り扱いには厳しい。奴隷の売買をすれば、必ずその記録を行政府に提出しなければならないんだ。人間族、またはそれに近しい生命を取り扱うからね。適切な管理能力があることを証明しなければならない。先ほど市長に問い合わせると言ったのも、その記録を照会するためだ』

「……それで?」

『わかるかい? 海人族の子供を売る気なら、そのことを届け出なければならないんだ。そして君たちの話を聞く限り、その人攫いたちが正規の市場でその子を売るのは難しい。つまり――』

「――闇オークションか」

 

 

 イルワの説明に、いち早く反応したのが慧斗だった。隣の船長と同じように、魔導具(アーティファクト)の向こうでイルワも頷いていることだろう。

 

 

「なんですか、それ?」

『非合法の奴隷市場のことだ。明確な犯罪である代わりに、普通の市場では出回らない()()()()()が取引される。売買規定に達しない年齢の子供や、珍しい亜人なんかね』

「……イルワさん」

『……すまない。無神経だったね。

 話を戻そう。危険な方法で攫ってきた海人族とくれば、闇オークションに掛けられている可能性が非常に高い。場所がここフューレンというのも、理にかなっている。……この街を預かる身としては、苦々しい思いだがね』

「言い切る以上、アタリはあんだろうな?」

『“フリートホーフ”』

 

 

 慧斗の確認に、イルワはきっぱりと断言した。

 

 

「なんじゃ、それは?」

『このフューレンを根城にする非合法組織の一つだよ。表向きは人材派遣ということになっているが、実態は人身売買の元締めだ。証拠隠滅も巧妙で、市長も奴らには手を焼いている。我々冒険者ギルドも、何度も奴らと抗争を繰り返してきた。

 海人族の子供が()()したとなれば、必ず奴らが噛んでいるはずだ。こんな商機を、奴らが逃すはずがない』

「なるほど」

 

 

 一大都市のギルド支部長が目を光らせるような大組織ならば、『王国船の偽装』という大胆な策も取れることだろう。確度が一気に高まった。

 

 

『そして朗報だ、ケイト君』

「あ?」

 

 

 突然の名指しに、慧斗は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

 

『相手は非合法組織、そして闇オークションだ。公的機関に見つかれば売り手はもちろん、買い手も有罪になる。当然、そこで行われた取引はすべて無効だ。何者かによって力ずくで強奪されたところで、合法的に取り戻すことはできない。特に今回のような、明らかな犯罪に関与していれば尚更ね。

 ――冒険者ギルド:フューレン支部長からの指名依頼だ。()()()()()()()()()()

 

 

 これまで散々手を拱いてきた、厄介な組織――それを相手取るなど、あまりにも大胆な依頼だ。並みの冒険者どころか、徒党を組んだ複合パーティでも成し得ない難題だろう。だがそれだけに、やり口はいくらでも許される。

 

 

「存外、悪い男じゃねえか。嫌いじゃないぜ」

 

 

 そういって、慧斗は獰猛に笑った。

 

 

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