ありふれた癌   作:Matto

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05:オルクス大迷宮

 翌朝。生徒たちは騎士たちに囲まれ、オルクス大迷宮の正面入口がある広場に集まっていた。

 『大迷宮』という名称とは裏腹に、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着た受付嬢が笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで、死亡者数を正確に把握するらしい。戦争を控え、多大な死者を出さないための措置だろう。入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれが商売敵として鎬を削っている。まるでお祭り騒ぎか何かである。

 迷宮の浅い層は、良い稼ぎ場所として人気があるため、人も自然と集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、冒険者ギルドと協力して王国が設立したらしい。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買をしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているようだ。

 生徒たちは辺りをきょろきょろと見回しながら、メルドの後を並んで付いていった。相川のように不安を覚えている者は、他にいないようだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

 五メートルがせいぜいの狭い通路は、灯りもないのに薄ぼんやりと発光しており、松明もなしに見通すことができる。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、このオルクス大迷宮は、巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。

 先頭にメルドと騎士数人、中央に生徒一同、後方にまた騎士数人。一行は隊列を組みながらゾロゾロと進むと、やがて広間に出た。ドーム状の大きな場所で、天井も高い。物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 

 筋肉ムキムキのネズミ頭――そんな不格好な魔物の出現に、メルドは冷静に指示を出した。

 最初に飛び出したのは天之河、八重樫、坂上の三人だった。その後ろで白崎、中村(ナカムラ)恵里(エリ)谷口(タニグチ)(スズ)が詠唱を開始、魔法を発動する準備に入る。天之河は純白に輝くバスタードソードを振るい、ラットマンを次々に屠っていった。四方八方から飛び掛かるラットマンを重厚に受け止めているのが坂上。群れの隙間を縫うように駆け抜け、一刀のもとに次々と斬り伏せるのが八重樫だ。

 

 

『暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――“螺炎”』

 

 

 詠唱完了とともに、螺旋状に渦巻く炎がラットマンの群れを呑み込み、絶叫とともに焼き払った。骨すら焼き払う灼熱が消えたころには、大量の灰と少々の燃え殻だけが残った。

 

 

「ああ~……うん、よくやったぞ! 次はお前らにもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 

 ここまでの威力は想定外だったのか、メルドがぽりぽりと頬を掻く。第一層程度では、彼らの敵にもならないらしい。

 

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキル(やりすぎ)だからな?」

 

 

 魔石収支まで気にするとは、随分と余裕がある。相川の心配も取り越し苦労だったな、と慧斗は呑気な心持ちになった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「よし、慧斗、昇、明人! 前に出ろ!」

「あいあい」

「は、はい!」

 

 

 メルドの号令に、慧斗と相川、そして仁村(ニムラ)明人(アキト)が飛び出る。二人が緊張とともに武器を構える横で、慧斗は悠然と歩きつつ、

 

 

「ぬぅんッ!」

 

 

 目の前のウェアウルフに向けて、素早くグレートソードを振り下ろした。

 ごり、という重い音ともに、ウェアウルフの頭蓋が両断され、血と脳漿を撒き散らす。その横から飛び出し、鋭い爪を突き出して襲い掛かってきたもう一頭を、

 

 

「ふっ」

 

 

 咄嗟に剣鉈を抜き、ぐいとかち上げるように堰き止める。予想外の防御に戸惑ったその首を、黒鉄の刃が刎ね飛ばした。

 

 

「う、うおぉぉぉ!」

 

 

 その横で、相川が震えた叫喚とともに戦斧を振り上げ、目の前のウェアウルフに向けて振り下ろした。腰の入っていない一撃は、しかし過たずウェアウルフの頭蓋へ深々と打ち込まれ、ウェアウルフはどさりと倒れ伏した。その後ろから襲ってくる三頭を、

 

 

「ずぇいッ!」

 

 

 さらに後方から振るわれた慧斗のグレートソードが、低い唸りを上げながら駆け抜け、三頭の胴体をまとめて両断した。

 その他、複数の生徒たちが武器や魔法を振るい、ウェアウルフの群れを蹴散らしていく。最後に慧斗が袈裟懸けに振るった刃がウェアウルフを引き裂き、それでこのエリアは静かになった。

 

 

「こんなもんすか、団長」

「おう、見事だ! 魔石も――よし、損壊はないな」

「中心線避けるのめんどくさいっす。次から正面カチ割っていいすか」

「それは――まあ、考えておく! 余裕があるうちは今の通りで頼むぞ!」

 

 

 慧斗はメルドとそんな軽口を交わしつつ、戦斧を抱えてへたり込む相川の方に向かった。戦斧が思いのほか深く食い込み、引き抜くのに苦労しているようだ。

 

 

「は、はぁ……はぁ……」

「よう。何とかなってんな」

「あぁっ!? な、なんだ、穂崎か……」

「人を幽霊みたいに扱うな」

 

 

 気軽に声を掛けたつもりだった慧斗は、びくっと震えあがった相川に向かってため息を吐いた。その勢いで戦斧を抜き切り、「へぶっ」と間抜けな声を上げて尻餅をついたのは僥倖といっていいか、どうか。

 

 

「……穂崎は、すごいよな……」

 

 

 ぽつりと零した相川の言葉に、慧斗は無言で首を傾げた。

 

 

「一人でばったばった倒すことができて。俺なんか、一匹やっつけるのに精いっぱいだった」

「初めはそんなもんだろ。慣れていきゃいい」

「でも……穂崎は……」

 

 

 同じ初陣でありながら、戦果の差に挫けているらしい。初めて生の殺し合いを演じた人間が、傷を負うこともなく相手を打倒できたのは、上々と言っていいだろう。

 そんな通り一遍の励ましは、しかし相川を励ますには至らなかったようだ。俯く相川に、慧斗は再びため息を吐いた。

 

 

「一応言っとくけどな。――俺も、最初は怖かった」

「え?」

「今のお前より、ずっとずっと前の話さ」

 

 

 それこそ、この異世界に拉致されるずっと前。小学校のころ、下級生をいじめる上級生の姿に苛立ち、問答無用で飛び掛かった時のこと。

 

 

「人を殴る感触が、骨を敲く感触が、拳が痛む感触が。どうしようもなく怖かった。

 いや、どうかな……当時はアドレナリンどばどばで、そんなこと考えてなかったかも知れない。でもそれが切れたとき、びっくりするぐらい震えた。俺がやったのは、俺が学んできた武術は――人を傷つけるのは、こういうことなんだって」

 

 

 肉を打つ生々しい感触への恐怖。上手くやってみせたという快感。殴り返されていたらという戦慄――それらが綯交ぜになって、当時の慧斗は形容しがたい感覚に支配されたものだ。そしてその原体験は、未だ慧斗の奥底で脈動している。

 「ま、それで止めてりゃ正解だったんだけどなー」と独りぼやきながら、慧斗はくるりと背を向け歩き出した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 二十階層。今日はここで一通り戦闘を重ねてから、実地訓練を終了するらしい。騎士たちを含めて合計三十名足らず、大した傷も負ってないし、軽微な治療魔法を受けて全快している。「こんなものか」と、生徒たちの間に弛緩した空気が広がる中、先頭を歩くメルドがふと立ち止まった。

 何事かと訝しむ生徒たちの前で、戦闘態勢に入る。何かを見つけたらしく、メルドの目がぎらりと光った。

 

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 

 その言葉に、生徒たちはようやく意識を切り替えた。鍾乳洞のような岩壁を見回すと――壁の一部が褐色に変わり、そこからゴリラのような魔物が姿を現した。カメレオンもびっくりの特性である。

 

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 

 メルドの忠告に、天之河と坂上、八重樫がいち早く飛び出した。坂上が正面を塞ぐ形で相対し、天之河と八重樫が側面に回り込もうとするも、鍾乳洞のような地形が思うように進ませない。

 坂上の重厚な防御を突破できないと踏んだロックマウントは、後ろに仰け反りながら大きく息を吸い。

 

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮を轟かせた。

 

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

 

 びりびりとした衝撃が生徒たちの五体へ走り、一同を硬直させた。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”である。魔力を乗せた咆哮で、一時的に相手を麻痺させる効果がある。

 その隙に、ロックマウントは手近な岩を掴むと、坂上の後方、白崎らに向けて投げつけた。逃げ場のない狭い地形で、咄嗟に防御魔法を展開した白崎らは、未だ麻痺から立ち直れない坂上らを押し退け、自分たちへ突進するロックマウントを目撃した。

 

 

「ひぃ!」

「――ふんっ!」

 

 

 思わず魔法を中断し怯む三人。そこに割り込むように、慧斗のグレートソードが立ちはだかった。ぎぃん、と甲高い音が鳴り、ロックマウントの腕と黒鉄の刃が衝突する。

 

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

「す、すいません!」

 

 

 その向こう側から、メルドの叱責が飛ぶ。三人は咄嗟に謝るも、再び動き出すには時間がかかりそうだ。ロックマウントの巨体を押し返すように、慧斗が無理矢理にグレートソードを押し込んだ。

 

 

「貴様……よくも香織たちを……許さない!」

 

 

 とそこに、ようやく麻痺から立ち直った天之河が飛び込んできた。

 

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――“天翔閃”!」

 

 

 激情のまま、詠唱とともに放たれた強烈な斬撃が光を伴い、強烈な斬撃となってロックマウントを襲った。曲線を描く極太の輝きが、ロックマウントを巻き込んでその背後の壁まで抉る。

 

 

「ふぅ~……もう大丈――へぶぅ!?」

 

 

 にっこりと白崎らへ笑顔を向けようとした天之河は、しかしそれより先にメルドの拳骨を受けた。

 

 

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

「あと俺も巻き込むところでした」

「す、すいません……」

 

 

 叱責するメルドと顔をしかめる慧斗に挟まれ、天之河はすっかり委縮した。

 その後ろから、白崎が慧斗に向かって声を掛けた。

 

 

「ありがとう、穂崎くん」

「戦闘中にビビッて立ち止まるな。おかげさまで手が痺れた」

「ごめん……」

「相川より使えねえ」

「そ、そこで俺を引き合いに出すなよ!」

 

 

 「礼どころか迷惑だ」と言わんばかりに罵倒を飛ばす慧斗と、その後方から悲鳴を上げる相川。何となく慣れてきた一同だった。

 その時、ふと白崎が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 

 青白く発光する鉱物が、花咲くように壁から生えていた。インディコライトが内包された水晶のような見た目だ。

 

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

「凄いんですか?」

「魔石ではないから、大した効果はない。ただ美しいので、宝飾に使われることが多いな」

「素敵……」

 

 

 メルドの解説に、女子生徒たちは魅了されるように見惚れた。その一人、白崎の表情に見惚れた男子生徒が、何人か。

 

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 

 いきなり動き出したのは檜山だった。ひょいひょいと崩れた壁をよじ登り、グランツ鉱石に向けて近付いていく。慌てて止めようとしたメルドの後ろで、騎士の一人がフェアスコープを用い、鉱石の辺りを確認すると、その顔が一気に青褪めた。

 

 

「団長! トラップです!」

 

 

 その警告は一歩遅かった。

 檜山がグランツ鉱石を掴んだ瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がった。壁の奥に埋まっていたはずの鉱石にトラップが仕掛けられているなど、何とも悪辣な仕掛けである。

 

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 

 無論、そんな悠長な話をしている場合ではない。メルドの叫びに生徒たちが急いで道を引き返そうとするが、咄嗟の動転に足並みが揃わず、その間に魔法陣の光が部屋を満たしていく。一瞬ののち、一同はふわりと浮遊感に包まれた。

 浮遊感は一瞬だった。光が晴れ、一同はどさりと硬い地面に打ち据えられる。生徒たちの殆どは無様に尻餅をついていたが、騎士たちや慧斗、天之河などは咄嗟に着地し、周囲を見渡す余裕まであった。

 どうやら転移トラップだったらしい。一同がいるのは、巨大な石造りの橋の上だった。およそ百メートルはある。天井も高い。橋の下は川ではなく、ただ黒洞々たる闇が拡がっていた。橋の横幅は十メートルほどあるが、当然に手摺りなどない。もちろん縁石もなく、一歩踏み外せば真っ逆さまだろう。

 一同は橋の中心にいた。片方は奥へと続く通路、もう片方は上階への階段に続いている。そこまで見届けたメルドが、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

 

「お前たち、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 

 鋭い号令に、這う這うの体で立ち上がる生徒たち。それを先導するように、慧斗と天之河がいち早く駆け出した。

 ――絶望とは、「これ以上酷いことは起きないだろう」という楽観視を超えることである。二人の前方に、多数の魔法陣が出現し、戦士のようなナニカが群れを成して生じたのだ。さらに騎士たちが見張る後方にも、巨大な魔法陣が出現し、そこに一頭の魔物の姿を現した。

 石橋を覆い尽くすような巨体。重厚な四肢。燃える角。打ち鳴らされる鋭い爪と牙。

 

 

「べ、ベヒモス……なのか……」

 

 

 愕然と呟くメルドの声には、絶望が混じっていた。

 

 

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