ありふれた癌   作:Matto

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10:再び、フューレンにて

 中立商業都市フューレン。観光区の場末の酒場で、真昼間からひとり呑んだくれる男がいた。

 

 

「……お客さん、飲みすぎじゃねぇですかい」

「うるせぇ。ガタガタ言ってねぇで、気持ちよく飲ませろぃ」

 

 

 ぼうぼうの髭に、整えられていない蓬髪。くたびれたシャツを着た男ザムロックは、べろべろに酔いながら店主の言葉を遮った。

 

 

「心配すんな、カネならたんまりあんだよ」

「だったらいいんですがね……」

 

 

 身なりの汚いザムロックの不審な物言いを、店主はいまひとつ信じかねた。呑んだくれの戯言など、どこまで信用していいものか。まあ、その気になれば突き出すところはいくらでもある。

 そんなザムロックの背に、一人の女が声を掛けた。

 

 

「景気がよさそうじゃな」

「あぁ?」

 

 

 振り返ったザムロックは、その女に一瞬見惚れた。男と変わらぬすらりと高い背に、切れ長の瞳を見せる美しい横顔。そして旅装の上からでも分かる、豊かな胸とすらりと伸びた足。

 

 

「……へへ。姉ちゃん、一人かい?」

「うむ。冒険者ギルドに用があって田舎から出てきたのじゃが、どうも道に迷ってしまったようでな。この街に詳しい人に力を貸してもらいたいのじゃが」

「だったら、オレが案内してやるよ」

「それは助かるのぅ」

 

 

 ザムロックは分かりやすく鼻の下を伸ばしながら、舐め回すように女を見た。確かに、この辺りでは見かけない風体だ。どこぞの田舎貴族が、道に迷ってここまで来てしまったか。

 

 

「でもその前に、一杯付き合えよ。なに、オレの奢りだ」

「よいのか?」

「あぁ、一仕事終えたばっかでな、カネならたんまりある」

 

 

 そう言うと、ザムロックは店主にヴィレッツを注文した。飲みやすさと裏腹に度数が高く、慣れない者は酔いやすいため、『女誑しの酒』とも言われている。

 女は何も気付かない様子で、ザムロックの隣に座った。見かけ通りのいいカモだ、とザムロックが笑みを深めたのに、女が気付いたか、どうか。

 

 

「で、ギルドに用ってのは何なんだい。なんならその仕事、オレが代わりに引き受けてやろうか?」

「む?」

「ギルドに依頼すると手数料がかかるからな。オレに直接依頼するなら、安くしとくぜぇ?」

「そうか、それは助かるのぅ」

 

 

 無論、嘘である。ギルドの手数料そのものは事実だが、端から依頼を請けてやる気などない。このまま呑み潰して、手籠めにしてやるのがザムロックの真意だ。

 

 

「――というわけじゃが、実際どう思う?」

「あ?」

「まあ期待できねえだろ。こんな真昼間から酒くらってるアル中なんざ」

 

 

 そう言うと、女ことティオはザムロックの後ろへと声を遣った。

 その背後には、見たことのない男が立っていた。幼さの残る顔からいってまだ少年のようだが、全身に刻まれた古傷が異様な威圧感を放つ。

 

 

「な……てめぇ、何もん――がふっ!」

 

 

 ザムロックが反応する前に、少年こと慧斗はザムロックのみぞおちに拳を叩き込み、彼を失神させた。腹に溜まった酒が逆流して、吐き出されなかったのは幸いだろう。

 がっくりと項垂れたザムロックを抱えると、慧斗は素知らぬ顔で店主に声を掛けた。

 

 

「おい、店主。連れが潰れちまったらしいから、回収させてもらう。勘定をしてくれ」

「あぁ、そりゃどうも。二万二千ルタですよ」

「ちぇ、しょっぱい野郎だ」

 

 

 はあとため息を吐くと、慧斗は金貨四枚を店主に渡した。想定外の支払いに、店主が思わず眉をひそめる。

 

 

「……お客さん、少し多いみたいですが」

「釣りはいらねえ、とっといてくれ。昼間っから迷惑かけたみたいだからな」

「いえ……」

「それじゃ」

 

 

 そう言うと、慧斗はザムロックを抱えたままひらひらと手を振り、酒場から出ていった。少々の稼ぎと面倒事の解決に気をよくした店主は、それきり慧斗たちのことを忘れた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 うつ伏せに倒されたザムロックの顔に、ばしゃりと冷水が掛けられ、彼はようやく覚醒した。

 

 

「ぶわっ! う、うぅ……」

 

 

 遠慮なしの一撃に、ザムロックは思わず咳込んだ。その醜態を見下ろしながら、冷たく降り注ぐ声があった。

 

 

「ようやくお目覚めかい」

「……て、てめぇは!」

 

 

 ようやく周囲を見回す余裕ができたザムロックの眼に、見覚えのある少年の顔が映った。誰あろう、彼を昏倒させた慧斗である。

 二人がいるのは、どこかの空き家のようだった。慧斗の後ろに、三人の女がいる。歳のほどは異なるが、どれも上玉だ。そのうちの一人ティオに、ザムロックは度肝を抜かれた。この二人、最初からグルだったのか。

 

 

「“縛鎖”」

「ごえっ!?」

 

 

 その隙を許さず、慧斗がザムロックを縛り上げた。黒鉄に染まる魔法の鎖が、ザムロックの全身を拘束し吊るし上げる。

 

 

「な、なにをしやがる!」

「なに、ちょっと聞きたいことがあるだけさ。素直に答えるならすぐに解放してやる」

「お、オレに何かあったらただじゃ済まねぇぞ! ズローの兄貴が――」

「『ズロー』って奴が後ろについてるのか。あとで身元を洗おう」

「ぐ……!」

 

 

 ザムロックの精一杯の脅しを、慧斗は涼しい顔で聞き流した。どのみちまとめて潰す連中だ、手がかりのひとつにでもなるだろうか。

 

 

「な……何が訊きてぇか知らねぇが、てめぇなんかに話すこたぁねぇよ」

「ほう、死体漁りの分際で随分強気だな。

 別に大したことじゃあねえさ。最近随分と羽振りがいいらしいから、その出所を聞きたくてな」

 

 

 ザムロックの意地に対し、慧斗は相変わらず軽い調子で話を続けた。その言葉に、彼はようやく相手を嘲笑う余裕が生まれた。

 

 

「は……ハッ! 何かと思えば、同じ穴の狢かい! こいつは傑作だな!」

「うるさい」

「ぎゃぁっ!?」

 

 

 無感情の言葉とともに、慧斗は鎖をきつく縛った。俄かに強くなる拘束に、ザムロックが悲鳴を上げる。

 

 

「痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ! お願いだ、離してくれ!」

「そりゃお前の誠意次第さ」

「は、話す! 話すから! お願いだからほどいてくれ!」

「……もうちょっと我慢できんものかのぅ」

「お前と一緒にされてもな……」

 

 

 慧斗の後ろで、ティオが呆れ声を上げた。元来頑丈な竜人族、この程度では痛覚のうちにも入らない。それはそれとして、あと数倍強めたところで喜ぶだけのティオに言われても、説得力に欠ける。

 ともかく、ようやく鎖を緩めてやった慧斗は、改めてザムロックに問うた。うっかり顔を近づけたせいで、酒臭いなと顔をしかめた。

 

 

「で? どこでそんなに稼いできた」

「……ひ、人攫いだ。ガキをさらって、組織に引き渡して……その報酬だ」

「人間を何百人攫ったところではした金だ。組織への上納金で吹っ飛ぶだろう?」

「い、一度にデカい金を貰えばいい。珍しい亜人を捕まえれば一発だ」

「人攫いなんてみんなそう考える。具体的には?」

「か……海人族だ」

 

 

 畳みかけるような慧斗の尋問に、ザムロックは痛みに堪えながら答えた。

 

 

「王国の交易船を装って、エリセンに行って――そこにいたガキを一人、さらってきた」

「ビンゴ、じゃな」

「い、今更行ったってもう無理だぜ。ズローの兄貴が言ってた。今頃は怒り狂ったサカナ共が、王国に攻め込む準備をしてるってな」

「これも予想通りですか……」

 

 

 その後ろで、ティオたちが答え合わせを続けていた。ここまで当たれば、ここフューレンにいることはほぼ確実だ。それに構わず、慧斗は尋問を重ねた。

 

 

「次。その餓鬼卸してきた『組織』ってのは、どこのどちら様だい」

「ふ、フリートホーフだ」

「あれ、あっさり言いましたねぇ」

「ど……どうせてめぇらじゃ、勝ち目がねえ。兄貴たちにフクロにされて、スラムの掃き溜めに捨てられるのがオチさ」

「さて、そいつはどうかな」

 

 

 ザムロックの挑発に、慧斗は涼しい顔で答えた。イルワから大体の規模は掴んでいるし、数の不利を覆す手段ならいくらでもある。

 

 

「最後。その海人族の餓鬼は、今どこにいる」

「お、オークションにかけるって……」

「んなこたァ餓鬼でも分かる。会場は」

「し、知らねぇ」

「使えねえ奴だな」

「あだだだだだ!」

 

 

 慧斗は無表情で鎖を縛り上げた。ザムロックの悲鳴に、今度は誰も反応しなかった。

 

 

「まあ、いい。聞きたいことはもうねえ。とっとと失せな」

 

 

 そう言い捨てると、慧斗は黒鉄の鎖を消失させた。ぼたりと叩き落されたザムロックは、その痛みに顔をしかめながらも、戸惑ったように慧斗を見上げた。

 

 

「お、オレを、逃がすのか?」

「まあな。お前みたいな雑魚、どこに居ようと知ったこっちゃねえ。誰にとってもな。

 いつかのように、死体相手にヘコヘコ腰振ってやがれ。それがお前にゃあお似合いさ」

 

 

 『屍姦のザムロック』――それがこの男の仇名らしい。戦場漁りを重ね、死体の女を犯すだけの小悪党。それがフューレン冒険者ギルドの隅の隅に書かれた、手配書の情報だった。懸賞金も最低額である。

 無表情で見下す慧斗は、強引にザムロックを蹴り出した。それきり、ばたんと閉ざされた扉の前で、ザムロックは悔しそうに歯噛みした。始末どころか、歯牙にもかけないといった様子が、彼の自尊心を大いに傷付けた。

 

 

「……く、くそったれ! デカい面しやがって……! 今に見てろ! このオレさまをナメたこと、後悔させてやる!」

 

 

 痛みに悶える身体を庇いながら、ザムロックは這うように歩き出した。

 

 

「放っといてもいいんですか、あれ?」

 

 

 一方、窓から盗み見るようにそれを見送ったシア。それに対し、慧斗はこきりと肩を鳴らすだけだった。

 

 

「なに、ここからが本番だ」

「“糸屑”はちゃんと付けた?」

「もち」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 職工区の外郭付近、さびれた空き倉庫の一角に、異様な雰囲気の男たちが集まっていた。じゃらじゃらと細い鎖飾りを下げていたり、全身のあちこちに古傷をこさえていたりと、威圧的なその集団は、とても堅気(カタギ)の様子ではない。幹部と手下を含め、合計で百人ほどいる。

 

 

「野郎共、よく集まった」

 

 

 その男たちに向き合いながら、片目を眼帯で隠した男が口を開いた。『フリートホーフ』首領、ハンセンである。

 

 

「暇を持て余しているお前らに朗報だ。一つ、大口の仕事を頼みたい。

 身の程知らずの馬鹿が、俺たちに喧嘩を売りに来たらしい。こいつだ」

 

 

 その言葉と共に、手下がばらばらと人相書きを配る。そこに描かれていたのは、黒髪黒目の少年だった。

 

 

「“破軍の主”ホザキケイト――最近名を挙げてる冒険者らしいが、俺たちにかかりゃ何てこたぁねえ。こいつを血祭りに上げろ」

 

 

 その言葉に、幹部たちはざわざわと騒ぎ始めた。

 

 

「そんな奴、放っときゃいいじゃないですか」

「そう言うなカドマス、俺も同じ思いだ。身の程知らずの冒険者一人がイキっていようが、俺たちのビジネスには何の関係もねえ。

 ――つまり、分かるな?」

 

 

 幹部の一人カドマスの問いに、ハンセンは厭らしい笑みを浮かべた。それを察した幹部の一人ザミルが、同じようにあくどい笑みを浮かべながら問う。

 

 

「そいつは、一人ですかい」

「いい質問だ、ザミル。そしてその答えはNOだ。

 この思い上がり野郎は、女をぞろぞろ引き連れていたらしい。そうだな、ズロー?」

「へい!」

 

 

 ハンセンの言葉に、幹部の一人ズローが答えた。その後ろには、腰を低くしたザムロックがいる。

 

 

「手下によると、白髪の兎人族を連れていたそうです。そのほかの女も、滅多に見ない上玉揃いだとか。狙いは、こないだウチの組が()()()()海人族のガキです」

「そうかそうか、それは朗報だ」

 

 

 ハンセンは邪悪な笑みを深めると、改めて幹部たちを見回した。つまり、彼らの()()()()の始まりだ。

 

 

「男は殺せ。女は奪え。()()に成功した組には、一人に付き三百万ルタやろう。オークションの売り上げが良ければ、さらに上乗せしてやる」

 

 

 旨い儲け話に、幹部たちがぐへへと下卑な笑い声を上げる。捕まえれば、売り出す前に()()()()を味わうのもアリだろう。

 

 

「さぁ、早い者勝ちだ! いち早く連中を捕まえられるのはどこの組だ!?」

「――さあ? ま、どこの組でもねえんじゃねえかな」

「あ?」

 

 

 勢いよく叫んだハンセンの言葉を、聞き覚えのない少年の声が遮った。

 

 

「“波城”」

 

 

 その言霊とともに、倉庫中が暗がりに包まれる。男たちは揃って動揺した。

 

 

「な、なんだ!?」

「まだ昼間だぞ!」

「何が起きた!」

「わ、分かりません! いきなり暗くなって、窓が――」

 

 

 まさかこの広い倉庫の四方を、夥しい水の壁が覆っているとは報告できない。

 そんな中、全員の視線が出口に集中した。黒髪黒目、黒いジャケットに黒鉄のグレートソードを担いだ少年が立っている。見覚えが――ある。ついさっき。人相書きに描かれている小僧だ!

 

 

「て――てめぇは!」

「ハロー、人攫い諸君。この俺様に懸賞金をかけなかったこと、抗議してもいいかい?」

 

 

 動揺する幹部たちの前で、小僧こと慧斗は軽やかに手を振った。

 

 

「ど、どうしてここが分かった!?」

「害虫駆除の手法にあってな。わざと一匹逃がして、そいつの後を辿るのさ。そいつが巣に辿り着いたら、巣穴ごと絶滅させるって寸法だ」

 

 

 まさに害虫駆除といった様子で語る慧斗の言葉に、ザムロックとズローは蒼い顔をした。

 

 

「まさか――ザムロックを生かして帰したのは、わざとか! こいつが俺に告げ口をすることまで計算済みで! お前たちを捕らえようと組織が集まる、この瞬間を狙って!」

「その通り。察しが良くて助かるぜ、いちいち説明するのも面倒だしな」

 

 

 せせら笑う慧斗の言葉に、しかしハンセンは素早く再起動した。

 

 

「――はっ、向こうからノコノコお出ましってわけか!

 イキるのも大概にしとけよ、勘違い野郎! お前を血祭りにあげた後、目の前で女共を犯してやる! 絶望しながらくたばる未来に怯えるんだな!」

 

 

 ここでこの小僧を始末すれば、あとの女共は無防備だ。それに気付いた手下たちは、次々に得物を構えた。およそ百人のやくざ者を前に、しかし慧斗は余裕を崩さなかった。

 

 

「いいね、やっぱり元気がある方が楽しい。殺し合いの甲斐があるってもんさ」

 

 

 にっと獰猛な笑みを浮かべると、慧斗はくるりとグレートソードを翻して構え直した。

 

 

「野郎共、やれ!」

「――Let's Rock, Babes!!」

 

 

 一斉に飛び掛かる男たちに対し、慧斗は勢いよくグレートソードを振り上げた。

 

 

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