ありふれた癌   作:Matto

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11:救出劇

 半刻ほど経った頃。慧斗は懐から“共鳴石”を取り出し、口を開いた。

 

 

「こちら慧斗。ティオ、聞こえるか」

 

 

 その言葉に、“共鳴石”がじじっと小さなノイズを鳴らしながら反応する。響いてきたのは、ティオの声だった。

 

 

『うむ。首尾はどうじゃ?』

「首魁を捕らえて、オークション会場を吐かせることに成功した」

『お見事。場所は?』

「お前が一番近いみたいだ。場所は――」

 

 

 そして、フリートホーフの幹部たちから吐かせた情報を伝える。ティオたちの付近には、それぞれ冒険者ギルドから招集された部隊が付いている。まとめて突入すれば、顧客ごと拘束することができるだろう。

 

 

『了解した。すぐそこに向かおう』

「ちゃっちゃと済ませろよ。こっちが片付いたら、俺も合流する」

『闇オークションの代わりに虐殺ショーでも始めるつもりか?』

「うるさい」

 

 

 ティオの茶々を黙らせると、慧斗は次なる指示を出すべく思考を切り替えた。

 

 

「こちら慧斗。ユエ、シア、聞こえるか」

『ん』

『はい』

「オークション会場が判明した。そちらの状況は?」

『こっちはハズレみたいですぅ。()()()()けど、もぬけの殻でした』

 

 

 先に返答したのはシアだった。念のため、未来視まで使ったのだろう。そこまでして見つからなかったということは、最初からハズレだったか、たまたま今回使う予定がなかっただけか。

 

 

『こっちは、半分当たり』

「なに?」

 

 

 次いで返答したユエの言葉に、慧斗は目の色を変えた。

 

 

『人間族の子供が囚われてる。ここも、連中が使ってた場所みたい』

「それは……」

『連中の残党は壊滅させておく。あとは私と、ギルドの部隊で何とかなる』

「……了解した。シア、念のためユエの応援に向かってくれるか」

『はい!』

 

 

 そこまで指示を出すと、血塗れの慧斗は“共鳴石”を仕舞い、ハンセンたち幹部へと視線を戻した。

 

 

「う、うぅ……」

「た、助け……」

 

 

 そこには、地獄があった。

 誰かの腕が転がっていた。誰かの足が転がっていた。誰かの首が転がり、倉庫中が夥しい血の海と化していた。百人いたはずの『フリートホーフ』は、そのほとんどが手足や首を刎ねられて絶命していた。慧斗はその赤黒い海に足を踏み入れると、誰かの遺骸を蹴飛ばしながら、蹲るハンセンへと歩み寄った。

 

 

「よう、まだ息があるかい」

「ひっ、ひぃぃっ」

 

 

 まるで世間話のような調子で声を掛ける慧斗に、片足を潰されたハンセンは震え上がった。

 

 

「た、たのむ。助けてくれぇ……! 金なら、好きに、持っていっていい! あんたらに、関わったりも、しない! だからッ――」

「そんでー?」

「そんっ……!? そ、そうだ、今までの顧客のリストもある! それさえありゃ、生かすも殺すもあんた次第、連中はあんたのいいなりだ! 金も権力も思い通――」

「だからー?」

「だ、だから……!?」

 

 

 涼しい声でハンセンの命乞いを却下していく慧斗に、彼はひどく動揺した。裏社会なら誰もが涎を垂らして欲しがる提案を、まるで可燃ごみのように切り捨てる少年の意図が、まるで分らなかった。

 

 

「何を勘違いしてんだ? 別に、貴様らと取引がしたいわけじゃねえんだよ?」

「そ、そんな……ッ」

 

 

 とんとんとグレートソードを担ぐ慧斗は、今にもその大剣を振り下ろしそうだ。自分の半分も生きていなさそうな小僧を前に、ハンセンはただ震えることしかできなかった。

 

 

「ときに貴様ら、攫った餓鬼共の気持ちってやつを考えたことがあるか?」

「えっ……」

 

 

 突然切り替えられた話題に、ハンセンは思わず付いていくことができなかった。

 

 

「貴様ら人攫い共に拐かされて、見知らぬ場所に連れてこられた挙句、二束三文で犯罪者共に買われて、クソ共の異常性癖の捌け口にされて、苦痛のうちに人生終える気持ちってやつをさ」

「そ、その……」

「ま、ねえだろうな。いちいち()()の行く末なんぞ気に掛けちゃいられない。――そんなことより、積み上げられる金貨の方が魅力的だっただけだろう?」

 

 

 表情こそ先ほど変わらないが、その眼には冷たい侮蔑が宿っている。子供らしい義憤に駆られたか、と嘲笑う余裕などなかった。

 

 

「もっ、もう、二度としねぇ! 約束する! 絶対だ!」

「どん詰まりの犯罪者共の口約束なんざ、クソの役にも立たねえよ。何をどうするって?」

「こ、金輪際、人攫いは、しねぇ! あッ、足は洗う! 罪は全部償う! だから――」

 

 

 ハンセンにできることは、ただ命乞いを重ねることだった。目の前の年若き殺戮者の靴を舐め、首の皮一枚で生き延びることだった。

 ――振り下ろされた黒鉄が、それを許さなかった。グレートソードはぐちゃりとハンセンの頭蓋を叩き潰すと、血と脳漿と、割れた頭蓋と潰れた脳味噌を撒き散らした。

 

 

「――その続きは、地獄でやるんだな。聞きたかった連中はいっぱいいると思うぜ」

 

 

 その遺骸を冷たく見下ろす慧斗は、動かなくなったのを見届けたきり何事もなかったかのようにグレートソードを担ぎ直した。引っかかった脳髄の破片に身が汚れるのも構わず、慧斗は生き残りを探すように歩き出した。

 

 

「ひ、ひぃぃ……っ!」

 

 

 呻き声を上げる輩の頭を踏み潰し、死んだふりをする輩の心臓を突き刺し、震える輩の首を刎ねる。

 そして、動くものが完全になくなった倉庫を見回すと、慧斗は“波城”を消して封鎖を解いた。倉庫内には、完全な沈黙が流れた。

 

 

「悪いな。あとから同じ場所に行ってやる――と、言いたいところなんだが」

 

 

 ヒトを外れた化物の行く先など、どこにもない。地獄にさえも。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 人知れぬ暗がり。光差さぬ陰の劇場。そこに、ひとつのスポットライトが浴びせられた。

 

 

「さてさて皆様、いよいよ本日の目玉商品です。何とあの海人族、それも子供ですよ!」

 

 

 司会者の上機嫌な言葉とともに照らされたのは、大きな首輪に太い鎖で繋がれた海人族の子供だった。

 

 

「おかあさぁん……ひっく……」

 

 

 小さな子供ことミュウは、ただひたすらに泣きじゃくっていた。それこそが、見る者の嗜虐心を煽るとも知らずに。

 

 

「世にも珍しい海人族の子供! 次の入荷予定はありませんよ、欲しい方はお見逃しなく!

 スタート価格は一千万ルタから! さぁ、入札開始です!」

 

 

 司会者の言葉と共に、暗がりの観客席から一斉に手が挙がった。

 

 

「一千百万!」

「一千二百万!」

「一千三百万!」

 

 

 通常の奴隷市場では滅多に見られない、数倍の値が平然と叫ばれる。どこまで粘るか、どこまで吊り上がるか――そのヒリつくような緊張感も、オークションの醍醐味だ。

 

 

「二千万!」

「おおっと、二千万が出ました! さぁさぁ、他の方はいらっしゃいませんか!?」

 

 

 規格外の言い値に、興奮した司会者が参加者を煽る。そこに割り込んだのは、一人の女の声だった。

 

 

「――残念だが、値はつけられんのぅ」

「……ん?」

 

 

 入口の辺りから響く、聞き覚えのない声。司会者は怪訝そうな顔を暗がりに向けた。

 

 

「子は人類共通の宝。ましてお腹を痛めて産んだ母親にとっては、無二の宝じゃ。そんなものに、おいそれと値段をつけるわけにはいかんのぅ」

 

 

 ぼんやりと、篝火のような光が灯る。そこに照らされたのは、長い黒髪の女――ティオだった。

 

 

「……どちら様です?」

「冒険者、ティオ=クラルス」

「冒険者……?」

 

 

 ティオの朗々とした名乗りに、司会者は目の色を変えた。ここは徹底的に秘匿された会場だ。どこから情報が漏れたのか。

 

 

「非道を働く貴様ら人でなし共に、誅罰を下しに来た」

「……ちっ、ギルドの回し者か!」

 

 

 堂々としたティオの宣言に、司会者は舌打ちした。隠していた灯りを点け、警備員という名のならず者たちが、続々と姿を現す。

 

 

「一人でノコノコと、我々を甘く見たらしいな! 野郎共、後悔させてやれ!」

「それはこちらの台詞じゃ」

 

 

 司会者の居丈高な言葉に、ティオはあくまで冷淡に吐き捨てる。ぼおといっそう高く掲げられた篝火に導かれるように、複数の影が姿を現した。

 

 

「そこまでだ、犯罪者共!」

「なにっ!?」

 

 

 武装した冒険者たちが次々になだれ込む。ランクは『緑』や『白』――『黒』にこそ及ばないものの、集団行動に慣れた精鋭だ。

 

 

「ぼ、冒険者だと!?」

「おい、聞いていないぞ!」

「主宰、どうにかしろ! 私がここにいることが知られるとマズいんだ!」

 

 

 次々に警備員たちを薙ぎ倒していく冒険者たちの姿に、参加者たちは悲鳴を上げる。さもありなん、表では経歴輝かしい貴族や資産家ばかりだ。このような後ろ暗い闇オークションに関わっていること自体が、致命的な醜聞になる。

 

 

「逃げ場はないぞ! 全員手を挙げろ!」

「く、くそっ……!」

 

 

 いよいよ参加者たちを取り囲んだ冒険者たちを前に、司会者は最後の手段を試みた。すなわち、この海人族の子供を人質にすれば――

 その企ては、飛び出した黒い影に遮られた。

 

 

「“破断”!」

 

 

 空中で身を翻し、その指先から放たれた激流が、ミュウを捕らえている鎖を切断し、その向こうの床をがりがりと削る。

 

 

「ひゃうっ!」

「何だと!?」

 

 

 予想外の攻撃に、司会者は反応が遅れた。たった今鎖を裁断した指先が、己を捉えているとも知らずに。

 

 

「“風波”!」

「ぐわぁっ!?」

 

 

 鋭い衝撃波が、司会者を大きく突き飛ばした。そのまま壁に激突し、失神した司会者をよそに、その仕手――慧斗はだんと壇上に着地した。

 

 

「おにいちゃん……だれ……?」

「お前さんを助けに来た」

 

 

 恐る恐る問いかけるミュウに、慧斗はぶっきらぼうに言い放った。返り血も碌に拭っていないその姿は、恐ろしい悪鬼のような風貌だった。

 

 

「お前さんと、お母ちゃんの味方だ。

 さあ、一緒に帰るぞ。お母ちゃんが待っている」

 

 

 振り返って片膝をつき、目線を合わせてまっすぐに放たれた言葉に、ミュウの涙腺はいよいよ決壊した。

 

 

「……う、うぅ……うわぁぁーーん!」

 

 

 泣きじゃくるミュウを胸に抱え、慧斗はその首輪ごと抱き上げた。

 

 

「結局来てしまったのか、ご主人様。お掃除はきちんと済ましてきたか?」

「ざっくり」

「……その分だと、血の池地獄が出来上がっておるようじゃな。もう一度片付けておいで」

「うるさい」

 

 




装備:
 共鳴石
  魔晶石に魔法を付与し、互いの声を届ける魔導具(アーティファクト)
  トランシーバーのような、割と簡単な原理。
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