ありふれた癌   作:Matto

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12:陰謀ごっこ

「倒壊した建物五棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員九十八名、重傷者二十八名……何か、言い訳はあるかい?」

「欠片も」

 

 

 冒険者ギルド:フューレン支部。執務室で睨みつける支部長イルワに対し、慧斗はコーヒーを飲みながら言い捨てた。

 

 

「人身売買組織『フリートホーフ』は、頭領ハンセンをはじめ幹部全員を失い、事実上の壊滅……確かに、『好きなだけ暴れてくれ』と言ったのは私だ。だが大量虐殺(ジェノサイド)を実行しろとは言っていない。君の辞書に『自重』とか『自制』という言葉はないのかな?」

「そんなもん気にしてたら、戦争も冒険もできねえよ」

「いけしゃあしゃあと……」

 

 

 まるで蛮族のような主張だ。これが様々な局面で人間族を救った英雄でなければ、イルワは一も二もなく保安局に突き出していたに違いない。

 

 

「……まぁ、私たちが奴らに手を焼いていたのは確かだ。偶然に偶然が重なった結果とはいえ、今回の件は正直助かった。

 ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたのも事実だ。今回全滅させたのはあくまで幹部、末端の生き残りは少なからず存在するはずだ。統制を失った今はともかく、別の裏組織に取り込まれると厄介だね。

 市長への報告、残党の捕縛、保安局との連携……はぁ、ギルドも色々大変になりそうだよ」

「それくらい頑張んな。治安維持ってのは、一朝一夕に成るもんじゃねえだろ」

「……耳の痛い言葉だね」

 

 

 治政側としての苦悩をばっさり言い捨てた慧斗の言葉に、イルワは何も言い返せなかった。まさにぐうの音も出ない正論である。隣で被害状況を整理している秘書長ドットも疲れたような表情を浮かべていた。

 

 

「……それにしても、随分懐かれているようだね」

「知らん」

 

 

 イルワの視線は、慧斗の膝に座ってにこにこと笑うミュウに向いた。照れ隠しなのか、慧斗はぶっきらぼうに答えた。

 

 

「おにいちゃん! おうちには、いつかえれるの?」

「事後処理があるから、数日は待ちな。それさえ終わればエリセンへひとっ飛びだ。ティオの背に乗せてもらって、お空を飛んで帰ろう」

「おそら!? すっごーい!」

「ふふ、頑是なき子供はよいのぅ」

「――なーんか、失礼な視線を感じるんだけど」

「止めておくれ。子供がおる前でプレイなんかできんじゃろ」

「死ね」

 

 

 年相応にはしゃぐミュウと、それを微笑ましく眺めるティオとシア。それに挟まれた慧斗は、不機嫌そうな表情でコーヒーを呷ることしかできなかった。

 一方、ユエがイルワに向かって口を開いた。

 

 

「他の子供たちは、どうなるの?」

「奴らに囚われていた子供たちのことかい? できるだけ身元を調査して、親元に送り届けるのが理想なんだが……幼い子供ばかりだ、調査は難航するだろうね」

「……そう」

 

 

 無表情で呟くユエの顔に、かすかな陰が差したことに気付ける者は、何人といないだろう。少なくともイルワはそこに含まれていないが、しかし言葉尻の小さな違和感を拾うのは得意な男だった。

 

 

「ユエ君にしては、随分気に掛けるね」

「……文句ある?」

「いいや。ただ、君は仲間のこと以外はどうでもいいと思う節があったからね。これまでの旅で、何か心境の変化でもあったのかな」

「……そうかも」

 

 

 イルワの言葉を、ユエは否定しなかった。ようやく暗闇を抜け出し、世界を巡った過程で、自分でも知らないうちに成長があったのかも知れない。それはきっと、喜ばしいことだろう。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 後始末があるから、と三人とミュウを送り出すと、慧斗は独りイルワと対面していた。

 

 

「さて……何から聞きたい?」

 

 

 イルワの問いかけに、慧斗はとぼけた顔をした。

 

 

「何のこった」

「今は私たち二人きりだ、ドット君もいない。とぼける必要はないよ」

「さてさて? どこぞの異世界には、『壁に耳あり障子に目あり』なんて言葉があるらしいぜ」

「……つくづく用心深いね、君は」

 

 

 そう言うと、イルワは席を立ち、机に置いてある魔導具(アーティファクト)のスイッチを切った。つくづく食えない男だ、と慧斗は内心呆れた。

 

 

「――これで全部だ。あとは、私を信用してもらう他無いな」

「ボディチェックをしてやってもいいんだが、生憎俺には()()()の趣味はないしな」

 

 

 これ以上粘る必要はないだろう。イルワの言葉を信じることにした慧斗は、懐からひとつの紙束を取り出し、座り直したイルワに向けてばさりと投げた。

 

 

「……これは?」

「連中からかっぱらった、オークションの顧客リストだ。それを使えば、これまでの闇オークションでの買い手を一気に検挙できる。もっとも、馬鹿正直に検挙したら、王国にも帝国にも大打撃だろうがな。

 ま、そこから先は俺の知ったことじゃあねえ。()()使()()()()()()()()()

「……それは……」

 

 

 つまり、真っ当に検挙するなと。()()()()()使()()と、そう言っているわけだ。

 

 

「これをネタに、彼らを強請(ゆす)れ、ということかな」

「人聞きの悪いこと言うなよ。公明正大なギルド支部長サマに、そんなおっかないこと提言するわけねえだろう?」

 

 

 表情を硬くしたイルワの言葉に、慧斗はすっとぼけた。

 

 

「ただ――清廉なだけじゃ、ヒトの国家は回らねえもんだろ。それが正しいかどうかは別として」

「……そういうことにしておこう」

 

 

 慧斗の言葉に、イルワは引き下がることにした。清濁併せ呑んでこそ政治であり、フューレンが中立であり続けるための拠り所だ。

 

 

「それで、聞きたいことは何だい?」

「王国の――正確には、聖教教会における俺たちの扱いと、王国の動き。それから、フューレンおよび冒険者ギルドの立場表明。あと、帝国についても何かあるなら」

「ふむ……では、順番に話そうか」

 

 

 慧斗の要求に、イルワは書類を取り出しながら回答を始めた。

 

 

「まず、聖教教会の発表から。半月ほど前に、異端認定が下された。『勇者一行』の脱走者、ホザキケイトにね」

「具体的な罪状は?」

「神を否定する異端思想を喧伝し、人心を惑わせた――ということになっているよ。実際はどうなんだい?」

「おたくがどれを信じるか次第さ」

「違いない」

 

 

 慧斗の軽口に、二人して笑い捨てた。信仰とは、思想とは、極論『何を信じたいか』でしかない。

 

 

「次に、王国の動きについて。王国はこれまで通り、教会の発表を全面的に支持している。教会とは別に追跡部隊を組織するとのことだったが、どこに向かったという話も聞いていない。これまでの異端狩りの熾烈さを鑑みると、明らかに動きが遅い。魔人国(ガーランド)に行ったという見解もあり、針路がまとまっていないそうだ。

 ところで、王女リリアーナ様と、勇者一行の一人が猛反対していたそうだ。関係あると思うかい?」

「……無茶する連中だなあ……」

 

 

 ちらりと視線を向けるイルワの言葉に、慧斗は閉口した。信頼関係ができているのは喜ばしいことだが、今回に限っては悪い方に向かってしまっている。

 

 

「同じ人間族の国家ならまだしも、魔人族のガーランドへは迂闊に手を出せない。今は、国内の潜伏先を調べているのではないかな」

「ご苦労なこったな」

「まったくだ。当の君たちはつい先日までエリセンに、そして今このフューレンにいるというのにね」

 

 

 通常の移動手段ではまず考えられない話である。まさに竜人族ティオ様々だ。慧斗個人としては、あまり恩を着せられたくないのだが――主に対価となるご褒美(せっかん)という意味で。

 

 

「そして、中立商業都市フューレンと冒険者ギルドとしての立場表明だ。冒険者ギルドとしては、教会の発表を支持しなければならない。フューレンのラング市長も同じ考えだろう。

 残念ながら、君たちの冒険者登録はすでに抹消されている。――()()()()()

「と、いうと」

「こう言うと気を悪くするかもしれないが、君たちが『世界中から血眼で追われている』と思っているなら、それは自意識過剰というものだ。異端認定なんて、教会の長い歴史の中で何千何百と行われてきたことだ。その中のひとつに、君たちが加わっただけに過ぎない。

 だいたい、私たちが信仰しているのはエヒト神であって、教会ではない。王国関係者の君たちには信じがたいかもしれないがね。フューレンや帝国にとって、教会は『神の代弁者』ではなく、『神の威光を笠に着る、目の上のたんこぶ』なんだよ。彼ら自身が思っているほど、教会の権威は絶対ではない」

「それを坊主共の前で言えるなら本物だな。それで?」

「フューレンも冒険者ギルドも、表向きは教会を支持しなければならない。ただ、肚の裡では反発の方が大きいんだ。六万の魔物を迎撃できる実力者たちを敵に回すなど、正直やっていられない。損害が大きすぎて、どう考えても割に合わないからね。王国がその損害を自ら負ってくれるなど、願ったり叶ったりだ。彼らほど熱心に追走することは、ありえないと思っていい。

 まして、過度な問題行動もなく、犯罪組織との繋がりもない君たちだからね。さんざんいいように使っておきながら、異端認定された途端裏切って追手を差し向けるなんて真似が知れれば、冒険者たちの不信感を買うことになる。君が思っている以上に、指名依頼をこなしたという事実は重い意味を持っているんだ。

 ――何より、そんな強力な君たちを手駒にできるなら、非常に好都合だ」

「――へえ。俺たちを子飼いにしようってハラか?」

 

 

 イルワの挑戦的な言葉に、慧斗はぎろりと目つきを鋭くした。イルワもまた、真剣な表情で向き合った。

 

 

「勘違いしないでほしい。事実上君たちを匿うということになり、我々にとっても危険な綱渡りとなる。君たちという重要戦力を大っぴらに運用できなくなるし、露見すればギルドごと異端認定だ。いつかのような魔物の大侵攻などでも起きれば、ギルドは一か八かという選択を迫られる。一方的な搾取関係ではなく、いわば一蓮托生の身だ」

 

 

 そのまま、両者はしばらく無言で睨み合った。イルワの――ギルドの主張を信じるかどうか。ある意味、ギルドそのものの瀬戸際である。

 

 

「――まあ、いいさ。どうせこっちは追われる身、隠れ蓑は多いに越したことはねえ」

「……ふぅ。君が理性ある人間で助かったよ」

 

 

 先に視線を緩めたのは慧斗だった。殺気を収めた彼に対し、イルワがどっと疲れたようにソファに凭れる。

 

 

「実際、ギルド内でも君たちの処遇について紛糾していてね。さっさと教会に差し出してリスクを避けるか、隠し戦力として秘密裏に匿うか、とね。幹部内でも様々な意見が飛び交っているが、それだけ君たちという存在は重要視されている。ドルガ氏が君たちに依頼したのも、君たちという人間を見極めるためたったのではないかな」

「おたくはどうなんだ?」

「当然、君たちを支持するよ。ウィルの件で恩があるし、何より君たちは無分別な人間ではない。教会が語る『人心を惑わした』というのも、信じがたい話だ」

「そりゃどうも」

「それに――異端認定された()()()()()にも興味がある。

 どうかな? 一蓮托生の仲として、事情を話す気にはなれないかい?」

 

 

 改めて身を乗り出したイルワに、慧斗はつくづく呆れた。ギルド支部長としての勘働きなのか、彼自身の興味関心なのか。いずれにせよ、見誤れば身を滅ぼしかねない瀬戸際だ。

 

 

「やめときな。俺たちはともかく、おたくまで背負いこむことじゃあねえ。おたくはおたくなりに、『守るべきもの』があんだろう?」

「……そういう君たちは? 守るべきもののために戦っていると?」

「そういうことにしといてくれ」

 

 

 イルワの追及に、慧斗はすっとぼけた。「これ以上は踏み込むな」という言外のメッセージに、イルワは仕方なく引き下がるしかなかった。

 

 

「……最後に、帝国の動きだが。こちらはびっくりするほど何もない。皇帝が書簡を受け取ったという話は聞いているが、それからが何もないんだ。支持するとも、支持しないともね。今まで通り、ガーランドとの戦線に腐心しているよ」

「たかが個人の異端認定くらいじゃ、動く価値もねえってか?」

「おそらくは、そうだろうね。君たちの勇名も、あくまで王国内で通用するものだ。皇帝の教会嫌いも今に始まったことではないし、たかが数名の異端のために、いちいち戦力を割きたくないというのが本音だろう。あるいはそれほど、魔人との戦いが切羽詰まっているということなのかも知れない」

「そんな状況で、教会と連携する気はないと?」

「だろうね。皇帝自身が類稀な戦士だ。自分が手ずから鍛えた軍団ほど、教会戦力を信用していないのかも知れないね」

「勇者共はどうした。奴らのメンタリティはともかく、戦力としては猫の手も借りたいところだろう?」

「それこそ、信用に値しないのかも知れない。これは聞いた話だが、君たち勇者一行は、元学生なんだろう? ハイリヒ王国で練兵されるまで、戦い方も碌に知らなかったそうじゃないか。――それが半年足らずで、あのオルクスを踏破しかかっているというのも驚きだがね。

 だがそれ故に、戦力としては不安定だ。現実に、一部を除く者たちは戦意喪失し、使い物にならなくなっていると聞く。皇帝は、そこを嫌っているんじゃないかな」

「なるほどねえ」

 

 

 これで一通りは聞き終えたか、と伸びをした慧斗に、しかしイルワは話を続けた。

 

 

「――これは冒険者ギルドの幹部ではなく、一人の友人としての意見だが」

「そこまで親しい間柄だったっけ?」

「茶化さないでくれ。あくまで私個人の意見だが――帝国に身を寄せる、というのもアリじゃないかな」

「あ?」

 

 

 思わぬ提言に、慧斗は目を丸くした。

 

 

「帝国軍は強烈な実力主義だ。実力があれば出自を問わず登用され、成果次第では将軍位まで登り詰められるとか。皇帝に気に入られれば、教会から守ってくれる可能性も十分にあるだろう。王国への帰還が絶望的になった今、君たちの力を活かせるのは帝国軍なのかもしれない」

「こりゃ驚いたな。まさか、立身出世が俺たちの望みだと?」

「あくまでも選択肢を提示しているだけだ。このままギルドに身を寄せていても、君たちを待っているのは窮屈な逃亡生活だろう。それが嫌だというのなら、帝国で再起を図るのも一手だと思う」

 

 

 それは一般論として、説得力のある言葉だろう。単独で王国勢力に匹敵し、異端者さえ受け入れ得る実力主義なら、新天地としては最適だ。逃亡生活と天秤を掛ければ、どちらが快いかなど明白である。

 

 

「お気遣いどうも。残念だが、帝国もまた、俺たちの戦場じゃねえ」

 

 

 しかし、慧斗はそれを切り捨てた。迷いなき言葉に、イルワも思わず当惑を覚える。

 

 

「……君たちは――いや、君は、それでいいのかい?」

「勘違いすんなよ、事務屋」

 

 

 心配するようなイルワの言葉に、慧斗はふんと鼻を鳴らして立ち上がった。

 

 

「俺は、俺たちのために生きているだけだ。王国も帝国も、教会もどうでもいい。屍肉を漁るだけの、薄汚い戦争屋さ」

 

 

 それきり、慧斗は振り返ることなく執務室を出ていった。

 

 

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