ありふれた癌   作:Matto

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13:海へ

 事後処理に付き合わされること三日。いよいよ解放された慧斗たち一行は、野営を挟みつつ二日掛けてアンカジ公国の港ノルエに戻り、再び海路でエリセンにやってきた。

 慧斗たちを――正確には、彼らに連れられたミュウを――最初に出迎えたのは、エリセンのギルド支部長ドルガだった。

 

 

「おじいちゃん!」

「ミュウ! 良かった……! 本当に良かったのぅ……!」

 

 

 外傷もなく元気そうなミュウを、ドルガが万感の思いで抱きしめる。周囲の若い衆からも喜びの声が上がっている。町の者皆で育ててきたというのは本当のようだ。

 

 

「無事で良かったですな、ドルガ殿」

「これにて仕事完了だぜ、爺さん」

「――うむ……本当に、本当にありがとう……」

「当て推量が外れなくて良かったな」

 

 

 喜びに震えるドルガの言葉を、慧斗はさらりと流した。船長の推測やイルワの後押しがあったとはいえ、ひとつでも推測を間違えていれば失敗していた。全てが的確に当たっていたというのは、間違いなく僥倖だろう。

 

 

「おにいちゃん、はやく! ママがまってるの! はやくいこ!」

「はいはい引っ張らない引っ張らない」

「報酬は後から払わせてもらう。今は、レミアのところへ連れて行っておくれ」

 

 

 全力で手を引くミュウに引っ張られながら、慧斗たちは歩き出した。幼児の腕力そのものは弱いが、加減を知らないため全力で引っ張られる。

 一方、ミュウの家へと歩く道すがら、前方でがやがやと騒ぎが起きていた。

 

 

「レミア、落ち着くんだ! その足じゃ無理だ!」

「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならちゃんと連れてくるから!」

「いやよ! ミュウが帰ってきたのでしょう!? なら、私が行かないと! 迎えに行ってあげないと!」

 

 

 どうやらミュウの母親、レミアが来ているらしい。しかも群衆の会話を聞くに、足を怪我しているのだろうか。

 そんな様子に堪らず、ミュウは慧斗の手を放して走り出した。

 

 

「ママー!!」

「ッ!? ミュウ!? ミュウ!!」

 

 

 ミュウは群衆の隙間を駆け抜け、海人族の女性に抱き着いた。あれが、母親のレミアか。その眼に涙を浮かべ、愛娘を力いっぱい抱きしめている。

 

 

「だいじょうぶなの。ママ、ミュウはここにいるの。だから、だいじょうぶなの」

「ミュウ……! よかった……! 本当によかった……!」

 

 

 縋りつくような母親と、その背をとんとんと撫でる娘。どちらが、この母娘の精神的支柱になっているのか。

 再会の感動をひとしきり味わった後、ミュウはふと母の脚に目を向けた。娘を探し回る過程で怪我をしたのか、右脚に深い裂傷が走っている。

 

 

「ママ! あし! どうしたの! けがしたの!? いたいの!?」

「大丈夫、大丈夫よ……あなたさえ無事なら……」

 

 

 目の色を変えたミュウに、レミアは涙ながらに首を振った。結果として徒労ではあったのだが、こうして愛娘が戻ってきてくれたのなら、それが一番だ。

 そんなレミアの様子を見て、慧斗は傍らのユエに声を掛けた。

 

 

「……ユエ。何とかしてやれるか」

「ん、“天恵”」

 

 

 進み出たユエの言霊とともに、黄金の光がレミアの脚に吸い込まれる。その裂傷は見る見るうちに消え、傷痕ひとつ残らない美しい肌を取り戻した。

 

 

「……これは……」

「ユエおねえちゃん、すっごーい!」

 

 

 周囲の群衆が唖然とする中、ミュウは無邪気に歓喜の声を上げた。ユエにとっては片手間の作業だが、それでもこうして感謝されることは嬉しいらしい。その口角がほんのわずかに上がったのを、慧斗は見逃さなかった。

 一方、愛娘を取り戻し、怪我まで治してもらったレミアは、慧斗たちに深々と頭を下げた。

 

 

「ありがとうございます。本当に……なんてお礼を言ったらいいか……」

「仕事でやったことだ。それ以上畏まられても困る」

「なんじゃ、照れておるのか?」

「違わい」

「照れてるケイトも、かわいい」

「だから違わい!」

 

 

 慧斗の照れ隠しは、群衆の歓声に呑まれて消えた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 その晩。翌日に海人族たちの協力を取り付けた慧斗たちは、一旦宿で休むことになった。

 月明かりの下、バルコニーの欄干に身体を預ける慧斗のもとに、寝間着姿のユエが歩み寄った。ティオとシアは、すでに就寝している。

 

 

「……眠れないの……?」

「大したことじゃない。気にすんな」

 

 

 ユエの問いに対し、慧斗はひらひらと手を振った。そんなはずはない、とユエは直感した。安定の悪いティオの背で、吹き荒ぶ上空の風からミュウを庇っていたのだ。相応に疲労が溜まっているはず。

 

 

「――……ああいう反応だよな、普通」

 

 

 そんなユエに気付いたのか、慧斗はバルコニーに身体を預けたままぽつりと呟いた。

 

 

「大事な我が子だ。『たった一ヶ月』なんて、言えないよな」

 

 

 涙ながらに我が子を抱きしめるレミアの姿は、しかし慧斗の心にひとつの影を落とした。則ち、生徒たち――()()()()()()()()()()()を待ち侘びる、家族たちの幻視を。

 

 

「……帰りたい?」

「俺はまあホラ、とんだ親不孝者だし。最悪帰ってこなくてもいい。

 ――でも、他の連中はそうじゃないよなって」

 

 

 ユエの問いに、慧斗は少しだけおどけながら答えた。己自身は散々迷惑をかけてきた身だし、最悪このまま死亡扱いになっても構わない。

 でも、他の生徒たちの家族にとっては、そうではないはずだ。不可解な事象で突如消失し、杳として知れない我が子の身を案じ、夜も眠れぬ日々を送っているかもしれない。

 

 

「五ヶ月だぜ、五ヶ月。向こうじゃきっと大騒ぎだ。死んでると思われてても仕方ない。

 ――しかもそのうちの一人は、絶対に帰ってこない」

 

 

 清水幸利。生徒たちの中で今のところ唯一の犠牲者であり、他ならぬ慧斗が殺した人間。彼の両親の不安と心配は、決して癒えない悲しみに変わることになる。

 ――都合の良い話だ。自分の意志で見殺しにしていながら、慧斗はその罪に怯え続けている。その償いから目を背け続けている。

 

 

「……後悔してる?」

「――そうする権利は、ない。俺が自分で選んだことだ。

 どんなに罵られても、どんなに憎まれても、それを受け止めるしかない」

 

 

 慧斗は、ぎり、と拳を握った。罵声で済むなら、憎悪で済むなら、いっそ楽な話だ。遺族にとっては、どんなに憎んでも呪っても、決して帰ってこないのだから。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 エリセンから、西北西に約三百キロメートル。そこに、かつてミレディ・ライセンから聞いた七大迷宮の一つ、メルジーネ海底遺跡が存在する――はずなのだが。

 

 

「……見つかりませんねぇ……」

 

 

 見渡す限り天と海の青に囲まれた船の上で、シアがぽつりと呟いた。

 ()()遺跡なのだから、海上から見えないのも、当然と言えば当然なのだが……こうも手掛かりがないと、途方に暮れるしかない。

 

 

「我々海人族も知らない伝説だ。何かの間違いでは?」

「あの野郎が、そんなガセネタ掴ませるとは思えないんだけどなあ……」

 

 

 海人族の水夫の言葉に、慧斗も苦い顔を浮かべるしかなかった。ミレディの言葉が正しければ、すべての神代魔法を集めなければ神殺しは成せず、つまり嘘を吐く必要はないはずなのだが……

 

 

「水中には、何か見つからないのか」

「深度が浅い部分があるのは確かだ。しかし、我々もそこまで深く潜れるわけじゃない。底には何があるのか、誰も知らない……」

 

 

 慧斗の質問に、水夫は渋い顔を見せた。水深が深いほど水圧は重く強くのしかかるため、海中移動に特化した彼らであっても、探索できない水域なのだろう。……そんな場所に遺跡を建造して試練を与えるなど、“解放者”メイル・メルジーネはどういう神経をしているのだろうか。

 

 

「夜まで、待ってみよう」

「夜……?」

「昼間では分からない、何かがあるかも」

 

 

 ユエの提言に、一同はひとまず錨を下ろし、そのまま待つことにした。食糧は海人族たちが銛を片手に飛び込み、新鮮な魚を獲ってきてくれるため、何ともありがたい話である。

 

 

「――『月』と『グリューエンの証』、ねえ……」

 

 

 その晩。月光に照らされたペンダントを眺めながら、慧斗たちはぼんやりと待っていた。ミレディの言によれば、この二つがメルジーネ海底遺跡に辿り着く鍵らしいが……

 グリューエンのペンダントは、乙女がランタンを掲げる意匠で、ランタンの部分だけくり抜かれている。手がかりの関連性から考えて、月に向かってこのランタンを翳せば何かが起こると思われるが……慧斗はペンダントに月光が重なるように翳した。

 変化はたちどころに現れた。空洞のはずのランタンに光が揺蕩い、自ら輝くように溜まっていくのだ。

 

 

「わぁ、綺麗ですねぇ」

「一応、昨日も試してみたんだけど……」

「おそらく、この場所でなければならなかったのではないかの?」

 

 

 やがて光が溜まり切ると、今度はランタンから光が放たれ、海中へと刺さっていった。この先に、海底遺跡があるということらしい。

 

 

「……なかなか粋な演出。ミレディとは大違い」

「あいつのは、もう気性というか何というか……」

 

 

 いかにもロマンチックな演出だ。ライセン大迷宮を知るユエとシアにとっては、感慨深いものがあるらしい。『魔法が使えない峡谷の奥底でてかてかと自己主張する入口』というのは、今改めて考えてもミレディの奇天烈ぶりを象徴している。

 ともかく、これで行先は分かった。あと、残る問題は――

 

 

「で、どうやって潜る?」

「…………」

「…………」

「…………」

「何なの、“解放者”共の性格の悪さって」

 

 

 一様に閉口する三人を前に、慧斗は“解放者”たちの感性を疑った。神代魔法を使うに足るかどうかの試練を課すのはいいとして、その挑戦権そのものを与えないのは、いくら何でも意地が悪すぎやしないだろうか。

 ともかく、ここで呆けていても始まらない。慧斗は海面に向けて手をかざしてみた。

 

 

「うーん……“渦穴”」

 

 

 慧斗の言霊とともに、海上に大きな渦潮が生じ、窪みとなる。

 

 

「わ、わ、穴が開きました!」

「これで行ってみるか……? ユエ、念のため結界を張ってくれ」

「ん」

 

 

 あまりぐずぐずしていると、この船も巻き込んでしまうだろう。ひとまず事情を水夫の一人に伝え、ユエが渦潮に蓋をするように黄金の結界を構築したのを見ると、四人は一斉に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 暗い海の底を、海流の渦と黄金の結界が進んでいく。

 深海ゆえに、足元は並みの岩山以上にごつごつと険しい。一行は何とか足を滑らせないように、慎重に歩いた。

 

 

「う~む、海底遺跡と聞いた時から思っておったのだが、平凡な輩では、まず迷宮に入ることも出来なさそうじゃな」

「……強力な結界が使えないとダメ」

「水流操作に空気管理に照明に……やることが多すぎんだろ」

「でも、ここにくるのにグリューエン大火山攻略が必須ですから、大迷宮を攻略している時点で普通じゃないですよね」

「もしかしたら、空間魔法を利用するのがセオリーなのかも」

 

 

 総括すると、高度な空間制御が必要になるということだ。この高水圧の下、長時間の探索をする前提で。それが叶うのは、このユエしかいない。

 

 

「……ユエ」

「大丈夫。がんばる」

「本当にすまん……」

 

 

 海流を除けることしかできない慧斗は、ユエに頭を上げられない思いだった。なるべく負担をかけないように、一刻も早く辿り着こうと気持ちが逸るが、それで重要な手掛かりを見落としては元も子もない。

 ペンダントが照らす光の筋を頼りに、黙々と進んでいく。やがてひとつの岩壁に辿り着くと、ごろごろと岩壁が動き出し、両開きの扉のように開いた。光の筋が途絶えた辺り、ここが海底遺跡の入り口なのだろうか。

 その奥に入ると、今度は横殴りの海流が襲った。なるべくユエの結界の負担にならないように、渦潮を調整し、海流を受け流すように変化させる。この海流はどこかに繋がっているのか、それとも道中に何かあるのか。

 

 

「あっ! あそこ、何か見えませんか?」

 

 

 その真相を、周囲を見守っていたシアが看破した。激流の最中、摺り削られた岩壁とは異なる何かの紋様が見える。

 

 

「これ、グリューエンの証と同じ紋章じゃないですか?」

 

 

 メルジーネの紋章――五芒星を割る中心線、その中央に三日月が描かれた紋章である。この激流の中で削れず擦れず残っているということは、特別な意味を持つはずだ。

 

 

「じゃあ、こいつを使えば……?」

 

 

 慧斗は証を高く翳した。それに呼応するように岩壁の紋章が光るが、それ以上の変化はない。

 

 

「……なにも起きねえな」

「いえ、ランタンの光が減ってるみたいですよ」

 

 

 シアの言葉に改めて証を覗き込むと、確かにランタンに宿る光が減量している。この光が岩壁の紋章に移った、という解釈をすればいいのだろうか。しかし、すべてが移りランタンの光が尽きたわけではないようだ。まさか、別の場所も探さなければならないということか?

 

 

「五芒星じゃ、五ヶ所必要なのではないかのぅ?」

「めんどくさい!!」

「文句を言っても始まるまいて」

 

 

 思い切り顔をしかめた慧斗は、ふと悪寒を感じ、咄嗟に首筋を庇いながら後ろを振り向いた。そこには案の定、身構えながら近づくユエが。

 

 

「――やめろ。隙あらば血を吸おうとするな。俺も魔法中なんだぞ」

「……魔晶石、美味しくない」

「石ですしねぇ」

「ご主人様からは、何かフェロモンでも出ているのではないか?」

「やだよ吸血鬼誘引フェロモンなんて」

 

 

 そんなやり取りをしながら、一行は進んでいった。ふと慧斗が油断した隙にユエが飛び掛かろうとして叩き落され、渋々魔晶石で回復していたのは蛇足だろう。

 そして残る四ヶ所の紋章を発見し、いよいよランタンの光が尽きたその時――再び岩壁がごろごろと轟音を立て、次なる道が姿を現した。特に何事もなく進んでいくと、真下へと通じる水路がある。一行は示し合わせると、一気に飛び込んだ。

 ユエの結界によって、ゆっくり降下していく。このまま海流に従って降りていけばいいか――と油断していた一行は、ぐいと引っ張られるような感覚に一歩遅れた。

 

 

「おおっ!?」

 

 

 それまでの海流とも異なる、急激な浮遊感。やがて赤い地面に辿り着いた時に、慧斗はくるりと受け身をとった。

 

 

「全員大丈夫かー」

「はいですぅ」

 

 

 何とか、怪我を負った者はいないようだ。それに安堵すると、慧斗はぐるりと周囲を見回した。

 周囲は海中ではなく、空洞になっているようだ。頭上を見上げれば大きな穴があり、どういう原理なのか水面が揺蕩い、水滴一つ落ちることなくゆらゆらと波打っている。ひとまず結界を解いても良さそうだ。

 

 

「どうやら、ここからが本番のようじゃな」

「……全部水中じゃなくてよかった……」

「本当にな」

 

 

 さすがに疲労感を覚えたらしいユエの言葉に、慧斗も同意した。とはいえ、ここからが試練の本番だ。気合を入れなければならない。

 

 

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