ありふれた癌 作:Matto
“破断”のような高圧水流を噴き出すフジツボのような魔物を始末しつつ、歩くこと十分ほど。
「……なんか、変じゃね?」
慧斗は言い知れぬ違和感に襲われていた。
「あっちこっちぐにぐにするし……中途半端に海水が張ってるし……」
「出てくる魔物も、弱い」
それは三人も感じているようで、ユエが代表して言う。ヒトデや海蛇のような魔物も出てくるが、どれも下級魔法の一撃で倒せる雑魚ばかりだ。念のため検めてみた魔石も、小さく脆い。
ともかく、前に進んでみなければ分からない――と改めて足を進めようとしたその時、目の前にゼリー状の何かが溢れ出し、あっという間に通路を塞いだ。
「私がやります! うりゃあ!!」
そう言って鉄槌を構え、勢いよく飛び出すシア。しかし思ったより分厚いのか、表面が飛び散っただけでゼリーの壁自体は崩壊しない。それどころか、その飛沫がシアの胸元に付着する。
「ひゃわ!? 何ですか、これ!?」
シアの叫び声に視線を向けると、ゼリーに溶けるようにシアの胸元の衣服が崩れていた。衣服と下着に包まれた、シアの豊満な双丘が露わになっていく。
「溶けてる……?」
「シア、動くでない!」
咄嗟に手掌を振るったティオが、その炎で的確に飛沫を焼き払った。少し肌にも付いてしまったのか、シアの胸元が赤く腫れている。どうやら、ゼリーの壁には強力な溶解作用があるようだ。
ぎょっとする一行の頭上から、無数の触手が襲いかかった。先端が槍のように鋭く尖っているそれは、ゼリーの壁と同じ色だ。同じような溶解作用がある可能性が高い。
「ユエ、結界!」
「ん」
慧斗の言葉に、ユエが結界を張った。さらにティオが炎を繰り出し、触手を焼き払っていった。
これで、急場は凌げるだろう。これ幸いと慧斗に駆け寄ったシアが、あざとい上目遣いで猫なで声を上げた。
「あのぉ、ケイトさん。火傷しちゃったので、お薬塗ってもらえませんかぁ」
「ウソこけ大人しくしなさいこの上着着なさい」
「この際堂々と触っちゃっていいんですよ?」
「うるさい!」
視線を逸らし、素早く上着を脱いで被せようとした慧斗に、シアがからかうように言った。この小娘、どこでこんなあざとい真似を覚えてくるのか。
と、そんな下らないやり取りを交わす二人に向かって、ユエが渋い声を発した。
「……ケイト。このゼリー、魔法も溶かすみたい」
「は?」
「ふむ、やはりか。先程から妙に炎が勢いを失うと思っておったのじゃ。どうやら、炎に込められた魔力すらも溶かしているらしいの」
二人の報告に、慧斗は目の色を変えた。魔力を無効化するのではなく溶かす? ライセン大迷宮は魔力そのものを封じることで試練を課していたが、ただ溶解させるのは試練として不自然だ。何か別の要因なのか?
「魔力溶かして……服も溶かして……――まさか」
「何か分かったんですか?」
「拙い、急いで引き返すぞ! ここは
目の色を変えて駆け出す慧斗に、三人は慌てて追い縋った。ぐにぐにと歪む床、もとい食道を蹴飛ばし、背後から迫りくるゼリーから逃げるように走る。
「で、出口が!」
一行の目の前で、食道がきゅっと歪み、その道を塞いだ。一度口にした獲物、意地でも逃がさないつもりか。慧斗はグレートソードを構え、思い切り突き出した。
「“緋槍”――なお燃えよ、この手に!」
火焔の槍で煌々と輝く刃が、塞がれた道を強引に焼き払う。堪らず吐き出された一行を襲ったのは、どばりと溢れ出した激しい海流だった。
◇ ◇ ◇
咄嗟に結界を張る暇もなく、激流に揉まれながら流されていく一行。一行が落ちたのは球状空間のようで、あちこちから海流が出入りしている。一行は互いを引き寄せる間もなく、海流が入り込む穴へと落ちていった。
どぼん、と吐き出された慧斗は、真っ白な砂浜にべしゃりと墜落した。周囲には海水の滝以外に何もなく、遠くに木々が鬱蒼と茂った雑木林が見え、頭上には空ではなく海面が揺蕩っている。ひとまず、溺れる心配はなさそうだ。
「げっほ、げっほ」
「むむぅ……」
飲んでしまった海水に咳込む慧斗の横で、濡れそぼった衣服に不快感を滲ませながらティオが唸った。
反応が足りない。慧斗の外には、ティオしかいない。まさか――
「――ユエ? シア!?」
慌ててぐるりと見回しても、二人の他には誰もいなかった。まさか、はぐれてしまったのか。
「はぐれてしまったのぅ」
「呑気に言ってる場合か!? ユエ――は何とかなりそうだけど、シアが……!」
「落ち着くのじゃ、ケイト」
焦る慧斗を、ティオが冷静に宥めた。
「吐き出された先の海流は同じで、入口が複数あるのが見えた。おそらく、別の入口に入ることができたじゃろう」
「んなこと言ったって――」
「そう信じるしかあるまい。お主がここでじたばたしても、始まらぬことじゃ」
そう言われてしまってはどうしようもない。ティオのきっぱりした言葉に、慧斗は押し黙ることしかできなかった。
「で――ここが、本来の迷宮ってことか?」
「そのようじゃのぅ」
「……奥へ行ってみるか」
引き返して仲間を探す術がないのなら、前に進んで迷宮を踏破するしかない。
そうして雑木林を抜けた先(面倒臭いので薙ぎ倒した)、二人の前に現れたのは――
「これは……船の墓場ってやつか?」
「そのようじゃ。これだけあると、さすがに壮観じゃな」
夥しい数の、大船の残骸。衝角が砕け、マストが砕け、帆が破れ、竜骨が圧し折れ――往時の勇姿など見る影もない真っ二つの残骸が並んでいる。小さいものでも百メートル、大きいものは三百メートルくらいあるだろうか。
「……軍艦だな。錆びてるけど、装甲化してある」
「奥の船だけは、客船のようじゃな」
錆びた装甲の跡、激しい損傷の痕跡。ほとんどが、激しい海戦によって沈んだもののようだ。ティオが指し示す通り、一番奥の船だけは、豪華な金の装飾の残骸が残っている。
とりあえず進んでみよう、と残骸の一角に足を踏み入れた瞬間、ぐにゃりと世界が歪んだ。
――うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
――ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
「!?」
気が付けば、二人は軍艦の甲板に立っていた。周囲に視線を巡らせば、そこは船の墓場などではなく、何百隻という帆船が入り乱れる大海原の上だった。兵士たちが得物を構えて雄叫びを上げ、弓矢や魔法を互いに飛び交わしている。
「な、なんだこりゃ……」
「ただの幻……ではなさそうじゃ。あまりにも
火焔が、竜巻が、冷気が、岩塊が飛び交う地獄のような光景。二人はすぐさま船室の陰に引っ込み、安全を確保した。
「どうするよ、これ!?」
「とりあえず、大人しくしておれ。何か見えてくるはずじゃ」
怒号と悲鳴が響き合う甲板を眺めながら、慧斗はそれに負けじと叫んだ。対するティオは、あくまで冷静な様子だ。
魔法や弓矢が飛び交う最中、太い鉤縄が飛び交い、互いのマストや甲板の縁に引っかけられる。鉤爪ひとつでそれを伝い、相手方の軍艦に飛び込んでいく兵士たち。その無防備の姿を狙い撃ちされ、あるいは縋る荒縄を切り落とされ、悲鳴を上げながら海中に落ちていく兵士たち。それでも負けじと海原を泳ぎ、甲板へとよじ登り、血と汗を撒き散らしながら戦い合う兵士たち……
『全ては神の御為にぃ!』
『エヒト様ぁ! 万歳ぃ!』
『異教徒めぇ! 我が神の為に死ねぇ!』
相手の殲滅どころか、自らの死をも厭わない狂気的な戦い。それが、広い海原のそこかしこで生じている。むせ返るような鉄臭い地獄に、慧斗は無言で顔をしかめた。
「……待つか? これ」
「どちらかに肩入れしてみようかの。どうせ幻じゃし」
「荒っぽい野郎だな……」
ティオの返答に顔をしかめつつも、慧斗はグレートソードを構えて飛び出した。いずれ終わるであろう戦いとはいえ、ただ待っていては何日かかることやら。こちらが動いて事態が進展するなら、戦ってみるのもアリだろう。
超遠距離からの砲撃を基本とする近現代の艦隊戦と異なり、射程の短い有視界内の戦闘だ。二人にかかれば、船を飛び移りながら戦うことすら容易だ。
「――ふぅッ!」
敵船との戦闘に夢中になっている兵士の一人に、グレートソードを振り下ろす。それは無防備な軽装を容易く両断するはずで――
「!?」
しかし、するりと何事もなくすり抜ける黒鉄に、慧斗は度肝を抜かれた。ごり、と砕かれた足元の甲板にも構わず火焔を飛ばす兵士は、まるで気付いた様子もない。思わず気を取られた慧斗を巻き込むように振るわれた
「魔力攻撃以外は効かないのか――めんどくさい!」
「そのようじゃな」
その光景を見届けると、慧斗はグレートソードを担いだ。数多くの戦場を駆け抜けてきた相棒も、魔法以外通用しない場所では、残念ながら重荷でしかない。
「――なんか長丁場そうな気がする。なるべく消耗抑えめで行くぞ!」
慧斗は大熊の爪を取り出して装着すると、兵士たちの幻影を掻き斬っていった。
◇ ◇ ◇
ひとしきり殲滅し、甲板に動く者がいなくなったころ。敵方も一通り済んだらしく、血と海風に塗れた歓声が上がっている。
世界が、再びぐにゃりと歪んだ。二人が立っているのは、元の船の墓場、その残骸のひとつ。
「……戻ったな」
「そのようじゃ」
ひとまず、この場は凌ぐことができたらしい。折れた竜骨を踏み越え、次の残骸に足を踏み入れた瞬間、世界が再び歪んだ。
大喚声とともに、弓矢と魔法が飛び交い揺れる軍艦。
「うぉいまたかよォ!?」
「ケイト、どちらに加担する?」
「知らねえ! とりあえずこっち側の安全確保!」
あーもー! と叫びながら、慧斗は大熊の爪を構えて飛び出した。
こちらの様子には目もくれず、ひたすら殺し合うだけの幻影だ。敵方からの攻撃さえ注意していれば、何ということもない。雑魚の殲滅戦は二人のもっとも得意とするところだ。
そうして再び甲板上の兵士を殲滅した後、世界が再びぐにゃりと歪んだ。先と同様、軍艦の残骸の上。
「――……まさか……」
「……ふむ。これは……『船の記憶』を再現しているのじゃろうな」
「て、ことか。――なるべく避けていこうぜ」
「そういうわけにもいくまい。これが“解放者”の試練である以上」
「……海底まで入って、魔物に食われて、挙句この長丁場て……」
ティオの冷淡な言葉に、慧斗はげんなりした。残骸を避けて通れば、交戦回数を減らせる――という慧斗の姑息な企みは、儚く砕けた。道中で散々魔力消費を強いた挙句、魔力攻撃しか通用しない戦場を強要する。ここを造った“解放者”も、ミレディ並みに性格の悪い輩に違いない。
そうして、十隻分ほどの戦闘を経た二人。いい加減疲労を感じてきた二人は、ついに客船の残骸へと辿り着いた。遠目に見ていたよりも一際大きく、十階建てはありそうだ。これまでの例に沿っていれば、ここでも戦闘の再現が始まるはずだが――問題は、戦闘を前提とした軍艦ではなく、あくまでも貴人が遊覧するための客船であるということだ。ここで、何があったというのか。
ともかく、踏み出さなければ始まらない。二人が踏み込んだ途端、世界が再びぐにゃりと歪んだ。その先にあったのは――満月が夜天を照らす下、篝火に囲まれ煌々と輝く豪華客船だった。甲板には様々な飾り付けと立食式の料理が所狭しと並んでいて、多くの人々が豪華な料理を片手に楽しげに談笑をしていた。
「今度はなんだ……?」
「パーティーのようじゃな」
二人は最上層のテラスから、巨大な甲板を見下ろすように眺めていた。二人の後ろから船員たちが数名現れ、少し離れたところで一服しながら談笑を始めた。休憩にでも来たのだろう。
こちらの様子にまるで気付かない船員たちの談話に、二人は身を隠すことなく耳を傾けた。どうやらこの海上パーティーは、終戦を祝うためのものらしい。長年続いてきた戦争が、殲滅でも侵略でもなく、和平条約を結ぶという形で終わらせることが出来たらしい。船員たちも、安堵した様子を見せている。改めて甲板を見下ろすと、そこには人間族だけでなく魔人族や亜人族も多くいる。その誰もが、種族の区別なく談笑をしていた。
「こんな時代もあったのか」
「妾たちクラルス氏族には伝わっておらんのぅ」
「ま、そんなもんだろ。平和ほど脆く儚い理想もない」
いくら平和な様子を見せられたところで、戦乱に満ちた現代を鑑みれば、そんな時代が破綻したことは明らかだ。冷めた目で見下ろす二人の前で、甲板に設えられた壇上に初老の男が登り、周囲に手を振り始めた。それに気がついた人々が、即座に歓談を止めて男に注目した。その視線には一様に敬意のようなものが含まれている。どうやら人間族の国王、アレイストなる人物らしい。
アレイスト王の傍には、側近らしき男と、何故かフードをかぶった人物が控えている。時と場合を考えれば失礼に当たるはずだが、誰もそれを注意しない。まるで、
やがて、全ての人々が静まり注目が集まると、アレイスト王の演説が始まった。
『諸君、平和を願い、そのために身命を賭して戦乱を駆け抜けた勇猛なる諸君、平和の使者達よ。今日、この場所で、一同に会す事が出来たことを誠に嬉しく思う。この長きに渡る戦争を、私の代で、しかも和平を結ぶという形で終わらせる事が出来たこと、そして、この夢のような光景を目に出来たこと……私の心は震えるばかりだ』
そうして始まった演説を、誰もが身じろぎ一つせず聞き入る。演説は進み、和平への足がかりとなった事件や、すれ違い、疑心暗鬼、それを覆すためにした無茶の数々、そして、道半ばで散っていった友――演説が進むに連れて、聴衆は遠く思いを馳せたり、懐かしんだり、目頭を抑えて涙するのを堪えたりしている。
アレイスト王は、人間族の中でもかなり初期段階から和平のために動いていたらしい。聴衆が敬意を持つのも妥当といえるが――
『――こうして和平条約を結び終え、一年経って思うのだ………………実に、
熱に浮かされたようなアレイスト王の言葉に、聴衆は呆然とした。何かの危機間違いかと、隣同士で顔を見合わせてざわついている。その間も、アレイスト王の演説は続く。
『そう、実に愚かだった。獣風情と杯を交わすことも、異教徒共と未来を語ることも……愚かの極みだった。わかるかね、諸君。そう、君たちのことだ』
『い、一体、何を言っているのだ! アレイストよ! 一体、どうしたと言う――ッがはっ!?』
アレイスト王の豹変に、一人の魔人族が進み出た。まるで信じられないといった様子で詰めるその男を――背後に詰め寄った人間族の剣が貫いた。肩越しに振返ったその表情すら愕然としたまま、男は頽れた。
場が騒然とする。悲鳴が上がり、倒れた男の許に男女が駆け寄る。魔人族も亜人族も関係ないその光景を見下ろしながら、アレイスト王はにぃと笑みを深めた。
『さて、諸君。最初に言った通り、私は、諸君が一同に会してくれ本当に嬉しい。我が神から見放された悪しき種族ごときが国を作り、我ら人間と対等のつもりでいるという耐え難い状況も、創世神にして唯一神たる“エヒト様”に背を向け、下らぬ異教の神を崇める愚か者共を放置せねばならん苦痛も、今日この日に終わる! 全てを滅ぼす以外に平和などありえんのだ! それ故に、各国の重鎮を一度に片付けられる今日この日が、私は、堪らなく嬉しいのだよ!
さぁ、神の忠実な下僕たちよ! 獣共と異教徒共に裁きの鉄槌を下せぇ! ああ、エヒト様! 見ておられますかぁ!!!』
膝を付き天を仰いで哄笑を上げるアレイスト王。彼が合図すると同時に、船員に扮していた兵士たちが一斉に剣を抜いた。
テラスやマストを陣取る兵士たち、逃げ場のない海上、取り囲まれた群衆――絶望が甲板を支配すると同時に、虐殺が始まった。魔法が撃ち下ろされ、弩が撃たれ、乗客たちへ殺到する。必死の抗戦も、焼け石に水だ。
船室に逃げ込んだ数名を残して、甲板は血の海に変わった。調度も料理も薙ぎ倒され、血の海とともに甲板を汚すだけだ。海に飛び込んだ数名を、小舟に乗っていた船員が補足し、鮮血とともに海に沈めていった。
アレイスト王は狂気的な笑みを浮かべながら、兵士たちを伴って船内へと戻っていった。船室に逃げ込んだ残党を
それきり、世界はぐにゃりと歪んだ。先ほどの光景を見せたかっただけのようで、二人は元の朽ちた客船に戻っていた。
しばらく、二人は沈黙していた。
「――……不自然だな」
「そうじゃな」
アレイスト王の表情は本気だった。本気で他種族たちを侮蔑し、本気でエヒト神への信仰を掲げ、本気で虐殺している。しかし、そんなことがあるだろうか? 肚の奥底で侮蔑と嫌悪を抱えたまま、和平を結ぶことができるだろうか? 壇上に登ったあの瞬間、あの敬意と親愛の篭った眼差しを向けられるほどの好感情を獲得できるものだろうか?
もしもそれらが本心だったとしたら――この変心は、急激に発生したということになる。
「エヒト神の干渉があった、と考えるべきじゃろうな」
「
「む?」
厳しい表情をする慧斗の言葉に、ティオが首を傾げる。
「これが過去を正確に表現しているなんて証拠はどこにもない。『エヒト神はこういう精神操作をする邪神ですよー』っていう、嘘偽りのメッセージかも知れない。
「それは……そうじゃな」
慧斗の吐き捨てるような言葉を、ティオは否定できなかった。
『勝者が歴史を作る』――それは紛れもなく事実だ。
「俺に分かっているのは、俺からの視点だけだ。奴が聖教教会を操り、俺たちを戦争に巻き込んでいること。
その戦争が終わらないと、お前たちの安息がないこと。――そして、
◇ ◇ ◇
二人は、客船の残骸の奥に魔法陣を見つけた。おそらく、転送用の陣だろう。……そうでなくては困る。
「――これで、終わりか」
疲労感はどこかに吹き飛んでいた。厳しい顔を崩さない慧斗に、ティオが声を掛けた。
「ケイトよ。どう思った?」
「――……よく分からん」
真偽がどうあれ、“解放者”のメッセージは解った。神は心すら歪める。懸命な思いで作り上げた平和も、たった一突きで簡単に崩す。そんな
「……俺には、『信仰のために死ぬ』という感覚が、よく分からん。自らの使命として絶対視する思想が、よく分からん。
それを根底から揺るがされる衝撃が――そういう試練を課すっていう意義が、よく分からん」
「ま、そんなものじゃ。妾にもよく分からんしのぅ」
「メイル・メルジーネはがっかりだろうな。こんな連中に『肩透かし』扱いされるなんて」
「ほほ、仕方あるまいて」
絞り出すような慧斗の言葉を否定することなく、しかしティオはふふふと微笑むばかりだった。
これ以上ここにいても仕方ない。二人が魔法陣に踏み込むと、光がかっと炸裂した。
光が晴れた先には、四本の巨大な支柱に囲まれた神殿のような空間があった。中央の祭壇には、お約束のように巨大な魔法陣が刻まれている。四辻に通路が伸びており、二人はその一角から出てきたらしい。中央に向かって歩いていると、通路の一角から光が放たれ、久々に見た顔が現れた。ユエとシアだ。
「あっ、ケイトさん、ティオさん!」
「無事?」
「何とかな。お前たちこそ、無事でよかった」
「……ものすごぉ~く、疲れましたけどぉ……」
「ああ……そっちもそんな感じだったんだな……」
どうやら二人は、海底都市とも言える廃墟に辿り着いたらしい。数々の戦場跡とともにその記憶が再現され、最後にエヒト神による精神操作と虐殺が見せられるところまで同じだったようだ。
ともかく、再会の喜びは、この海底を出てからにしよう。魔法陣に踏み込んだ四人は、それまでの記憶を強制的にフラッシュバックされ、げんなりとした。シアに至っては青ざめた顔をしている。そんな疼痛を乗り越えた先に得た神代魔法は――
「ここでこの魔法かよ……大陸の端と端じゃねえか。クソ共が」
「……見つけた。“再生の力”……」
「ハルツィナ樹海の迷宮とやらの鍵か」
「そ」
“再生魔法”――ハルツィナ樹海の迷宮を暴く鍵のひとつ。慧斗たちと同じように、序盤にハルツィナ樹海に辿り着いた者にとっては、嫌がらせもいいところである。いや、そもそも篩の掛け方からして嫌がらせの極みだが……
そんな四人の前で、かこんと直方体の台座がせり出し、光を放った。光はやがて人の形を成し、海人族の女となって顕れた。“解放者”メイル・メルジーネはオスカー・オルクスと同じように、幻影によるメッセージを選んだらしい。ゆったりと口を開いて語り出した内容も、彼とほぼ変わりない内容だった。……ここに辿り着いている時点で、グリューエン大火山を攻略しているはずであり、挑戦者も神代の真実は知っているはずだが――あるいは、メッセージを遺さなかったナイズ・グリューエンの代理だろうか。
『……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています』
それだけ言い残すと、メイル・メルジーネの幻はゆっくりと消失し、後には台座にメルジーネのコインだけが残された。
これで、証も四つ目。ハルツィナ樹海に進む目途は立った。“宝物庫”を持っているユエに預け、これで一安心――と油断したところで、ごろごろと轟音が響き出した。見れば、四辻から海水が溢れ出し、神殿を呑み込もうとしている。
「いやまた強制排出かよ!?」
「ライセン大迷宮みたいなのは、もういやですよぉ~!」
「水責めとは、やりおるのぉ」
「アホ言ってる場合か! ここ海の底だぞ!?」
慧斗たちがぎゃんぎゃんと騒ぐ中、ユエは独り、何かを諦めたように静かに詠唱を紡いだ。
「我が意に従え。我が望みのままに、道を照らせ――“界穿”」