ありふれた癌   作:Matto

55 / 68
15:異端認定

 一方、海上の海人族たちの船上。

 

 

「あの人間たち、大丈夫かなぁ……」

 

 

 すっかり日が昇った海上で、水夫たちはぼんやりと慧斗たちを待っていた。「これから海底に行ってくる」と言ったきり、一向に音沙汰がない。

 

 

「魔法があるんだろ? それで何とかするさ」

「でもなぁ……俺たちも行ったことがない海底だろ? 溺れてたりしないかなぁ」

「まぁ、心配だよなぁ……」

 

 

 海中活動のスペシャリストである、海人族の漁師たちですら踏み込んだことのない領域だ。ただでさえ人間族、それもミュウの一件で恩のある一行への心配は止められない。

 と、そんな甲板上に、ぼおと薄い膜が浮かんだ。突然の異状に、水夫たちがぎょっとする。

 

 

「――んっ」

「どわぁ!?」

「な、なんだぁ!?」

 

 

 そこから、人の姿が次々に飛び出してくる。ごろごろと何かに追われるように甲板に飛び込む四つの人影――すなわち慧斗たちだ。

 

 

「悪いな、お待たせ!」

「あ、あんたたちか!」

「ひ、ひぃ~……」

「人間族は何でもありだなぁ……」

 

 

 元気そうな慧斗の言葉に、水夫たちは腰を抜かしかけた。彼らは人間族の魔法の脅威を初めて痛感した。なお行使したのは魔人族(ユエ)であり、失逸した神代魔法である。

 ともあれ、元気ならそれでいいだろう。さっさと町に帰ろうと舵を切った船を、ごごごごと轟くような振動が襲った。

 

 

「こ、今度はなんだ!?」

 

 

 すわ津波か、と身構えた水夫たちが、咄嗟に慧斗たちを掴んで甲板にしがみつく。果たして顕れたのは、大波を噴き出しながら飛び出す、巨大な半透明の影だった。

 透き通る体躯、赤い臓器、花咲くようにぶわりと開く頭頂の口――体長が数百メートルもある、巨大なクリオネだ。

 

 

「あ、あれは……!」

「『悪食の大クリオネ』……! なんで、こんな海上に……!?」

「また貰い事故食らった!!」

 

 

 思わずたじろぐ水夫たちの横で、慧斗はまた悲鳴を上げた。どいつもこいつも食い意地が悪すぎる!

 ……なお人類としては前代未聞の魔物喰らいを平然と行っている慧斗も、食い意地の悪さではいい勝負である。

 

 

「あーもー付き合いきれねえ! さっさとブッ飛ばす!」

 

 

 慧斗は水夫を振り切ってグレートソードを構えると、大跳躍しながら叫喚を上げた。

 

 

『――Aaaaaaahhhhhh――!!』

 

 

 人ならぬ声とともに噴き出す、色のない魔力の暴風。それを獲物と捉えたのか、大クリオネがその口をぶわりと開く。赤い触手を広げ、今にも食らい尽くさんと襲い掛かるその巨体に対し――

 

 

『豎昴?∝ケス縺咲?迯??荳サ繧医?∝、ゥ縺ィ蝨ー繧堤┥縺榊ース縺上@縲∽ク?ア。霓溘¥霈昴″繧偵b縺溘i縺――“蒼龍”!!』

 

 

 (あお)い輝きを放つグレートソードから、蒼い龍姿が迸った。重力球を咥えた巨大な龍姿が、咆哮を上げながら大クリオネへと殺到する。その威容に思わず触手を怯ませても、もう遅い。暴力的な重力球に引きずり込まれるように、大クリオネは蒼龍を自ら呑み込んだ。

 一瞬の間を置いて、ぶくりと膨れ上がる大クリオネの体躯。体内を超高熱が蹂躙し、その限界を超えて焼き払っていく。大クリオネはついに、ぱぁんと大きく弾けた。びちゃびちゃと飛び散る体躯と内臓の雨に、海人たちはそろって震え上がった。

 

 

「に、人間族って怖ぇぇ……」

「あれは例外中の例外」

 

 

 恐れおののく海人たちの言葉に、ユエが冷静にツッコんだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 二日後。一行は竜化したティオの背に乗り、赤銅の砂漠を飛び越えていた。

 

 

『ふふ、ご主人様がこんな選択をするとはのぅ』

 

 

 上空を吹き荒ぶ風に乗りながら、ティオはふふと笑った。

 

 

「……まあ、乗りかかった舟ってことでー!」

「やーい、ケイトさんの照れ屋~!」

「そこもかわいい」

「うるさい!」

 

 

 照れ隠しに叫ぶ慧斗へ、ユエとシアの野次が飛ぶ。慧斗は何も反論できなかった。

 砂漠を文字通り飛び越え、アンカジ首都ゼェレンが見える。前回訪れたときとは異なり、商隊が長い行列を成している。王国各地からの救援だろうか、何にせよこのまま突っ込むのは拙いだろう。ティオは上空で旋回すると、隣接するオアシスへ飛び込んだ。

 

 

「うわっ!?」

「竜!?」

 

 

 当然、警備中の兵士は大混乱に陥る。突然降ってきた黒竜に、兵士たちは咄嗟に得物を構え、動揺しながらも臨戦態勢をとる。さてどう凌ごうか、と慧斗が思案したその時――

 

 

「――待て、総員待て!」

 

 

 警備隊長らしき者が進み出て、兵士たちを押し止めた。どうやらティオの竜姿に覚えがあるらしい。

 

 

「やはり、ティオ殿か……! 総員、警戒解除! 我々の味方だ!」

『うむ、先日ぶりじゃな』

 

 

 慌てて命令を下す隊長とティオが言葉を交わす傍ら、三人はティオの背から降り、とんとんと鱗を叩いて人化を促した。ティオは応と答えると、魔力の繭に身を包み、竜化を解いた。

 

 

「肝が冷える……! 我が国でなければ、非常事態ものですよ」

「いやあ、この方が手っ取り早くて」

「実際、隊商の列ができてましたしねぇ」

「待つ方が疲れる」

 

 

 緊張が解かれどっと冷や汗をかく隊長に対し、三人はへらりと答えた。手前で竜化を解き隊商列に紛れ込むという手もあるが、あの長蛇の列に並んで検問を待っていたら、日が暮れかねない。今抱えていることを考えれば、動きは速いに越したことはない。

 

 

「それで……何か、緊急のご用事でも?」

「おう。実はな、オアシスの汚染問題を解決できそうな手段があってな」

「ほ、本当ですか!?」

 

 

 さらりと言ってのけた慧斗に、警備隊長は思い切り度肝を抜かれた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「久しい――というほどでもないか。無事なようで何よりだ、ケイト殿。貴殿らは、既に我が公国の救世主なのだからな。礼の一つもしておらんのに、勝手に死なれては困る」

「ただの冒険者に何言ってんだよ、公爵様」

 

 

 慌てて連れてこられた宮殿で、慧斗たちは再びゼンゲン公と相対した。オアシスという重要地域を警護する警備隊長だけあって、手続きはあっという間に済んだ。

 ゼンゲン公は膨大な政務に追われ、少々やつれた様子だが、それでも眼の光は消えていない。なかなか気丈な領主様だ、と慧斗は改めて感心した。

 

 

「救援も受けられてるみたいで良かったですねぇ」

「あぁ。備蓄した食料と、ユエ殿が作ってくれた貯水池のおかげで十分に時間を稼げた。王国から援助の他、商人たちのおかげで、何とか民を飢えさせずに済んでいる」

 

 

 領主として国主として、書類作業と引き換えに民を救うことができるのなら、それに越したことはないのだろう。先日よりも、心なしか安堵したような表情を浮かべていた。

 

 

「それで、オアシスの状況は?」

「相変わらずだ。新鮮な地下水のおかげで、少しずつ浄化はできるのだが……中々進まん。

 このペースだと、水質復元まで少なくとも半年――土壌に染み込んだ分の浄化も考えると、一年は掛かると計算されておる」

「……何か微妙に早い気がする。魔法様々って感じ?」

「そうかね?」

 

 

 ゼンゲン公の渋い顔は、しかし慧斗の首を捻らせた。慧斗の(というか地球の)体感では、土壌などの汚染回復と言えば数年を要する難行である印象が強い。やはり、魔法という異能は便利なものだ。

 

 

「それで……水質問題も改善してもらえると?」

「おう。俺がやれるこっちゃないから、詳細は言えないけど」

「ほほ、お任せあれ」

 

 

 慧斗の言葉に、ティオがふふふと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「ユエよりティオってのは、ちょっと意外だよな」

「……たぶん、自動再生のせい」

「勝手に治るから、自力で治す感覚が分かりづらいって感じですか?」

「たぶん、そう」

 

 

 汚染されたオアシスの前。ゼンゲン公をはじめ宮廷魔導師や兵士たちが並び、その先頭でティオが詠唱を紡ぐのを見守りながら、残る三人は雑談を交わしていた。

 物体を元の状態に回帰させる“再生魔法”――それに最も高い適性を見せたのは、意外にもティオだった。元より竜人族として、並みの魔法使いを遥かに凌ぐ熟練の使い手ではあるものの、純粋な魔法適性ではユエが勝るというのが全員の共通認識だった。ティオがそれを上回るというのは、何とも興味深い話だ。

 長い長い儀式と詠唱が終わり、ついにティオが瞠目する。

 

 

「――“絶象”」

 

 

 言霊とともに、オアシスを覆うような蛍火が輝く。降り注ぐように落ちていった光が、オアシス全域を輝かせた。あらゆる邪悪を祓うような光の粒子は、オアシス浄化という大挑戦を忘れさせるほどに群衆を魅了した。

 やがて光が途絶え、はっと気づいた宮廷魔導師たちが水質調査を始める。しばらくあって、魔導師たちは震えながら振り向いた。

 

 

「……戻っています」

「……も、もう一度言ってくれ」

 

 

 同じように緊張に震えるゼンゲン公に、魔導師たちは決定的な言葉を紡いだ。

 

 

「オアシスに異常なし! 元のオアシスです! 完全に浄化されています!」

 

 

 群衆に歓声が轟いた。ゼェレンの城壁をも揺らすような大歓声が、オアシスの水面を揺らす。今にもティオを引っ掴んで胴上げしようかという勢いだ。

 一方、慧斗は渋い顔をしていた。

 

 

「しっかし、相変わらず時間かかるなあ。移動込みだと数日かかりそうだぞ」

「うむ。この規模は、魔力消費も激しいしのぅ。ユエに手伝ってもらうという手も、なくはないが……」

「じゅるり」

「やめろ。そろそろ魔晶石で何とかしろ」

「くっ……ケイトの意地悪」

「そーだそーだー」

「お前はどっちの味方だよ!?」

 

 

 待ち構えていたかのように八重歯を光らせるユエと、一緒に野次を飛ばすシア。毎度お約束のようなコントが始まった。

 そんな空気を破ったのは、神殿騎士の隊列だった。聖教教会の僧衣を着た司祭と侍祭たちを先頭に、ざりざりと砂を巻き上げる大行列が迫りくる。不審げな顔をするゼンゲン公の様子からして、示し合わせたものではないらしい。

 

 

「――ゼンゲン公、こちらへ。彼らは危険だ」

「フォルビン司教、これは一体何事か。彼らが危険? 二度に渡り、我が公国を救った英雄ですぞ? 彼らへの無礼は、アンカジの領主として見逃せませんな」

 

 

 司教ことフォルビンは、ゼンゲン公の言葉を鼻で嗤った。

 

 

「ふん、英雄? 言葉を慎みたまえ。彼らは、既に異端者認定を受けている。不用意な言葉は、貴公自身の首を絞めることになりますぞ」

「異端者認定……だと? 馬鹿な、私は何も聞いていない」

 

 

 まさかの宣言にに、ゼンゲン公は息を呑んだ。彼、いやアンカジ公国全体が聖教教会の承認を受けている以上、その意味の重さは重々承知している。何かの間違いでは? と信じられない思いでフォルビン司教に返した。

 一方、慧斗だけは「あっそうだった」と今更に思い出した。神代魔法の獲得とエヒト神との対決に比べれば、割とどうでもいい話であっただけに、つい忘れていた。

 

 

「当然でしょうな。今朝方、届いたばかりの知らせだ。このタイミングで異端者の方からやって来るとは……クク、何とも絶妙なタイミングだと思わんかね? きっと、神が私に告げておられるのだ。神敵を滅ぼせとな……これで、私も中央に……」

「ごめんそれ知ってる。情報遅いよ」

「!?」

 

 

 クククと俗物な笑みを浮かべるフォルビン司教に対し、慧斗はさらりと言い放った。まさか予想外だったのか、フォルビン司教が激しく動揺する。

 

 

「そうなんです?」

「フューレンのギルド支部長から聞いた」

「いつの間に……」

「ほほ、(はかりごと)も得意になってきおったか」

 

 

 そういえば、三人には言ってない。信心もへったくれもない三人のリアクションを鑑みても、やはり伝える必要はなかったらしい。

 

 

「と、とにかく、私はこれから神敵を討伐せねばならん。相当凶悪な男だという話だが、果たして神殿騎士百人を相手に、どこまで抗えるものか見ものですな。

 さぁさぁ、ゼンゲン公よ、そこを退くのだ。よもや我ら教会と事を構える気ではないだろう?」

 

 

 もう我慢がならないといった様子で迫るフォルビン司教に対し、ゼンゲン公はすぅと鋭い眼光を向け、そして堂々と言い放った。

 

 

「断る」

「……今、何といった?」

 

 

 全く予想外の言葉に、フォルビン司教の顔から感情が剥がれ落ちた。

 

 

「断ると言った。彼らは救国の英雄。例え、聖教教会であろうと彼らに仇なすことは私が許さん」

「なっ、なっ、き、貴様! 正気か!? 教会に逆らう事がどういうことか、分からん訳ではないだろう! き、貴様も異端者認定されたいのか!」

 

 

 敢然としたゼンゲン公の言葉に、言葉を詰まらせながら怒声をあげるフォルビン司教。周囲の神殿騎士たちも、困惑したように顔を見合わせている。

 

 

「フォルビン司教。中央は、彼らの偉業を知らないのではないか? 彼らは、この猛毒に襲われ滅亡の危機に瀕した公国を救ったのだぞ?

 報告によれば勇者一行も、ウルの町も、彼に救われているというではないか。そんな相手に異端者認定? その決定の方が正気とは思えんよ。故に、ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、この異端者認定に異議と、アンカジを救ったという新たな事実を加味しての再考を申し立てる」

「だ、黙れ! 決定事項だ! これは神のご意志だ! 逆らうことは許されん! 公よ、これ以上、その異端者を庇うのであれば、貴様も、いやアンカジそのものを異端認定することになるぞ! それでもよいのかっ!」

 

 

 滔々と語るゼンゲン公の言葉に、フォルビン司教は厳粛な聖職者の雰囲気をかなぐり捨てて喚いた。

 

 

「……やめといた方がいいよ? 俺たちはほら、何とでも逃げようがあるし」

 

 

 そんなフォルビン司教の醜態を冷めた目で見つめるゼンゲン公へ、慧斗が近寄りながら言った。国そのものが異端認定されることと、慧斗たちの遁走を見送ること。どちらが重いリスクを負うかなど、わざわざ問わずとも解る話だ。

 しかし慧斗の言葉を受けても、ゼンゲン公の覚悟の眼は揺らがない。彼は無言で兵士たちに視線を遣った。主君の無言の訴えに、彼らは一瞬だけ顔を見合わせると、同じように覚悟を決めた表情を見せた。びしりと身を正し、神殿騎士たちに対峙するように進み出る。

 そんな一同の威圧に呑まれたフォルビン司教は、顔を真っ赤にしながら最後通牒を突きつけた。

 

 

「いいのだな? 公よ、貴様はここで終わることになるぞ。いや、貴様だけではない。麾下も、それに与する者も全員終わる。神罰を受け尽く滅びるのだ」

「このアンカジに、自らを救ってくれた英雄を売るような恥知らずはいない。

 神罰? 私が信仰する神は、そんな恥知らずをこそ裁くお方だと思っていたのだが? 司教殿の信仰する神とは異なるのかね?」

 

 

 ゼンゲン公の朗々とした声が、フォルビン司教を怯ませる。慧斗は「実は裁かない側の神っぽいんだよねえ」と内心思ったが、口を挟まないことにした。

 ついに怒りの頂点に達したフォルビン司教は、その激情のままに片手を上げ、背後の神殿騎士たちに攻撃の合図を送った。

 一斉に武器と盾を構えて進み出る神殿騎士たち――その兜に、かんと何かがぶつかった。騎士たちの視線の先には、一粒の小石が転がっていた。何故、どこから――という疑問もつかの間、小石が次々に飛来し、騎士たちの甲冑にぶつかり始めた。

 見ればそこには、ゼェレンの市民が大勢集まっている。オアシスから発生した神秘的な光と、物々しい様子で街道を歩く神殿騎士たちを見て、何事かと追いかけてきた、言ってしまえば野次馬だ。だがその誰もが、敵意に満ちた視線で騎士たちを睨んでいる。

 彼らはユエの顔を知っている。シアの顔を知っている。文字通り命の水を授けてくれたユエと、患者たちを救うべく奔走したシアを知っている。その二人に武器を向けているということは――正直なところ詳細は知らないが――このアンカジの敵だ!

 

 

「や、やめよ! アンカジの民よ! 奴らは異端者認定を受けた神敵である! やつらの討伐は神の意志である!」

 

 

 思わぬ事態に狼狽したフォルビン司教は、焦りながらも大喝で叫んだ。相手が異端者ともなれば、抗議する理由はないはずだ。実際、聖教教会司教の言葉に、市民らは困惑を露わにして顔を見合わせ、投石の手を止めた。

 そこに、ゼンゲン公が毅然と口を開いた。

 

 

「我が愛すべき公国民たちよ、聞け! 彼らは、たった今、我らのオアシスを浄化してくれた! 我らのオアシスが彼らの尽力で戻ってきたのだ! そして、汚染された水も、土地も! 全て浄化してくれるという! 彼らは、我らのアンカジを取り戻してくれたのだ!

 この場で多くは語れん。故に、己の心で判断せよ! 救国の英雄を、このまま殺させるか、守るか――私は、守ることにした!」

 

 

 ゼンゲン公の演説を、フォルビン司教は嘲笑した。たかが異端者数人と、教会の威光。どちらが重要かなど明白――

 その思惑は、投石の雨によって覆された。市民たちは意を決すると、再び石を投げ始めたのだ。まさかの事態に、フォルビン司教が顔を青くする。

 

 

「なっ、なっ……」

 

 

 ついに言葉を詰まらせた彼の耳に、市民たちの怒声が届いた。

 

 

「ふざけるな! 俺たちの恩人を殺らせるかよ!」

「教会は何もしてくれなかったじゃない! 助けてくれた英雄様を害そうなんて正気じゃないわ!」

「何が異端者だ! お前らの方がよほど異端者だろうが!」

「きっと、異端者認定なんて何かの間違いよ!」

「領主様に続け!」

 

 

 死の瀬戸際、それでも民のために尽くすゼンゲン公と公子ビィズの努力は、そしてそれに応えた慧斗たちの貢献は、果たして市民たちの信仰心を上回った。そして今、その恩を穢そうとしている教会へと牙を剥き始めた。一応、何も知らない段階の僧官たちが、患者の治療に協力してくれていたはずなのだが……

 事態を見た市民たちが続々と集まり、事情を聴いた者が次々に列に加わる。それ自体は大した脅威にならないものの、際限なく膨れ上がる市民の激情に、フォルビン司教や侍祭、神殿騎士たちもが威圧される。

 

 

「司教殿、これがアンカジの意思だ。先程の申し立て……聞いてはもらえませんかな?」

「ぬっ、ぐぅ……ただで済むとは思わないことだっ!」

 

 

 トドメに突き付けられたゼンゲン公の言葉に、フォルビン司教は最後に慧斗たちを一睨みすると、ぎりりと捨て台詞を吐きながら踵を返した。その後を、侍祭と神殿騎士たちが慌てて追う。一触即発の空気は、こうして解かれた。

 溜飲が下がったのか、ふんと鼻を鳴らしたゼンゲン公に向かって、慧斗が声を掛けた。

 

 

「……良かったのか? 奴の台詞じゃないが、ただじゃ済まないぞ」

「なに、これこそが『アンカジの意思』だ。この公国に住む者で、貴殿らに感謝していない者などおらん。そんな相手を、一方的な理由で殺させたとあっては……それこそ、私の方が『アンカジの意思』に殺されてしまうだろう。愛すべき国民に殺されるなど、考えたくもないぞ」

 

 

 ゼンゲン公は泰然とした様子で言った。配下の兵士たちも、市民たちも、歓声を上げながら領主ゼンゲン公の言葉を支持している。

 領主あっての民。民あっての領主。その双方が選んだ決断だというのなら、これ以上口を挟むことはできない。

 

 

「……ま、いいか。ティオ、頑張ってくれ」

「うむ。まぁ見ておれ」

「……言うほど俺、公国に貢献してなくない? 大体お前ら頼みじゃん」

「ほほ、謙虚なご主人様じゃ」

 

 

 ともあれ、邪魔は去った。あとはティオが手を尽くし、他のオアシスを浄化して回るのみだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。