ありふれた癌 作:Matto
慧斗の予測通り、たっぷり数日掛けてすべてのオアシスを浄化完了した後。再びゼェレンに戻ってきた一行は、宮殿で盛大な歓待を受けた。
「……しかしまあ、お祭り騒ぎだったな……」
宮殿で割り当てられた客室のバルコニーで、慧斗はぽつりと零した。ちなみに、当然のように同室である。やっぱりゼンゲン公に問い質す必要がありそうだ。
ティオは元々、抜群のプロポーションを誇る絶世の美女である。あっという間に『竜の聖女』なる肩書とともに盛大に担ぎ上げられ、つい先日まで死に体だったとは思えない賑やかな宴会を見せられた。しかも宴会の最中、「どうせならご主人様の
それはいい。何なら慧斗たちが除け者扱いされる分にも問題ない。だがどこで何を間違えたのか、残る三人にも『黒竜の騎士』『泉の天女』『白兎の天使』と大仰な肩書が与えられたのだ。
貯水地を用意して、アンカジ全体の延命に貢献したユエはまだ分かる。医療院や周囲を駆け回り、重症者の運搬で活躍したらしいシアも分かる。しかし何故、慧斗まで担ぎ上げられるのか。この世界、中二病しかいないのか。
「……やっぱ俺、特に貢献してなくない?」
「いつまで言っておるのじゃ。お主が率いてきたからこその現状じゃ」
バルコニーの欄干で頬杖を突く慧斗の後ろから、ティオが声を掛けた。そうは言っても、このお人好し三人がこの国を見捨てたとは思えないし、慧斗は引き摺られるように手伝っただけだ。慧斗がいてもいなくても、結果は変わらなかったような気がする。
「……ま、それでいいか。とにかく助かったぜ、ティオ」
「うむ。ご褒美は亀甲縛りが良い」
「死ね」
それはそれとして、この変態は一度痛い目に遭った方がいいと思う。……それすら喜びそうな予感がして、さらに鬱陶しい気分に襲われた。
◇ ◇ ◇
ゼェレン中の市民に見送られながら、一路ホルアドへと赴く道すがら。慧斗たちは、前方に異変を見つけた。
「あれ? ケイトさん、あれって……何か襲われてません?」
最初に反応したのはシアだ。亜人らしく、そして兎人族らしく知覚能力に優れている彼女は、真っ先に前方の異変を嗅ぎつけた。見れば確かに、ひとつの馬車隊が街道で立ち往生し、武装集団に囲まれている。しかしその馬車隊は淡い光の結界に囲まれ、武装集団を一向に寄せ付けない。
「相手は賊みたいだな。――賊側、およそ四十……対して隊商の護衛は、十五人か。よく凌いでる」
「……ん、あの結界は中々」
「ふむ、さながら城壁の役割じゃな。あれを崩さんと本丸の隊商に接近できん。結界越しに魔法を撃たれては、賊共も堪らんじゃろう」
「でも、一向に引く気配がありませんよ?」
「持続が悪そうだしな。どっかの魔力おばけと違って」
「悪口?」
「めちゃめちゃ褒めてる」
不機嫌そうなユエは、慧斗の軽口を聞いた途端気分を良くした。この娘、意外とちょろい。
一行の見立て通り、結界は見る見るうちに薄くなり、今にも儚く四散しようとしている。馬車隊が蹂躙されるのも時間の問題だろう。
「で、どうする?」
「うーん、一応追われ者の身だしなあ」
「折角だから助けましょうよ!」
「恩を着せる」
「図太いやっちゃな……」
相変わらずのお人好し、と思いきやブレないユエの言葉に、慧斗は閉口しつつグレートソードを構えた。
獲物を見定めた猫のように身を屈め、一気に飛び出す。超低姿勢で空を駆る慧斗は、『空歩』でさらに水平跳躍しながら賊へと飛び掛かった。
「――ずぇいッ!」
「ぎゃっ!?」
「な、なんだ!?」
その勢いのまま振るわれたグレートソードが、数人をまとめて両断する。胴をまとめて薙ぎ払われた賊たちが悲鳴を上げながら倒れ、周囲の仲間たちが異変に動揺する。
「“蒼天”」
「ぎゃあぁぁぁっ!?」
ユエの言霊が蒼い炎となり、数十人を焼き払った。爆裂する超高熱が、悲鳴すら薪に炎上する。
その炎の欠片を、慧斗のグレートソードが素早く吸い取った。
「――おかわりだ!」
「ぐはぁっ!?」
空を駆ける慧斗がグレートソードを振るい、さらに対角へと放つ。事態の急変についていけない賊たちを焼き払い、混乱を拡大させる。慧斗は空中を跳んだまま、グレートソードを担ぎ両手を構えた。
「“破断”!」
「ぎゃあぁぁっ!?」
両手から高圧水流の刃が迸り、数十人をまとめて斬り裂いていく。だんと着地する頃には、一人も残っていなかった。
「……出番、なかったですねぇ」
「いまさらあの程度、物の数にもならんじゃろ」
急いで走ってきたシアとティオは、しかし出番がないまま終わった。数多くの強大な魔物と戦い、それらすべてを下してきた一行だ。たかが武装した賊数十人など、脅威にもならない。
しかし、予想外はここからだった。
「――ケイトさん!!」
「……は?」
いよいよ消え去った結界の向こう側から、聞き覚えのある声がした。思わずそちらを振り返ると、これまた見覚えのあるドレス姿の――
「ケイトさん……! 良かった……本当に良かった……!」
「いやいやいや、何やってんですか!?」
泣きつくように慧斗に抱き着いたのは、他ならぬハイリヒ王国王女リリアーナだった。なお後ろでむっとしているユエの様子は気付かれていない。
「え、えっと……王女様、ですよね?」
「そうじゃな。しかし、どうしてこんなところに」
今にも泣き出しそうなリリアーナの様子に、シアがおずおずと尋ねた。数週間前、ほんのひと時出会った関係で、覚えているだけましな話だろう。
とそこに、馬車隊の主らしき人物が歩み寄ってきた。
「久しぶりだな、息災……どころか、随分とご活躍のようで」
「あんたは――いつぞやの」
「はは、顔だけでも覚えてもらえているのは僥倖かな?」
行商人ユンケル商会のモットー・ユンケル、こちらはもう一ヶ月以上前の再会だ。ただの行きずりで警護しただけの関係、さすがに名前までは思い出せなかった。
彼はアンカジ公国の窮状に、商機を見出した商人の一人だった。既に一度商談を終え、王都で商品を再入荷してから二度目の訪問の予定だったらしい。その満足げな様子を見るに、一度目はいい成果を出せたらしい。
では改めて、とホルアドへの護衛依頼を出してきたユンケルに、リリアーナが待ったをかけた。
「申し訳ありません、商人様。彼らの時間は、私が頂きたいのです。ホルアドまでの同乗を許して頂いたにもかかわらず、身勝手とは分かっているのですが……」
「おや、もうホルアドまで行かなくても宜しいので?」
「はい、ここまでで結構です。もちろん、ホルアドまでの料金を支払わせて頂きます」
「え、リリアーナ様手持ちあります? こっちで立て替えておきましょうか」
どうやらホルアドに向かうまでの相乗りを考えていたようだが、慧斗たちとの再会でその必要が無くなったらしい。いざ懐から宝物を――さすがに過剰な高額になってしまうので、慧斗たちが立て替えようとすると、ユンケルはそれを手で制した。
「いえ、お役に立てたなら何より。お代は結構ですよ」
「えっ? いえ、そういうわけには……」
「――あんた、まさか正体を知ってたのか?」
「いいや? 今初めて聞かせてもらった」
慧斗の問いにユンケルはさらりと否定したが、驚愕も動揺も見せない辺り、薄々勘付いていたのは確かだ。商人の観察眼は侮れない。
「二度と、こういう事をなさるとは思いませんが……一応、ご忠告を。普通、乗合馬車にしろ、同乗にしろ料金は先払いです。それを出発前に請求されないというのは、相手は何か良からぬ事を企んでいるか、あるいは金銭を受け取れない相手という事です。今回は、後者ですな」
「それは、まさか……」
「どのような事情かは存じませんが、貴女様ともあろうお方が、お一人で忍ばなければならない程の重大事なのでしょう。そんな危急の時に、お役の一つにも立てないなら、今後は商人どころか、胸を張ってこの国の人間を名乗れますまい」
「ならば尚更、感謝の印にお受け取り下さい。あなた方のおかげで、私は王都を出ることが出来たのです」
あくまでも食い下がるリリアーナに対し、ユンケルはふむ、と首を捻った。以前会ったのは帝国のはずだが、王国出身の人間だったらしい。世界を股に掛ける大商会なんだな、と慧斗はどうでもいいことを考えた。
「――王女殿下。突然ですが、商人にとってもっとも仕入れ難く、同時に喉から手が出るほど欲しいものが何か、ご存知ですかな?」
「え? ……いいえ、わかりません」
「君はどうだね?」
「知らね。信頼とか?」
「まさしくその通り」
慧斗の雑な返答を、ユンケルはさらりと肯定した。意外な返答に、困惑したのは慧斗の方だ。
「商売は信頼が無くては始まらないし、続かないし、儲からない。逆にそれさえあれば、大抵の状況は何とかなるものだよ。
……さて、王女殿下。果たして御身にとって、我がユンケル商会は信頼に値するものでしたかな?」
なるほど巧い言い回しだ。リリアーナの秘密を勘付きながら協力した彼らを、はした金で切り捨ててしまえば、彼女は彼らを信用していないということになる。
「――あなた方は真に信頼に値する商会です。ハイリヒ王国王女リリアーナは、あなた方の厚意と献身を決して忘れません。ありがとうございます……」
「勿体無いお言葉です」
リリアーナの感謝の言葉に、ユンケルは恭しく跪いて頭を垂れた。
と言っても、打算があることは間違いない。王女リリアーナという重要人物に恩を着せた時点で、彼らは王国での商売がやりやすくなる。対価として十二分だろう。
「相変わらずいい根性してるな、あんた」
「褒め言葉と受け取っておこう」
それだけ言い残すと、ユンケルの馬車隊はその場を去っていった。ひとまず問題のひとつは解決したが、もうひとつ重要な疑問が残っている。
「で、何があったんです。何であなたが、こんなところまで……」
改めて問い質す慧斗は、脳裏で尋常ならざるものを感じていた。王女が護衛を伴わず、単身飛び出してきたということは――王都で何か重大事件があったということになる。
「愛子さんが……攫われました」
果たして、その言葉は慧斗を瞠目させる事態だった。
◇ ◇ ◇
リリアーナの語るところによると、最近の王宮内は不気味な雰囲気に包まれているらしい。
父であるエリヒド国王は、今まで以上に聖教教会に――いやエヒト神への信仰に傾倒し、それに感化されたのか、宰相や他の重鎮たちも巻き込んでいった。それだけなら、何もおかしなことはない。各地で暗躍する魔人族の報告から、聖教教会との連携を強める上で避けられないものだと、彼女は半ば己に言い聞かせていたが……
それに閉口するように、妙に生気のない騎士や兵士たちが増えていったのだ。具合でも悪いのかと尋ねてみても、機械的に平坦な応答をするばかりで、以前の快活さがまるで感じられない。そのことを騎士団長メルドに相談しようにも、少し前から姿が見せなくなった。時折、光輝たちの訓練に顔を見せては、忙しそうに何処かへ行ってしまう。結局、リリアーナは一度もメルドを捕まえることができなかった。
そうこうしている内に、畑山が王都に帰還し、ウルの町での詳細が報告された。そこに同席していたリリアーナは、信じがたい強行採決を見せられた。それが、脱走者穂崎慧斗の異端者認定である。
ウルの町や勇者一行を救った功績も、“豊穣の女神”として大変な知名度と人気を誇る畑山の異議・意見も、全てを無視して決定されてしまった。有り得ない決議――決議どころではない。イシュタルの一存で全てが決まり、そもそも真っ当な議論さえ生じなかった冷たい宣告に、リリアーナは父エリヒドに対し猛抗議をした。
ところが、エリヒドは彼女の想定以上に頑なだった。強迫観念すら感じさせた父は、娘に対し「信仰心が足りない」などと叱責し始め、まるで敵を見るような目つきに変わった。恐ろしくなったリリアーナは、引き下がる振りをして逃げ出した。同じように抗議した畑山と相川なら、相談に乗ってくれるかも知れない――そのリリアーナの目論見は、銀髪の修道女によって覆された。何事かと壁から覗き見れば、愛子が教会修道服を着た銀髪の女に気絶させられ、担がれているところを目撃したのだ。
リリアーナは、その修道女に底知れぬ恐怖を感じ、咄嗟にすぐ近くの客室に入り込むと、王族のみが知る隠し通路に入り込み息を潜めた。修道女が探しに来たが、隠し通路に仕込まれていた気配隠蔽の
ただ、愛子を待ち伏せしていた以上、おそらく生徒たちも見張られている。頼りのメルドも行方知れずだ。悩んだ末リリアーナは、隠し通路から王宮に出て、一路アンカジ公国を目指した。アンカジであれば、王都の異変が届かないゼンゲン公の助力を得られるかもしれないし、もしかすると慧斗にも会えるかもしれない。一縷の望みにかけて、リリアーナは王都を飛び出したのだった。
「んなまた無茶を……」
「あとは知っての通り、ユンケル商会の隊商にお願いして便乗させてもらいました。まさか、最初から気づかれているとは思いもしませんでしたし、その途中で賊の襲撃に遭い、それをケイトさんたちに助けられるとは夢にも思いませんでしたが……
少し前までなら『神のご加護だ』と思うところです。ですが……私は……今は……教会が怖い……一体、何が起きているのでしょう。……あの銀髪の修道女は……父上たちは……」
身を震わせるリリアーナの説明に、慧斗はしばらく沈黙した。『気のせい』ではとても片付けられない。王宮で、何か異変が起きている。
「――……ふー……」
「……どうします?」
自らを落ち着かせるように長く息を吐く慧斗に、シアが声を掛けた。こんな事情を聴いてしまった以上、やるべきことはほとんど決まっている。
「……リリアーナ様を、このままにしとくわけにはいかない。あと、センセを狙った理由が怪しい。
――ときにリリアーナ様。相川の様子って見ることができました?」
「ノボルさん? すみません、そこまでは……」
「――センセだけを標的に……? 相川とは別口なのか……?」
考え込んだ慧斗に、シアが再び問いかけた。
「アイカワさんには、何があるんです?」
「旅の目的を話した」
「ちょ――えぇ!?」
さらりと言ってのけた慧斗に、三人が瞠目する。何も知らないリリアーナだけは、きょとんと首を傾げるだけだった。
「危なくないのか?」
「ちょっとだけ。匂わせる程度だ」
「でも、綱渡り……」
「ちょっとだけ後悔してる。あいつも危ないかもしれない」
三人の糾弾に、慧斗はがりがりと頭を掻いた。何とか生徒たちを押し止めるための下仕込みだったのだが、ここで悪手になってしまったかもしれない。
慧斗は意を決すると、再びリリアーナに向き直った。
「――リリアーナ様。悪いけど、王国の安全は保証できません。ともすれば、騎士たちや――ご家族さえも」
「……え……!?」
思わぬ宣告に動揺するリリアーナの後ろから、ティオが問いかけた。
「何か懸念が?」
「……どうも厭な予感がする。清水の程度なら――一時的な洗脳なら、まだいい。
だが、そうじゃなかったら?
「そんな……!?」