ありふれた癌   作:Matto

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5章 血煙の影
01:急襲


 鋼鉄造りの六畳一間、木製のベッドと椅子、小さな机、むき出しのトイレ、鉄格子が嵌められた窓――およそ牢といっても差し支えない部屋で、畑山は独り蹲っていた。

 謎の修道女に連れられてから、すでに三日が経過している。

 案の定、聖教教会と繋がっていたらしく、食事は定期的に届けられる。だが、それ以上の行動は一切見せず、また畑山自身も何もできなかった。彼女は今、ブレスレット状の魔導具(アーティスト)を嵌められ、あらゆる魔法が制限されている。最初は脱出を試みようとしたものの、貧弱な彼女の力では鋼鉄の扉を動かすことができず、仮に魔法が使えたとしても、実戦的な魔法技能に劣る彼女がどうこうできるとは思えない。一度窓から逃走を図ろうとしたものの、こちらも頑丈な鉄格子はびくともせず、またその窓から見下ろす景色は、どこか高い塔の最上階に囚われているという非情な事実を突き付けるだけだった。

 結局、畑山は己の無力に打ちひしがれながら、ベッドに蹲るしかない日々を過ごしていた。

 辛うじて理性が稼働する彼女の脳裏にあるのは、謎の修道女が語った言葉だ。

 

 

(……私の生徒がしようとしていること……一体何が……)

 

 

 あの修道女は“主”という表現を使った。つまり何らかの上位者の命令で畑山は攫われたわけだが、その理由が不可解だ。

 数少ない情報から推察すると、生徒の一人が何かを企んでいるということ、それが畑山の行動――慧斗と敵対してはいけない、この戦争に気を付けなければいけない、という提案に反発するということだ。畑山には信じられないことだった。彼女は性善説の信奉者だった。畑山の提案に反発するということは、この戦争に乗じて何か悪巧みをしているということだ。生徒たちの善性を信じている彼女にとって、それは受け入れがたい事実だった。

 そしてもう一つ、『イレギュラー』という言葉。畑山と同じように、“主”の命令で排除する必要がある存在。思い当たるのは、一人しかいない。

 

 

(――……やはり、穂崎君でしょうか……)

 

 

 生徒たちから離れ、独自に動く少年。彼の行動が、その思惑が、すべてに繋がっている。彼は何のために仲間たちから離れ、何のために戦っているのか――? 答えの出ない問いが、畑山の脳裏をぐるぐると錯綜し、思考をぼやけさせた。

 そんな時、こんこん、と窓から音がした。

 畑山は反射的に顔を上げた。時刻はすでに深夜だ。修道士が食事を持ってくる時間はとうに過ぎている。ぐるぐると視界を巡らせた畑山は、やがて窓から差し込む月光に不自然な影が差していることに気付いた。

 ばっと視線を向けた先には、一人の男の頭が映っていた。月明かりが逆光を生み、その顔はよく見えない。僅かな反射がその顔を映し出し、畑山は息を呑んだ。今まさに思考していた、慧斗の姿だった。

 

 

「――ほ、穂崎くっ……!?」

 

 

 思わず悲鳴を上げそうになった畑山は、しーという慧斗のジェスチャーにはっと口を塞いだ。

 魔力で繋がれた半透明の“糸束”は、夜の闇に紛れて見えない。まるで壁面に、いや中空に立っているかのような異様な姿を見せたまま、慧斗はガラス窓に指先を当てると、そこがじりじりと赤熱し、ガラスが熔解し始めた。そのまま指を動かし、ぴいい――と小さな円を描くと、ガラス窓に円形の跡が残り、慧斗の押し出しとともにがらんと零れ落ちた。その穴から新しい“糸”を伸ばし、部屋の中をくまなく探知する。

 やがて何もないと悟った慧斗は、“糸”を戻すと――グレートソードを構え、ごん、とガラス窓越しに鉄格子へと突き立てた。思わぬ力技にぎょっとする畑山の前で、グレートソードから迸る魔力がガラス窓ごと鉄格子を砕き、まるで紙細工のように寸断した。そのまま室内に入り、改めてトラップの類がないことを確認する。

 

 

「よし――『降りていいぞ、相川』」

 

 

 慧斗は“糸束”を踏むと、その先に向けて呟いた。その上からずりずりと降りてくるのは、半透明の“糸束”に両手を絡ませ、蒼い顔をしながら窓にへばりつく相川だった。

 

 

「……こっ……怖ぇぇぇ……!」

「あ、相川君まで……!?」

「ちゃんと“糸”は束ねてたろ。このくらい頑張れ、男の子」

「こういうのは○ム・ク○ーズだけでいいんだよ……!」

 

 

 やがて窓から這うように室内に入ると、相川はぜーはーと息を整えながら、どっと疲弊した様子を見せた。慧斗はけろりとした顔で言うが、元は脆弱な魔力の糸を大量に束ねただけの命綱である。怖がるなと言う方が無理な相談だろう。

 

 

「そ、それよりも、なぜここに……」

「もちろん、助けに」

「一応、俺もついでに……」

「どうして、相川君まで」

「いやー……実は俺、愛ちゃん先生とは別口で拉致されてたみたいで……」

 

 

 ようやく恐怖と緊張から立ち直ったらしい相川が、力なく笑った。助けてもらったと思いきや、次に畑山を救出すべく、半ば強制的にスパイごっこをさせられた彼の心境やいかに。

 

 

「王宮の様子と、センセの件をリリアーナ様から聞いた。で、こうして助けに来たってわけ。

 相川は割と偶然。危なかったな、お前」

「……あっそ……」

 

 

 臆面もなく言い放つ慧斗の言葉に、相川は閉口するしかなかった。こういう無神経な人物とは知っていたものの、「運が悪いと見捨ててた」と言い放つ傲岸さは何とかならないものか。

 

 

「まあ二人とも、口封じされる前で良かったよ」

「わ、笑えない冗談をありがとう……」

「いや冗談じゃないが」

「怖ぇぇよ! やめろ!」

「馬鹿、騒ぐな」

 

 

 畑山の手を取り、その手枷の魔導具(アーティスト)を焼き切りつつ、さらりと言い放つ慧斗の言葉に、相川は思わず震え上がった。

 一方、畑山は何とも言い難い様子で慧斗を見つめていた。

 

 

「……ありがとう、ございます……」

「――先生……」

「……分かっています。分かっていますけど……どうしても……」

 

 

 絞り出すような畑山の言葉に、相川が気遣う。清水を殺したことがよぎっているのだろう。慧斗も何も言わなかった。

 ――そんな三人の微妙な空気を打ち破るように、何かが砕けるような轟音が響いた。

 

 

「!?」

「な、なんだ!?」

 

 

 ガラスが砕けるような甲高い音。それとともに、空気が一気に淀んだような錯覚に襲われた。無手の畑山と相川が狼狽える中、慧斗はただグレートソードを構え直した。その横顔は、すでに戦士のそれに変わっている。

 

 

『聞こえるかの?』

「うわっ!?」

 

 

 突然響いてきたティオの声に、相川は思わず飛び上がった。慧斗は懐から共鳴石を取り出し、そのままティオの声を聴いた。

 

 

『妾じゃ、状況説明は必要かの?』

「頼む」

『王都の南方一キロメートル程の位置に魔人族と魔物の大軍じゃ。いつかの白竜もどきもおるぞ。

 結界を破壊したのはあやつのブレスじゃ。しかし、主の方は見当たらぬ』

「――マジかよ……!」

 

 

 ティオの報告に、慧斗は思わず苦い顔を浮かべた。

 

 

「ど、どうした……?」

「――今、王都を護る大結界が破られた。魔人族に襲撃されてる」

「魔人族の襲撃!? それって……」

「今、ハイリヒ王国は侵略を受けている。魔人族と魔物の大軍だそうだ。完全に不意討ち食らっちまった」

 

 

 慧斗の言葉に、相川と畑山はぎょっとした。これまでの戦線は魔人国(ガーランド)との国境付近ばかりで、王都まで攻め入られている状況ではなかったはずだ。それがどれだけ危機的状況かなど、いちいち説明されずとも分かる。

 

 

「こそこそやってる場合じゃないな――“穿断”!」

 

 

 慧斗は鉄扉にグレートソードを突き立てると、ごおと魔法で粉砕した。状況が急変したとはいえ、もはや隠密行動も何もない豪快さに、二人を落ち着かせる効果はなかった。

 

 

「ど……どうする!? どうしたらいい!?」

「落ち着け。相川、お前はセンセを護って天之河らと合流しろ。魔人族の方は、俺の仲間が対処する。俺は――」

 

 

 その瞬間、慧斗は咄嗟に畑山と相川を後ろに庇い、窓に向けて魔力を噴出した。窓から差し込む銀光があっという間に巨大化し、無色の魔力と衝突して部屋中を、いやその向こうの壁を吹き飛ばしていく。

 魔力の奔流が衝突する横で、壁面がさらさらと砂粒のように零れていった。ただの煉瓦だけでなく、鉄柱や鉄扉を含めているはずだ。それがこうもあっさりと粉砕されるとは――

 銀光が止み、慧斗も魔力の奔流を収めた。後に残ったのは、野晒しのように残された部屋の残骸と、怯える二人の前に立つ慧斗と――その視線の先にいる人物。

 

 

「――普通の破壊じゃないな。分解か?」

「ご名答です、イレギュラー」

 

 

 尖塔の屋根に、一人の女が屹立していた。この場で唯一、畑山はその顔に見覚えがあった。彫像のごとき非人間的な美貌の修道女。しかし今は、戦乙女(ワルキューレ)のような銀の甲冑を身に纏い、銀光の翼を携えている。

 慧斗は女を見据えたまま、腰の剣鉈を引き抜き、背後の相川に投げて寄越した。咄嗟に受け取った相川が手傷を負わなかったのは、偏に幸運と言っていい。

 

 

「わわっ! ほ、穂崎……!」

「あとは頑張って生き延びろ。――俺は、こいつを仕留める!」

「わ、わかった!」

 

 

 背を向けたまま命令する慧斗に短く返すと、相川は畑山の手を引いて階段の残骸を降りていった。

 女は逃げる二人には目もくれず、両手の籠手(ガントレット)を輝かせると、そこから二メートル近い巨大な白剣を一対召喚した。一本でさえ慧斗のグレートソードを上回ろうかという重量を二振り、まるで重さを感じない所作で握る。

 

 

「ノイントと申します。『神の使徒』として、主の盤上より不要な駒を排除します」

「裏返した盤上で駒もへったくれもあるかい!」

 

 

 二人はほぼ同時に跳躍した。高塔の残骸の上空で、白の双剣と黒の大剣が激突し、衝撃波を轟かせた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ――時間を、少し遡る。

 ユエとシアはリリアーナの先導を受けながら、王宮の隠し通路を進んでいた。光輝たち『勇者一行』の状況を確認し、可能ならば協力を依頼するためである。ユエたちとしては、神山にある大迷宮と神代魔法の習得さえできれば構わないのだが、下準備もなしに強引突破すれば、生徒たちが尖兵として扱われることは想像に難くない。慧斗の方針としてそれを許容するわけにはいかず、こうして一同はリリアーナの先導のもと、通路を進んでいる。

 ティオは城下町の情報を監督すべく、王都に居残ってる。通路を潜り抜けた先には、何の変哲もない部屋があった。調度や室内の様子にも違和感はない。確かに隠し通路を仕込むにはうってつけの場所だろう。

 

 

「この時間なら、皆さん自室で就寝中でしょう。……とりあえず、雫か香織の部屋に向かおうと思います」

 

 

 リリアーナは真っ先に、特に親しい二人を挙げた。二人はその実力のほどを知らないが、この場で頼るだけの思考力と戦闘力はあるのだろう、多分。……無意識下でケイト基準で思考していることは否めない。索敵能力に優れたシアを先頭に、三人は進んだ。

 重厚な砲撃と、ガラスが砕けるような轟音が響いたのはその時だった。

 

 

「わわっ、何ですか一体!?」

「これはっ……まさか!?」

 

 

 シアが思わず兎耳をぺたんと伏せる一方、リリアーナは愕然として窓に駆け寄った。その視線の先には、夜空に輝きを散らしながら霧散する大結界の残骸があった。王都を護るはずの大結界の崩壊だった。

 

 

「そんな……大結界が……砕かれた?」

 

 

 続けざまに、もう一撃。銀光が夜空を賭け、夜空を駆け抜けながらびりびりと衝撃波を撒き散らす。きぃぃぃと甲高い音を立てながらびりびりと揺れる結界は、まるで今にも割れようとしているガラス球のようだった。

 三重の魔導結界は、内側に行くほど、範囲が狭くなるほど強固になっていく。それが、こんなにもあっさりと危機に陥るなど――

 

 

「第二結界も……どうして……こんなに脆くなっているのです? これでは、直ぐに……」

 

 

 動揺している間に、ガラスが砕ける甲高い音が響いた。二枚目の崩壊だ。この破壊速度では、三枚目も時間の問題だろう。

 

 

「まさか、内通者が? ……でも、僅かな手勢ではむしろ……なら敵軍が? 一体どうやって……」

 

 

 一つ考えられるとすれば、内通者による妨害工作。だが内側ほど強固になる王都守護の要だけに、その防衛は最重要拠点と言っても過言ではない。かなり大規模な動員が必要になるはずで――その情報を握り潰すことは困難なはずだ。

 

 

『聞こえるかの? 妾じゃ、状況説明は必要かの?』

 

 

 そして、三人は共鳴石越しに状況を聞いた。フリードなる魔人族の操る白竜のブレス――なるほど、大結界を破壊するには充分な威力がある。内部工作で弱体化させられているなら尚更だ。問題は、どうやってそんな大軍を連れてきたか。

 いかな神代魔法とはいえ、使用するのはフリード一人であり、転送できる頭数にも限度がある。何かしら上位者の補助を受けたのだろうか?

 

 

「まさか、本当に敵軍が? そんな、一体どうやってこんなところまで……」

 

 

 とにかく、ここで立ち止まっている余裕はない。このままでは最後の第三結界も時間の問題だ。一刻も早く合流しようとするリリアーナに、ユエが待ったをかけた。

 

 

「……ここで別れる。シア、この子を護衛して」

「こ、ここで? 一体何を……」

 

 

 窓を破壊し、そのまま飛び立とうとするユエは、一度だけこちらを振り返った。

 

 

「……白竜使いの魔人族は、ケイトを傷つけた。泣くまでボコる」

 

 

 いつもの三白眼は、しかしこれ以上ない怒気で爛々と輝いている。その威圧感に、二人は思わずたじろいだ。

 

 

「お、怒ってますね、ユエさん……」

「シアは? もう忘れた?」

「――まさか。泣いて謝ってもボコり続けます」

 

 

 ユエの挑発に、シアも目つきを鋭くさせた。大切な初恋の人を傷付けられた怒りは、消そうと思って消せるものではない。

 

 

「というわけです。王女様、そのシズクさんだかカオリさんだかと合流しましょう。終わったら私も行きます」

「ん」

「……は、はいぃ……」

 

 

 ユエの気迫が乗り移ったようなシアの言葉に、リリアーナはただ委縮することしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 結界の消失とともに襲い掛かる魔人と魔物たちの襲撃に、王都は大混乱に陥っていた。

 荷物を抱えて右往左往する市民、避難誘導どころではない兵士たち、我先に王宮へとなだれ込む人々の波――暴徒と化すのも時間の問題だろう。

 そうこうしているうちに、鉄を砕くような重厚な音が轟いた。三枚目の結界が破られた音だ。一斉に流れ込む魔人と魔物たちに、市民の悲鳴が拡大した。もはや彼らを護るものは、石造りの外壁だけ。そしてそれも、見間違えるような巨体の魔物たちが次々に砕いていく。さらには空に飛竜や黒鷺のような魔物が旋回し、すでに王都は地獄に変わり始めていた。

 その光景を、城下町の時計塔の天辺から見下ろしながら、ティオは思案していた。一体一体は大した脅威ではないものの、とにかく手数が足りない。最大の脅威である白竜を抑えられるのはティオだけで、それ以外を押し止めるには頭数が足りない。全てを護るにはあまりにも不利だ。命の取捨選択を、しなければならない。

 そんな中、するりと飛翔してくるユエが現れた。

 

 

「――ティオ。あいつ、見つけた?」

 

 

 白竜の主、フリードの事だろう。眼下の惨状を見るまでもなく目標を絞る様子は、もはや冷徹の一言で形容していいか、どうか。

 

 

「お主、何をしておる。姫の護衛はどうした」

「シアに任せてきた。送り届けたら、シアもこっちに来る」

「……お主らのぅ……」

 

 

 平然と言い放つユエに、ティオは閉口した。仮にも一国の王女、慧斗とも縁のある人物を、ここまで無碍にできるとは、神経が図太いというか何というか。

 そんな中、二人の懐から共鳴石が響いた。

 

 

『ティオ! 今すぐこっちに来てくれ!』

「どうした?」

『――っんの! ちょっと、厄介なのが出てきた! センセと相川の保護を頼む!』

「了解」

 

 

 何やら強敵と交戦しているらしい。畑山と相川を救出する予定だったが、それどころではないようだ。ティオは竜化すると、ばさりと皮翼を広げた。

 

 

『そういう訳じゃ、妾は急ぐ。暴れるのもほどほどにおし』

「善処する」

『……まぁよい』

 

 

 この分だと、加減する気は微塵もないだろう。押し問答をしていても仕方なし、ティオは神山に向けて一目散に飛んだ。

 残されたユエの許に、巨大な黒鷺が襲い掛かった。人一人を引き裂いて余りある威力の爪も嘴も、彼女には何の意味もない。

 

 

「脆い」

 

 

 言霊一つ紡がずに、黒鷺の五体が八つ裂きにされて消し飛んだ。びちゃびちゃと放散する血と肉塊を風魔法で受け流ししつつ、ユエは周囲を旋回する飛竜を見やる。一部には、その背に魔人族を乗せている。ユエを防衛戦力の一つと見做した魔人たちは、一斉に魔法を試み――

 彼方から迫りくる雷鳴の咆哮に呑み込まれた。

 雷の龍姿が上空の魔物たちを丹念に蹂躙し、月夜を埋める魔物たちはあっという間に呑み込まれ、焼け焦げた肉塊となって墜落した。必死になって逃げようとする個体も、龍姿が咥える重力球に呑み込まれ、焦熱とともに絶命していく。悲鳴と怒号が飛び交う月夜は、ぶすぶすと焼け焦げた肉塊と黒々とした煙とが埋め尽くした。

 ユエは相変わらず戦場を睥睨していた。まるで歯牙にもかけない様子で蹂躙された同胞の姿に、残る魔人たちが激昂とともに飛び掛かる。

 

 

「貴様等ぁーーーー!!」

「うぉおおおお!!」

「死ねぇーー!!」

 

 

 四方八方を取り囲み、一斉に魔法を唱える。魔法の質では人間と比べるべくもない魔人の連携に、常人ならば絶望するところだが――

 

 

「鈍い」

 

 

 ユエは(あお)い輝きとともに身を包むと、その全てを()()()()、そしてその光を炸裂させた。超高熱の蒼炎が周囲へと噴出し、取り囲んだ魔人たちを一瞬で炭化させる。

 

 

()()がぁああ!! 殺してやるぅ!!」

 

 

 魔人の一人が、超高熱の火球を手に吶喊してきた。自分たちの半分も生きていない小娘に蹂躙されているという事実が、彼から冷静な判断を奪っていた。

 

 

「三百年早い、()()

 

 

 その憎悪と苛立ちを、ユエは真っ二つに両断した。勢い任せの吶喊は、しかしその血しぶきすらユエに浴びせることができず、決死の突撃は、こうして意味を失った。

 楕円形の輝く膜が出現したのはその時だった。反射的に大きく飛び退いたユエの眼前で、間髪入れずに放たれた極光が、彼女のいた時計塔を焼き払った。

 ユエはそのまま滑翔すると、別の建物の屋上へ着地した。輝く膜から現れたのは、果たして白竜の背に乗ったフリードだ。その顔には、絶好の機会を逃した悔しさが滲んでいる。

 同時に、周囲を黒鷲や灰竜に乗った魔人族が夥しい群れをなして集まり、地上では外壁を破壊した巨獣が侵攻するとともに、一部がユエの足元に駆け付けた。

 

 

「――まさか、あの状況から生還するとはな……やはり、あの男の執念は……危険過ぎる。まずは、確実に貴様から仕留めさせてもらおう」

「殺れるものなら、殺ってみて」

 

 

 魔人族四十人以上、変成魔物の数は百体以上。四方上下全てが敵――圧倒的不利の状況下で、しかしユエは、涼しい顔をして言い放った。

 フリードの号令とともに、夥しい魔法が殺到した。高熱の炎槍、高圧水流、殺意の風刃、氷雪の砲撃、石化の礫、しなる雷鞭――そして、駄目押しとばかりに極光が空を覆い尽くした。

 対して、ユエはそれを回避するまでもなく、静かに言霊を紡ぐ。絶体絶命の窮状に、しかし何かを仕掛けてくる、と警戒を続けたのはフリードだけだった。

 

 

「“界穿”」

 

 

 そこに現れたのは、一対の光の膜。一方は己の前に、他方は極光を塞ぐように。あれでは着弾速度を縮めるだけのはず――意味が分からない、と困惑したフリードは、一瞬だけ思考が遅れた。故に、そこに迷いなく飛び込んだユエの意図を測りかねた。

 己の背後に()()()()()()が出現していたのに気付いたのは、まさに極光が殺到する瞬間だった。

 

 

「しまっ――回避せよっ!!」

 

 

 己は咄嗟に白竜を飛翔させて回避するも、それに即応できなかった魔人たちが、極光を浴びせられて蒸発した。

 

 

「――おのれ、私に部下を殺させたな。……まさか二重発動ができるとは……まだ見くびっていたということか……」

 

 

 まさか、()()()()()()()()()。その眼に憤怒の色を光らせると同時に、フリードは畏怖にも似た思いを抱かされた。神代魔法を二つも戴いた己すら凌駕する使い手に、ある種畏敬の念を抱かざるを得なかった。

 

 

「フリード様! あそこにっ!」

 

 

 生き残った部下の一人が首を巡らせ、やがて外壁に立つユエを見つけた。相変わらず三白眼のまま、くいと指を引き、挑発的な姿勢を見せる。

 

 

「小娘ごときがぁ!」

 

 

 残った魔人族が一斉に飛び掛かった。魔物の群れを次々に殺到させ、己も魔法を編む。その多段攻撃は、今度こそ無防備な少女を呑み込むはずで――

 

 

「“絶禍”」

 

 

 ぎちぎちと軋む重力球が顕現し、その全てを呑み込んだ。重力球に引き寄せられた魔法の数々、真正面から突っ込んできた魔物の群れ――それらを一挙に収束し、そして雪崩のように反射する。それに巻き込まれた魔人たちが、五体を千切れさせながら、次々と墜落していった。

 

 

「くっ、あの時も使っていたな。……私の知らぬ神代魔法か」

 

 

 あの圧倒的な攻撃力を前に、もはや数の利は意味をなさない。それを活かせる、そして活かすべき標的は、もう一人いる。

 

 

「総員聞け! 私はあの術師を殺る! お前たちは兎人族の女を捜し出し、総掛かりで始末しろ! 絶対に合流させるな!」

「了解!」

 

 

 上官の言葉に、魔人族は何の疑いもなく従った。あんな化物を見せつけられた後だ、その徒党も只者ではない。

 そうして、フリードと白竜に、ユエが対峙した。ここにいない慧斗に言わせれば、極小規模の怪獣大決戦である。

 

 

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