ありふれた癌 作:Matto
――時間を、少し遡る。
『で、具体的にはどうする』
畑山と相川を背に乗せ、神殿騎士たちの攻撃を掻い潜るように神山の上空を旋回しているティオは、背中の二人に問いかけた。
「この、変な感じの魔法を止めよう! 穂崎にも悪影響出てんでしょ!?」
『うむ。教会の結界から出ているようじゃが――この結界、かなり硬いぞ』
「ど、どうしよう……!」
ティオの背に乗ったまま狼狽える畑山を後ろ背に抱えながら、相川は必死になって考える。火力担当は勿論ティオだが、そのティオが難しいと言う以上、火力を上げる何かが必要だ。
二人の魔力を分け与える? 駄目だ、雀の涙ほどの効果しかないだろう。内側から壊す? 駄目だ、ティオの姿もおそらく見られている。今更戻ることはできない。結界を根本から崩す火力を出すには――火力――火――?
「――ティオさん! ティオさんのブレスって炎であってる!? それっぽい別物とかじゃない!?」
『きちんと炎じゃぞ』
「愛ちゃん先生! 確か、作農師の技能あったよね!?」
「は、はい! それが!?」
「それで、メタンガス作ってみようよ!」
「め、メタンガス!?」
『何じゃ、それは?』
相川の提案に、畑山は驚愕した。地球の科学を知らないティオは、ただ首を傾げるだけだった。
作農師の技能の一つ、“発酵操作”。それ自体は肥料の生成を促進するものでしかないが、副産物としてメタンガスが生じる。教会で人が生活している以上、その代謝物として原料はいくらでもある。
「ざっくり言うと、『燃える空気』! それで、ティオさんの炎を強化する!」
『なるほど』
「わ、分かりました!」
高度二千メートルは、空気が薄い。威力を上げるには、燃焼剤が必須だろう。それを作ることができれば、状況は一変する。生じた発酵物も、延焼くらいには期待できるだろう。
畑山は相川の背越しに手を掲げ、教会に向かって魔力を注ぎ込んだ。作農師として広範囲の農地改善をさせられた以上、広範囲に伝播する魔法技能には長けている。しかし――
「……くぅぅっ……!」
「どう!?」
「お、思ったより上手く作れない……!」
『あまり“風”の中に感じぬのぅ。これで本当に足りるのか?』
揺れるティオの背中、吹き荒ぶ風の中では集中できないのか、いまひとつ手応えがない様子だ。“風”で放散しないように補助するティオも、芳しくない様子を見せる。
焦る相川は、しかしどうしてやることもできなかった。何をすれば――何ができれば――
『どうする。下手に攻撃すると、さらに強化されかねんぞ』
ティオの言葉も、相川をただ焦らせる効果しかなかった。戦斧士でしかない彼に、この距離でできることはない。何か――何かできることは――
相川の脳裏に、何か電流のような閃きが生じた。考えている暇はない。相川はほとんど無意識にその言霊を紡いだ。
「――“増幅”!」
相川が叫んだ瞬間、畑山は何か要領を掴んだように力を加速させた。無味無臭の有害ガスが教会内外を満たしていき――
これ好機と見込んだティオが、その口腔からを漆黒のブレス吐き出した。びりびりと教会を揺らす黒い閃きは、しかし教会の大結界を破るには足りない。
黒いブレスが結界を横滑りし、教会内外のメタンガスに引火すると――蒼い大爆発と衝撃を巻き起こした。
◇ ◇ ◇
「ぐぎゃぁぁぁぁ――!?」
「きゃぁぁぁぁ――!?」
『ぬぉぉぉぉぉ――!?』
並々ならぬ大爆発衝撃に、中空のティオが二人を諸共に吹き飛ばす。空中で何とか姿勢を立て直したティオが、二人を振り落とすことがなかったのは、偏に奇跡と呼んでいい。
『ふ……二人とも、無事か?』
「な……なんとか……!」
「うぅ……くらくらする……」
衝撃とその立て直しはともかく、二人ともティオの背にしがみつくことは叶ったようだ。とはいえ、甚大な破壊力に目を回しかけている。しばらくはこのまま静止して、慣らすまで待った方がいいだろう。
「――そうだ、教会は……!」
はっと気づいた畑山は、首を巡らせて教会の在処を探した。高山に聳え立っているはずの大神殿は、どこにも見当たらなかった。代わりにあったのは……
「……うっそーん……」
『あ……あれは、また……』
「あわ、あわわわわわ……」
見るも無残な、瓦礫の山だった。ぱちぱちと爆炎の燻りを残したまま、跡形もなく消失している。
畑山は自らの所業に愕然とし、相川は目の前の惨状に言葉を失い、ティオもまたかける言葉が見つからなかった。当初の目的を果たしたから良し――というには、あまりに悲惨過ぎる光景だ。
「……先生、やりすぎじゃない?」
「わ、私のせいですかぁ!?」
「やりすぎだよ。もうボロッボロじゃん。跡形もないじゃん。なんなら俺たちも死ぬところだったじゃん」
相川は思わずジト目で畑山を睨んだ。ティオが火力担当とはいえ、あれほどの威力を実現したのは畑山の所業だ。彼女にできることは、ただ狼狽えることばかりだった。
ところが、
『お主も手出しせんかったかの?』
「えっ」
「えっ」
ティオの口出しに、二人は目を丸くした。
「そ――そういえば、『増幅』って! 相川君、『増幅』って言ってましたよね! 私、あれで急にたくさん作れるようになっちゃったんですよ!? 相川君のせいです! 連帯責任です!」
「そ……そんなぁ!? 俺はただ、先生の手伝いがしたいって思って……!」
『その結果がこれなんじゃろ』
狼狽える相川に向かって、ティオがそう言った。心なしかジト目になっているように見える。
確かに言った。急に思いついた技能を使ってみた。だがこんな結果をもたらすとは、誰が想像できただろうか。
「お――俺だって夢中で! 初めて使った技能で! 加減が分からなくて!」
「わ、私だって半端はいけないと思って!」
醜い責任の押し付け合い。背中越しに聞いているだけのティオは、ただ嘆息するしかなかった。
「はっ!? 教会の皆さんはっ!? どうなりました!?」
「いや全部吹っ飛んでるってあれ。絶対生き残ってないって」
『教会の結界を信頼している感じじゃったしのぉ。完全な不意打ちでもあったのじゃし、無防備なところにあの爆発では、助からんじゃろ』
「あ、あぁ……そんな……」
一人と一頭の容赦ない言葉に、畑山は失神しそうな思いになった。間接的とはいえ、生徒を救うためとはいえ、立派な人殺しである。到底受け止めきれる思いではなかった。
ともかく、一旦降りてみよう。ティオは教会の残骸へと滑翔すると、どすんと着地した。
教会は見る影もなく焼け焦げ、あちこちで火が燻っている。神殿騎士、司祭や侍祭らしき人物の遺骸が見える。その凄惨な光景に、二人は思わずえづきそうになった。
『二人とも、待て』
とにかく、一旦降りて様子を見てみよう、そう思った矢先、ティオが待ったをかけた。
三者の視線の先には、半透明の法衣姿の人物が立っていた。輪郭がゆらゆらと揺れている辺り、尋常な人間ではない。
「……あれは……幽霊……?」
「ゆ、幽霊……!? あわわ……」
「……先生、幽霊とか今更じゃない?」
狼狽える畑山に向かって、相川が冷静にツッコんだ。何しろそこら中でヒトならざる魔物が跳梁跋扈する世界である。実体を持たない幽霊の一つ二つ、今更恐れるようなものではない。
ともかく、当の幽霊は敵意はない様子だ。二人と一頭を見つめると、幽霊はくるりと背を向けて歩き出した。そのまま姿を消すではなく、三者が追ってくるを待っているかように立ち止まる。
「……ついて来いってことか?」
『じゃろうな。どうする、追ってみるか?』
「……ティオさんは、どうする?」
相川の問いに、ティオは魔力の繭に身を包むと、竜化を解いて人の姿に戻った。
「うむ……実はの、ここには元々、神代魔法目当てで来てたのじゃ」
「し、神代魔法?」
「何ですか、それ……?」
「詳細は省くが、ケイトが追っておるものじゃ。あれが手掛かりならば、見失うわけにはいかぬ」
「――……じゃあ、追おう」
相川は意を決して宣言した。ティオと畑山もそれに同意したのを見届けると、未だ棒立ちする幽霊に向かって歩き出す。
三人が歩き出したのを見届けると、幽霊もまた歩き出した。教会の残骸を、丁寧に躱すかのように道筋を作る。
「あんた、何者なんだ? 俺たちをどうしたい?」
『…………』
相川の問いに、幽霊は答えなかった。声を発することができないのかも知れない。いずれにせよ、このまま付いていくことしかできないのには変わらない。
やがて三人は、ひとつの大広間に連れられた。瓦礫に埋もれかけた広間に対し、幽霊が指先ひとつ動かすと、瓦礫が除けられ、そこに巨大な魔法陣が現れた。その中心にあるのは、七ツ星の紋章。ティオだけが、その正体を知っていた。すなわち、神代魔法を授けるための魔法陣だ。
「――ここに乗れってことか?」
相川の問いに、幽霊は一度だけ頷くと、それきり空に溶けるように姿を消した。
これで手がかりは消えてしまった。あとは幽霊の望み通りにやってみるしかない。三人は魔法陣の上に立ってみると、かっとその魔法陣が光り、その脳裏に疼痛が走った。
「――
「落ち着け。神代魔法が刻まれているのじゃ」
初めての経験に呻く二人の苦悶を、ティオが静かに制した。
やがて疼痛は収まった。代わりに脳裏を満たすのは、一つの魔法とその名称。
「……“魂魄……魔法”……?」
「なるほど。どうやら、魂に干渉できる魔法のようじゃな……」
初めての体験で何が何だか分からないが、とにかくすごい魔法であることは間違いない。でも降霊術とはどう違うのだろう、死者蘇生とかできるのだろうか、と考えたのは明かすべきか、どうか。
「先生、大丈夫?」
「うぅ、はい。何とか……それにしても、すごい魔法ですね……」
痛みに呻く畑山を気遣いつつ、相川らは魔法陣から降りた。ともかく、これで目的の二つは達成だろう。あと残るは、王都の混乱の収束だ。
「それじゃ、神代魔法ってやつの手掛かりも掴んだし、急いで降りよう」
「あっ、そうです! 王都が襲われているんですよね? みんな、無事でいてくれれば……!」
言葉を交わすと、三人は急いで降りるべく教会大正門に戻った。既に惨劇が待ち構えていることなど、この時の三人には知る由もない。
◇ ◇ ◇
一方、どす黒い闇に呑まれたノイントは、襲い来る無数の死者の影に捕まり、必死に藻掻いていた。
「――くっ……これは……!」
大剣を振り回して斬り潰す。銀翼をはためかせ貫く。どれだけ攻撃を重ねても、どれだけ討ち取っても、無尽蔵に湧いてくる影が、ノイントの四肢を締め上げた。
「はぁぁっ!」
ノイントは大剣を力ずくで振り払い、そして銀弾を放散させて影たちを貫いた。四肢の拘束が、一瞬だけ解けた。
『ガルゥゥアアァァァッ!!』
『キシャアアァァァァ!!』
しかし牙を揃えた魔物が、翼を備えた魔物が、武装した髑髏が、無数の群れとなって襲い来る。反撃の間もなく、ノイントは再び四肢に縋りつく影たちに囚われた。
終わるはずがない。殺せるはずがない。
そしてその決定的な隙を、慧斗は見逃さなかった。
『蠖シ縺ョ閠??∝クク髣?↓邏ォ髮サ縺ョ蜈峨r繧ゅ◆繧峨&繧薙?∝、ゥ縺吶i蜻代∩霎シ繧?蜈峨→縺ェ繧――』
言葉にならない歪んだ声で詠唱を紡ぎ、グレートソードに雷撃を迸らせる。闇がわななき、無数の影がいっそうに蠢く。全身に影を纏いつかせたノイントに向けて、慧斗はグレートソードを振り下ろした。
『――“雷龍”!!』
言霊とともに、重力球を咥えた黄金の竜姿が迸った。ノイントを、その身に纏いつく影諸共呑み込み、巨大なスパークとなって炸裂した。
――灼熱の輝きとともに消し飛んだ影を脱し、ノイントが吶喊した。
「はぁあああああああっ!!!」
もはやぼろぼろの装束も、右腕と左脚が砕けた無惨な体躯を気にする様子もない。銀翼を展開し、大剣を構え、魔法を放って動けない慧斗目掛けて――
いない。魔法の反動で硬直しているはずの、傲岸不遜な戦士がいない。当惑から一瞬の隙を生んでしまったノイントは、再び無数の影に呑み込まれて雁字搦めにされてしまった。噛み付き、啄み、陶器のようなノイントの肌をどす黒く砕いていく。
その頭上で輝く緋色の炎を見逃したのは、間違いなく不運と言っていいだろう。
『――“緋槍”! 縺ェ縺顔㏍縺医h縲√%縺ョ謇九↓!』
叫喚とともに、慧斗は渾身の力を以てグレートソードを振り下ろし、ノイントへと突き立てた。赤熱する黒い刃が、ノイントを頭蓋から貫き、内側から焼き焦がす。ばきり、と何かを砕いた感触が響いた。
「――――」
頭蓋を割られ、脊髄まで砕かれたノイントは、絶叫の一つも上げずに両断された。
闇が解かれた。ノイントを貪るように捉えていた無数の影が、跡形もなく消失し、ノイントは全身を砕かれ、両断された姿のまま墜落した。高度二千メートルからの墜落は、着地の衝撃をも見せることなく夜の闇に消えた。
「――っち……」
慧斗もまた、ぐらりと体勢を崩しかけた。想像通り、あるいはそれ以上に負担が重い。やっとの思いでそのまま留まることができたのは、奇跡と呼んでいいかも知れない。
ともかく、これで最大の脅威は去った。あとは城下町の応援に生き、魔人たちを殲滅しなければ――そう思ったきり、慧斗の脳裏からノイントの存在はさっぱり消失した。
技能:
固有魔法:ブラックパレード
魔力放出から強化。全能力を向上させると同時に、周囲の空間を支配する。
『これまで殺してきた者』を疑似再生し、使役することができる。
装備:
黒鉄のグレートソード
特別な効果のない、ただ頑丈な大剣。耐性向上の魔法のみ付与されている。
ユエの生成魔法によって、『魔力攻撃を受け止めて吸収し、反撃に用いる』という特性が付与された。
また、慧斗を含む様々な魔物の魔力に曝露し続けた影響により、魔法触媒と化している。