ありふれた癌 作:Matto
様々な混乱が収まった後、真っ先に倒れたのは魔力を過剰消費した慧斗だった。
拘束の際に重傷を負った生徒たちも、ユエやティオ、リリアーナの回復魔法によって一命を取り留めている。一通り事態が収束した後、慧斗はかつて使用していた私室に運び込まれた。オルクス遠征以来、久しく主を失っていた部屋は、その役目を取り戻した。
翌日。慧斗の私室から出てきたシアに、ティオが声を掛けた。
「ご主人様の様子はどうじゃ?」
「……本当に疲れただけみたいです。ずっと眠ってますけど、呼吸とかは安定してます」
「そうか。では、神代魔法などのあれこれは、ご主人様が目を覚ましてからにしようかの」
シアの返答に、ティオは特に気にした風もなく言った。だがシアの中には、一つの不安が渦巻いていた。
「――……ケイトさんが使った……
フリードと中村を拘束したときの、どす黒い魔力の津波。これまで何度も見せられてきた“魔力放出”とも異なる形に、シアは言い知れぬ不安と恐怖を抱いていた。
ティオはしばらく考え込んでから、口を開いた。
「おそらく――
原理としては、空間魔法と再生魔法――あとは重力魔法もあるかの? それらを複合した固有魔法じゃろう」
「……それは――それは、ケイトさんの中で、その魂が息づいてるってことですか? ――殺してきた魔物が、殺してきた人たちが」
「そうなるな」
ティオの説明に、シアはぶるりと身を震わせた。慧斗の異界人生は、無数の戦いとともに在る。それが彼の中で降り積もり、あんな怨霊として顕現するほどに抱えているということか。
「……じゃあ、魂魄魔法を習得しちゃったら、どうなるんですか? ケイトさんの魂は――」
「死者の魂が強化されることじゃろうな。少なくとも、ご主人様はそれを選択する」
「そんな……ケイトさんは、大丈夫なんですか……?」
「――大丈夫、とはいかぬじゃろうな」
シアの心配に、ティオは硬い表情を見せた。
大丈夫なはずがない。ヒトは、己が生きるために他者を殺していかなければならない、業の深い生き物だ。生き永らえるたびに、欲を増やすたびに、それらは加速度的に大きく重くなっていく。そんなものをいちいち背負って、ましてや魔法で形にするなど、とてもヒトの生き方ではない。
「ご主人様は――ケイトは、自ら殺してきた死者を、その罪を、文字通り背負っていくことになる。己の魂を圧迫してでも。劫罰の牢に、自ら囚われることを選ぶ」
「……そんな……」
「まったく、難儀な少年よ」
シアの悲壮な顔を見ながら、ティオはため息を吐いた。傲岸不遜を気取っていながら、実のところ誰よりも己の在り方を厭い、その業を背負おうとする。たとえ誰がそれを否定しようと、それこそが彼の魂の在り方であり、余人の意見を許さない律として己を縛るだろう。
二人が沈痛な面持ちで沈黙しているところに、ユエが歩いてきた。
「ユエさん。戻ってきたんですね」
「ん。ケイトに言われた場所を見てきた」
「どうじゃった」
慧斗が限界を迎える寸前、「中村を置いてきたから様子を見に行ってくれ」と頼まれたのだ。大人しく待っていれば良し、逃げたのなら探し出して殺せば良し、と踏んで向かったのだが――
「念のため周辺も見てきたけど――逃げられてた」
「……やはり、そんなところか」
もう一波乱ありそうだ、と三人は苦い表情を浮かべた。
◇ ◇ ◇
魔人族の襲撃から、五日が経った。
損害は大きい。騎士団の大半が中村の傀儡兵となっていたようで、ティオの攻撃及び術者の消失とともに、彼らは二度目の死を迎えた。騎士団長メルドもそれに含まれており、騎士団の生き残りは涙とともに彼らを埋葬した。とはいえ、休んでいる暇はない。王都を護る大結界が破壊された今、その守護は彼らの働きに懸かっている。
また、国王エリヒドは魔人族の襲撃に乗じ、臣下ともども傀儡兵によって殺害されていたことが判明。無事だった王女リリアーナと王妃ルルアリアが、王都復興の陣頭指揮を執ることになった。いずれ混乱が収まった後は、摂政を立てた上で王子ランデルが即位することになるらしい。
勇者一行については、二人の犠牲が確定した。裏切者こと檜山と、中村の傀儡となった南雲である。魔物の群れに落とされた檜山は、全身を噛み千切られた凄惨な姿で発見された。また南雲は術者の消失とともにそのまま死亡したものの、身近な者が殺される瞬間を目撃し、生徒たちの心には深い傷が残された。特に、彼を慕っていた白崎がショックで人事不省となり、そのまま昏睡状態に陥った。
様々な被害が判明した今、最優先課題は王都の復興、大結界の原状回復、そしてそれまでの治安維持を担当する騎士団の立て直しである。多くの生徒たちが意気消沈する中、畑山とその親衛隊(何やかんやあって畑山のいる神山から引き離されていた)、天之河らがその復興作業に貢献していた。そうして目を背けなければ、無気力に沈むクラスメイトたちを見ていられないからだ。
ちなみに、慧斗一行も本人を除き復興作業に協力している。シアはその怪力を存分に活かして瓦礫の除去に活躍、ユエとティオも怪我人の治療に貢献と、喉から手が出るほど欲しい人材として大活躍中だ。肝心の慧斗本人といえば、二日間死んだように眠り続けた後、三日目でようやく目を醒ますと、欠乏した栄養を補給するため貪るように食事を平らげ、四日目に一行を引き連れて神山に消えた。
そして今日は、王国騎士団の再編成にあたり、修練場にて各隊の隊長職選抜が行われている。団長副団長はすでに決定し、残りの百人隊長等を選抜するために、天之河が模擬戦の相手を務めていた。
「お疲れ様でした。光輝さん」
一区切りついた頃、そんな天之河のもとへ、王女リリアーナが労いの言葉をかけた。
「いや、これくらいどうってことないよ。……リリィの方こそ、ここ最近ほとんど寝てないんじゃないか? ほんとにお疲れ様だよ」
「今は、寝ている暇なんてありませんからね。……死傷者、遺族への対応、倒壊した建物の処理、行方不明者の確認、外壁と大結界の補修、各方面への連絡と対応、周辺の調査と兵の配備、再編成……大変ですが、やらねばならないことばかりです。
泣き言を言っても仕方ありません。お母様も分担して下さってますし、まだまだ大丈夫ですよ。……本当に辛いのは、大切な人や財産を失った民なのですから……」
「それを言ったら、リリィだって……」
国王エリヒド、実父を喪った一人だ。そんな天之河の気遣いを、リリアーナはたおやかに躱した。誰もが家族や友人を失った中、自分一人塞いでいる場合ではない。尤も、それだけで大人しく引き下がれるのが天之河という男ではないのだが、
「おい」
「うわっ!?」
「ケイトさん?」
そこにしかめ面をした慧斗が割り込み、天之河は思わず飛び上がりそうになった。
「何を馴れ馴れしくタメ口利いてんだ馬鹿。相手王女様だぞ、立場分かってんのか馬鹿」
「だ、だって、リリィの方から……」
「社交辞令だよ馬鹿。そこで馬鹿正直に従うのがお前の馬鹿なところだ」
「馬鹿って言い過ぎだろ!?」
三白眼で思い切り不愉快そうに睨む慧斗に対し、天之河が叫んだ。何がこんなに嫌われるのだろうか。
一方、そんな慧斗に向かってリリアーナは微笑んだ。
「ふふ、ケイトさんも『リリィ』と呼んでくださって構いませんよ?」
「冗談よしてください。さては寝不足ですね」
「あら、照れているんですか?」
「違います」
からかうようなリリアーナの言葉を、慧斗はしかめ面のまま否定する。ある意味いつも通りのやり取りができているのは、本人なりに立ち直りつつある証拠というべきか、どうか。
それはそれとして、慧斗は天之河に向き直った。
「で、選抜試験とやらは終わったのか」
「え、まだ、もう少し」
「じゃあそれが終わったら、第四会議室に集合しろ。全員揃ったら、話がある。
――念のため、リリアーナ様もお願いします。それまでは、一旦ご休憩なさってください」
「お、おい!」
言うだけ言い捨てると、慧斗はくるりと背を向けて歩き出した。ある種異常なほどぶれない平常運転ぶりだった。
◇ ◇ ◇
それから慧斗は、この一連の戦争の裏側をすべて明かした。
エヒト神の遊戯、“解放者”あるいは“反逆者”の戦いと敗北、七大迷宮に眠る神代魔法、それを習得した魔人族の攻勢、それらのすべてを踏破した先にある神の打倒――トータスの平和と地球への帰還のために、これらすべてを成し遂げなければならないこと。
第四会議室は、重苦しい沈黙に呑まれた。「いつか帰れる」という希望が打ち砕かれ、神との戦いという前代未聞の所業を強要されている。
「なんだよ、それ……じゃあ、俺たちは、神様の掌の上で踊っていただけだっていうのか!?」
天之河が全員の気持ちを代表し、だんと机を叩いた。
「なら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ! オルクスで再会したときに、教えてくれても良かったじゃないか!」
「こっちだって事情があったんだっての。いろいろ確証も取れてなかったし」
「だからって――」
「まあ強いていうなら、その物言いかなー」
「……何だって?」
頬杖を突きながら言い放った慧斗の言葉に、天之河は目を剥いた。
「お前ら、『カノッサの屈辱』くらい覚えてんだろ。――これで意図が分からないような凡愚なら、それこそ物の役に立たんぞ」
「何ですか、それ?」
「地球の宗教事件のひとつでな。地球には、まあだいたい聖教教会と同じような宗教があるんだが」
「神聖ローマ皇帝――ヨーロッパという巨大な地域に存在した帝国の皇帝が、その教会に破門された事件があるの」
首を傾げるシアに対し、慧斗と八重樫がそれぞれ補足する。トータスの人間には知るべくもないことだが、地球人にとっては極めて重要な宗教事件だ。
「破門ってなあ、まあ想像通り深刻な処分だ。ほぼ蛮族扱い、もはや文明人として見做されないと思っていい。それによって支配能力が奪われることを恐れた皇帝様は、慌ててカノッサという城を訪れ、教皇猊下に泣いて許しを乞うたのさ。社会経済を支配する国家、信仰文化を支配する宗教――その力関係の逆転を象徴する事件として、俺たちが真っ先に習う出来事だ」
「へぇー……――ん? それが、結局どう関係するんです?」
「この国の現状と一緒」
「ハイリヒ王国は聖教教会に実質牛耳られており、その決定に逆らうことができなかった、ということじゃ」
「……確かに、その通りです……」
ユエとティオの解説に、リリアーナは痛ましい表情を浮かべた。エヒト神の信託も、この勇者一行の召喚も、すべて教会が管理してきたことだ。当然、神殿騎士の派遣と対魔人戦線の援護も行われている。政治的どころか軍事的にも依存しており、隷属関係にあったと言っても過言ではない。
「教会と対立する勢力ということが明るみになれば、自動的に王国も帝国も敵に回すことになっていた、って意味? でも、私たち自身は教会とは――」
「それに――きちんと説明すれば、きっと王国の人たちだって」
「そういう能天気な考え方が信用ならねえって話だよ、鈍臭え連中だな」
八重樫と天之河の言葉を、慧斗はきっぱりと否定した。
「ヒトは単純で都合が良くて『真実っぽいこと』を好むイキモノだ。『自分たちの信仰している神が、実は自分たちを操って遊んでいる』なんて不都合な事実より、『あいつが嘘を言っている』という甘い嘘に流される。『根気強く論理的に説明すれば分かってくれる』なんて期待できるほど、ヒトは賢明な生物じゃない。真実がどうだのこうだの叫んだところで、それを認めるはずがない。何なら、お前たちがいいように言いくるめられてるのだって目に見えてた。
――で? そんな状況下で、お前たちを引き込んで何になる? 頭数ばっかりの足手まとい共を連れ歩いたところで、百害あって一利なしだ」
「何だと……!?」
侮蔑交じりの慧斗の言葉に、天之河は堪らず立ち上がった。
「他人に用意してもらわなきゃ衣食住も満足に確保できない、路銀を稼いで生き抜いていく知恵もない、武器を整備して戦い続ける手段もない。
なにより『絶対に正しい殺し』しかできない。そんな連中に、何をどう期待しろってんだ」
「……どういう、意味だ」
「言葉通りだよ。人外の化物、人に仇なす怪物……そういう『絶対悪』しか相手にしたことがないお前たちは、つまり同じように『絶対に殺していい邪悪』しか殺せない。それぞれの信義信念に基づいて剣を執る連中との、『殺し合い』そのものができない。それこそオルクスでの、魔人との戦闘が証明してくれた。『自分たちと同じように、相手も生きたヒトである』――ただそれだけで剣先が鈍り、己はおろか仲間たちの命を危険に晒すほどにな。
『この剣の先にいるあいつ自身、生きるために懸命に戦っている』『さりとて、己が生きるためにはあいつを殺さねばならない』――お前たちは、そういう矛盾を抱えて戦うことができない。戦士として、殺しを
……それがヒトとして、生物として正しいかどうかは知らん。だがそれこそが、教会勢力との――その配下として遣われる王国軍との戦には不可欠だった。それを備えていない、その自覚すらないお前たちでは、俺の味方たり得ないんだよ」
正しいことではないだろう、少なくとも現代日本の学生としては。誰かを、何かを殺す必要がない。そもそもしてはいけない。そんな社会で生きることが前提の子供たちにとって、不必要な覚悟だ。
だがここは異世界だ。無条件で助けてくれる者などどこにもいない。生き残るためには、生き延びるためには、あらゆる障害と困難をその剣で乗り越えなければならない。我欲を以て他者を侵害しなければならない。そうしなければ生きていけない現実を、彼らは理解していないのだ。
慧斗の吐き捨てるような言葉に、全員が沈黙した。最初に沈黙を破ったのは、意外にも相川だった。
「――俺たちは、どうしたらいい?」
「相川君?」
「ぶっちゃけ、できることはない。本当は対魔人戦線を維持して欲しいとこなんだけど、それこそ期待できない」
相川の問いに、慧斗はがりがりと頭を掻いた。騎士団が文字通り半壊している現状、それだけ欠けた戦力を補充する必要があるが、それこそ生徒たちには期待できない。『神殺しが果たされるまで』という、終わりが見えない戦いに叩き落せるほど、この餓鬼共は練成されていない。その心構えは、本来騎士団長メルドが育成するはずだったのだが――やめよう。死人に文句を言っても始まるまい。
「俺たちも、その“神代魔法”っていうのを集めれば――」
「無理。オルクスは単純に長丁場だし、ライセンは非常にめんどくさい。グリューエンは物理的に道塞がれちまったし、それありきのメルジーネも難しい。神山のだけは何とかなるし、お前たちも念のため習得して欲しいところだが、残りのハルツィナはこれから攻略の必要があって、シュネーは
「そんな……」
「で、そこ乗り越えたところで、肝心の神代魔法はバカほど扱いづらい。そこの魔力おばけくらいじゃないとまともに運用できない」
「ん。私、天才だから」
「知ってる。バカほど見せられてきた」
ユエの得意げな表情に、慧斗はやれやれとため息を吐いた。
「問題は、ライセンの創設者から『神代魔法を全部集めろ』ってメッセージを寄越されたことだ。このウソみたいに扱いづらい魔法を七つ、全部集めなきゃならないときた。それは取りも直さず、
そして、今のところその条件を満たしているのは、俺とユエだけ。他の誰も、揃えられない」
生徒たちは二の句が継げなかった。思えば、オルクス攻略でさえこの数ヶ月で完了していない。それを踏破した慧斗が言う以上、困難なのは事実だろう。この慧斗とユエに、すべてを託さなければならないのか。
それでも、未だ不満げな天之河に向かって、相川が再び口を開いた。
「――天之河。俺たちは残ろう」
「なっ!? 相川、何言って……!」
「今は、王国の守りの方が重要だ。また魔人に攻め込まれないように、大結界を復元して――それが終わるまで、王国を守らなきゃ」
「それができるんなら、その方が助かる」
「……でも……」
「無理はするな――とは、言ってられる状況じゃない。どっかで誰かが無茶しなきゃ、現状維持も難しい。
で、お前たちはどれだ? やれることをやれる人間か? やれないことをやる人間か? それとも――やれることをやらない人間か?」
頬杖を突いたまま、吐き捨てるように放たれた言葉に、生徒たちは押し黙った。「できることをやれ。そうしない人間のために動く気はない」と言い切っているようなものだった。
そんな慧斗たちの言葉に、リリアーナが割り込んだ。
「でも……何とか、事態が安定するまでは王国に留まっていただけないでしょうか……?」
「そうしたいのは山々なんですが……クソ邪神は、今回実働戦力を差し向けてきました。割と時間勝負の可能性があります」
「……そんな……」
初めて心苦しそうな表情を浮かべる慧斗に、リリアーナは絶望の表情を浮かべた。無理もない、ただでさえ防衛戦力が不足しているというのに、慧斗たちの圧倒的な戦力を使えないのは辛い。
今までのように、迂遠な方法で人心を惑わす程度ならよかった。その尖兵たる教会関係者が鏖殺された今、効果は一段と薄くなっている。だが今回、ノイントという実働戦力を差し向けてきた以上、その刃が王国に降りかかる可能性は高い。それまでに、何とか手を打たなければ。
一層重苦しくなった会議室の空気を換えるように、八重樫が話題を変えた。
「――それで、穂崎君たちはどこへ向かうの? 神代魔法を求めているなら大迷宮を目指すのよね? 西から帰って来たなら……樹海かしら?」
「そのつもり。フューレン経由も何だし、帝国領を突っ切る予定」
「でしたら、私もついて行ってよろしいでしょうか?」
「えっ」
リリアーナの言葉に、慧斗は目を点にした。
「今回の王都侵攻で、帝国とも話し合わねばならない事が山ほどあります。既に使者と大使が帝国に向かいましたが、会談は早ければ早いほうがいい。
叶うなら、ティオさんの背に乗せてもらって、直接私が乗り込んで向こうで話し合ってしまおうと思いまして……できないでしょうか」
「あなたほんと無茶するな……」
思い切りの良すぎるリリアーナの提案に、慧斗は閉口した。つい先日まで政務を父王に任せきりだったはずなのに、あまりにフットワークが軽い。これも王の器と呼んでいいのか、どうか。
「……さっきも言った通り、あまり時間がありません。あなたが帝都に辿り着いたら、俺たちはすぐにでも発ちます。それでよろしければ」
「構いません」
慧斗の厳しい言葉に、リリアーナは迷わず頷いた。年下だというのに、何とも頼りがいのあるお姫さまだ。
「だったら俺たちも――」
「何しに行くわけ」
リリアーナへの丁寧な対応から一転、慧斗は口を挟んだ天之河に、冷たい言葉をぶつけた。
「それは、リリィの護衛に」
「無理でーす重量オーバーでーす。こいつにだって限度があるんだよ」
「妾は構わぬぞ? 重い荷物を抱えて苦行の空……ハァハァ」
「時間勝負だっ
冗談なのか本気なのか、ハァハァと頬を紅潮させるティオに、慧斗がツッコんだ。
◇ ◇ ◇
その後、リリアーナの主導で各生徒の配置が決まり、会議が終了しようとした、その時。
「あ、あの! 穂崎君!」
「なに」
「す――鈴も、付いていっていい!?」
「は?」
谷口の言葉に、慧斗は目を剥いた。
「無理っ
「でも――でも! 鈴、恵里が心配で――」
「……誰のこと?」
「中村だよ、中村恵里。谷口と仲が良かったんだけど――あの時の、裏切者」
「ああ、あいつか。ユエ、結局逃げたんだって?」
「ん。周辺も見てきたけど、跡形もなかった」
ユエの報告に、慧斗はちっと舌打ちした。ユエの探査を掻い潜った方法は知れないが――何か厭な予感がする。
「きっと、何か――何か、事情があるんだよ! 裏切らなきゃいけない、何かがあったんだよ!
鈴、恵理と話がしたい! ちゃんと聞いて、引き留めたい! それが――それが、友達だから……!」
「鈴……」
谷口の必死な言葉に、園部はかける言葉が見つけられなかった。親友の裏切りを認めたくない、その気持ちは痛いほどわかるが――
一方、慧斗は心底面倒臭そうな表情で周囲を見やった。
「誰か止めてやれよ」
「そこで他力本願なのかよ!?」
「俺、谷口とも中村とも親しくないし」
あまりに心無い言いように、玉井がツッコんだ。友情に関わる話ならば、余人が言い聞かせたところで響かないというのも分からないでもないが……いやこの顔は明らかに、「説得が面倒臭いから他人に押し付けたい」という意図が込められている。
「――私から言わせれば、やめた方がいいと思う」
「シズシズ!」
その意を汲んだのかそうでないのか、八重樫が口を挟んだ。谷口が思わず叫ぶが、彼女も己の意見を曲げる気はないようだ。
「穂崎君たちは見てなかったと思うけど、彼女は光輝に異常に執着してたわ。それこそ、魔人族や神のことなんて気にしないといった様子で。言ったところで、何も聞かないと思う」
「ああ……何であっち側にいたかと思えば、そういう裏があったのか。
――……え、ちょっと待って? ……うっわめんど!!」
八重樫の説明を聞いていた慧斗だったが、やがてある問題に気付き、頭を抱え始めた。
拙い。これは非常に拙い。正確には慧斗個人に関わることではないのだが、巡り巡って深刻な問題に発展する。
「どうしたの?」
「中村の狙いが天之河ってことは、また天之河を狙って仕掛けてくるってことだろ」
「……向こうに合流したのなら、今回みたいな事態は起きないと思うけど……」
「そうでなくても、一度ここまで壊滅的な被害を与えることができたんだ。次は天之河に集中攻撃を掛けてくる。こいつがここにいること、それ自体がひとつのリスクになる」
「ひ、人をお荷物みたいに……」
「荷物じゃないけどリスクとコストに対するパフォーマンスが見合ってない」
「それをお荷物って言うんだろ!?」
慧斗の迂遠な侮辱に、天之河が怒鳴った。これが無意識だというのなら、なおさら性質が悪すぎる。
そんな天之河をよそに、慧斗がうがあーと頭を抱えた。
「あーもーどうするんだよこれー!? 最初から配置練り直しじゃん! 誰か何かいい案ない!? 期待できねえな今のナシで!!」
「せめて聞いてから判断してくれよ……」
慧斗の身勝手な叫びに、相川が閉口する。といっても、妙案など出せないのだが。
そんな停滞した場の流れを変えたのは、ユエの一言だった。
「連れてく?」
「え?」
「は?」
意外な提案に、谷口と慧斗の両方が素っ頓狂な声を上げる。
「一人でも二人でも、大して変わらない。その子の護衛代わりに、連れて行けばいい」
「ええー……つか待て、そもそも谷口連れていく前提?」
「『友達を助けたい』なら――その意志が本物なら、止めることはできない」
あからさまに厭そうな顔をする慧斗に対し、しかしユエは食い下がった。彼女自身、なにか重なるものがあるのだろうか。
「足手まといが増えてでもか」
「あ、足手まとい……」
「その護衛も務まらない無能なら、捨て置けばいい」
「無能って……!」
二人の容赦ない問答に、谷口と天之河がそれぞれ文句を言いたげな顔をする。既に四つの地獄巡りをしてきた慧斗たちにとって、絶大な戦力増強という訳でもない。『勇者』である天之河はともかく、『結界術師』でしかない谷口など自衛で手一杯だろう。天之河自身、単独で味方を庇いながら戦うのには慣れていないはずだ。
「最悪、その男を囮にして……」
「お前えげつないこと考えるな」
さらりと付け足されたユエの思惑に、慧斗は渋い表情を浮かべた。天之河を狙ってくる中村の囮にしようという魂胆なのだろう。あくどいことを考えやがる、と慧斗は閉口したが、性根のあくどさはいい勝負である。
ところが、そこに割り込む者がいた。
「へっ、それなら俺もついていくぜ、なぁ光輝!」
「私も。鈴のことが心配だし」
「そ、それなら私も!」
「雫ちゃん、香織のことはいいの?」
「――今、私が傍にいても……できることは、ないから」
坂上と八重樫、さらに園部である。坂上はばんと拳を叩き、八重樫も静かに続く。昏睡状態でここにいない白崎も、もしかすると同じように声を上げていたかもしれない。
「誰が増やしていいなんて言った?」
しかし、その熱意は慧斗に届かなかった。冷たい視線で、三人を人とも思わぬ視線で見下す。それに目を剥いたのは、元来熱しやすい坂上だった。
「光輝は俺たちの大事な仲間だ。一緒に行かなくてどうする!」
「知ったことか、これはリスクヘッジの問題だ。お前たちの自己満足なんて一ミリも関係ない」
「リスクだと? お前さっきから、俺たちのことを何だと思ってんだ!」
「龍太郎、落ち着――」
坂上の熱い言葉と、慧斗の冷ややかな侮蔑が衝突する。思わず仲裁に入った八重樫も、気持ちは同じだったが――
「――お前たちこそ、いったい何を勘違いしているんだ!?」
慧斗の怒りがついに炸裂した。
「どいつもこいつも、俺が何のためにここまで四苦八苦してると思ってる!?
俺自身のためでもある! ユエのためでもある! シアやティオやリリアーナ様のためでもある!
でもな――一番重要なのは、お前たちのケツ拭くためなんだよ!!」
びりびりと会議室を震わせる慧斗の大喝が、生徒たちから言葉を奪った。
「殺し合いも碌にできないお前たちを、元の世界に送り返すためだ! お前たちの帰りを待ってる家族のためだ! 二度と帰ってこない我が子の代わりに、頭を下げに行くためだ!
お前たちを『元の生活』に帰してやるために、こうしてあっちこっち走り回ってんだよ! そんなお前たちが勝手な動きをして、こっちに迷惑を掛けてくるってなァどういう神経だ!?」
ぎりぎりと拳を握りながら叫ぶ慧斗の言葉に、生徒たちは何も言い返すことができなかった。
それは、彼がずっと言ってきたことだった。彼らは、戦争を知らない。終わりなき地獄の連鎖を知らない。それに参列するという意味を、根本的に理解していない。そしてそれは本来、知る必要のない悪夢だ。それを拒もうとする彼にとって、生徒たちを巻き込むことを止めようとする彼にとって――身勝手な我儘を並べる生徒たちは、もはや苛立ちの対象でしかなかった。
沈黙で満たされた会議室で、相川が静かに口を開いた。
「――坂上。悪いけど、ここに残って。もちろん八重樫も、他の皆も」
「相川! お前なぁ――!」
「二人とも、貴重な戦力なんだ。ここで減らすわけにはいかない」
相川の静かな説得に、激しかけた坂上も思わず毒気を抜かれる。王国の守護が最優先なのは事実だ。慧斗に押し退けられ、相川にも説き伏せられた彼らから、ついに反抗の言葉は出なかった。
「話が通じて助かる。相川、こいつらの手綱を握っとけ」
「はは……一番大変そうな仕事を押し付けやがって……」
ふんと鼻を鳴らした慧斗の言葉に、相川は力なく笑った。良くも悪くも癖の強い連中、制御は大変だろう。
一方、一連の話題から置き去りにされて、力なくしょげる者がいた。
「……私、先生なんですけど……」
「愛ちゃん先生も頑張ってるから」
「元気出して、愛ちゃん先生」