ありふれた癌   作:Matto

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07:兎の足音

 三日後。リリアーナの護衛を務める慧斗たち一行は、ティオの背に乗って空を飛んでいた。

 

 

「――思ったより、快適ですね」

 

 

 上空を吹き荒ぶ風を遮る籠の中で、リリアーナはしみじみと呟いた。

 

 

「だいぶ無茶して作らせましたからね……」

「応えられた分すごいですよね……」

「ん。人間族の職人も、悪くない」

 

 

 さすがに一国の姫を、身一つで竜の背に乗せるわけにはいかない。王宮お抱えの職人を急遽呼び集め、ティオの背で採寸しつつ籠を作らせたのだ。その甲斐あって、一行はかつてなく快適な空の旅を享受することができていた。

 

 

『妾もなかなか快適じゃったぞ? 長い時間伏せさせられ、多数の大男が背中に乗り、木枠越しに槌を叩きつけ続けて……威力は心許なかったが、あれはあれで悪くなかった』

「マッサージ代わりに楽しんでんじゃねえ」

 

 

 ティオの愉快そうな言葉を、慧斗はしかめ面でツッコんだ。それはそれとして、滅んだはずの竜の背に跨り、人を乗せる籠を作るという滅多にない体験は、職人たちを大いに興奮させていた。血走った眼で採寸しあっという間に組み立てていく様に、慧斗ちょっと引いたものである。

 そんな中、ティオが眼下の野原にひとつの異変を見出した。

 

 

『む? ご主人様よ、一時の方向に兎人族が見える』

「それがどうかしたか」

『あれは……帝国兵に追われておるのかの?』

「拙いじゃないか! 直ぐに助けに行かないと!」

「ユエ、様子見せてくれ」

「ん」

 

 

 目の色を変える天之河とは対照的に、慧斗はあくまでも冷静に振舞った。指示通り、ユエが“水鏡”を用いて詳細な様子を見せた。ティオの報告通り、二人の兎人族が走っている様子が見える。それを追う帝国兵は、十数人規模だ。

 

 

「……あれっ? この二人って……」

「まさか、ハウリアか?」

 

 

 あれっと目の色を変えたシアに、慧斗が問うた。シアはじっくりと観察し、その風体を捉える。

 

 

「間違いないです。ラナとミナです」

『知り合いか?』

「ユエ、拡大してくれ」

 

 

 どうやらシアの家族、あのハウリア氏族らしい。ユエは二人の様子を拡大し、その顔が見えるように調整した。

 しばらく観察していた慧斗は、しかし見世物でも見る感覚で見つめたきり、一向に動き出さなかった。

 

 

「――しばらく見てようか」

「なっ、何を言っているんだ、穂崎! か弱い女性が今にも襲われそうなんだぞ! お前が助けないなら俺が行く! 早く降ろしてくれ!」

「目に余裕がある。必死こいて逃げてる感じじゃない。

 それに――()()()()()()()。ユエ、視点ずらして」

 

 

 いきり立つ天之河に対し、慧斗はあくまでも冷静に分析する。

 慧斗の言う通り、二人は森の中に入っていった。遮蔽物のない野原ならともかく、深い森は複雑な隘路で構成され、追走者たちは分断される。数の利を活かせないながらも二人を追う帝国兵たちは、次の瞬間、盛大に蹴り躓いた。

 

 

「――え?」

 

 

 先行の兵士たちの転倒に、後続が咄嗟に立ち止まり、団子状態が出来上がった。どうやら足絡みの罠が仕掛けられていたらしい。

 そこを狙い撃つように、樹の陰から幾多もの矢が飛来し、体勢を崩した兵士たちを次々に撃ち抜いた。さらには追われていたはずのラナとミナも反転し、手にした小刀で兵士たちの喉首を次々に裂いていく。

 

 

「……うっ……」

 

 

 血しぶきで森を染めていく容赦ない殲滅ぶりに、谷口は思わずえづきそうになり、咄嗟に口を抑えた。反対に慧斗は、ふんふんと感心した声を漏らした。

 

 

「『釣り野伏』か。いい策を思いつく」

「う……ウサギって、もっとかわいいと思ってたのに……」

「まぁ、そういうのが一般的ですけど……」

 

 

 可憐なイメージを打ち砕かれた谷口に、シアが精一杯のフォローをした。とはいえ、ハウリア氏族でも最大のイレギュラーである彼女の言葉に、どこまで説得力があるものか。

 

 

『で、どうする? 知り合いなら降りてみるか?』

「い……行きましょう! 何でこんなところにいるのか、気になります!」

「リリアーナ様、いいですか」

「は、はい」

「じゃあ頼む、ティオ」

『うむ』

 

 

 シアの言葉に、慧斗がリリアーナの了承を取ると、ティオはゆっくりと高度を落としていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 森の近くに着地すると、ティオは竜化したまま、籠から出られるように身を伏せた。しかし、出てくるのは慧斗とシアのみ。直近の危機が去った以上、総出で立ち向かう必要はないだろう。

 

 

「俺とシアが前に出る。ティオ、そのまま控えといてくれ」

『あい分かった』

 

 

 そうして森を分け入り、帝国兵たちの遺骸辺りまで入り込んだ時――一本の矢が、慧斗に向かって飛来した。

 

 

「ケイトさん!」

「――やっぱり、ちゃんと避けるんだね」

 

 

 咄嗟に拳で払い除けた慧斗の前に、弓を携えた兎耳の少年――パルが姿を現した。その表情は、獲物を殺し損ねた悔しさのようでもあり、この程度で殺せるはずがないという確信のようでもある。

 

 

「よう、パル。少し背が伸びたか」

「そうかもね」

「パル……よかった、無事で……!」

 

 

 それぞれ硬い表情で言葉を交わす男子の横で、シアがほっと胸を撫で下ろした。ハウリア氏族でも年少者の彼は、今や冷徹な狩人と変貌している。

 パルの反応を合図とするかのように、ハウリア氏族が音もなく茂みから姿を現した。その姿を見て、慧斗はひとつの不審を覚えた。

 

 

「――八、いや九人? お前たち、残りはどうした」

「ちょっと、事情があって」

 

 

 慧斗の問いにパルが言葉を濁していると、再びハウリア氏族の数名が姿を現した。

 

 

「テア、カル、援護はどうした。残党の殺しに手間取っただろ」

「あれ」

「――あぁ……」

「よう、久しぶりだな」

 

 

 ハウリア氏族セラの物言いに、同じくテアは慧斗へ顎をしゃくった。途端に硬くなるセラの表情を無視して、慧斗は気安く声を掛けた。

 一方、セラに連れられて、一人の森人族の少女が歩み寄ってきた。その首と腕、そして足には枷が嵌められている。

 

 

「あなたは、ホザキケイト殿で間違いありませんか?」

「いかにも。――どうして俺の名を?」

 

 

 亜人族との会談は一度しかない。愛玩奴隷として兎人族と同程度に高い森人族の需要も、慧斗には興味がない。考えられるとすれば、長老衆からの伝聞だろうか?

 

 

「では、わたくしたちを捕らえて奴隷にするということはないと思ってよろしいですか? 祖父から、あなたは良くも悪くも平等だと聞いています。亜人族を弄ぶような方ではないと……」

「祖父? ……祖父……?」

「もしかして、長老のアルフレリック様ですか? お孫さんの、アルテナさんですか?」

「え、こんな孫いる歳だったんだ、あれ」

 

 

 シアの問いかけに、驚いたのは慧斗の方だった。彼の朧げな記憶にある限り、長老アルフレリックの見た目はせいぜい中年くらいで、こんな成人間近の孫がいる歳だという印象はなかった。あるいは寿命の長い森人族ゆえの特徴なのかも知れない。

 

 

「長老の孫娘が捕まるなんて……何があったんですか?」

「――向こうにも亜人がいるのか。帝国に捕まったのか?」

「そうで……あうっ」

 

 

 森の向こうから、複数人の気配がする。大方ハウリアたちが、亜人奴隷の馬車を確保していたのだろう。詳しい話を――と歩き出したアルテナが、その足枷の重みに思わず躓いた。体勢を崩したその先で、咄嗟に抱き留めたのは――人間族(?)の慧斗。

 

 

「――あっ、すいませ――!」

 

 

 アルテナは思わず身を竦ませた。相手が帝国兵なら、「獣ごときが気安く触れるな」と即座に手を上げるところだ。

 

 

「いい。シア、ちょっと支えてて」

「あ、はい」

「“穿断”」

 

 

 しかし慧斗は何事もなかったかのように隣のシアに預けると、アルテナの足元に跪いた。その足枷に指を掛け、アルテナ本人を傷付けないように慎重に足枷を砕く。同じように手枷の金具を砕いて自由にすると、今度は立ち上がってアルテナの首元に指を這わせた。

 

 

「あっ……」

「動かないで。ちょっと熱いよ。――“焦熱”」

「あ……」

 

 

 首筋は特に慎重にやらないといけない。首輪に手を差し込み首筋を庇うように構えると、指先から熱を生じさせ、じりじりと鉄輪を焼き切った。

 

 

「――ふう。まあ、こんなんでいいだろ」

「あ……ありがとう、ございます……」

 

 

 あとは焼き切れた痕で火傷しないように素早く外すと、慧斗はぽいと首輪を投げ捨てた。帝国兵たちと同じ人間族とは思えない、親切な振舞いに、アルテナは思わず頬を紅潮させた。

 一方、一連の所作と彼女の反応を見ていたシアが、ジト目で慧斗を睨んだ。

 

 

「ケイトさん、そういうところだと思うんですぅ」

「え、なにが?」

 

 

 相手が奴隷でも構わず親身に接する、女誑しムーブ。慧斗本人も自覚がない様子を見て、シアは大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 その後、ティオの背を降り、アルテナやラナたちから一連の話を聞いたリリアーナたちは、一様に渋い表情を浮かべた。

 

 

「……やはり、帝国と樹海にも手を出していましたか」

「お、王国だけじゃなかったんだ……」

 

 

 事の発端は、魔人族による樹海への攻撃だったらしい。

 ハルツィナ樹海も大迷宮の一つとして名が通っている以上、魔人族も神代魔法の獲得を狙って攻略に動いたのだろう。当然、フェアベルゲンの戦士たちはそれに応戦した。ところが、魔人族の引き連れた変成魔物は樹海の霧の中でも迷わず十全の戦闘力を発揮し、フェアベルゲンはあっという間に窮地に陥った。これ以上の犠牲は容認できないと、長老衆は大樹の情報を教えることにした。かつての口伝に従い、紛争を避けるために。

 しかし、彼らの目論見は外れた。亜人族に対する、魔人族の価値観である。侵攻を担当したその魔人は、亜人族に対する極端な差別主義者だったのだ。

 曰く、この世界は魔人族によって繁栄していくべきであり、『神から見放された半端者の獣ふぜいが国を築いていること』が耐え難い冒涜らしい。その魔人は、思いのままフェアベルゲンに牙を剥いた。大迷宮に行く前に亜人共を狩り尽くしてやると。

 いよいよ打つ手がなくなったフェアベルゲンは、隙を見て熊人族の戦士の一人を送り出し、恥も外聞も捨ててハウリア氏族に助けを乞うた。

 その願いに、ハウリア氏族の長カムは応えた。フェアベルゲンのためだけではない。無論、フェアベルゲンにも同じ兎人族はいるので、助けたいという思いがないわけでもない。しかし問題は、攻めてきた魔人族の目的が大迷宮であるということだ。万一、魔人が大樹を陥としてしまったら――神代魔法が魔人族の手に落ち、かつ慧斗らの手に渡らないよう破壊されてしまうとしたら。それはハウリア氏族にとっても、重大な脅威を意味する。

 

 

「その魔人はどうした」

「私たちは、まず魔物たちの処理にかかりました。かなり骨が折れましたけど」

「その間に戦士たちをまとめ、随所にトラップを張り、ようやく残りを仕留めました」

「率いてた魔人は――思ったよりあっさり殺せたよ。魔法が厄介だと思ってたけど、全然役に立ってなかった」

「よっぽど頭に来てたんだろう。次はきっとないね」

 

 

 顔色一つ変えず言い捨てるパルを窘めるように、ミナが言い足した。樹海の霧ありきで、手下の変成魔物すら討ち取られた状況だったのだ。相手が苛立ちで冷静さを失っていたところを、闇討ちで仕留めたのだろう。真正面から戦っていれば、勝ち目がなかったのは間違いない。

 ところが、事態が深刻化したのはここからだった。甚大な被害を受け、疲弊していたフェアベルゲンの隙を突くように、今度は帝国兵が樹海へと侵入してきたのだ。

 どうやら帝国でも魔物の襲撃があったらしく、復興のための労働力確保と消費した奴隷の()()から、樹海に踏み込んだようだ。カムたちは他の兎人族の集落に駆けつけたが、時すでに遅く、女子供のほとんどが攫われてしまっていたという。非力な兎人族を攫う理由が、労働力のためでないことは明らかだ。襲撃を受けて昂っている帝国人を()()()目的以外には考えられない。

 流石に同族の悲惨な末路を見過ごせなかったハウリア氏族は、仲間の過半数を樹海の警備のために残すと、カム率いる残り少数で、帝都へ向かう輸送馬車を追った。しかし、そろそろ帝都に着こうかというあたりで、連絡が途絶えてしまったのだ。何かあったのではと考えた残留組は、何人か選抜して帝国へ斥候に出した。帝都に侵入してカムたちの現状を知るべく、パルたち斥候組が警備体制などの情報収集をしていたところ、大量の亜人族を乗せた輸送馬車が、他の町に向けて出発したという情報を掴み、情報収集も兼ねて奪還を試みたというわけである。

 

 

「……めんどくさい分断工作を考える」

「分断?」

「帝国を亜人族の状況に注視させて、両方の力を削ぐつもりだったってこと」

 

 

 慧斗は頬杖を突いたまま吐き捨てた。元は人間族より数が劣っているという前評判の魔人族だ。変成魔物で軍事力を拡大した途端、的確な作戦でこちらを追い詰めてくる。個人の質に驕ることなく動く様を見るに、人間族より優れたブレーンがいるのかもしれない。

 

 

「ど……どうします?」

 

 

 シアがおずおずと問うた。父や家族が危険な目に遭っているかも知れない今、一刻も早く助けたい。しかし、リリアーナの護送を放り出すわけにもいかない。リリアーナも心苦しそうに思案する様子を見て、パルが冷たく吐き捨てた。

 

 

「……自分たちでやるよ。ケイト兄ちゃんやシア姉ちゃんはともかく、人間族のお姫さまが手伝う義理はないでしょ」

「ですが……」

「馬鹿言え、それこそ魔人族の思う壺だ。帝国とフェアベルゲンの全面戦争に発展したところを、後ろからまとめて袋叩きにされるのがオチだ」

 

 

 他ならぬ帝都で奴隷脱走という醜態を許してしまえば、帝国は躍起になって取り戻しにかかるだろう。当然、フェアベルゲンも今度こそ徹底的に抗戦するはずだ。ただでさえ魔人族との衝突で疲弊している今、両者がぶつかり合うのは決定的な隙を生むことに他ならない。

 

 

「では、どうしますか?」

「助けよう! 亜人が酷い目に遭ってるのを見過ごせない!」

「お前が仕切んな。決定権はリリアーナ様にある」

「でも――!」

 

 

 義憤にいきり立つ天之河へ、慧斗が冷たく言い捨てた。まるで利かん坊のような扱いに、天之河がむっとする。そんな彼を無視して、慧斗はリリアーナに向き直った。

 

 

「――リリアーナ様。帝国との交渉には、まだ期間の余裕がありますか」

「……はい、ティオさんのお陰で。多少の猶予はあると思います」

「では、順序が逆になりますが、先にこの連中を樹海まで送り届けても?」

「はい、問題はありません」

「ありがとうございます。――というわけだ。お前たちは、連中の馬車を曳いてやれ。俺たちは、上空から警護する」

 

 

 リリアーナの了承を受けてようやく、慧斗はラナたちに向かって指示を投げた。

 「あ、俺は馬車の方で枷を外しとくわ」と何気なく付け足した慧斗に対し、アルテナの視線がいよいよ敬慕のそれに変わった。それをジト目で睨む女性陣の視線に、慧斗はまるで気付かなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 道中、首環や手枷足枷を割り砕きながら馬車に揺られること、まる一日。再び足を踏み入れたハルツィナ樹海は、変成魔物たちによる蹂躙の痕が刻まれつつも、相変わらず濃霧に包まれていた。

 ここまで来ると、ティオも竜化を解かなければならない。籠を“宝物庫”に仕舞い、亜人族の案内を受けながら隘路に足を踏み入れる。

 

 

「……すみません、歩きにくいところを……ケイトさんは、義理堅い人なので」

「大丈夫ですよ、シアさん。それがケイトさんのいいところですから」

「あ、しまった」

 

 

 シアとリリアーナのやり取りを聞いて初めて、慧斗は己の失態に気付いた。整地どころか丁寧に整備された宮殿を歩く想定のハイヒールでは、この獣道を歩くのに適していない。

 

 

「シア、リリアーナ様を担いでもらえる?」

「え? いいですけど……いいんですか?」

「何が? 足でも挫いたら大変じゃん」

 

 

 首を捻る慧斗に、リリアーナが少しだけ悲しそうな表情を見せたのはさておき。文字通りお姫様抱っこをされたリリアーナが、シアの豊かな双丘に敗北感を味わったのもさておき。

 ぼろぼろの亜人族たちの導きを受けて進む慧斗たちの前に、ざっと虎人族の戦士たちが姿を現した。

 

 

「お前たちは、あの時の……」

 

 

 虎人戦士団ギルが率いる、フェアベルゲン第二警備隊である。慧斗たちに気付いたギルに対し、慧斗はひらひらと手を振った。どうやら襲撃を生き延びて、再び警備をしていたらしい。経緯はともあれ、見知った顔が出迎えてくれるのは助かる。

 

 

「一体、今度は何の……って、アルテナ様!? ご無事だったのですか!?」

「あ、はい。彼らとハウリア氏族の方々に助けて頂きました」

「お前意外と顔広いのな」

 

 

 今度は何用かと尋ねようとしたギルは、慧斗の傍らに立つアルテナの姿に驚愕した。彼自身役職ある立場と言えど、長老の孫娘が顔まで広く知れ渡っているものだろうか。まあ、真実が何であれ慧斗には関係ないことだが。

 

 

「それはよかったです。アルフレリック様も大変お辛そうでした。早く、元気なお姿を見せて差しあげて下さい。

 ……少年。お前は、ここに来るときは亜人を助けてからというポリシーでもあるのか? ……まぁ、礼は言わせてもらう」

「巡り合わせってやつだろ。元より、そうしないと入れない地区だし」

 

 

 ギルの複雑な感情が入り混じった言葉に、慧斗はヘンと鼻を鳴らした。偶然と言えば偶然だが、樹海の霧を乗り越えるには亜人族の協力が不可欠となる。ある意味必然というべきだろう。

 

 

「そんで、ハウリアの連中はフェアベルゲンに残ってるか?」

「フェアベルゲンにいるぞ。聞いているかもしれないが、襲撃があってから、数名常駐してくれるようになった」

「案内してくれ」

 

 

 向こうにとっても用がある人間だ。一行は虎人戦士団の先導の元、フェアベルゲンへと足を踏み入れた。

 辿り着いたフェアベルゲンは、凄惨な姿を晒していた。威容を示していた巨大な門は崩壊しており、残骸がそのままに放置されている。自然の美しさに満ちた木と水の都は、あちこち破壊の痕跡が残っており、木の幹で出来た空中回廊や水路もぼろぼろに千切れて機能を失っている。

 

 

「ひどい……」

 

 

 そう呟いたのは誰だったか。少なくとも見る者全員が同じ感想だった。フェアベルゲン全体が、どこか陰鬱な空気を漂わせている。この分では、立て直すのも時間がかかりそうだ。

 そんな中、慧斗たち人間族に気付いた兵士たちが槍を向けてきた。慌てて亜人たちが前に進み出て、助けられたことを説明する。あっという間にできた人だかりの中で、フェアベルゲン長老衆の一人アルフレリック・ハイピストが群衆を掻き分けて進み出た。

 

 

「お祖父様!」

「おぉ、おぉ、アルテナ! よくぞ、無事で……」

 

 

 二人は駆け寄ると強く抱きしめ合った。二度と再会は叶わないだろうと思っていただけに、その喜びも一入というところだろう。周囲の亜人たちも微笑ましい様子に包まれた。

 やがてアルフレリックは、孫娘を離し優しげに頭を撫でると、慧斗に視線を向けた。その表情には苦笑いが浮かんでいる。

 

 

「……とんだ再会になったな、ホザキケイト。まさか、孫娘を救われるとは思いもしなかった。縁というのはわからないものだ。……ありがとう、心から感謝する」

「俺は送り届けただけだ、感謝するならハウリア氏族にでも」

「そのハウリア氏族をあそこまで変えたのもお前さんだろうに。巡り巡って、お前さんのなした事が孫娘のみならず我らをも救った。それが事実だ。

 この莫大な恩、どう返すべきか迷うところでな、せめて礼くらいは受け取ってくれ」

「……めんど……」

 

 

 往時の厳しい態度とは大違いのアルフレリックの言葉に、慧斗はがりがりと頭を掻いた。二度と逢えないかと思っていた孫娘が帰ってきた喜びが共感できるだけに、強く否定できない。

 

 

「また照れてます」

「ケイトさんはかわいいですね」

「うるさい」

 

 

 その後ろでひそひそと話をするシアとリリアーナに、しかめ面をした慧斗の言葉が飛んだ。誰がどう見ても照れ隠しだった。

 その後、ハウリア氏族との合流はアルフレリックの屋敷で待たせてもらうことにした。アルテナが手ずから淹れた茶を飲んでいると、十数名のハウリアたちが姿を現した。喜びとともに歓待する他の亜人族と異なり、その表情は硬い。

 

 

「よう、久しぶりだな。家族の仇討ちでも再開するか?」

「――いえ……」

「それより、何か用があるんでしょう」

 

 

 まさに家族の仇である慧斗に対し、極力感情を抑えるように、ヤヤが問うた。

 

 

「族長殿は、どうも帝都に捕まってるようだ」

 

 

 慧斗のその言葉は、ハウリアたちの様子をがらりと変えた。

 

 

「こちらもこれから帝都に向かうが、大規模な援護はできない。ただラナやミナたちだけじゃ手が余るだろう。脱出させるなら、総掛かりで当たれ。

 ――それだけだ。往くなら、支度は急いでくれ」

 

 

 族長の危機ともなれば、一刻も早く助け出さなければならない。慧斗たちと合流していた者も含め、ハウリアたちは支度を整えるべく、一斉に退室した。

 これで最低限の用は済んだ。「あとは帝都に戻るだけだな」と慧斗が立ち上がると、シアがぴんと兎耳を立てた。

 

 

「け、ケイトさん……大迷宮に行くんじゃ……?」

「親父さんのこと、気になってんだろ」

「……それは……その……でも……」

 

 

 図星だった。慧斗としては、カムたちを気遣う義理などない。シアが懇願したとしても同じだ。自ら死地に赴いた以上、そのツケは自ら払ううべきだ。そう自分に言い聞かせようとしたシアだったが――

 

 

「どのみち、帝都には行かなきゃならん。そのついでに、ちょちょいと工作する程度さ」

「微力ながら、私もお手伝いしますよ」

「……っありがとう、ございます……!」

 

 

 慧斗とリリアーナの言葉に、シアは眦に涙を溜めながら礼を言った。

 

 

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