ありふれた癌   作:Matto

64 / 68
08:帝都にて

 帝都市街の印象を一言で表すなら、『雑多』だろう。

 徹底的に実用性を突き詰めたような飾り気のない建物の手前に、後から無理矢理継ぎ足したような建物がそこら中に並んでいる。目抜き通りとは名ばかりの大小入り乱れた通りで、あちこちに裏路地へと続く入口がある。露店ではとても客商売とは言い難い、怒号と喚声が入り乱れた値切り交渉が行われている。それらが陰鬱なのか、と言われれば、少し違うだろう。各々やりたいようにやっている、ある種開き直りのような様子がある。元を辿ると昔の大戦で活躍した傭兵団が興したという、実力至上主義を掲げる軍事国家だ。慧斗は「何があっても自己責任、その限りで自由にやれ」という気風を感じた。

 と言っても、それで流せるのは慧斗くらいで、特に女性陣は不快感を覚えたようだ。

 

 

「うぅ、話には聞いていましたが……帝国はやっぱり嫌なところですぅ」

「うん、鈴も好きじゃないな、この雰囲気……」

「まぁ、軍事国家じゃからなぁ。軍備が充実しているどころか、住民でさえ、その多くが戦闘者なんじゃ。この程度の粗野な雰囲気も、当たり前と言えば当たり前じゃろ。妾も住みたいとは全く思わんがの」

 

 

 沈黙を保つユエとリリアーナも同じ心境のようだ。よく言えば血気盛ん、悪く言えば粗暴な空気は、戦士ではない彼女たちには馴染まない。慧斗自身、「そういう文化なのだろう」と流しているだけで、好ましいものとは思っていない。

 そんな中、シアの兎耳がぴくりと動き、市場の一角を捉えた。

 

 

「シア、あまり見るな。今はどうしようもない」

「……はい、そうですね」

 

 

 その正体を見抜いた慧斗は、シアを慰撫するように言った。

 帝国は特に奴隷市場が盛んだ。今もこうして、露店で堂々と亜人奴隷が競売に掛けられており、値札付きの檻に入れられた亜人族の子供たちがいる。シアは同族に対する無惨な扱いから目を逸らすのに、多大な気力を要した。

 

 

「……許せないな。同じ人なのに……奴隷なんて」

 

 

 ハイリヒ王国でも王宮とホルアドしか知らない天之河たちは、亜人奴隷やその競売を見るのさえ初めてだ。こうしてモノのように惨めな扱いをされていることに、怒りを覚えているらしい。

 

 

()()()()()()()()()()()、馬鹿」

「何?」

「お前、人種隔離政策(アパルトヘイト)だのルワンダ虐殺だのも知らんのか」

 

 

 だがその義憤を、慧斗は冷たく切って捨てた。

 

 

「人間同士だって、『あいつは俺たちと違う』といくらでも理由を付けて、好き放題に差別する。ましてそれが違う種族なんて、『いくらでも虐待してください』って言ってるようなもんだ。そのやっすい義侠心は、ここの誰の心も動かすことができない」

 

 

 人種差別、民族差別、国籍差別、宗教差別。地球とて、差別問題を挙げればきりがない。あれやこれやと理由を付けて「同じヒトではない」と非道な扱いをしてきたのが、近世近代の歴史と言っても過言ではない。その反動の一つが、黒人差別抗議運動(Black Lives Matter)として世界を揺るがし始めているように。

 この帝都ほどではないながらも、王国とて、王都や辺境では亜人奴隷が使われている。中立都市フューレンも同じだ。明確に「同じヒトではない」以上、その意識が変わらない限り、この差別と暴虐は終わらない。近しい生物として、管理資格の届け出を制度化しているあたり、まだ理性的とさえ言える。

 

 

「で、まずはどうするんじゃ?」

「大使館に向かおう。リリアーナ様の交渉が本命だ」

「え、でも……」

「ここから先は、国同士のやり取りだ。俺たちの出番じゃない」

 

 

 余計な話はここまでにしよう。今やるべきは奴隷解放(スパルタクスごっこ)ではなく、対魔人戦線の協議の段取りだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 目抜き通りの片隅で、一人の乞食が座り込んでいた。

 

 

「……お恵みを……お恵みを下せぇ……」

 

 

 力ないその言葉は、帝都の雑踏に紛れて消えた。目の前の薄汚い皿には、数えるほどの小銭しかない。

 だがそこに、銀色の貨幣が一枚投げ入れられた。

 

 

「酷い臭いだ。今日は銭湯に行ってこい」

「へへぇ……ありがとうございます……」

 

 

 その姿を見降ろすのは、黒いジャケットに身を包んだ少年――慧斗だ。王女リリアーナの急な登場で大騒ぎになった大使館から、隙を見てこっそり抜け出した彼は、こうして市街地へぶらりと歩き出していた。

 乞食が垢まみれの顔を下げるのを見つつ、慧斗は目の前に屈んだ。

 

 

「――最近、ここらで亜人族の騒ぎはなかったか」

「……もしかして、兎人族のことですかい?」

 

 

 乞食の言葉に、慧斗は首を捻る演技をした。

 

 

「兎人族なんて弱い連中、ペットがせいぜいだろう? そんな連中が騒動なんか起こせるもんか」

「だからこそ話題になってるんでさぁ。何でもたった十数人で、百人以上の兵隊さんを向こうに回しちまったんだとか」

「で、全員殺しちまったのか? 勿体ないもんだ」

「それが生け捕りにされて、城に送られちまったんだとか。詳しい話は、この奥のフローの旦那が知ってますぜ」

「そうかい、ありがとよ」

 

 

 乞食が裏路地を見やる目線に合わせて、慧斗は立ち上がり裏路地に入っていった。

 狭い路地裏には、汚らしい長屋が並んでいた。この世界の建築基準法がどのようなものか知らないが、法令遵守しているとは思えない雑居ぶりだ。しばらく歩いていると、目の前に薄汚い大男が立ち塞がった。後ろの気配を辿れば、同じように立ち塞がる男たちがいる。慧斗は、合計四人の浮浪者に囲まれた。

 

 

「……へへへ。命知らずだなぁ、坊や」

「悪ぃが、ちょっと俺らにも恵んでくれや。なに、有り金全部で充分だぜ」

 

 

 浮浪者たちはにたにたと笑いながら距離を詰めた。表の乞食に誘導させ、のこのこ裏に足を運んだところを袋叩きにして金品をせしめる。そういうグルだったのだ。

 どこぞの世間知らずが、余計な好奇心に釣られてしまったのだろう。乞食の言葉に騙されて、迂闊に蜘蛛の巣に飛び込んでしまった代償は、()()()()()()授業料に変えてもらおう。

 

 

「――安い連中だ。脅し文句も知らねえのか、貧民共」

 

 

 が、それこそが真意だった慧斗には通用しなかった。こきりと首を鳴らしながら、半身に構えると――即座に目の前の男の懐に飛び込んだ。

 

 

「ぐわっ!」

「ぎゃっ!?」

「がはぁっ!」

「ぐえっ!」

 

 

 そのまま顎を殴り上げ、残りの連中の股間を蹴り、裏拳で顔を潰し、みぞおちに拳を叩き込む。狭い裏路地は、数で囲めば逃げ場を潰せるが、逆に満足に手足を動かせず、抗戦には不利だ。蝶を捉えた蜘蛛気取りの男たちは、それが鳶とも知らずに薙ぎ倒されてしまった。

 

 

「はわ、はわわわ……」

「――“糸伸ばし・束”」

「ぎゃあっ!?」

 

 

 その様子を見ていた乞食が顔面蒼白になるのを見もせずに、慧斗は即座に“糸束”を伸ばして拘束し、裏路地に引きずり込んで首を締め上げた。

 

 

「ぐぐぐ……った、助け……!」

「やっぱり臭えな、鼻が曲がりそうだ。血の臭いで上書きするか?」

「ひ、ひぃぃっ……!」

「『フローの旦那』がどれか知らないが、全員伸びちまった。――お前から詳しい話を聞かせてくれるよな?」

 

 

 服を汚したくないのでなるべく近づかず、“糸束”でぐいぐいとやりつつ脅しつける。乞食に選択肢はなかった。

 

 

「たっ……たしか、ネディルって旦那が、元牢番だったはずでさぁ!」

「もっと詳しく」

「うぐぅっ! 今は、警邏隊で……確か、四番目の隊ですぜ!」

「あっそ。もういい、消えろ。本当に鼻が曲がる」

「ひ、ひぃぃっ……!」

 

 

 とりあえず確度の高そうな情報を引き摺り出すと、慧斗は“糸束”を解いてしっしっと追いやった。それをどこまで見ていたことか、乞食は這う這うの体でその場を逃げ出した。

 入れ替わるように現れたのは、純白のコートに身を包んだユエだった。

 

 

「ケイト」

「何してんだ、こんなとこで。服が汚れるぞ」

「悪巧み?」

「まあな」

 

 

 ユエの短い質問に、慧斗はこきりと首を鳴らしながら答えた。

 

 

「成果はあった?」

「手がかりをひとつ発見した。――ちょうどいい、この辺を使おう。皇帝陛下は、『区画整理』にもっと気を遣った方がいいな」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、帝城の地下深く。月明かりひとつ差さず、まばらに配置された松明の灯りだけが照らす地下牢の一角に、数人の兎人族が囚われていた。格子ひとつ嵌め込まれただけの雑居房は、しかし特殊な金属で作られた特製の格子と、地面に刻まれた魔法陣によって堅固な障壁となっており、囚われた者を絶対に逃がさない構造となっている。

 加えて、地下牢全体に脱獄者と侵入者を捕える悪質な魔法トラップが仕掛けられており、脱獄はおろかその手引きまで許されない堅牢な造りになっている。逃れるためには解除する詠唱を正確に唱える必要があり、その詳細を知るのは看守たちしかいない。彼らでさえ、巻き添えを避けるために入口の巡回しかしていないほどだ。

 故にというべきか、その壁という壁に、床という床に、細い影が這い回り、ばちりと小さな音を立てて魔法陣を破壊していくのを、誰も知覚できなかった。

 

 

「……おい、今日は何本逝った」

「指全部と、肋が二本だな……お前は?」

 

 

 そんな牢の一角で、呻き声交じりの軽口が響いていた。捕縛され、拷問を受けたハウリアたちである。

 

 

「へ、へへ……俺の勝ちだな。指全部と、肋三本だ」

「……はっ、その程度か……俺は肋七本と、頬骨……それに、耳を片方だ」

 

 

 散々な怪我を負わされながらも、彼らは決して挫けなかった。慧斗の特訓や北の山脈地帯での経験が、彼らに尋常ならざる忍耐力を与えていた。

 

 

「マジかよ、お前いったい何言った。あいつら、俺たちが使えるかもってんで、耳には手を出さなかったのに……」

「いつものように、『背後にいる者は誰だ?』なんて、見当違いの質問を、延々と繰り返しやがる、からさ。言ってやったんだよ、『お前のママだ。俺は息子の様子を見に来ただけの、新しいパパだぞ』ってな」

「は、は……そりゃあキレるわ……」

「でも、あいつら、耳落とすなって、たぶん、命令受けてるだろ。それに背いたってことは……」

「ああ、確実に……処分が下るな。けけ、ざまぁねぇ……」

 

 

 肋骨が折れ、呼吸さえ辛いにも関わらず、軽口を言い合うハウリアたち。だがその気勢は、次第にしぼんでいった。

 

 

「……ちくしょう……」

「ざまぁねぇのは、俺たちだよな……」

「……言うなよ……族長が、一番辛いはずだぜ……」

 

 

 同族を救いに来たはずなのに、まんまと誘い込まれ、こうして囚われの身となっている。無論、ただでは終わらせないという意志は折れていないものの、できることはもはや自決しかない。その忸怩たる思いが、彼らの口を塞がせた。

 

 

「……なぁ、せっかくだし、族長の具合で、勝負しねぇか」

「いいねぇ。じゃあ、俺は耳全損で」

「ばーか、お前、大穴すぎるだろ」

(なかなか元気そうだな、お前ら……)

「ケイトさんほどじゃ……えっ?」

 

 

 半ばやけくそになり始めたハウリアたちの軽口に、第三者が割り込んだ。思わずそちらを見やった彼らは、そこにいる人物の姿に目を丸くした。

 牢の前、格子の向こう側に、“隠形”で身を隠した慧斗の姿がある。常人ならば見落とすところだろうが、気配遮断と探知に特化した兎人族なら容易く見抜ける。しかし意外過ぎる人物の登場に、ハウリアたちは目を白黒させることしかできなかった。

 

 

(隠形にも限度がある。静かに)

(な……なんで、こんなところに、いるんですか)

(別件に、お前たちが衝突事故起こしやがった)

 

 

 等と、言いつつ。慧斗はグレートソードで格子を思い切り叩き斬ると、すでに破壊され価値を失った魔法陣へと踏み込み、改めて人数確認を行った。ネディルなる人物への拷問を通じて得た情報によれば、これで全員の所在が確保できたはず。

 

 

(ここで四件目――あとはお前たちと……族長殿はどうした?)

(たぶん、まだ拷問を受けてます)

(向こうの、部屋です。族長、辛抱強いから、たぶん声はあんまり、聞こえないかも)

 

 

 ハウリアたちの言葉に、慧斗はふむと考え込んだ。族長だと知れていれば、一際根強く拷問をしているかもしれない。

 

 

(というか、表の看守共は……?)

(あ? 鏖殺(みなごろし)に決まってんだろ。人相が知られると色々困る)

(……まぁ、そんなもんだとは、思いましたけど……)

 

 

 けろりと言い放った慧斗の言葉に、ハウリアたちは閉口するしかなかった。相変わらず、やると決めたら容赦ない人物である。

 ひとまず、ここにいる連中を解放しよう。壁に向けて“転送石”を押しやると、そこに魔力を込めた。あっという間に淡い光の膜が生じ、その向こうにぼんやりとした人影が見える。

 

 

(とにかく、この場はこれ使って出ろ。向こうでユエとティオが治療を施してやる)

 

 

 そうして、半ば這うようにハウリアたちが膜を通り抜けたのを確認すると、慧斗は“転送石”を拾い上げて牢を出、尋問室(とは名ばかりの拷問部屋)へと向かった。そこでは案の定、看守たちと拷問を受けているカムがいるようだ。

 ここで最後だ。もはや隠形も必要なくなった慧斗は、グレートソードを片手に扉を蹴破った。

 

 

「き、貴様! 何も――」

「――ふぅッ!」

 

 

 突然現れた侵入者に戸惑う看守たちの胴を、一撃で撫で斬りにする。沈黙が訪れた尋問室で、カムは慧斗の登場に瞠目した。

 

 

「……あ……あなたは……」

「元気そうでよかったぜ、族長殿」

「……えぇ、あなたも……」

 

 

 手枷足枷を砕きながら言う慧斗に、複雑そうな表情を浮かべるカム。恩人でもあり仇敵でもあるこの少年に、また助けられた。

 

 

「他の……者たちは……?」

「全員脱出させた。あとはあんたが最後だ」

「ありがとう……ございます……」

「礼はいい。まずは脱出して、治療を受けろ」

「その前に……」

 

 

 ハウリアたちの言葉通り、カムは特に重症だ。担ぎ上げてやろうとする慧斗に、カムが待ったをかけた。

 

 

「……シアは……娘は、元気ですか……?」

「――ああ。あんたたちの報せを受けて気が塞いでたが、きっと喜んでる。早く元気な顔を見せてやりな」

 

 

 元気も何も、すぐに逢える。そう言ってやると、慧斗は半ば押し込むように光の膜へ通らせた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 光の膜の向こう側は、帝都郊外、人目につかない森の中に繋がっていた。そこではユエとティオがハウリアたちの治療を施しており、すでにほとんどが完治している。

 

 

「父様! 無事でよかった……」

「あぁ……お前も、元気そうでよかった……」

 

 

 カムの到達に、真っ先に反応したのがシアだ。あちこちに怪我を負いながらも、気丈に振る舞う父の姿を見て、シアは安堵した。

 

 

「で、何をやらかした」

 

 

 最後にカムが治療される様を見つつ、慧斗はハウリアたちに問うた。

 ずっと気になっていたことだ。その場で殺しもせず、処刑もせず、帝城の地下牢に捉えて拷問する――どう考えても、普通の叛逆活動への対応ではない。

 

 

「簡単に言えば、俺たちは少々やり過ぎました」

 

 

 慧斗の問いに対し、ハウリアの一人テオが答えた。

 奴隷補充のために樹海に侵攻した帝国軍を、ハウリア氏族は相当数始末した。それが真正面からの突撃ではなく、霧を利用しての撹乱攻撃でもなく、樹海の随所に仕込んだトラップ、そして僅かに気を緩めた隙に暗殺という形が、帝国軍を想定以上に警戒させたのだ。

 正体不明の暗殺特化集団という脅威を前に、帝国はその正体を確かめずにはいられなかった。そこで一計を案じたのが、帝都での包囲網だ。捕縛済みの亜人たちを餌に、手練れの正体を確かめようとしたのだ。

 カムたちハウリア氏族の、元来情の深い兎人族の性質が災いした。樹海を端から焼き払ったり、亜人奴隷に拷問まがいの強制をして霧を突破したりという、なりふり構わない非道な行為によって大勢の亜人族が捕獲されてしまったのもあり、冷静な判断が下せず、あっさりと罠にかかってしまったのだ。

 一方、帝国軍も驚愕を隠せずにはいられなかった。何せ網にかかったのが、争い事とは無縁の愛玩奴隷である兎人族だったのだ。しかも帝国側のテリトリーでありながら、複雑な連携を駆使して対等以上に渡り合い、兵士たちに少なくない損害を強いた。その非常識が、帝国上層部の興味を引いたらしい。

 

 

「俺たちは生け捕りにされ、連日、取り調べを受けていたわけです。どうも、俺たちをフェアベルゲンの隠し玉か何かと勘違いしているようで……」

「実際は一族郎党処刑されかけた上、追放処分を受けた関係だとは思いもしなかったようですね」

 

 

 あまりに常識はずれなハウリア氏族の戦士たちに、帝国は何か陰謀があると疑ったらしい。その正体を探るべく、ハウリアたちは生け捕りにされ、連日尋問を受けていたという流れである。

 

 

「挙句、その噂は皇帝にまで届いたようで」

 

 

 強烈な実力主義を掲げる皇帝ガハルドは、そんなハウリア氏族を大いに気に入り、手駒として飼うことを目論んだらしい。戦術、武装、その精神性、温厚なハウリアを変えた育成方法、その他にも強者を好む皇帝陛下にとって、ハウリアの戦士たちは宝箱のようなものだった。

 

 

「帝国は実力至上主義を掲げる強欲な連中で、皇帝も例には漏れません。そして、弱い者は強い者に従うのが当然であるという価値観が性根に染み付いている」

「で、御自ら兎人族狩りでも始めるって言い出した? 殺すんじゃなくて、自分のものにするために?」

「あんな小汚い牢に、直々にやってきましたよ。『俺に飼われないか』などと言って」

「もちろん、その場で唾を吐きかけてやりました」

「どの辺がもちろん!?」

「皆にも見せたかったなぁ、あの時の皇帝の顔」

 

 

 シアのツッコミにも構わず、ハウリアの一人トトが懐かしむような表情を浮かべた。実行犯は族長カムだが、他の誰もがそうする気概だったのだ。何がここまでこの連中を変えてしまったのか……その一端の自覚がある慧斗でさえ、戸惑いを抱かずにはいられなかった。

 そんな中、森の茂みを掻き分けて、樹海側から移動してきたハウリアたちが現れた。

 

 

「――族長!」

「皆! 良かった……!」

「悪ぃな、ドジ踏んじまった」

「いいんだ、皆が無事なら――」

 

 

 襲撃組全員の無事な様子に、分かりやすく安堵を見せている。こういう性根は、相変わらず残っているらしい。慧斗も小さな安堵を覚えた。隣でユエがジト目で睨んでいることにも気づかずに。

 ひとまず、これでハウリア氏族は勢揃いだ。カムは意を決したような表情で、慧斗に向き直った。

 

 

「ケイト殿。我々ハウリア氏族は……帝国に戦争を仕掛けます」

「……は?」

 

 

 思わぬ話題転換に、慧斗も思わず唖然とした。ユエとティオも愕然とし、シアに至っては顎が外れたように口をあんぐりを開けている。

 

 

「……な、何を……何を言っているんですか、父様? 私の聞き間違いでしょうか? 今、私の家族が帝国と戦争をすると言ったように聞こえたんですが……」

「シア、聞き間違いではない。我らハウリア氏族は、帝国に戦争を仕掛ける。確かにそう言った」

 

 

 震え声のシアの問いに、カムはきっぱりと肯定した。残るハウリア氏族たちも同じように決心しているのを見て、シアはいよいよ混乱した。

 

 

「ばっ、ばっ、馬鹿な事を言わないで下さいっ! 何を考えているのですかっ! 確かに、父様たちは強くなりましたけど、たった百人とちょっとなんですよ?

 それで帝国と戦争? 血迷いましたか! 同族を奪われた恨みで、まともな判断も出来なくなったんですね!?」

「シア、そうではない。我らは正気だ。話を……」

「聞くウサミミを持ちません! 復讐でないなら、調子に乗ってるんですね? だったら、今すぐ武器を手に取って下さい! 帝国の前に私が相手になります。その伸びきった鼻っ柱を叩き折ってくれます!」

「待て」

 

 

 もう我慢ならないと鉄槌を構えるシアに対し、慧斗が待ったをかけた。無理難題を言い出した割には、冷静さがある。自暴自棄まがいの覚悟で目が据わった様子にも見えない。

 

 

「我らの反抗も、逆に皇帝の火を点けてしまいました。奴らは再び樹海に進撃して、今度はより多くの兎人族を襲うでしょう。

 未だ立て直しきれていないフェアベルゲンでは、次の襲撃には耐え切れない。そこで、もし帝国から見逃す代わりに兎人族の引渡しでも要求されれば……」

「既に、人質いるしな。そっちの情報は掴んでるか」

「残念ながら」

 

 

 人質――先に捕えられた亜人族の捕虜。そこまでの情報を掠め取ることはできず、カムは悔しそうな表情を浮かべた。

 

 

「ハウリア氏族が生き残るだけなら、それほど難しくはない。しかし我らのせいで、他の兎人族の未来が奪われるのは……耐え難い」

「……父様……みんな……」

 

 

 カムがようやく見せた心苦しそうな表情に、シアも言葉を失った。皇帝の興味を買っているのは、あくまでもハウリア氏族の練兵ありきだ。次の襲撃で兎人族が捕縛され、その種が明るみになると、兎人族はいっそう残酷な扱いを受けることになる。戦奴として使い物にならなければ殺処分、女子供はこれまで通り愛玩奴隷にされ、兎人族絶滅の憂き目に遭う日は遠くない。

 

 

「確認するが、俺たちにも手伝えなんて言うんじゃないだろうな」

「無論。あくまでも我々だけで成し遂げます」

 

 

 慧斗の確認に、カムは当然のように答えた。それほどに自信があるのか、それとも全滅する覚悟の上なのか。

 

 

「で、どうする。お前たちだけで、帝国軍と殺り合えるなどと思ってないだろうな」

「もちろんです。平原で相対して、雄叫び上げながら正面衝突など有り得ません。――我らは兎人族、気配の扱いだけはどんな種族にも負けません」

「つまり、暗殺か」

「はい。我らに牙を剥けば、気を抜いた瞬間、闇から刃が翻り首が飛ぶ……それを実践し、奴らに恐怖と危機感を植え付けます。いつ、どこから襲われるかわからない、兎人族はそれが出来る種族なのだと力を示します。弱者でも格下でもなく、敵に回すには死を覚悟する必要がある脅威だと認識させさます」

「皇帝一族が、暗殺対策をしてないとでも?」

「もちろん、しているでしょうな。我らが狙うのは皇帝一族ではなく、その周囲です。皇帝一族はともかく、周囲の人間全てにまで厳重な守りなどないでしょう。

 昨日、今日、親しくしていた人間が、一人、また一人と消えていく――我らに出来るのは、今のところこれくらいですが、十分効果的かと思います。最終的に、我らに対する不干渉の方針を取らせることが出来れば上々ですな」

 

 

 狙いどころとしては上々だろう。だが、慧斗がそれを容認するわけにはいかなかった。

 

 

「駄目だ、時間がかかり過ぎる。帝国が諦める前に、泥沼に発展する」

「再びフェアベルゲンとの戦争になると?」

「十中八九。お前たちがフェアベルゲンの配下だと思われているなら尚更だ」

 

 

 それだけなら、正直どうでもいい。これまでの歴史通り、勝手に殺し合えばいいだけの話だ。慧斗が割り込む余地はない。問題は、魔人族の動きだ。

 

 

「魔人族は、必ずそこを突いてくる。王国がガタガタになってる現状、帝国まで潰されちゃ堪らない」

「しかし……」

 

 

 亜人確保に躍起になっている今こそ、大きな隙を晒しているも同然だ。それを早々に諦め、対魔人戦線に集中してもらわなくてはいけない。

 

 

「……一撃で帝国の心を折る方法……ハウリアもフェアベルゲンも諦めさせ、対魔人戦線に集中させる方法……」

 

 

 慧斗はしばらく考え込んだ。カムの計画しているような、確実だが迂遠な方法は採れない。スピード勝負ということになる。なるべく派手に、センセーショナルに見せつける方法……

 

 

「――族長殿。悪いが、俺たちは戦えない」

「ケイトさん!」

「これは俺個人の問題ではなく、ハウリア氏族――ひいては亜人族全体の問題だ。俺が出張っても、話が拗れるだけだ」

 

 

 シアの悲壮な顔に、しかし慧斗は応えられなかった。人間族は人間族で結束してもらわなければならない以上、その側である慧斗たちが表立って戦うわけにはいかない。

 それも了解済みだったのか、カムの硬い表情は変わらなかった。

 

 

「でしょうな。――ハウリア一族として、皆覚悟は決めております」

「父様! みんな……!」

「待て。()()()()()とは言ってないぞ」

「……はい?」

 

 

 一様に決死の覚悟を固めるハウリアたちに向かって、慧斗が口を挟んだ。全員が目を丸くした。

 

 

「皇帝一族を、直接獲る」

「……何ですと?」

「皇帝一族を直接暗殺し、機能不全ぎりぎりに陥れる。その上でお前たちの存在を見せつけ、迂闊に手出しできない脅威として認識させる。

 皇帝の喉元まで迫ったとなりゃ、警戒心は一気に高まるはずだ。それで時間を稼ぐ」

 

 

 もちろん、難易度は段違いだ。外様でしかないハウリアたちでは容易に近づけず、内部からの手引きが必要となる。

 ――ところで、ちょうどいい立場にいる人間がいないだろうか? ハウリアたちに協力的で、限定的ながらも皇帝陛下との面会すら可能で、内部を探るチャンスを抱えた人間が。

 すなわち、リリアーナの護衛としてやってきた慧斗たちだ。

 

 

「手引きはしてやる。立案から実行まで、お前たちが全て段取りを決めて、必要な協力を伝達しろ。表舞台に立たないなら、情報でも工作でも手伝ってやる。

 ただ、俺たちも時間がない。急いで策を練ろ」

 

 

 今すぐ採れる手段と言えば、空間魔法による帝都への不正侵入くらいだ。そこから先は、ハウリアたちがどれだけ秘密裏に動けるかに懸かっている。

 

 

「ああ、それともうひとつ」

「何ですかな」

()()()()()()()。お前たちの急所を連中に見立てて、()()()()()()()()()()()()()()()()を見極めろ。

 そこを破ったら、俺はもう庇えない。泥沼の中で勝手に殺し合って、勝手に滅びろ」

 

 

 絶対に越えてはならない一線――それを越えてしまったら、帝国はいよいよ引っ込みがつかなくなる。ライセン大峡谷を挟んで血みどろの殺し合いを広げ、その背後から魔人族に擂り潰されるまで、決して終わることはないだろう。二つの国がまとめて滅ぼされるのを、黙って見守ることしかできなくなる。

 

 

 




転送石
 空間魔法を付与した魔晶石。魔力を注ぐことで、対となる魔晶石へと空間接続する魔導具(アーティファクト)
 魔法付与そのものはユエが施したので、入り口を開ける側の慧斗は複雑な操作をしなくて楽。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。