ありふれた癌 作:Matto
豪華絢爛な装飾が施された煌びやかなパーティー会場で、帝国貴族たちが談笑を交わしていた。
立食形式のパーティー会場には、純白のテーブルクロスが敷かれたテーブルの上に、趣向を凝らした様々な料理やスイーツが並べられており、熟練の給仕たちが颯爽とグラスを配り歩いている。その様子を片隅で眺めながら、慧斗は片耳に埋め込んだ“小さな共鳴石”の音声を聴いていた。
――HQ、こちらアルファ。H4ポイント制圧完了。
――HQ、こちらブラボー。Jポイント全制圧完了。
――HQ、こちらチャーリー。全兵舎へ睡眠薬散布完了。
――HQ、こちらエコー。皇子、皇孫並びに皇女二名確保。
(スパイ映画じゃねえんだからよ……)
聞こえてくるハウリアたちの報告に、慧斗は思わず閉口した。別にこんな連絡方法を教えた覚えはないはずだが、いったいどこから学んだのやら。これも収斂進化の一種と言っていいのだろうか?
それはそれとして、パーティーの参加者に不審がられてはいけない。ハウリアたちから半分意識を離した慧斗は、ぐるりと会場を眺めた。高級な礼服に身を包んだ重鎮、それだけでなく武官や文官も揃い踏みのようだ。同じように煌びやかな礼服を纏っていながらも、武官と文官の違いはその雰囲気からして明白だ。実力至上主義という国柄からか偉ぶった武官たちと、どこか遠慮がちな文官たちという構図が浮き彫りになっている。
「素晴らしい。流石は勇者様ですな」
「い、いえ~……あはははは……」
そんな武官たちから積極的に声を掛けられているのが、天之河だ。
何せ『勇者一行』の代表格。あのオルクス大迷宮の攻略階層を破竹の勢いで更新した強者であり、『強さ』が基準の彼らからすれば、興味をそそられる存在なのだろう。もちろん、あわよくば個人的な繋がりを持ちたいという下心もある。それに気付いているのかいないのか、天之河は煽てられるがままに、オルクスでの苦労話の数々を披露していた。
そうやって幅を利かせている武官たちと、どこか居心地悪そうに固まるだけの文官たちを、慧斗は内心冷ややかな目で見下していた。
(癌だな)
強さだけで、戦いだけで、国家が成立するはずもない。誰かが戦場で剣戟を振るい敵を殺す裏では、誰かが官舎で算盤を弾いて物資を運用し、誰かが市街で治安と経済を管理しなければならない。この国は、その平衡感覚を決定的に履き違えている。戦士としての責務と市民としての権利が表裏一体であった古代ローマでさえ、政治中枢では腐敗が生じ、あるべき責務を他人に押し付けて利権を貪る者たちがいたという。それと比較するならば、表面的な実力至上主義ならぬ『武力至上主義』を擁するこの国は、その前段階で立ち枯れているも同然だ。共通点はせいぜい『自分たちは大樹だと思っている』という点くらいで、このヘルシャー帝国は、言ってしまえば幼稚ですらある。
「ケイト様、そんな隅で何をされているのです。皆、あなたのご活躍を聞きたがっていますよ」
「とんでもない。私ごときが、面白い話などできませんよ」
「またまたご冗談を。“破軍の主”の物語、是非お聞かせいただきたい」
「次それ言ったら脳天カチ割りますからね」
「!?」
天之河と同じように慧斗を引っかけようとした武官に向かって、彼は貼り付けた笑顔で思い切り言い放った。剛毅な武官をして思わず怯ませたのは言うまでもない。
「それにしても、ケイト殿のお連れは美しい方ばかりですな」
「全くだ。このあとのダンスでは是非一曲お相手願いたいものだ」
「さすが“破軍の主”、男冥利の最上といったところですかな」
「しかし、兎人族まで着飾らせるなど……」
「しっ、聞こえるぞ」
帝国貴族たちがひそひそと内緒話をする通り、慧斗を取り囲む女性陣は、パーティーの主役を奪おうかと言わんばかりの存在感を放っていた。
ユエは、白を基調に随所に黒い彩を添えたモノトーンドレス。髪はポニーテールに、黒い花を模した髪飾りで纏められていた。聞いたところによると、スカビオサという花らしい。何か花言葉でもあるのか、と問うと、「秘密」と返された。もっと華やかにしてもいいのではないかと思ったが、彼女の好みならとやかく口を出すまい。
シアは、ムーンライトブルーのミニスカートドレス。すらりと長く引き締まった美脚を惜しげもなく晒しているが、ふわりと広がるスカートと、淡い空色の髪を根元で纏めて前に垂らしている姿が、上品さと可愛らしさを引き出している。普段の様子が嘘のような楚々とした雰囲気に、慧斗は一瞬別人かと見間違えた。
ティオは、普段の黒い和装と同じような黒いロングドレス。血のように赤いアクセントもさることながら、身体のラインが露わになるほどタイトなドレスなので、凹凸の激しいボディラインが丸分かりである。更に背中と胸元が大きく開けているので、会場の男性陣が揃って鼻を伸ばしていた。こいつわざとやっているのだろうか。
ちなみに谷口は……向日葵をあしらった可憐なカクテルドレスが良く似合っているのだが、正直前者三人が目立ちすぎて、添え物状態になってしまっている。他人事ながら、慧斗も流石に彼女を哀れんだ。
「ていうかお前ら、もうちょい遊んできたら? 滅多にない機会なわけだし」
「私は本命がいるから別にいい」
「私もですぅ。というか、ケイトさんこそいいんですか?」
「正直こういう空気好きじゃない。この面子も、そもそもこういう華やかな場も」
「ご主人様が言えた口ではないではないか」
壁の花も、ここまで集まると悪目立ちだ。貴族たちの嫉妬の視線を逸らすためにも、何とか散らしてやろうと試みる慧斗だったが、にべもなく返された。かく言う慧斗自身、薄笑いでおべっかを使ったり使われたりの場は、どうにも気性に合わない。話の流れで天之河がうっかり漏らしてしまったのか、『勇者一行』の一人として武官たちに引っ張られていく谷口の事を、慧斗はひらひらと手を振りながら見送った。とんだ畜生だった。
――HQ、こちらデルタ。全ポイント爆破準備完了。
――HQ、こちらインディア。Mポイント制圧完了。
その間にも、ハウリアたちの作戦は順調に進んでいく。大きなトラブルは――少なくともハウリア視点では――生じていないようだ。こうして水面下で、帝国を揺るがす危機が進んでいた。
「皇太子バイアス殿下と、王女リリアーナ様のお成りです!」
文官の大声が朗々と響き、会場の視線が大扉へと一気に集中した。いよいよ主賓の登場だ。帝国と王国、双方の盤石を言祝がれるはずの二人は――
そこに現れた二人の姿に、会場は騒然となった。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるバイアスと、闇を閉じ込めたような漆黒のドレスを着たリリアーナが立っていた。心なしか距離を取っている様子のバイアスと、つんとした澄まし顔のリリアーナが、互いの顔を見合わせもせずに入場してくる。前提としてこれから夫婦になるはずの二人であり、そのための婚約パーティーでありながら、二人の間には冷え切った空気が漂っている。会場は取り敢えず拍手で迎え入れたものの、何とも微妙な雰囲気だ。
そんなぎこちない空気の会場を横切って、二人は壇上に上がった。司会役が戸惑いながらも口上を述べ、パーティーを進行させる。そんな二人を見て唯一、今にも笑い出しそうな表情を浮かべているガハルドが慇懃な挨拶を垂れると、会場に音楽が流れ始めた。リリアーナたちの挨拶回りとダンスタイムだ。微妙な雰囲気を払拭しようと、流麗な音楽が会場に響き渡る。
会場の中央では、それぞれパートナーを連れた男たちが思い思いに踊り始めた。当然、その中心としてリリアーナとバイアスも踊るが、何とも機械的だ。バイアスが強引に抱き寄せても、旋律に合わせてさりげなく距離を取られる。それが彼をさらに苛立たせるが、リリアーナの方が一歩上手だった。
(……リリアーナ様も何やってるんだか……)
呆れ顔の慧斗に、何人が気付いているやら。そうしているうちに一曲終わってしまい、リリアーナは形式的に礼をすると、さっさと挨拶回りに進んでしまった。傍目にも分かるほどに不満を募らせるものの、それはそれとして挨拶回りは必要なので追従するバイアス。主導権を握っているのは、明らかにリリアーナの方だった。
「何て言うか、リリィらしくないな。いつもなら、内心を悟らせるような態度は取らないのに……」
「そうだね。どうしちゃったんだろ」
王宮とオルクスを往復していた都合で、比較的親交のあった天之河と谷口が不思議そうに零す。よもやパーティ直前で凌辱されそうになり、夫婦になる前から早速亀裂が走っていることなど、余人が知ろうはずもない。ユエあたりは薄々勘付いているだろうが、吹聴するようなことでもないだろう。
――HQ、こちらロメオ。Pポイント制圧完了
――HQ、こちらタンゴ。Rポイント制圧完了
(おい数が多いぞ。足りるのかあれ)
慧斗の不安は、しかし誰と共有するべきか。“爆晄石”を作成したユエに相談しようにも、「いざとなったら私が遠隔で爆破するから」とか言い出しそうで怖い。
「ケイト、行こ」
そんなユエが、くいくいと手を引いた。中央でダンスをしている貴族たちに混ざりたいようだ。
「あっ、ユエさんずる~い!」
「いかない。どうせ踏んづけるぞ」
「大丈夫。踏んづけ返す」
「いい度胸してんなお前」
そう言うと、ユエは慧斗の手を引いて中央に進み出た。それに合わせるように、天之河や谷口へと次々と男女が寄り集まり、誘われるがままに中央でダンスを踊り始めた。
それにしても、と慧斗はユエの動きに舌を巻いた。己がパートナーを踏んづけないように足元を注視している目の前で、当のユエは軽快なステップでひらりひらりと躱しながら、その上で様になるように軽やかに動く。しかも時折、くるりと身を翻して舞い踊る。元々体格差のある二人で、この動きである。世が世なら、神楽でも演じる日があったかもしれない。
魔法のみならず舞踏の才能まで発揮して満足のユエと、慣れない動きにどっと疲労を覚えた慧斗が戻ってくると、「次は妾が」とティオが手を差し出した。隣でシアがむーと悔しそうな顔をしている辺り、順番決めでもしていたらしい。いや勘弁してくれよ、と慧斗は呻いた。つい先ほどまで慣れないダンスをさせられていたというのに、休憩さえ許してくれないのか。あとティオの
と、そこに一人の影が割り込んだ。漆黒のドレスに身を包んだリリアーナである。
「ケイトさん、一曲踊って頂けませんか?」
「何言ってんですか冗談でしょ」
思わず声を荒げてツッコみそうになり、やっとのことで抑えた慧斗を誰か褒めてやってほしい。それくらい彼は驚愕した。
「あら、主役の座を奪っておいて、その言い方は酷くありませんか?」
「いけしゃあしゃあと……リリアーナ様こそ、皇太子殿下を放っといていいんですか」
「挨拶回りなら大体終わりましたし、今は、パーティーを楽しむ時間ですよ。もともと、何曲かは他の人と踊るものです。ほら、殿下も愛人の一人と踊っていらっしゃいますし」
「何開き直ってんですか」
「ふふ。それより、そろそろ手を取って頂きたいのですが……踊っては頂けないのですか?」
不安げな表情――っぽく見せる演技をするリリアーナに対し、慧斗は返答に窮した。横では、ユエとシアがジト目で睨んでくる。どうしろと言いたいんだ。俺にどうあって欲しいんだ。
あくまで譲らない様子のリリアーナに、慧斗は大きなため息を吐いた。
「……さっきの醜態は見せましたからね。踏んづけても知りませんよ」
互いの思いがどうであれ、ここで彼女に恥をかかせるわけにはいかない。慧斗は、仕方なくその手を取った。リリアーナは、心なしか嬉しそうに彼の手を引いて歩き出した。
ちなみにリリアーナとのやり取りの間、ずっと手を差し出したまま固まっていたティオには、誰も目をくれなかった。「ここで放置プレイとは……ハァハァ」などとほざきながら頬を紅潮させていたが、誰もツッコまなかった。
ゆったりした曲調の旋律が流れ始める。ダンスに慣れない慧斗の様子を察してくれたのか、リリアーナもゆっくりとしたステップで彼に合わせてくる。つくづく、細やかな心配りができるお姫さまだ。
「……先程は、ありがとうございました」
タイミングを合わせてすっと身体を寄せると、リリアーナは慧斗に耳打ちした。
「はて、何のことだか」
「ふふ、あなたはそうやっていつも誤魔化す。嫌われ者になって、日陰者になって――それでも責務を果たそうと奮闘する」
「過大評価ですよ。俺は、俺のやりたいようにやってるだけ」
空とぼける慧斗に、リリアーナはふふと微笑んだ。嫌われ者は地球にいたころから当たり前だ。日陰者になりたいのではなく目立ちたくないだけ。そんな慧斗の我儘を、しかし素直に受け取ってはくれないらしい。
「リリアーナ様こそ、そのドレスは何ですか」
「似合いませんか?」
「まるで喪服だ。あっちの百合のようなドレスの方がずっと良かった」
「やっぱり見えていたのですね。私のあられもない姿も……あぁ、もうお嫁にいけません」
「……ちくしょう言い過ぎた」
思わず口を滑らせてしまった己に、慧斗はうぐっとしかめ面を浮かべた。これだから腹芸は厭なのだ。直情径行、口が出るより拳が出る方が圧倒的に早い慧斗にとって、リリアーナはもはや天敵と言ってもいい。
「というか、さっきから近いです。本当に踏んづけますよ」
「いいじゃないですか。今夜が終われば私は皇太子妃です。今くらい、女の子で居させて下さい。
それとも、近いうちに暴行されて、愛人たちに苛められる哀れな姫の、些細なわがままも聞いてくれないのですか?」
厭な言い方を覚えたな、と慧斗は小さく呻いた。何やかんやで親しくなってしまったこの王女様の、言葉とは裏腹な表情を見せられては、拒絶できないではないか。
しばらく、そのままダンスが続いた。遠くではバイアスも躍起になっているようだが、何も知らない者が見れば、どちらがリリアーナの婚約者なのか分かったものではない。
――HQ、こちらヴィクター。Sポイント制圧完了
――HQ、こちらイクスレイ。Yポイント制圧完了
(おい本当に足りるのかユエ)
(大丈夫、火力調整はきちんとした)
(もっと不安になってきた)
ユエとの念話でつい意識が逸れかけた慧斗に、リリアーナがぎゅっと抱き着いた。
「……もし……もし、『助けて』と言ったら、どうしますか?」
絞り出すように呟かれたその言葉に、慧斗は息を呑んだ。
慧斗が知る限り、彼女はずっと『王女』として振舞ってきた。ただの一度も、その身分から離れたことがなかった。そんな少女が、今や『王女という仮面』を外して、ただの戦士気取りの小僧に縋っている。
「……それは……」
「――分かっています。分かっています。……でも……」
どうにもならない――それは、彼女こそが承知している事実だった。
王都が半壊し、聖教教会総本山が消滅して不安定になっている今、北大陸の人間族の結束には、衆目に分かる形が必要不可欠だ。そのために、
「……すみません。俺には、どうすることもできません」
「……そう、ですよね……すみません、我儘を言って……」
その言葉とともに、リリアーナはすっと身を離した。曲の終了と同時に、形ばかりの礼を交わして去っていく。『王女という仮面』を被り直した彼女は、それきり二度と振り返らなかった。
一方、ようやく戻ってきた慧斗に対し、女性陣のジト目が一斉に刺さった。
「――女たらし」
「ケイトさん、一体いつの間に……油断も隙もないですぅ」
「はわわ、穂崎君、遂にNETORI属性まで……大人過ぎるよ。鈴のキャパを超えてるよぉ」
「失礼なことを言うんじゃない」
「のぅ、ご主人様よ。放置プレイで少し濡れてしまったのじゃが、下着を替えてきてもよいかの?」
「死ね」
慧斗の反論も許さず、口々に好き放題言われる。唯一ブレないティオが、一周回って清涼剤になるとは思わなかった。それはそれとして、これ以上醜態を見せる前に死ね。
――HQ、こちらズールー。Zポイント制圧完了
――全隊へ通達。こちらHQ、全ての配置が完了した。カウントダウンを開始する。
一方、ハウリアたちの方も準備は整ったようだ。耳元から聞こえる宣告に、慧斗は小さな緊張感を覚えた。
(全員、安全地帯へ退避しろ。リリアーナ様はこちらで保護する)
(ん)
(了解)
それとなく散開し、ついでに何も知らない谷口を誘導する。相変わらずおべっかに翻弄されまくりの天之河は――まあ、何とかなるだろう。面倒臭い説明を求められそうなので、放置することにした。
そこで、皇帝ガハルドが壇上に立った。改めてスピーチと乾杯でもするらしい。
「さて、まずは、リリアーナ姫の我が国訪問と息子との正式な婚約を祝うパーティーに集まってもらったことを感謝させてもらおう。色々とサプライズがあって、実に面白い催しとなった」
その視線がちらりとこちらに向いたのを、慧斗は涼しい顔で無視した。
――全隊へ。こちらアルファワン。これより我らは、数百年に及ぶ迫害に終止符を打ち、この世界の歴史に名を刻む。恐怖の代名詞となる名だ。
――この場所は運命の交差点。地獄へ落ちるか未来へ進むか、全てはこの一戦にかかっている。遠慮容赦は一切無用。さぁ、最弱の爪牙がどれほどのものか見せてやろう。
――十、九、八……
「パーティーはまだまだ始まったばかりだ。今宵は、大いに食べ、大いに飲み、大いに踊って心ゆくまで楽しんでくれ。それが、息子と
何も知らないガハルドは、宴席の杯が満たされたのを見届けると、己の杯を高く掲げた。
――気合を入れろ。行くぞ!
――はいっ!
――四、三、二、一……
「この婚姻により人間族の結束はより強固となった! 恐れるものなど何もない! 我等、人間族に栄光あれ!」
「栄光あれ!」
――ゼロ。ご武運を。
パーティー会場に爆音が轟いた。
十数のシャンデリアがその根元から爆砕され、会場に向かって墜落してきた。
装備:
爆晄石
“爆晄”の魔法が込められた魔晶石。“小さな共鳴石”が埋め込まれており、キーワードを発声することで巨大な爆発を生じさせる。
使い捨てだが、亜人族でも魔法を使える数少ない手段。