住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが?   作:赤月ヤモリ

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ep13 異文化交流2

 かくかくしかじか。

 

 困惑しているケモノさんに、俺は異世界とこの世界の事情に関してお伝えすることにした。三船ダンジョンで出会ったモノクルの男――ギュスターヴから耳にした話を織り交ぜつつ、二つの世界についてご説明。

 

 言葉だけでは伝わり切らなかったので、途中からはルーズリーフとシャープペンシルを使用してのお話と相成った。

 

 そうして話を進めること三十分後。

 

「……と、なります」

 

「……なるほど」

 

 言葉を締めくくると、神妙な面持ちでケモノさんは頷きながら、説明前に準備していた麦茶をゴクリ。そして情報を頭の中で整理するように瞑目し……俺を真正面に見つめながら口を開く。

 

「一つ、いいか?」

 

「はい」

 

「それでよく私を助けようと思えたな……。創たちからすれば私はその……紛れもない敵国の人間だろう? 記憶が不完全故に確かなことは言えないが、私の生まれ育った国では、戦争真っただ中の敵国の人間――それも武器を備えて戦場に現れた者など、拷問の後極刑が妥当だと考えられていたはずだ」

 

 その言葉を受けて脳裏を過るのは狸原さん。

 極刑というのは無いかもしれないが、拷問は我が国でも有り得る話である。

 暴力的か、薬物的かという差はあるだろうが。

 

 俺は小さく息を吐いてから、くりくりとしたケモノさんの瞳を見つめ返した。

 

「自分自身でも危ない賭けだとは思いましたよ。ですが、貴女は俺のことを救おうとしてくれた。なら、その行いに報いないのは不義理という物です」

 

「……変な奴だな」

 

(えぇ……酷くな~い?)

 

 真面目に答えたのに……なんて思っていると、ケモノさんは視線を逸らしながら呟く。

 

「それに、残酷だ」

 

「? どういう意味でしょうか?」

 

 個人的に割と暢気な平和主義者を自称しているつもりなのだけど。

 

「なんでもない。ただ、創の語る言葉はどこまでも……どこまでいっても強者の言葉だなと思っただけだ」

 

「それは……」

 

 もしかして気付かぬうちに上から目線になっていたのだろうか? それとも、先ほど同様に文化的な違いから、言葉のニュアンスにおける地雷を踏んでしまったのか。

 

 分からないけど、とにかく謝罪を口にしようとして——その行動を予測したようにケモノさんは手で制する。

 

「やめろ。創が気にすることではない」

 

「そうですか?」

 

「そうだ」

 

 言い切るケモノさん。

 すると同所には気まずい沈黙が降りる。

 

 やはり何か地雷を踏みぬいてしまったのかもしれない、なんて思いながらケモノさんの様子を窺うと、彼女も気まずさを感じていたのか、しっぽがふらふらと不安そうに揺れていた。かわいい。

 

 自分からシリアスな雰囲気にしたのに、いざ実際に気まずくなると不安になってるのとてもラブリー。

 

「さて、それじゃあ状況も分かっていただいたところで、ここからは今後に関する話をしましょうか」

 

「そ、そうだな! うん、そうだ! そうしよう!」

 

 露骨な話題変換に乗って来たケモノさん。

 やはり気まずかったのだろう。

 

「まず初めに、俺は貴女を国のお偉いさんたちに渡すつもりはありません。記憶がないとはいえ、国がそれを信じるかは別問題。異世界に関する情報が少ない中、貴女を引き渡せば……正直どうなるか分かりません」

 

「そうなのか?」

 

「はい。おそらくどこの国でも上の姿勢は変わりませんよ。冷徹になろうと思えばどこまでも冷徹に、残酷になります」

 

「それは……そうだな。それじゃあ私はこの辺りで大人しく暮らしておけばいいのか?」

 

「いえ、しばらくはこの部屋で生活していただけたらと思います。申し訳ありませんが、外出も控えて頂けると幸いです」

 

「!? な、何故だ!? 確かに私の格好は浮いていたが、それでも服さえ借りられれば特に問題は……」

 

 その言葉を受けて、そう言えばもう一つ重要なことを伝えていなかったと思い出す。

 

「実は、言い忘れていたのですが……この世界に貴女の様な種族は存在しません」

 

「……? 私の様なって……妖狐族のことか? 確かに珍しいが、猫人族や犬人族と言い張ればやっていけないことは……」

 

 何だい、何だい。

 知らないワードがいっぱい飛び出して来たぞ。

 

「いえ、何というかその……そもそもこの世界に貴女の様な獣人的な種族が存在しないのです。我々の世界には、俺の様な人間以外、言葉を操る知的生命体は居ません」

 

「……? 存在しないって……え、じゃあエルフとかドワーフは?」

 

「居ません」

 

「天使や竜人族は?」

 

「竜人族は先日侵略を仕掛けてきた中に一人いらっしゃいましたが……こちらの世界には存在しません」

 

 テスタロッサを思い出しつつ答えると、ケモノさんは閉口。

 しかし十秒ほど考え込んだ後、全てを飲み込んでから顔を上げた。

 

「……はぁ、とにかく、まぁよく分からないが分かった。要は人間だけの国みたいなのが世界規模で起こっていると考えればいいんだな?」

 

「おそらくは。そしてその為、見た目が我々とは大きく乖離した貴女が外に出ると目立ってしまい、見つかる可能性が発生するのです」

 

「なるほどな」

 

「もちろん、仮に見つかって誰かが貴女に危害を加えようとすれば、俺は全力でそれを阻止しますが」

 

「……ふーん」

 

「『ふーん』って……」

 

「……気にするな」

 

 そっぽ向くケモノさん。

 表情はよく分からないけど、しっぽが揺れているので安心しているのだろう。

 たぶん、メイビー。

 

「だが、一つ聞いておかねばならない。こ、ここはお前の家なんだろう? ……ふ、二人で住むのか?」

 

 言われてから気付く。

 そう言えばケモノさんってば女性じゃないか、と。

 

 スタイルもいいし、顔も……正直ケモノの顔を見慣れないから不思議な気分だが、それでも決して悪いものではない。目鼻立ちの整った美人って感じだ。ここに彼女が持っていた双剣を装備させると、それはもう歴戦の美人戦士のよう。身の危険を感じるのも理解できる。

 

 が、俺は童貞だ。

 そんな勇気などないし、するなと言われれば絶対にしない。

 相手を傷つけるような事だけはしたくない。

 

 何なら傷付くことのない七規にすら手を出していないのだから、完全無欠の紳士と言ってもいいだろう。決してチキンではない。

 

「別に、何もしませんよ」

 

「……本心から言っていそうだから、複雑な気持ちになるな」

 

「えぇ……」

 

「まぁいい。どうせ私に拒否権という物は存在しない。実力的にも、現状に対する恩義的にも。故に、創がそう望むのであれば、私はこの部屋で大人しく日々を過ごすとしよう」

 

「すみません。ありがとうございます。色々と不便な思いをさせるかもしれませんが、出来るだけ早くあなたにとって安心できる環境を用意できるよう、頑張りますから」

 

 俺とてずっとこのままでいくつもりはない。

 

 何かしらの方策を思い付いて、国に認めさせるか。

 或いは彼女の信用を上げてからおじい様にご紹介するか。

 彼の権力を用いて、安全な場所を準備するか。

 

(おじい様はきっと、俺の言葉を信用してくれる。けど……あの人は俺の言葉を信用したうえで、ケモノさんのことを絶対に信用しない)

 

 胸中で溜息を溢す俺に気付いたのか、ケモノさんは苦笑。

 

「そう気負う必要はない。そもそもキミに私の世話を焼く義務などないのだから。それでも手を尽くしてくれるというのであれば、私はそれを気長に待つだけだ。だから気にせず、キミのペースでやるといい。それまでは私もこの世界に少しでも慣れるよう努力する。だから——」

 

 ケモノさんは右手を差し出し、続けた。

 

「よろしくな、創」

 

「はい。よろしくお願いします。ケモ……っと、あー、名前どうしましょうか?」

 

「そう言えばその問題が残っていたか……。くだらないことは覚えているのに、ほんと自分と家族のことは思い出せないなど……情けない」

 

 言葉だけ聞けば、情報を秘匿しているようにも感じる。

 しかしながら思い出せないものは思い出せないのだ。

 

(俺の時もそうだったしな。意味記憶よりエピソード記憶が先に消えるのはほぼ間違いないとして……もしかして消えゆく思い出の順番に関しても、自分にとって優先度の高い物から消える法則でもあるのか?)

 

 だが、以前読んだ記事では犬のうんこを踏んだ記憶が消えた、という人も居た。

 

 ……よく分からんな。

 それよりも今はケモノさんの名前問題だ。

 

 どうしようもないなら何かしら名前を付ける必要がある。

 流石にケモノさんは可哀想だし。

 

「んー、案外持ち物に名前書いてあったりしないですか?」

 

「……そうだ! 私の双剣!」

 

「え、アレに書いてるんですか?」

 

「いや、分からないが……私の村には一つの文化があった。それが、親しい者と双剣の片方を交換する、というものだ。そして、そこには名前が記してある……はずだ」

 

 何その中学生みたいなの。

 好きな人と制服の名札交換する的なやつ?

 

 疑問に思う俺に対し、ケモノさんは壁に立てかけてあった双剣を手に取り、確認。

 鞘、なし。

 剣部分、なし。

 そして最後、柄に巻かれた布の下に――何やら文字が刻まれているのを発見した。

 

 生憎と言語理解の魔道具では文字までは読めないが、ケモノさんはその文字列を口にする。

 

「……フラウ・フィールド」

 

「人の名前、ですよね?」

 

「あぁ。だが、生憎と記憶の片隅にも存在しないな。女の名前であるし、おそらく私の物だとは思うのだが……」

 

「ちなみにもう一本の方は?」

 

 そちらには何と刻まれているのか。

 ケモノさんはもう一本の布も外して——そこには。

 

「……グレイ・フォード」

 

「今度は男性の名前ですよね?」

 

 俺の問いかけに、しかしケモノさんは答えずに名前を見つめ——はっ、と笑った。

 

「ははっ、はははっ。本当に……本当に嫌になるッ」

 

「えっと……」

 

「何も、分からないんだ。これは男の名前だ。つまり、私はこいつと親しかったのだろうさ。大切な人、だったのかもしれない。……なのに、私はこの名前に対して何も思わない。何も感じない。ただの文字列以上の感慨がわかないッ!」

 

「……」

 

「記憶を失うとは、こうも残酷なのか」

 

 力なく俯く彼女に、果たして何と声を掛けるべきなのか。

 

 知り合いの人妻たちに相談したい欲に駆られる。

 松本さんなら、困惑しつつもアドバイスをくれるだろう。

 友部さんも、寄り添ってくれる。

 霜月さんは、励ますだろうか。

 入江さんは……入江さんは、どうだろう。

 

 旦那なんか知るか! 推しに生きろ! 的なことを言いそう。

 最終的には俺に不倫を提案する未来しか見えない。

 

 ……ごめんなさい。ごめんなさい。

 失礼でごめんなさい。

 でも多分、間違っていないと思う。

 

 閑話休題。

 

 今はケモノさんだ。

 俺はとにかく励まそうと声を掛けようとして——。

 

「……はぁ、まぁいいか」

 

「いいの!?」

 

「ん? あぁ。忘れた物は仕方がないだろう。泣き喚いたとて思い出せる訳ではないし、泣き喚くほどの相手だったのかも分からない。存外、関係は冷めきっていたなんて可能性もあるだろう?」

 

「……なるほど」

 

 まさかの入江さんが正解だったとは。

 

「強いんですね、ケモノさん」

 

「そんなことは……ケモノさん!?」

 

「あ、いや!」

 

「た、確かに人の身からすればそうだろうが……。まったく」

 

 ぷんぷんと口元を歪めつつもため息を吐いた彼女は、自分の頭をぽりぽりと掻いてから俺を見つめ——口元に笑みを浮かべながら告げた。

 

「フラウだ。これが私の名前だという確証はないが、これから生活していくうえで名前が必要ならそう呼んでくれ」

 

「分かりました。フラウさん」

 

「フラウでいい。それに堅苦しい話し方も止めろ。おそらくだが、私と創は近しい年齢だろうしな」

 

「え、そうなの?」

 

 ケモノさん改めフラウさんの見た目は、獣人という種族上はっきりとした年齢を推測するのは難しい。それでも落ち着いた雰囲気から、人で言えば二十代中ごろぐらいかと考えていた。

 

 そんな俺に対し、フラウは告げる。

 

「年齢に関しては記憶に残っているからな。私は十七歳だ」

 

「……マジかよ。タメじゃんね」

 

 意外な共通点を発見である。

 てかまた人妻かよ。

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