住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが?   作:赤月ヤモリ

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ep15 猫と獣人

『こんねこ~、師匠見えてるにゃ~?』

 

「っ、は、はい! 見えてます!」

 

 モニター一面に映し出されたのは、我が愛しの人のの猫。

 

 現在彼女が居るのは夜叉の森近郊のビジネスホテル。

 当初の予定通り、東京からこちらに来た形だ。

 

 今回の通話は前回に引き続きダンジョン配信に関する打ち合わせ。

 

 配信する日付や配信時間は既に決定しており、のの猫のTwitterでも告知されているが、それ以外のことに関しては何も決まっていない。

 

 何時間配信するのか、何階層で戦うのか、どのような流れで配信を進行していくのか等々。

 

 配信者の中には何も決めず、アドリブだけで立ち回る人たちも多いというが、のの猫曰く『師匠は配信者じゃないし、絶対に! ぜ~ったいに決めておいた方がいい!』とのこと。

 

 個人的にもアドリブとかできる自信がないので非常に助かる。

 

『それじゃ、さっそく打ち合わせ始めるにゃ~』

 

 と言って始まった打ち合わせであるが……どうしよう。

 のの猫がとてつもなく可愛い。

 

 前回はスマホのメッセージアプリのビデオ通話でやり取りした限りであったが、今回はパソコンを用いての会話だ。

 

 無駄に有り余った金をつぎ込んだ俺のパソコンは超ハイスペックであり、モニターも高画質。加えて配信者である彼女が使っているカメラも最高画質である都合――とんでもなく高画質なのの猫と真正面から通話することになっていたのだ。

 

 ……凄いな。胸が高鳴るってこういう感じか。

 

 びっくりするぐらいドキドキしている。

 

『一応スケジュールを書いたから~』

 

 打ち合わせを進行するのの猫。その表情は仕事モードなのか、ダンジョン配信者としてカメラに写っていた時の物とは大きく異なってクールな雰囲気。

 新たな魅力を見つけた予感だ。

 

 思わずスクリーンショットを撮りたくなる気持ちをぐっとこらえ、俺はのの猫の言葉に耳を傾ける。……可愛い声だな。結婚したい。いや、するんだけども。結婚したら朝起きる時も夜寝る時もこの声を聴けるのか。何それ天国?

 

「……発情の匂いがする」

 

「……っ!?」

 

『? どうかしたにゃ?』

 

「い、いえなんでもないです」

 

 声のした方へ視線を向けると、カメラに映らないリビングの片隅から、ジトっとした目を向けてくるフラウを発見した。

 

 やめて、そんな目で幼気(いたいけ)な男子高校生を見つめないで!

 

 しかし他人に見られていると自覚したことで、以降は打ち合わせに集中することが出来た。

 

 夜叉の森ダンジョンにある程度詳しくなっていた俺の知識と、配信者として経験の長いのの猫とで案を出し合い——全体的な流れを決めるまでは特に問題が発生することも無く終了。

 

『っと、こんなところですね。それじゃ~あとは、肝心の配信用のアカウントを作ってもらうにゃ~』

 

「アカウントですか。一応コメント書き込むように影猫のアカウントがありますけど、あれじゃダメなんですか?」

 

『師匠は馬鹿にゃ? あんな気持ちの悪いコメントしてた経歴のあるアカウントとか論外に決まってるのにゃ。周りからドン引きされるに決まってるのにゃ』

 

「……猫ちゃんって、たまに毒舌になるよね」

 

 新しい扉を開きそうになるから、程々でお願いしたい。

 

『猫ちゃ——って、んぐぐ……。年下に面と向かってそう呼ばれると、やっぱりちょっと恥ずかしいにゃ』

 

「ははは、そんな語尾をしておきながら何をいまさら。猫ちゃんはとっくに恥ずかしい存在ですよ。そこが最高に可愛くて愛おしいんですけども」

 

『そ、それ褒めてる!? 貶してるよね!? それとも喧嘩売ってるの!? だ、だいたい二十歳ならまだギリギリセーフだから! 三十路に近付いてきたら……その時はその時で考えますけども!』

 

「いざとなれば俺が養いますよ!」

 

『んなっ!? ば、馬鹿なこと言わないで!』

 

『ちょっと猫ちゃん? 騒ぎすぎ』

 

 揶揄われたことが恥ずかしかったのか、頬を朱に染めながら咆えるのの猫。

 

 すると彼女の後方からもう一人、別の女性が姿を現した。どことなく見覚えのある彼女は、のの猫の相棒であり、今度俺の配信のカメラも担当してくれる女性、笹木さんだった。

 

『す、すまんのにゃ』

 

『……なんか、相馬くんと話すようになってから『にゃ』が多くなったけど……今後はリアルでもそれでいく感じ?』

 

『あれ!? もしかして笹木さんにも引かれてる!?』

 

『べ、別に引いてないわよ? ほんとほんと。なんかちょっとイタいなぁとか全然思ってないよ?』

 

『思ってるし引いてるじゃないですかぁ!』

 

『個人的に、猫ちゃんは猫ちゃんなりに頑張ればいいと思うの』

 

『その優しさが今はツラい――っ!』

 

 慎ましやかな胸を押さえて悶えるのの猫。その姿に笹木さんは苦笑を零し、話が逸れ初めていた打ち合わせが盛り上がり始める。

 

 すると我が家の同居人も興味が湧いたのか、部屋の隅から音もなく移動を開始。

 

 すすすっ、と近付いてくると、カメラに映るか映らないかギリギリのところにやって来て、モニターを覗き込んだ。

 

「……どっちが本命だ?」

 

 その問いかけに俺は答えられない。もちろんのの猫、と答えたいが、カメラ越しにこちらを見ているのの猫と笹木さんに不審に思われるかもしれないからだ。

 

 俺は手元の紙に『静かに』と書いてフラウに見せる。――が、返ってきたのは困惑の声。

 

「だから読めないって」

 

(そうだった……!)

 

 どうしよう。

 兎にも角にも今は少し離れてもらいたい。

 興味が先立っている影響か、フラウは無意識に身体を寄せて来る。

 

 さわさわと揺れるしっぽが、二の腕に触れてくすぐったい。

 なんて思っていると——。

 

『あれ? 師匠ってペット飼ってるんですか?』

 

『ほんとですね。しっぽと耳が見えますよ』

 

「!? ぁ、あぁ! そ、そうですね! ちょ、ちょっと待ってくださいね!」

 

 そう言うと俺はマイクとカメラを切り、フラウに向き直る。

 

「どうした?」

 

「あっちの部屋で待っててって。お願いだから」

 

「そんなに真剣な話をしていたのか? なら悪かった」

 

 その言葉を受けて、俺は彼女が何か勘違いをしているのに気が付いた。

 もしかして――。

 

「フラウは、俺が話を聞かせたくないから遠ざけてると思ってたのか?」

 

「あぁ。……違うのか?」

 

 不思議そうな表情を浮かべる彼女に、俺は逡巡。

 そうして彼女がカメラの存在を知らないことを思い出す。

 

 昨日テレビについて教えた時にも、これは別の場所で録画された映像を流しているんだよ、と説明した。

 

 つまり液晶に映る物は全て『過去』の光景で、リアルタイムで双方向に見える状況で話しているとは理解していなかったのだろう。

 

 否、理解しろという方が無理な話か。

 俺だって何も知らなければ遠距離とリアルタイムで会話できるなんて理解できないし。

 

(……てか、だとするとフラウ的には録画映像に話しかけるヤベー奴に見えてたってこと? 何それ辛い)

 

「フラウに聞かれて困る話なんかしてないよ。詳しいことは省くけど、今あのモニターの向こうに居る人たちはこっちの姿が見える状況なんだ。だからフラウの存在を悟られない為にも、部屋で隠れて貰えると助かる」

 

「わ、分かった!」

 

 ようやく状況を察したのか、慌てた様子で部屋の奥へと引っ込むフラウ。

 

 ――と、ドアを閉める直前、フラウからジト目が向けられているのに気が付いた。

 

「……どうした?」

 

「いや、それでどっちが創の本命なんだ?」

 

 そんなのはもちろんのの猫だ。

 と、答えようとして——だが俺の言葉は音にはならず、喉の奥でつっかえる。

 

 脳裏に浮かんだ愛しい後輩の姿が、俺が一つの答えを出そうとするのを阻止していた。

 

「……ぁ、憧れているのは、胸の小さな方の女性です」

 

 好きだとか、結婚したいだとか。

 よく考えるし、口にも出す。

 けど、真剣に問われて考えると答えに窮してしまうのは何とも情けない話だった。

 

 頭に手を当てて大きく息を吐き出すこちらに対し、フラウは納得したように数度頷いた。

 

「なるほど。創は貧乳好き、と……」

 

「!? い、いや! それはちょっと誤解と言うか間違った解釈と言うか――!」

 

「それじゃあ、巨乳な私はここらで失礼……」

 

 キィ、パタン。

 閉ざされた扉を前に、俺は再度言葉を形にできない。

 

 なんかもう、踏んだり蹴ったりである。

 

 しかし以降は恙なく打ち合わせは終了し、通話を切った。

 なんだかどっと疲れたぜ。

 

 

  §

 

 

 同日の夜。

 

 夕飯を作りに霜月さんがやって来た。

 

 フラウには事前に霜月さんが来ることや、彼女が帰宅するまで部屋で大人しくしてもらう旨を伝えている。

 

 のの猫との通話では、カルチャーショックを前にボロを出した彼女であるが、今回は来客という簡単な出来事。

 

 俺以外の人間に見られるのはマズいと、昼の一件で再認識した彼女は、特に反対意見を口にすることもなく部屋へと籠ってくれた。

 

 少し申し訳ないけど、本人は「なんだかドキドキするな!」と楽しそうだったので、その点は良かった。かくれんぼとか好きなのだろうか?

 

 何はともあれ一安心、と思ったのも束の間――。

 

「……」

 

「こ、こんばんは霜月さん。どうかしました?」

 

「……いや」

 

 いつもならにこにこと悪戯付きな子供のような笑みを浮かべる彼女であるが(実際玄関を開けた瞬間は笑みを浮かべていた)、一歩家に足を踏み入れた瞬間、スッと目が細められた。

 

 彼女は靴を脱いで上がり框を跨ぎ、フローリングに足を踏み入れ、床を確認。

 

 そして何かを拾い上げると、やや冷たい声で告げた。

 

「主さま……女連れ込んだな?」

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