住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが?   作:赤月ヤモリ

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ep25 辿り着いた先で見たもの

 のの猫たちの下を飛び出し、まっすぐ向かうは自宅。

 

 霜月さんからのメッセージは『たすけて』と短く、どこでどんな状況に陥っているのか一つも書かれていなかった。

 

 しかし俺にメッセージを送って来たという事から、二人の共通点である俺の自宅である可能性が一番高いと判断。

 

 次点で霜月さんの家だが……今晩は俺の家に料理を作りに来てくれる手筈となっていたので、我が家の方が確率は高い。

 

「……っ、くそ! 最近走ってばっかだな!」

 

 ギリッと奥歯を噛みしめ、ダンジョンを駆け抜ける。

 猛スピードで階層を登り続け、ものの数分で夜叉の森探索者ギルドに飛び出した。

 

 周囲から視線を向けられるが、構っている暇はない。

 

 フローリングの上を若干滑りながらも駆け抜けて外に飛び出すと、人目の付かない裏路地から身体強化を使って跳躍。フラウと行った夜間飛行を、今度は俺一人で再現する。

 

(もし俺の家で何かあるとすれば……)

 

 脳裏に浮かぶのは今朝「よく分からないが頑張れよ」と見送ってくれたフラウの表情。

 

 ――まさか。

 

 心臓が跳ねる。全身から嫌な汗が噴き出る。

 

 ――まさかまさかまさか。

 

 そんなはずないと思っているのに。

 信じると決めたのに。

 

(……何故こうも焦っているんだ)

 

 いや、そんなことは分かっている。

 

 俺はフラウのことを信じたいと思っているし、命を懸けて俺を守ろうとしてくれた行動を見て、彼女のことを心から信頼している。

 

 信じられないのは――そんな自分自身だ。

 

 俺は、自分のことが信じられない。

 馬鹿で間抜けで、周りに助けてもらう事しかできない自分の事が、一番信じられない。

 

 だからこそ、七規のおじい様に相談せず、松本さんにも相談せず、狸原さんにも、それこそ霜月さんや、友部さんと言った心から信頼できる人たちに嘘を吐いてまで行った――『フラウの秘匿』という行動が正しかったのか否かが信じられないのだ。

 

 上空に舞い上がった俺は氷魔法を足場に跳躍。

 砕けた足場は解除して、前方に新たな足場を生成。

 それを繰り返すこと数回。

 

 同行者の居ない今回は一分もかからずに我が家のある三船町の上空まで到着し――躊躇なく降下。二十二階層を発ってから僅か十分ほど。

 

 身体強化を遺憾なく発揮しながら着地し、大慌てで我が家の扉を開こうとノブに手を掛ける。

 

 が、鍵がかかっていた。

 俺の鍵は義手と一緒に夜叉の森探索者ギルドのロッカーの中。

 

 仕方がないと、俺は力任せに扉を破壊して――。

 

 荒れ果てた玄関口に言葉を失った。

 

 まるでハリケーンでも起こったのかと間違えそうなほど荒れた玄関口と廊下。

 散乱する靴や傷つけられた壁面。

 

 そして——すぐ傍の廊下には両手両足をガムテープで縛られ、口に布を噛ませられた霜月さんの姿が。

 

 彼女はこちらを見るなり、その目尻に涙を浮かべ――。

 

 俺は弾かれたように駆け寄って、華奢な身体を強く抱きしめる。

 

「……っ!?」

 

「よかった……無事で、本当によかった……っ」

 

 服越しに伝わる彼女の体温。

 それが俺を安心させてくれる。

 いつも精神的な強さから大きいと感じていた彼女は、しかしこうして抱きしめるとなんとも華奢で、すぐにでも壊れてしまいそうな錯覚を覚えた。

 

 一瞬身体をこわばらせた彼女であったが、次第に力も抜けて体重を預けてくる。

 

 抱きしめた時はかすかに震えていた手足もすっかり弛緩。

 俺たちは身を寄せ合う。

 

 そうしていたのはほんの十秒ほど。

 

 身体を離すと、まだ不安の色は残っているもののいつもの勝気な様子が戻っていた。慌てて口に噛ませられていた布を解き、手足のガムテープを肌を傷つけないよう氷の剣で切断しながら問いかける。

 

「いったい何があったんですか?」

 

「っぷは……。そ、それが、私にもよく分からねぇんだ。多分泥棒……なのか? とにかく主さまの家に料理作りに来たら知らない男が二人いて、捕まっちまった」

 

「彼らは……先ほどから音のするリビングの方ですか?」

 

 それにしてはこちらの声も聞こえているだろうに、様子を見に来る気配もない。

 

「そ、それが……私が捕まった後にもう一人変な奴が現れて……信じられないかもしれねぇが、アニメに出てくる獣人みたいな……。と、とにかくそいつが、二人と戦闘しながら、向こうへ」

 

 霜月さんが指さしたのはリビング。

 

「フラウ……」

 

「……」

 

 霜月さんから疑念の目が向けられる。

 しかし、今は追及している場合ではないと判断したのか彼女は何も言わない。

 

 代わりに解放された手首を擦りながら、立ち上がった。

 

 俺は霜月さんを背中に隠し、リビングへと向かう。

 

 家の中にある気配は、俺たちを除けばリビングの物だけ。

 

 リビングへ続く廊下の壁に争った形跡。

 傷の大きさから見て、双剣によって付けられた物で間違いないだろう。

 

 僅かに飛んで見えるのは、血痕か。

 

「……」

 

 最悪の結末が脳裏を過る。

 俺はリビングへと続くドアの取っ手に手を掛け、小さく深呼吸してから意を決して押し開いた。

 

 するとそこでは――。

 

「はぁ、はぁあんっ♡♡ すみませんでした女王様ぁぁぁあああああああんっ♡♡♡」

 

「カラスボケこのくそカラス! 女王様のおみ足に踏まれるとか浦山死刑! そこ退けくそカラス!!」

 

「五月蠅いッ!」

 

「「す、すみませぇえんっ♡♡」」

 

 むわぁ♡ っとした空気と男の嬌声。

 

 はぁはぁと荒い息を吐きながら興奮する見知らぬ男二人と、そんな彼らを軽蔑の眼差しで見つめるフラウの姿があった。

 

 なぁに、これぇ……。

 

「「……」」

 

 何も理解できない状況に俺は絶句。

 背後の霜月さんもドン引き。

 一緒だね。

 

 ……でも何故だろう。

 泥棒に対する怒りとは別に、一人の男として彼らを許せないと感じるこの心は。

 

 俺はMじゃないのに。

 Mじゃないはずなのに。

 

「……む、創か。緊急事態だったので対処させてもらった。殺しはしなかったが、これでよかったか?」

 

「え、あ……うん」

 

 良かったかと聞かれれば、どうなのだろう。

 

 命を奪わないでくれたというのには非常に感謝するし、霜月さんを守ってくれたことも合わせると、フラウのことは今後命に代えてでも守ると再度決意した。

 

 しかし発情する男が二人我が家に居る。

 その光景に対する嫌悪感が強い。

 

(……てか、何だこの部屋の匂い(・・)。少しクラクラするというか、身体が高揚するというか)

 

 咄嗟に口元を抑える。

 すると男二人を殴って気絶させたフラウが、双剣を鞘に納めながら口を開いた。

 

「まぁ、何はともあれ換気しろ。創に対してはあまり効果がないみたいだが、放っておくとシモツキもこうなるぞ」

 

「? あ、あぁ」

 

 よく分からないけど、言う通りにしよう。

 換気扇のスイッチを入れて窓を開ける。

 

 熱気が入り込んできたのでエアコンを強めつつ、ちらりと霜月さんへと視線を向けた。

 

 すると彼女は僅かに頬を上気させながらトロンとした瞳で俺を見つめており……視線が合うとハッとした様子で顔を逸らし、口元を押さえながらキッチンへ向かった。

 

(な、何なんだ?)

 

 

  §

 

 

 それから十分後。

 部屋の空気が入れ替わるのを確認しつつ、フラウと一緒に気絶した男たちを縛り上げる。いくつか双剣で切り付けられたり殴られた痕はあるが、致命傷はない様子。

 

 対するフラウは返り血一つ浴びずに平然としているのだから、両者の実力差は明白だったのだろう。

 

 その後、汗をかいていたフラウは一度シャワーを浴びに向かい——出て来るのを待ってから俺たち三人はダイニングテーブルで顔を突き合わせていた。

 

 席順は俺と霜月さんが横並び。

 対面にフラウが座っている形だ。

 

「えっと……霜月さん大丈夫ですか?」

 

「……あぁ、問題ない」

 

 小さく首肯を返す霜月さんは、自分の髪をタオルで拭いながら答える。

 

 何故濡れているのかと言えば、先程キッチンに向かって水道水を頭にぶっかけたから。

 

 濡らしたのは頭だけなので、フラウのように汗を流したかった訳では無いと思われるが……何をしたかったのだろうか?

 

 明らかに異常な行動であり、今も普段とは違い俺から距離を取って座っていることや、一切目を合わせてくれないことも考慮するに、俺に関係することで何かしらの問題は抱えていると思うのだけれど。

 

「ですが……」

 

「創、あまり構うな」

 

 心配する俺を制したのは対面のフラウ。

 彼女は横目に霜月を見た後、瞑目してため息を吐く。

 

「いや、放っておける訳ないだろ。霜月さんに何かあれば、俺は……」

 

「……っ!」

 

 隣で微かに肩を震わせる霜月さん。

 対してフラウは再度ため息を吐いて答える。

 

「だから、そういうこともするな。その女は現在、創に対して発情している(・・・・・・)

 

「…………はい?」

 

 いきなり何を言っているんだこいつは。

 困惑する俺に、フラウは顎に手を当てながら言葉を選ぶように説明を始めた。

 

「先ほどの男たちの様子を見ただろ? あれは私の体臭――より正確には汗の匂いに反応して発情したものだ」

 

「……は、はぁ」

 

「私の様な獣人の汗には人を発情させる効果がある。通常、私自身が興奮した際にしか汗はかかないのだが……この世界の気温は異常だ。男たちが家に押し入り、一度外に隠れた私は発汗した。その後、室内に入り、囚われていたシモツキを解放しようと、強盗二人と多少の戦闘を繰り広げた結果、匂いが充満したのだろう」

 

「……言われてみればリビングに入った時、ちょっとクラっと来たような」

 

 あれだろうか。

 所謂、フェロモン的な。

 

「それで済んでいる方が異常なんだ。あの濃度の匂い、普通の人間ならお前の隣の女のように発情する」

 

「な、なるほど」

 

「あの場に男は三人いたが、大方一番好感を抱いているお前に対して発情。気を紛らわせるために冷水を頭に掛けたのだろう」

 

「あー、それで。……じゃあフラウが汗を流したのも——」

 

「無論、これ以上の発情を防ぐためだ。これから話し合いをしなければならないのに、シモツキが発情したままでは先に進まないからな」

 

「確かに、霜月さんが発情しっぱなしなのは大変ですね」

 

 これで納得。

 うんうん頷いていると——ダンッ! と霜月さんがテーブルを殴った。

 

 普段優しい彼女の行動に俺はびっくり。

 フラウもびっくり。

 

 二人の視線を浴びて——霜月さんは「はぁはぁっ」と甘い吐息を零しながら顔を真っ赤にし、咆えた。

 

「お、お前らなぁ……っ、あんまり発情発情言うなよ! こっちだって恥ずかしいんだぞ!?」

 

「「ご、ごめんなさい……」」

 

 至極真っ当な言葉に、俺とフラウは素直に謝罪を口にするのだった。

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