住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが?   作:赤月ヤモリ

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ep36 謝罪と新たなる関係

 会議室に足を踏み入れたレイジは、室内をぐるりと見まわして俺に気付くと、一瞬肩を震わせて硬直。数秒程立ち尽くしたかと思うと、隣に立っていた米山さんに背中を叩かれ、深呼吸してゆっくりと近付いてきた。

 

 これに反応したのは松本さん。

 彼女は敵意を隠すこともなくレイジを睨み、俺を庇う様に立ち塞がった。

 

「松本さん、大丈夫ですよ」

 

「でも……」

 

「本当に、大丈夫ですから」

 

 努めて優しい声で宥めると、彼女は唇を噛み締めながらレイジに道を譲った。これに対しレイジは小さく会釈してから歩を進め、俺の前までやってきて口を開く。

 

「相馬創さん、ですね」

 

「は、はい」

 

「初めまして、俺――私は、雲龍礼司と言います。まずは何よりも謝罪させて下さい。私の不用意な発言により、相馬さんには多大なご迷惑をおかけしてしまったこと、申し訳ありませんでした」

 

 まっすぐ頭を垂れるレイジに、俺は驚いた。

 正直に言って、彼がここまで素直に謝罪を口にするタイプだとは思っていなかったからだ。レイジと言えば傲岸不遜で自意識過剰、女好きのヤリ○ンというのが俺の認識である。だがしかし、こうして目の前に現れた彼は……ただの青年にしか見えなかった。

 

 俺は何と答えるべきか逡巡する。

 

 まず、レイジのことは嫌いだ。

 彼のせいで多大な迷惑をかけられたから――ではない。

 のの猫に惚れられた疑惑が存在するからだ。

 

 それ以外のことでは、別に嫌っていない。

 人間的に苦手意識はあるけれど、嫌いという訳ではない。

 ただ、俺とは合わなそうな性格だなと思うだけだ。

 

 レイジは自分のせいで迷惑をかけたと言っているが、実際に行動を起こしたのはレイジの信者や俺のアンチだし、彼らの悪行までレイジに押し付けるのは、違うだろう。

 

 故に、俺は一度深呼吸してから口を開く。

 

「顔を上げてください。レイジさんに頭を下げられるのは、何というか落ち着きませんので」

 

「相馬さん……」

 

「謝罪は受け取りました。ならもう十分です。これ以上、この問題を長引かせる必要はありませんよ」

 

 結局のところ、過去は変えられない。

 この場の謝罪で満足せず、拗れさせることで俺への誹謗中傷がすべて消えるというのであれば話は別だが、俺たちがどれだけ和解したとしても、言い続ける奴は十年後も言い続けるし、俺のことを嫌いな奴は、延々と愚痴を書き込み続ける。

 

 なら、こんな面倒な関係はさっさと断ち切るに限る。

 

 断ち切って、新しく結び直せばいい。

 

 レイジのことが死ぬほど嫌いなら話は別だが、俺は(のの猫のことを除けば)レイジのことは嫌いではないのだから。

 

 だって――。

 

(俺だって探索者だ。……のの猫に憧れたように、日本最強に憧れない訳がない)

 

 もう昔のことだし、言葉にもしないけど。

 

「しかし私は――!」

 

「俺が良いって言ってるから良いんですよ。憎しみ合うより笑って手を取り合ったほうが人生楽しいですからね。……なので、改めてよろしくお願いします。雲龍礼司さん」

 

 そう言って差し出した右手を、レイジはジッと見つめてから――小さく息を吐き、苦笑を浮かべながら取るのだった。

 

「……あぁ、ありがとう。相馬創さん」

 

 こうして俺とレイジは和解した。

 若干緊張していた空気が弛緩し、松本さんの「甘いんだから」とでも言いたげな視線を感じつつ、今度は米山さんに声を掛けようとして――、バンッ! と会議室のドアが開いた。

 

 そうして現れたのは、黒髪に赤いメッシュの入った女性。

 耳に大量のピアスを付けた彼女は、俺とレイジを見つけるとニッと口端を持ち上げながらズカズカと会議室に侵入してきた。

 

「はははっ、レイジのボケナスを見つけて後ろ付いてきたら、なんやおもろい面子が揃ってるやんか! えぇ? レイジに相馬、筋肉ゴリラに……そっちは富岡のおっちゃんやん。他の奴は知らんけど、Aランクがこんなに集まって何の話や~? うちも混ぜてくれや」

 

 コテコテの関西弁で現れた彼女に、俺は見覚えがあった。

 直接の面識はないが、それでも間違いない。

 

明石(あかし)カズサ……さん?」

 

「ん、正解やで~相馬ぁ。特別にうちのことカズサちゃんて呼んでええで」

 

 にんまりと八重歯を見せて笑う彼女は、大阪を中心に活動するAランク探索者、明石カズサであった。

 

 

  §

 

 

「明石、どうしてお前がここにいる」

 

 顔見知りなのか遠慮なく問いかけるレイジに対し、明石カズサはヘラヘラと笑みを浮かべた。

 

「別に~? ただ東京観光に来たついでに探索者ギルド本部に寄ったら、偶然アンタと筋肉ゴリラを見かけてなぁ。何するんか気になって付いてきただけや」

 

「なら、これから重要な話し合いをするから帰れ」

 

「つれへんなぁ~。高校生のガキ相手にイキり散らかしてた癖に、なにいっちょ前に大人ぶっとんねん」

 

「……っ」

 

 煽る言葉にレイジの表情が歪んだ。

 そんな二人のやり取りを見て、俺は内心でため息を吐いた。

 正直、こんなことをしている場合ではない。

 

 いち早くフラウが教えてくれた『異世界人が渋谷ダンジョンを狙っている』という議題について話し合わなければならないのだから。

 

 因みに、当の本人はギルド本部を移動する際に顔が見えぬよう、フードを被り、今現在も背もたれの高い椅子に腰かけ、事の成り行きを見守っている。そのためか、レイジたちが彼女に気付いた様子はない。

 

 なんて考えていると――。

 

「なぁ、相馬くんもそう思うよなぁ?」

 

「いえ、そのことに関しては既に謝罪を受けておりますので、何とも思いません。それよりも今は急いでおりますので、お引き取り願えたらと思います」

 

「……へぇ。そないに重要な話し合いをするつもりなんか。ますます気になるなぁ。議題はなんや?」

 

「お教えする義理はありませんね、明石さん」

 

「カズサちゃんって呼んでええって言ったやろ? 相馬くん」

 

 口は笑っているけれど目は一切笑っていない。

 そんな彼女を見て、俺は思った。

 

(この人、面倒臭いタイプだな)

 

 じっと見つめ合っていると、先に折れたのは明石さんの方だった。

 

「はぁ、まぁええわ。うちもそこまで嫌われてまで聞きたいと思わんし」

 

 ならさっさと帰れよ、というのは同所に居る者たちの総意だっただろう。

 明石は一切気にした様子なく、腰に手を当てて続ける。

 

「ただ、話し合いはどうでもええけど、一つだけ聞いていいか? ……なんで、こないな場所にバケモンがおるんや?」

 

 次の瞬間、明石さんの視線がフラウへ向かったのを、俺は見逃さなかった。

 

 先に動いたのは明石さん。彼女は一瞬で氷の短剣を右手に生み出すと、目にも止まらぬ速さで踏み込んだ。滑るような滑らかな動きは、認識しているはずなのに身体が動かない自然なもの。彼女はそのままフラウの首筋へと短剣を突き出そうとして――直前、俺は身体強化して氷の短剣を掴むと、そのまま握り潰す。

 

「彼女には手を出さないでください」

 

「へぇ……流石はSランクっちゅうところやな」

 

 静かに睨んでくる明石さんに対し、突然の奇行にレイジと米山さんが目を剥いた。

 

「おい明石! お前何やってる!」

 

「一般人に刃を向けるとは、ついに頭がイカレたか」

 

「はぁ? イカレてんのはアンタらの方ちゃうか? こいつのどこが一般人に見えるっちゅうねん」

 

 言いながら、明石さんはフラウの座る椅子をくるりと回転させた。いくら顔を隠しているとはいえ、フードを被っているに過ぎない彼女を正面から見れば、その正体は一目瞭然な訳で……。

 

「これは……」

 

「なるほど。確かにこれは、重要な話し合いになりそうだな」

 

 顎に手を当てながら思考を巡らせる二人を見て、これまで傍観を決めていた狸原さんがようやく口を開いた。

 

「知られてしまったものは仕方ありません。元々、今回の話し合いの結果如何に関わらず国内のAランク探索者に情報共有するつもりでした。明石さんにもご同席頂きましょう」

 

「おおきに、おっちゃん」

 

「ただし、当然ながら他言無用でお願いします。他言された場合は――」

 

「どないするん? Aランク探索者のうちをどうにかできるんか?」

 

「えぇ。そちらの相馬さんが、容赦なく襲い掛かるとお思い下さい」

 

 突然話を振られて困惑するが、ここは静かに頷いておこう。

 

「はっ、そら怖いな。気い付けるわ」

 

 最後まで軽い調子で語る明石さんだったが、その視線の中に若干の恐怖が覗いて見えた。

 

 氷の短剣を砕いて脅したのが効いていたのかもしれない。

 存外、最後の言葉は本当だったのかもな、なんて思いつつ――ようやく話し合いが始まった。




あけおめです!
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