住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが?   作:赤月ヤモリ

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ep39 夏祭り(下)

「……あっ」

 

「っと。大丈夫か、委員長」

 

 出店を回っていると、不意に委員長がバランスを崩した。俺は慌てて倒れそうになった彼女の腹に腕を回し、支えることに成功。一瞬肩を揺らした彼女だが、特に拒絶することもなく、そのまま背中を預けるようにもたれかかってきた。

 

「助かったよ、相馬。……しかし、下駄の鼻緒が切れてしまったようだ」

 

 言われて視線を下に向けると、右の下駄の鼻緒が切れていた。

 だが、俺が気になったのはそれではなく……その周囲に付着した赤い血痕。

 

「い、委員長、それ……」

 

「あっ、いや、これは……まぁ、なんだ。慣れない物を履いたからな、少々擦っただけだ」

 

 改めて確認すると、彼女の足の親指と人差し指の間が赤くなっている。

 靴擦れの下駄バージョンとでも言うべきか。

 

「確か、鳥居の近くに救護スペースがあったな」

 

「これくらい大丈夫だって」

 

「そんな訳に行くか。この後も回るにしても、ばんそうこう貼るだけでだいぶマシになるだろうしな」

 

「そう、か?」

 

「そうだ。……ほれ、背中に乗れ」

 

「……そ、それは流石に恥ずかしいのだが」

 

「人目に付かないよう、裏から行くからさ」

 

 そもそも人通りの多い表をおんぶで通るのは不可能だ。

 

「……むぅ、仕方ない。が、学校で言いふらしたりするなよ?」

 

「しないよ。委員長のこんな珍しい姿、誰かに教えるなんて勿体ないしな」

 

「な、なんだと!?」

 

 うがーっ、と怒る彼女を揶揄いながら、俺は救護スペースへと向かった。

 

 

  §

 

 

 委員長の豊満な胸が背中に押し付けられる中、必死に理性を働かせながらも到着したのは救護スペースとして用意されたテントだった。中では何人かの大人が談笑しており、そのうちの一人が俺たちに気付いた様子で声を掛けてきた。

 

「ほう、これはまた見覚えのある顔がやってきたものだ」

 

「……っ! 友部さん!」

 

 そこにいたのは文字通り俺の命の恩人でもあり、勉強の先生でもある友部さんだった。最近は勉強会を開けていなかった都合、こうして顔を合わせるのは久しぶりだ。

 

「相馬は本当に知り合いが多いな」

 

「小さな田舎町だしね」

 

「怪我人はそっちの子か? 見せてみたまえ」

 

 委員長を椅子に座らせ、治療を始める友部さん。彼女は回復魔法で傷を癒した後、また靴擦れを起こさないように絆創膏を貼った。

 

 そんな様子を、俺は下駄の鼻緒を修理しながら見つめる。

 ネットに修理の仕方が載っていてよかったぜ。

 

 傷の手当てが終わるのと修理が終わるのはほぼ同時だった。

 

「それにしても、なんでまたこんな所に?」

 

「なに、ただ手伝いを頼まれただけさ。旦那も仕事で、家で一人花火を見る気分にもならなかったしな」

 

「なるほど」

 

 案外アウトドア派なのだろうか。

 考え方が陽キャって感じ。

 いや、結婚してるのだから陽キャか。

 

 なんて考えていると、友部さんが突然肩を組んできた。

 驚いていると、彼女はそのまま耳打ち。

 

「それにしても、キミは悪い子だな。水瀬ちゃん以外の子とデートなんて。知られたら怒られるんじゃないか?」

 

「俺と七規は別に付き合ってませんよ。それに、既にばっちり知られて、文句言われた後です」

 

「……ふっ、そうか。まぁ、精々後悔しないようにするんだな。あの子だって、いつまでもキミを好きでいる保証はないのだから」

 

「分かってますよ」

 

 七規が聞いたら『ずっと好きだよ?』と素で返してきそうだなと思いつつ、しかし俺が煮え切らない態度を取っているのも事実。人生の先輩である彼女の言葉はしっかり受け止めるとしよう。

 

(それはそれとして、今日は委員長と回るのだが)

 

「それじゃあ行こうか、委員長」

 

「あぁ」

 

 そうして俺たちは救護スペースを後にした。

 

 

  §

 

 

 その後も出店を回っていると、度々見知った顔に出会う。

 クラスメイトだったり先輩だったり、或いは後輩だったり、委員長の知り合いだったりと。普段何もない田舎町で、唯一の祭りごとというのもあり、様々な人から声を掛けられる。

 

 特に俺の場合、三船町での知名度はダントツだろうし。

 

「っと、こっちの方は人が少なそうだ」

 

「だな……さすがに少し疲れた」

 

 そう言って息を吐く委員長。

 しばらく人に囲まれていた俺たちは、神社の裏手に足を運んでいた。

 周囲に人の気配はなく、少し離れて聴こえる人々の喧騒がどこか非現実感を与える。

 

「なんか悪いな」

 

「別に構わないさ。友人の知らない側面を見られるというのは、それはそれで楽しいものだからな」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。俺も、委員長の意外な面を見れて嬉しかった」

 

「ふむ、何か見せたか?」

 

「意外と負けず嫌いなとことか、空気悪くするのを避けるために痛いのを我慢するとことか……全然知らなかった」

 

「そ、そうか……なんだか、恥ずかしいな」

 

 照れくさそうに苦笑を零す彼女は、僅かに頬を紅潮させていた。

 視線は足元を見つめ、落ち着きなく指と指を絡ませている。

 

「そういう表情も見たことなかったな」

 

「んな!? ま、待て! 今は私はどんな顔をしていた!? いや、どんな顔でも見るな!」

 

 慌てる委員長が面白くて笑みを浮かべると、彼女は頬を赤らめたまま口をへの字に曲げ、げしっと蹴りを放つ。痛くもなんともない、不満を表すだけの行動に苦笑する。

 

「ごめんって、委員長」

 

「ふんっ、わ、分かればいい。……まったく」

 

 ぼそぼそと不満を口にした彼女は、そのまま口元に手を当て、顔の熱を取るように自らの頬を扇ぐ。

 

 夏の夜風が彼女の髪を揺らし、心地よい沈黙が同所を支配する。

 

 委員長は髪を手で押さえながらも上目遣いに俺を見つめると――。

 

「なぁ――」

 

 と彼女が何かを言いかけた瞬間、夜空に閃光が舞い上がり大輪の花を咲かせた。

 数秒遅れてドンッ! と大きな音が鼓膜を揺らす。

 

 いつの間に時間になったのか、花火が始まった。

 

 次々に打ち上げられる花火に一瞬気を取られ、思い出したように委員長へと視線を向ける。すると彼女も花火から視線を逸らし、俺を見つめていた。

 

「花火、綺麗だな!」

 

「そうだな、夏の風物詩だ!」

 

 花火の音に負けじと大声で感想を口にすると、委員長も同様に大きな声で返す。

 

「そういえば、さっき何を言いかけたんだ!?」

 

「それは……」

 

 彼女は数秒悩んだ末、ちょいちょいと俺の服の袖を引っ張る。

 屈んで欲しいのだろうと察して身を屈めると、彼女は俺の耳に手を当てながら囁いた。

 

「そろそろ、私のことを名前で呼べ」

 

「……」

 

「……どうした?」

 

「いや、告白されるかと思った」

 

「こっ!? ば、馬鹿者! そんな訳……」

 

 と言いかけて、口を閉ざす委員長。

 彼女は俺をどこか恨めしそうに見つめながら、ため息交じりに続ける。

 

「少なくとも、今はいち友人として、名前で呼んでほしい。……まさか、名前を憶えていない、なんて言わないよな?」

 

「それこそまさかだな。……三枝(さえぐさ)伊織(いおり)だろ? ちゃんと知ってる。伊織でいいか?」

 

「……っ、う、うむ。そう、だな……。な、なら私も、創でいいか?」

 

「もちろんいいよ。これからもよろしく」

 

「あぁ」

 

 そうして俺と委員長――改め伊織は、一度握手してから再度夏の夜空に咲く花火を眺めるのだった。

 

 

  §

 

 

「それじゃ、家まで送ってくよ」

 

「ありがとう。だが、その前にお手洗いに行ってもいいか?」

 

「もちろん。なら俺はここで待ってるよ」

 

 そう言ってトイレへと向かう伊織を見送りつつ、近くにあった狛犬の付近で待っていると……、ふと人込みから外れた場所のベンチに見覚えのある人を発見した。

 

(トイレは混んでそうだし……)

 

 まだ時間はあるかと判断して駆け寄ると、向こうも俺に気付いたのか僅かに目を見開いた。

 

「こんにちは、西木先輩。またまた偶然ですね」

 

「そう、ですね。相馬さん」

 

 ポニテを揺らす西木先輩は、どこか緊張した面持ちで俺を見つめていた。

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