住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが?   作:赤月ヤモリ

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ep29 ナイトメア――

 ――『のの猫が配信を始めます』

 

 画面に映ったのは、暗い表情を浮かべるのの猫だった。

 

『ごめんね、予定より早く始めちゃって。のの猫さんだよ。でも、どうしても言いたいことがあって』

 

 そう語る彼女の背景は、ダンジョンではない。

 

『ダンジョン配信者』ではなく、あくまでも『配信するダンジョン探索者』でありたいと望む彼女が、ごく普通の一室にて配信を行っていた。

 

:ぜんぜんいいよー!

:なんか暗い?

:猫ちゃん今日も可愛い!

:元気ないね

:もしかしてさっきレイジが言ってたやつ―?

 

『そう、さっきの配信——』

 

 のの猫は小さく深呼吸すると、カメラを真正面から見つめて告げた。

 

『私は、降格なんて必要ないと思う。前も言ったけど、怪我をすること=実力が足りないってことでもないと思うから』

 

:どゆこと?

:逆張りキャット

:うんうん

:うんうん

:感情論じゃ説得力無いんですがww

 

『だって大怪我をするって……相手がそれだけ強敵だったって可能性もあるでしょ?』

 

:それはそう

:だーかーらー、どんな敵でも大怪我するような雑魚がAランク名乗んなってこと!

:バカ女乙

:つかAなら逃げろよww 結局実力の分からん雑魚ってことww

 

『だから……逃げられなかったってことでしょ? みんなを守るために』

 

:なにこいつww

:きしょ

:レイジ日本最強! レイジ日本最強!

:レイジに捨てられたからアンチしたいだけだろ

:仮に逃げられなかったとしても、それでも勝つのがAランクなわけ。意味理解してる~?

 

『……ダンジョンはそんなに甘くないし、Aランク探索者だって無敵じゃない。それは皆の言うレイジだって例外じゃない』

 

:妄想乙

:ヘラ女きっしょ~ww

:猫ちゃん好き

:俺はわかるよ

:相馬創はただの雑魚なんだよなぁww

:レイジが間違う訳ないじゃん馬鹿乙ww

 

『……みんなおかしいよ。その人は——相馬さんは確かに大怪我したかもしれないけど、でもモンスターはちゃんと倒してる。もし、仮に実力が足りなかったとしても、それまでAランクとして頑張って来た人なんだよ? ちょっと調べただけでもわかったけど、まだ未成年の子が、一人でずっと……なのに、何でこんなに叩かれなきゃいけないの?』

 

:それはそう

:普通実力足りないんだったら辞退するよね?ww

:しょーみレイジ信者が暴れてるとこある

:↑日本人全員叩いてるんですがww

:そいつがAランクでいる限り他の人に迷惑がかかるってレイジが言ってたんですが!? その辺りどうなのー? ねーねー、どうなのー?ww

 

『命がけで守ってくれるんだから、それだけでその地域の人たちの想いは分かるよ。もしAランクでいる限りギルドが増援を派遣しないなら、批判するべきはギルドなんじゃないの?』

 

:確かに

:レイジ最強! レイジ最強! レイジ最強!

:日本最強の探索者に文句言うとか何様?

:これはのの猫が正しい

:オタクくんチョロすぎて草ァ!!

 

『こんなの……こんなの絶対に間違ってる……ッ!』

 

 それは悲鳴にも似た声だった。

 感情が限界を突破し、目尻に涙を浮かべながら、のの猫は配信を切る。

 

 時間にして五分程度の配信。

 同接は千人と少し。

 

 大半の者はのの猫を嘲る。

 しかしそれでも、耳を傾ける者もいる。

 

 一人、二人、三人……その数は百人にも満たない。

 

 小さな彼らの声は、大きな荒波の前では無力に等しい。

 

 日本の風潮は、欠片も変わらない。

 

 

 

―――――

 

 

 視界を染め上げる爆炎。

 ゴブリンロードと呼ばれた怪物が放つ『インフェルノ』を纏った即死級の拳を見て——思考の暇はなかった。

 

 俺は唯一残っている右手を動かし、身体と拳の間にボロボロの銃を差し込む。

 

 少しでもダメージを抑えるため。

 少しでも生き残るため。

 少しでも、時間を稼ぐため。

 

 が、そんな物何の意味もなさない。

 

 片腕では碌に力を入れることも叶わず、銃ごと胴体を殴りつけられ——世界のすべてを破壊したのではないかと錯覚するほどの爆風に襲われた。

 

 インフェルノ。

 自分で使うことはあったが、使われることなどありはしなかった……と、思う。

 

 記憶がないので分からないが。

 少なくとも、こんな一撃を受ければ人間ただでは済まないだろう。

 

 今の、俺の様に。

 

 数十メートル吹き飛ばされて壁に激突した俺は、もうろうとする意識の中で自分の身を確かめる。

 

 右目は見えない。

 両耳も聞こえない。

 かすかに動かせるのは左目のみ。

 

 唯一無事だった右腕も吹き飛び、左腕の切断面は爆熱をもろに受けた影響か焼け焦げている。

 

 両足はなく、胴体にはボロボロの銃が熱で溶けて皮膚に張り付いていた。

 

 ……これは、だめだ。

 もう、直に死ぬ。

 むしろ即死していないのが奇跡。

 

 今意識があるのは、爆発の直前に『アイスエイジ』を周囲に展開したからだろう。おかげで、また消えてはならない何かが消えた。

 

「……ひゅー、ひゅー」

 

 口ではなく喉から空気が漏れる。

 どうなっているかなど、想像もしたくない。

 

 ……ダメだ、意識が。

 

 途切れる。

 

 途切れては、ダメなのに。

 

 まだ……まだ、目の前には化け物が——。

 

 守らなきゃいけないのに。

 何かを、こいつらから、守らなきゃいけないのに。

 

 ——あぁ、嗚呼っ、嗚呼!!

 

 こいつらを倒さないと、俺は何も守れない!

 そんなの、いやだ!

 

 俺は、——おれは、絶対に——あきらめ……な——。

 

「……ぁ」

 

 ブツンッ、と意識が途切れた。

 

 

―――――

 

 

 モノクルの男は動かなくなった『三船の守護者』を前に、大きく息を吐く。

 その瞳に映るのは落胆。

 

「……結局、キミは試練を突破できなかったようだ」

 

 そう吐き捨てるが、別に彼のことを見下している訳でも、嫌いなわけではない。

 

 何かを守るために戦うのは素晴らしい精神であり、人としては好感の持てる人物である。

 

 ただ、モノクルの男たちを倒すには力が足りなかっただけで。

 

「……いや、単身でこの戦果なら十分以上か。これでAランクとは……正直この世界の人間はよく分からないね。Sランクの本気がどの程度かは知らないけれど、どれだけ低く見積もっても彼は世界屈指だろうに」

 

 モノクルの男はナイトメア・ゴブリンロードたちを集めて軍を再編成する。

 

 当然、人類を虐殺しに外へ向かうため。

 

「それでは相馬創、その亡骸を晒してあげましょう。もちろん約束通り服は着せてあげるよ」

 

 と、一歩近づいて気付く。

 

「……っ、まだ生きているのかっ!?」

 

 息をしている。

 意識はないものの、呼吸音が聞こえる。

 

 モノクルの男は大きく飛び退き、ゴブリンロードにとどめを刺すように命じようとして、——ドクンッ、とダンジョンが脈動した。

 

「……っ、なんだ!?」

 

 ダンジョン内に流れる膨大な魔力の流れが変わる。

 

 それはモノクルの男にとってどこか覚えのある魔力の動き。

 魔力の行きつく先には、相馬創の姿。

 

「これは……まるで、同胞たちの時と同じ——」

 

 モノクルの男は冷静に分析。

 そして気づく。

 

 魔力の流れの中心部で脈動しているのは相馬創――ではなく、その皮膚に張り付き一体化(・・・)している『サファイア』と呼ばれた銃の魔石式機構であると。

 

 ぞくりと背筋に悪寒が走る。

 

「まさか――そんなことがあり得るのか」

 

 それは魔石を持つ生命体が強く力を渇望した際に、ダンジョンが与える(・・・・・・・・・)祝福(・・)

 

 顔を引きつらせるモノクルの男の視線の先。

 魔力の奔流が渦巻く中心地点にて、

 

 ――相馬創の身体が、黒く染まる(・・・・・)

 

 目の前の少年は漆黒の肌と悪夢の如き強さから、こう呼んでいた。

 

「ナイトメア種」

 

 と。

 

「……はっ、さしずめナイトメア・ヒューマンと言ったところか……? 魔石が癒着したことでダンジョンがモンスターと誤認した? だが通常そんなことはあり得ない。仮にそうだとしても、この絶望を前に……折れていないのか? ……それほどまでに、相馬創の精神は——」

 

 ぶつぶつと分析するモノクルの男の目の前。

 瀕死の相馬創がふわりと空中に浮かび上がる。

 

 風魔法による気流操作——ではない。

 

 目を凝らせば、彼の肉体から無数の細長い氷が伸びている。

 

 細長い氷はダンジョンの床や壁、天井にまで伸びており、それを伸縮させることでまるで操り人形の如く、宙を浮遊していたのだ。

 

 加えて、傷口が凍って止血されている。

 

「……なんという魔法操作技術だ」

 

 魔力は底を尽きていたはずだ。

 記憶もすべて失ったはずだ。

 エピソード記憶も。

 意味記憶も。

 その大半を消失したはずだ。

 

 しかし、ダンジョンから与えられる無尽蔵の魔力が、相馬創の力を底上げしている。

 

「……」

 

 相馬創は何もしゃべらない。

 先ほどまで同様、意識を失っているようにも見えない。

 

 唯一動かすことのできる左目で、ジッとモノクルの男と、その背後の悪夢の軍勢を見つめている。

 

 モノクルの男は冷静に分析。

 

 見たところ、今の相馬創に意思はない。

 魔法の使い過ぎで記憶もない。

 

 今の相馬創は、生まれたばかりの赤子と相違ないはずだ。

 

「……っ」

 

 だというのに、冷汗が流れて止まらない。

 

 モノクルの男は生唾を飲み込み、念には念を入れてゴブリンロードに命令を下す。

 

「相馬創を、殺せ」

 

『GUGAAAAAAAAAAAAAAA——ッッ!!』

 

 雄たけびを上げ、インフェルノを纏ったナイトメア・ゴブリンロードが相馬創へと突撃。

 

 その速度は音速を超え、ソニックブームが周囲に吹き荒れる――はずだった。

 

「……ッ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるモノクルの男の視線の先には、一歩動いた瞬間に氷漬けとなったゴブリンロードの姿。

 

 よく視ると、突撃したロードの近くに幾本もの細い糸のような氷の柱が張り巡らされている。

 

 おそらくそれに触れたために、氷漬けになったものとモノクルの男は推測。

 

 ――聞いたことも無い、未知の魔法。

 

 しかし、おかしな点もある。

 

 それは、ゴブリンロードが魔法無効の能力を持つという事。

 

 例え氷漬けにされようと、内側から壊して脱出できるはず——だというのに、氷漬けのロードは動かない。間違いなく絶命していた。

 

 魔法の精度だけではない。

 

 目の前の少年、相馬創は——ナイトメア・ヒューマンとなったことで、魔法の威力も発動速度も、何もかもが、人知を超越した領域に到達していた。

 

 それは、魔法無効を無効化する程に。

 

(これも、聖女の導きなのか……?)

 

「……せ」

 

 モノクルの男は自分の声が震えていることを自覚する。

 

 胸を叩き、生唾を飲み込み、頬を張って、震えを振り切り——命令を下す。

 

「全員で、相馬創を殺せッ!!」

 

 男の口元は緩やかに弧を描く。

 震えの正体は、高揚(・・)だった。

 

 絶望が反転する。

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