住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが? 作:赤月ヤモリ
探索者たちと別れた俺たちは、二十二階層にある湖のほとりに足を運んでいた。
同所は他の階層に比べて過ごしやすい気候であり、夜叉の森ダンジョンに潜る探索者たちにとっては休憩所のような階層だった。
事実、少し離れた場所に数人の探索者を発見。珍しい事に女子だけのパーティーだ。釣竿を湖に投げ入れている。
……え、魚釣り?
ダンジョンの中で?
疑問に思いつつも、俺たちは彼女たちから距離を取って腰を落ち着ける。
その際、ちらりと幸坂さんに視線を送ると、彼女は小さく首肯を返した。
「念のため、周り、見てくる、ね」
「ありがとうございます」
幸坂さんが立ち去り、沈黙が降りる。
と言っても静寂という訳ではない。
魚類モンスターの跳ねる音。
鳥類モンスターの鳴き声。
ダンジョンの中で言うことではないが、自然の喧騒が心地よく耳朶を打つ。
「……大丈夫か?」
「……うん。ありがとね、せんぱい」
「後輩を守るのは俺の仕事だからな」
精々格好をつけて彼女の頭を撫でる。
「……せんぱいは、聞かないの?」
「聞かない。七規が言いたくなさそうだからな」
再度沈黙。
これでいい。
気にならないと言えば噓になるし、彼女の両親の真相が俺の推測通りなら、それは俺にとっても決して見過ごせない事柄である。
しかし今何よりも優先すべきなのは、目の前のか弱い少女の気持ちだ。
そうして沈黙を選ぶ俺に対し、七規は数度深呼吸すると、たどたどしく口を開いた。
「私ね、昔は夜叉の森の方に住んでたんだ」
「……」
「お父さんとお母さんは夜叉の森の探索者で……『三船ダンジョン』に異変があったら、その対応をしてた」
「……そうか」
それはつまり、俺の推測が正しかったという証明。
あの日、両親の記憶を失った日。
助けられなかった二人の探索者——それこそが、七規の両親だったのだ。
「……」
こんなことって、あるのかよ。
何で、何でこんな……。
(あぁ、神様は最低だ)
あの日、俺は両親の記憶を失い、水瀬七規は両親を失った。
けれど、俺はそんな二人のことも忘れて、まるで自分が世界で一番可哀想な人間かの様にさえ思ったこともあった。忘れて、忘れ去って、のうのうと生きていたくせに。
二人を助けられなかったばかりか、そのことすら忘れていたのに。
そんな俺を見て、七規はどう思っていたのだろう。
本当は、心の底から憎かったのではないか? ずっとずっと罵詈雑言を浴びせてやりたいと思っていたのではないか?
(——なんて思うのは、余りにも七規に失礼だ)
七規の気持ちはずっと告げられている。
告白され続けているじゃないか。
『せんぱい、すきー♡』
――と。
七規はきっとすべてを知っていたのだろう。
知った上で、俺を許して好きになってくれていた。
「……ごめん」
「せんぱい?」
だからこれは、今まで忘れていたことに対する謝罪ではない。
あの日、失われた記憶と共に、失われた機会。あって当然の遅ればせながらの言葉。
——遺族に対する、謝罪の言葉だ。
「あの時、二人を助けられなくて……本当に、ごめんなさい」
「……せんぱい」
頭を下げる俺に、七規はかすかに震える声で応えて沈黙が落ちる。しかしそれは数秒も続かず、七規の手がそっと俺の頬に触れた。
「顔上げてよ、せんぱい」
言われた通りに顔を上げると、そこには目元に涙を浮かべた七規の顔。
普段無表情な彼女が見せる、初めての分かりやすい感情。ボロボロと零れた大粒の涙が彼女の頬を伝って地面を濡らす。
七規はそんな表情を隠すように、俺の胸元に顔を押し付けながら――告げた。
「……ありがと、せんぱい」
「七規……」
「ずっと、ずっと言いたかった。ありがと、って」
「っ、なんで——」
俺の問いに、七規は少しだけ顔を離し、上目遣いに見つめながら答える。
「お別れが、言えたから」
「……」
「確かに、せんぱいはお父さんとお母さんを、助けられなかったのかもしれない。……けど、二人を——自分の記憶も犠牲にして連れ帰ってきてくれた。だから私も、おじいちゃんも、最後に二人と話せた。最期の言葉を聞けた」
「……っ」
「最初は複雑な気持ちもあったけど、それでもせんぱいが頑張ってくれたから、あの最後の時間があったんだって……そう思ったら好きになってた。私のお父さんとお母さんの為に、頑張ってくれたせんぱいを――相馬創さんの事を、大好きになってた」
「七規……」
「だから私は言うよ——ありがと、って」
涙をこぼしながら、見つめる七規。
その口元が、優しく笑みを浮かべる。
涙でぐしゃぐしゃで、綺麗ではないけれど、それでも心の底から嬉しそうな笑み。
思わず見惚れていると、七規は身を寄せて首に腕を回して抱き着いてくる。
「好きだよ、せんぱい」
「……あぁ、ありがとう。七規」
耳元で嬉しそうに、楽しそうに愛を囁く七規。
俺は彼女の背に手を回し、ぎゅっと抱きしめ返すのだった。
§
身体を離すと、頬を朱色に染めた七規の顔が視界に入った。
上目遣いに見つめてきて、視線が合うと——慌てた様子で逸らされる。
いつもの愛情全開な様子は鳴りを潜め、今まで見せたことのない照れが表層に浮かんでいる。
そんな風にされると、こちらこそ照れてしまう。
俺は口元を手で隠し、視線を逸らしながら話題を考え——「そうだ」と口を開いた。
「? どうしたの?」
「帰ったらさ、二人のお墓参りに行ってもいいか?」
「うんっ、もちろんいいよ! 未来の旦那さんって紹介するね!」
「そ、その辺りの話はまた追々……」
「えー! せんぱい先延ばししすぎー! 露骨にキープ宣言されてるんだけどー! ……まぁ、それならそれで、どんどんアタックかけちゃうけどねー!」
いつもの無表情に戻り、再度抱き着いてくる七規。
先ほどよりも殊更に大切な人となった彼女を、俺は真正面から受け止めようとして——。
瞬間、バシャァアアアアン!! と湖から水しぶきが上がった。
視線を向けると、釣りをしていた探索者が
「わっはっはぁ!! 見て見て〜!! 私が釣り上げた〜!!」
「ちょっ、白木ちゃん白木ちゃん! 早く倒してよ!! ピチピチしてるって!! 全長十メートル近いお魚さんがピチピチしてるって!!」
「……おいしそ」
巨大魚を前に能天気な三人の探索者。
先ほどの雰囲気も霧散して、俺と七規はそちらに視線を向けてしまう。
え、何あれ。
デカ過ぎんだろ……。
「友利ちゃんもバカ言ってないで白木ちゃんを説得してよぉ〜!!」
「説得の必要はない!」
「白木ちゃん!」
「だって倒せるならとっくに倒してるから!」
「白木ちゃん!?」
「わっはっはぁ!! 釣りとか初めてだから知らなかったけど、生きてる魚って怖ぇえええ!! 触るとか絶対出来ないんだけど〜!?」
「もぅ、バカバカ! 白木ちゃんのおバカ! そんなんだからペペロンチーノ白木とか言われるんだよ!」
「んなぁ!? 私が好きなのはカルボナーラだよ!! ニンニクが効いてて美味しいんだよね〜!!」
「それペペロンチーノ!」
「……ペペロンチーノ、食べたい」
「友利ちゃん!?」
なんだあの三人。