住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが? 作:赤月ヤモリ
せんぱいが東京に向かって二日目の朝。
私はビジネスホテルで目を覚ました。
探索者ギルドで紹介されたホテルだ。
隣りのベッドでは先に起きていた幸坂さんが眠気眼を擦り、小さくあくびを噛み殺す。
(なんだか、こうやってホテルに泊まるのも慣れてきたなぁ)
すでに何度目かの宿泊。
往復で三時間近く必要となるからこればかりは仕方がない。
初めて夜叉の森ダンジョンに潜った日以降、私たちは基本的に一泊二日で同所を訪れることにしていた。幸いにしてギルドを間に挟めばホテル代が幾分か割引になり、探索で手に入れた魔石を換金すれば容易にペイできる。
「ふぁ……あふ。おはようございます、幸坂さん」
「おはよう。七規、ちゃん」
朝の挨拶を終えると、交互に洗面所を使って身だしなみを整える。
朝食はホテルのバイキングでも構わないけれど、ギルドに併設されたカフェ兼レストランが朝からやっているのでそちらへと向かう。
理由は単純で、本日も潜るから。
面子は変わらず私と幸坂さん。そこに白木さんたちを加えた五人だ。
昨日は中々うまく立ち回れたと自負しているし、本日も頑張る。
そして帰って来たせんぱいに褒めてもらうのだ。
「……ぁ」
「あ、昨日の」
「ど、どうも」
幸坂さんとギルドのカフェに赴くと、隣の席に見覚えのある女性を見つけた。
画面の中で見るよりもずっと綺麗で可愛い彼女は、ダンジョン配信者『のの猫』だ。昨日夜叉の森ダンジョンに来ているのを見つけ、帰ってからネットで調べたところ、気分転換に遠征しに来ているのだとか。
いつも同じダンジョンだと飽きが来るし当然だろう。
それでもファンが離れないのは彼女の容姿が優れているのと、話が上手く、そして見ごたえのある戦闘を見せるから。
何はともあれ、昨日から同所にて配信活動を行っていた。
(……せんぱいが居なくてよかった。もし居たら……ちょっと、嫉妬でどうにかなっていたかも)
「昨日もそうだけど、私のこと知ってるの?」
「は、はい。知り合いが、凄いファンで」
「ほんと? 嬉しいにゃ~」
にこっと笑うのの猫。
年は私より少し上、二十歳前後だろう。
少なくとも高校生ではない。
だというのに可愛さと綺麗さを同居させつつ愛嬌を振りまいているのだから、やってられない。
ちょっと前までは早くせんぱいに会いたいって思っていたけれど、今は絶対に帰ってきて欲しくない。お願い、もう少し東京でのんびりしてて!
「貴女も探索者なの?」
「え? あ、はい。この前、新人研修が終わったばかりのEランクですけど」
「新人! そりゃ大変だにゃ~。でも一番楽しい時期でもある! どう? やっていけそう?」
「それは、はい。というか、やめる選択肢はないんで」
「……そう? なら頑張ってね。でも無理はしちゃダメだよ……って、仲間がいるなら大丈夫か」
そう言ってのの猫は対面でメニュー表とにらめっこしていた幸坂さんに視線を向けた。
「ぅえ? な、なに?」
「いえ、何でもありません。それじゃ、私たちはこれで」
さらっと誤魔化して席を立つのの猫。
彼女の対面に座っていた女性は、いまさらながらに気付いたがおそらくカメラマンの笹木さんだったのだろう。こちらもこちらで美人なのだから、両者の顔面偏差値がやばい。
「えっと……それで、何にするか、決めた?」
「それじゃあ私はサンドイッチのセットで」
「ふへへ、いいね。私も、それで。あ、ナゲット、食べたいんだけど、分けない?」
「いいですよ~」
こうして私たちはのんびり朝食に舌鼓を打つのだった。
§
その後、ギルドにやって来た白木さんたちと合流し、私たちは夜叉の森ダンジョンへ。
「よっしゃー! 今日も大物ぶっ倒しちゃるぞー! 目指せ、夏休み中にBランク昇格!」
ふんすと息巻くのは白木さん。
Bランク昇格を目指しているというのにEランクの私に「一緒に潜ろーぜー」と誘ってきたのは果たして何故なのか。
何か深い考えがあるのだろうか?
……たぶんないだろうな。
失礼とは思うけど、白木さんは馬鹿だ。
悪い人ではないし、頭が回らない訳ではないけれど抜けている部分が多々ある。
一方で、彼女のパーティーメンバーである江渡さんはしっかり者。友利さんは基本的にお腹を空かせていることを除けば、まぁ常識人。
そう言う意味では非常にバランスの取れたパーティーと言えるだろう。
「……」
対して、私はどうだろう。
幸坂さんとなら、やっていけそうな気がする。
けれど、何度かせんぱいとダンジョンに潜って、そのあまりにも大きな実力差を、私は痛感した。
日本に十人しか居ないAランク探索者。
いや、今では世界で四人目のSランク探索者だ。
当然、実力差はあってしかるべき。
追いつくことすら至難の業と、頭では理解していたつもりだったが……まざまざと見せつけられた現実は、私の無力感を煽るだけだった。
(……それでも、諦めるつもりはないけど)
と、ふと右から気配を感じた。
せんぱいに言われて周囲には常に警戒を払っている。
せんぱいの様に何百メートルは無理だけど、数十メートルなら何とか。
モンスターの接近に気付くと同時、幸坂さんも声を上げた。
「七規ちゃん、右から、コボルトと、森ゴブリンが、数匹」
「はい!」
ベテランである彼女と同時に発見できた。
それが私の達成感を満たす。
私は迫るモンスターを意識しつつ——その姿が見えた瞬間、魔法を発動。
「——『ドミネーション』!」
飛び出してきたゴブリンとコボルトは勢いそのままに地面を転がる。唐突に洗脳された弊害だろう。数メートルほど転がった彼らは、しかし痛がる様子もなく立ち上がるとこちらを見つめて直立。待機状態に入る。
「ん~何度見ても七規ちゃんの魔法は凄いなぁ~、江渡ちゃんはあれ出来ないの~?」
「無茶言わないでよ。闇属性魔法は適正者自体少ないんだよ? 加えてこの発動速度と正確性……無理無理、絶対無理~」
「そっか~、やっぱ七規ちゃんは凄いな〜!」
「あ、ありがとうございます」
白木さん、やっぱり馬鹿だけど悪い人ではない。
むしろ純粋すぎていい人なのだ。
壺とか買わされそうで心配。
そうして探索を続ける事一時間ほど。
私たちは二十二階層に来ていた。
以前、せんぱいに私の両親のことを話した湖のある階層だ。
「そう言えば初めて会った時、白木さんたちはここで釣りしてましたよね」
思い出すように話し出すと、受け取ったのは江渡さん。
「そうなのよ……白木ちゃんがいきなり『魚影が見える! ぎょえ~!』とか言い出して、釣竿持って来て釣ってたって訳。因みにあの魚、滅多に出てこないけど、湖に近付いた探索者を襲うみたい。入江さんが言ってた」
「ひぇぇ~」
何それ怖い。
そうとは知らず、私とせんぱい滅茶苦茶いい雰囲気になっちゃってたよ。
正直もう一押しでキスは行けたと思う。
そう言う意味では邪魔した白木さんたちにちょっと不満があるけれど、別に彼女たちが悪い訳ではないので心の内にしまっておく。
「湖って言えば、五十階層超えた所にもあるから、今度そっちで釣ってみようぜ~」
「えぇ~、魚怖いんだけど~」
「……お刺身、食べたい」
「友利ちゃんそればっかり~」
楽しそうな三人を横目に歩いていると、何やら話し声が聞こえてきた。
広いダンジョンで人と会うことは珍しいが、ここは夜叉の森でも屈指の人気スポット。遭遇してもおかしくはない。ただ少し疑問だったのは、聞こえてくる話声が会話ではなく独り言だという点。
私はどこかで聞き覚えのある声だな、と思いつつ警戒を強める。
話し声の異常性に気付いた幸坂さん、江渡さん、友利さんも、表情を引き締めていた。唯一ぼーっとしている白木さんは、木の根っこにつまずいてスッ転んでいた。
……この人、ほんとにBランク探索者になれるのかな?
少なくともせんぱいが見たら激怒すると思う。
あれでダンジョンに関しては人一倍真剣な人だし。
なんて思いつつ、近付いて行くと——向こうもこちらの接近に気付いて警戒していたのか、腰の剣を引き抜いた状態で待ち構えていた。
「……あ」
「……あ」
そこに居たのは今朝話したばかりの女性。
私の(一方的な)恋敵。
ダンジョン配信者、のの猫だった。