住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが?   作:赤月ヤモリ

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ep35 死闘

 私ことのの猫は、不謹慎なのを自覚しつつもどこか気分が高揚するのを感じていた。

 

 現在地は不明。敵は格上。仮に目の前のモンスター、ロック・ビートルの異常種を討伐できたとしても、帰り道のモンスターを倒せるだけの余力が残っている保証はない。

 

 まさしく絶体絶命であり、背後に死神の気配を感じる。

 

(……あの時と、同じだ)

 

 思い出すのは渋谷ダンジョンでゴブリン・ロードと対峙した時の事。あの時はただただ怖かった。格上と戦う時はいつも怖い。私は別に死にたいわけではないから当然だ。

 

 けれど、それと同時に——倒したいと思う自分が居る。

 

「……ふぅ」

 

 小さく息を吐き、細身の剣を構える。全身に魔力を巡らせて、眼前のロック・ビートルを見据える。

 

 隣りでは出会ったばかりの女子高生探索者、白木さんが巨大なバスタードソードを構えており、私たちから距離を取った後方には幸坂さんが水瀬さんを守るように両手の盾を構えていた。

 

 幸坂さんの方が重傷ではあるが、それでも新人のEランク探索者が庇護対象な事には変わらない。

 

 故に、メインアタッカーは私と白木さん。魔速型で回避タンクの役割も担える私と、ミノタウロスを縦に両断する火力を持つ白木さんなら、大抵のモンスター相手に勝つことが出来るだろう。

 

 ただ問題があるとすれば、それは当然アタッカー以外居ないという点。

 

 水瀬さんは『ドミネーション』を使えるが、圧倒的格上であるロック・ビートル相手には効果がなく、ならばと周囲を探すも、どういう訳か他にモンスターの姿がない。必然、彼女は無力。それでも心が折れることは無く、ただ周囲を警戒し続けてくれるだけでもありがたい。

 

 幸坂さんも怪我の影響で、水瀬さんを守るぐらいならできるだろうけど、ロック・ビートルの相手は難しい。

 

(……でも、サポートなしなんて、いつもの事だ)

 

 ピンチの時は笹木さんも戦うけれど、それでも基本は私一人で渋谷ダンジョンを攻略している。他の探索者がパーティーを組んでランクを上げる中、私はソロでCランク探索者になったのだ。

 

 私は乾いた唇を舌で舐めて濡らす。

 

「それじゃ、いくかにゃ~」

 

「にゃ~にゃ~! 白木にゃんも行くにゃ~!」

 

「だから——パクらないでくださいッ!!」

 

 私は一気に走り出す。

 同時に白木さんも風属性魔法による気流操作で疾駆。

 目にも止まらぬ速度でロック・ビートルとの距離を一息に詰める。

 

 それを妨害するかのように連続で砲撃が行われるが、高速で動く私たちに当たるはずもなく――ものの数秒で足元に到着。そこまで近付き、改めてその大きさに息を飲む。

 

 シルエットは完全に大きなカブトムシ。されどその体表はごつごつとした岩で覆われており、まるで岩山が意志を持って動いているようにすら感じる。

 

 ——けど、怯えている暇はない!

 

 一足先に足元まで到達した私は、ロック・ビートルの注意を引くように眼前で走り回る。これに対し、ロック・ビートルはその巨体からは想像もできない反応速度で迎撃を開始した。

 

 動くのは身体を支える足。

 

 私を弾き飛ばそうと振るわれた足をすれすれで回避する。早いけれど、予備動作が大きすぎる。こんなもの当たれと言う方が難しい――と思った瞬間、足が通り抜けた風に身体が持って行かれそうになった。

 

「……っ、スリップストリームッ!?」

 

 高速道路のトラックや、電車が通過した時に見られる現象。身体が吸い込まれそうになるアレである。

 

 私は冷や汗をかきながら姿勢を整えて着地、即座に踏み出して、次から次へと迫る足の攻撃を回避する。

 

(触れたら即死、スリップストリームに巻き込まれても大怪我は免れ得ない……。だけど、何とかついていけている)

 

 視野を広く保つことで、予備動作を読み切れている。

 常に周囲を観察し続けろとは影猫さんの助言だ。

 脳が疲れるけれど、それ以上に戦いの幅が広がる。

 

 回避を続けていると、踏みつぶせないことに苛ついたのかロック・ビートルは更に足の本数を増やそうとして——私は胸中で笑みを浮かべた。

 

 ロック・ビートルの視界の外。

 地面すれすれで回避行動をとる私とは正反対の上空で、バスタードソードの刃が煌めく。

 

 気流操作により速度と威力を増大させた白木さんの一撃が、油断するロック・ビートルの頭部に振り下ろされた。

 

「っせぇえええええええいッ!!」

 

 バゴンッ!! と強烈な破砕音がダンジョンに木霊し、ロック・ビートルの巨体が崩れる。

 

 ミノタウロスの様に両断こそできなかったが、それでも角の根元である頭部の岩に大きな亀裂が入っていた。

 

「っし!」

 

 本当はこれで決めたかったけれど、それでも攻撃が通るのは確認した。見た所あと一発、私か白木さんの最大火力を叩き込めば完全に砕けるだろう。

 

 それで倒せるかは分からないが、少なくとも大ダメージを与えることは出来る。

 

 すぐに起き上がるロック・ビートルに追撃を諦めた白木さんが、気流操作で真横に降り立つ。

 

「にゃはは、手が痺れたにゃ~」

 

「役割代わりますか?」

 

「ん~、この剣持って回避は難しそうなんで、出来ればこのままで!」

 

「わかったにゃ~」

 

 口元に笑みすら浮かべる白木さんに頷きつつ、再度攻撃を仕掛ける。

 

 ロック・ビートルの視線は露骨に白木さんを警戒しており——。

 

「余所見なんて連れないにゃ~」

 

 私は唇を舐めてから接近。ロック・ビートルの気を引くために眼球目掛けて最高速度で攻撃——すると見せかける。

 

 フェイントに引っ掛かったロック・ビートルは前脚で弾こうとするが、すぐに体勢を整えて、再度ヘイト管理に従事する。

 

 そうだ、もっと私を視ろ。

 私に集中しろ。

 

『GYGAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 苛立ったような咆哮。

 だが、そんなものは愚策以外の何ものでもない。

 

 再度完全に意識外へと飛び出した白木さんが気流操作で急上昇。上空で姿勢を整えてバスタードソードを掲げると、止めの一撃を振り下ろす。

 

 ——瞬間。

 

「……へ?」

 

 ロック・ビートルが僅かに身をかがめた。

 

 白木さんの剣は空を切り、上空で無防備な状態に。しかし問題はない。足による攻撃も砲撃による攻撃も、頭上という位置関係上不可能。落ち着いて着地し、もう一度立て直して攻撃を仕掛ければ何も問題は——と考えたと瞬間、ロック・ビートルは頭突(・・)きを放った。

 

「ぐっ、がぁ!」

 

 白木さんの身体が打ち上げられる。

 全身を強打したのか苦痛に顔を歪めていた。

 

 ——が、追撃は終わらない。

 

「白木さん横!!」

 

 叫ぶと同時、空中の彼女へとロック・ビートルの角が横薙ぎに振われた。圧倒的硬度と巨体、そこに遠心力が加わった一撃を、空中の彼女に避ける術はない。

 

 それでも彼女は咄嗟にバスタードソードでガードしようと試みる。

 

 が、突如どこからか火球(・・)が飛来。

 白木さんはバスタードソードで火球を切り払い——結果、不利な体勢で角の直撃を受ける。ベキッと何かが砕ける音が聞こえると同時、白木さんの姿は遥か彼方へと吹き飛ばされてしまった。

 

(そん、な……今のは)

 

 最悪の想像が脳裏をよぎる。

 今のは、無理だろう。

 あんなのをまともに喰らったら――

 

「……し、白木さ――っ!?」

 

 咄嗟に後を追おうとするが、ロック・ビートルが行かせないとばかりに足で猛攻を仕掛けてくる。

 

(そんな、そんなそんなそんな……っ!)

 

 ギリッと奥歯を噛みしめる。

 既に高揚感は消えていた。

 ただ、それでも使命感は消えていない。

 私は探索者だ。

 今この場で唯一戦える――探索者だ。

 

 救援はいつ来るか分からない。

 それまで持たせられるかどうかも分からない。

 

 ちらりと視線を向けると、白木さんが飛ばされた方角へ水瀬さんたちが向かっているのを確認できる。

 

 なら、私がやるべきことはただ一つ。

 

「……絶対に討伐する」

 

 剣を握り直し、探索者として私はロック・ビートルへと駆け出した。

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