住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが? 作:赤月ヤモリ
俺の見つめる先、まず先陣を切ったのはのの猫であった。
彼女は魔速型の最高速で駆け抜け、ロック・ビートルとの距離を詰める。ロック・ビートルは近付かせないように迎撃しようとするが、先程までと異なり注意すべき人間が増えたことで隙が生まれる。
結果、数秒とかからずに彼女は彼我の差を埋める。足さばきのフェイントで砲撃を誘発し、着実に距離を詰める彼女は勢いそのままに、手にしていた剣をはるか上空へと放り投げた。
分かりやすい視線誘導。
しかしフェイントで焦ったロック・ビートルの意識は剣へと向かい、僅かな隙が生まれる。
その隙を逃すことなく、のの猫は大きく跳躍。
一瞬にしてロック・ビートルの意識外へと抜け出す。
ロック・ビートルが反応できないその行動は――当然どこかに潜む狙撃手により撃ち抜かれる……はずだった。
「……ファイアボールが来ない?」
困惑したような白木の声に、俺は自慢するように答えた。
「そりゃ、周りをよく見ろって死ぬほど教えたからなぁ。落ち着けばすぐに見つけられるし、こそこそ隠れて魔法撃つだけのモンスターなんか、一瞬で
視界の隅。
派手に動いていたのの猫の陰に隠れて、七規が曲がりくねった木の上に隠れていたスケルトン・シャーマンに『ドミネーション』を行使しているのが見えた。
本来の彼女なら、もっと早く動けていただろう。
だが極度の緊張は思考能力を奪い、行動を制限する。
特に幸坂さんが
別にそれが悪いわけでは無い。
何しろ彼女は新人なのだから。
だが、それ以上に七規には才能がある。のの猫の啖呵で緊張が解かれた彼女は、先程まで怯えていた存在だったが故に狙撃手の視界から消え――結果、最高のパフォーマンスを見せたのだ。
『GI、GIGUGAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼』
狙撃手の喪失を悟ったロック・ビートルが奇声を放つ。
その音に怯む者など存在しないが、問題なのはその音波。
空中に居たのの猫の軽い身体が衝撃で弾かれ、後方へと弾き飛ばされる。特に問題なく着地した彼女へ角の先端が向けられ——砲撃。
迫りくる岩の弾丸に対し、のの猫は無手。
このままでは肉塊と化すだろうが——そこに一人の女性が割り込んだ。
「流石にッ——もう、見飽きたッ!」
両手の盾を構えた彼女は膨大な質量の弾丸を真正面から受け止め、足裏で大地をガリガリと削りながらも、横に逸らしきった。
先ほど俺が止めたのに続けて二発も防がれた事もあり、ロック・ビートルが一瞬動揺した。してしまった。この戦場で、気を逸らしてしまった。狙撃手が居る状況ならそれも許容されただろう。
だが、狙撃手はいない。
そして、邪魔が入らない状況で魔速型相手に気を逸らすなど万死に値する。
岩の弾丸の陰からのの猫が最高速で駆ける。
反応など許さない。
一秒足らずでロック・ビートルとの距離を埋めると、彼女は大きく跳躍し——先ほど視線誘導に投げていた剣を空中で手にした。
――戦闘は時間感覚を狂わせる。
自身が追い詰められている時の極限状況において、それは顕著であり——のの猫が剣を投げてから掴むまで僅か十秒ほど。
その時間を、ロック・ビートルは永遠にも感じていたのだろう。
完全に意識外となっていた剣による、直上からの攻撃。
「これで、終わりだ――ッ!!」
俺の憧れた魔速型の一撃が、ひび割れていたロック・ビートルの兜を砕き——その巨体は地面に倒れ伏した。
しかし警戒は解かない。
動かなくなったロック・ビートルを見つめ——見つめ続けて、その身体がダンジョンに溶けて消えるのを確認してから、大きく息を吐き出す。
「……っ、ふぅ。終わったにゃ~」
大きく伸びをしたのの猫は、安堵した様子で尻もちを着くのだった。
§
戦闘が終わり、俺は周囲を警戒。他にモンスターの気配がないことを確認してから小さく息を吐き、全員を集めて状況確認を行う。
七規は無事。
幸坂さんは左腕が折れているかもしれないとのこと。
のの猫は足や腕、腹や頬などいたる所に傷を負っているものの、どれも軽症で動くのに支障は無いとのこと。
やはり一番の重症は白木だったらしい。
彼女のバスタードソードは半ばからぽっきりと折れており、応急処置を施した今でもなお、彼女の汗は止まっていない。
「だいじょ~ぶい、痛みには強い方だから」
結局、強がる彼女に頼るしかないのだ。
俺は自分の無力さに嫌気が差しつつも、今後の動きを思考。
救援組がこの階層に到着するのはほぼ不可能。ある程度階層を下って合流するしかない。だが、その為には七規たちの休憩が必須。モンスター討伐は俺一人で十分だが、移動する体力が彼女たちにはない。
そして――ちらりと俺はダンジョンの一角へと視線を向けた。そこには何もない。何も居ないし、誰も居ない。
けれど。
「さて……」
「せんぱいどこか行くの?」
「あぁ、少し気になることがあってな」
「なら私も——」
「いや、七規は白木を看といてくれるか? 幸坂さんと猫ちゃ——のの猫さんもお願いします。もしモンスターが襲って来たとき用に、氷で申し訳ありませんが武器と盾、後は簡易の壁を用意しておきますので」
「……え、え?」
淡々と進める俺に、七規は困惑。
一方で幸坂さんとのの猫は何かを感じ取ったのか、静かに周囲を見回してからこくりと首肯を返した。
「気を付けて」
「あとで色々話したいこともあるから、絶対帰ってきてくださいね。相馬さん」
「……はい」
やべー、最推しと喋っちゃったよ。
テンション上がるなぁ~。
正直入江さんを馬鹿に出来ないぜ。
やっぱ嬉しいもんよ、推しとの会話は。
そんなことを思いながら、俺は四人から離れる。
向かうのはロック・ビートルの立っていた場所。
その地面の一角に、階下へと続く階段があった。
足を掛けて下へと向かった先は——六十七階層。
俺は階段を下りきると、通路をアイスエイジで
小さく息を吐いてから六十七階層を見回す。
そこは六十六階層から木々をすべて取り払い、紫の草原と濃い霧が特徴的な階層だった。
そしてその深い霧の中に、人影を見つける。
(……こいつか)
六十六階層に辿り着いた時。
俺はすぐに視線を感じた。
あの日と同じ――白木たちと知り合ったあの日、二十二階層で感じた視線と同種の、こちらを観察するような、舐め回すような視線。
俺は小さく息を吐く。
「はぁ……。一度なら勘違いかとも思いましたが、二度目ともなれば流石に気付きますよ」
「……」
無言の人影に向かい、問うた。
「あなたはどちら様でしょうか?」
すると、返って来たのは沈黙。
しかしそれも長くは続かず、聞こえてきたのは女性の笑い声だった。
「かかっ、そんな怖い顔をするでないわ、
飄々とした態度で近付いてきたのは、言葉遣いに反して年若い女。
見た所、二十代半ばと言ったところか。
真っ白な着物に身を包み、真っ白な扇子で口元を隠す彼女は、透き通るような青い髪を揺らして、こちらを舐めるような視線で射貫く。
興味。
侮蔑。
敵意。
殺意。
視線が合った瞬間、俺は直感した。
——この女は敵である、と。