住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが?   作:赤月ヤモリ

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ep40 異世界からの来訪者1

 青い髪の女は俺を見つめながら口を開く。

 

「ふむ、何を考えているのか凡そ見当は付くが、それはすべて間違いなのじゃ。先程も言ったが妾は敵ではない。探索者じゃ。ほれ、なんと言ったかのう……そうそう、転移魔法陣じゃ。ダンジョンの探索中にそれを踏んでしまってのう、気付けばかような場所を彷徨っていたという有様じゃ」

 

「信じるとお思いですか?」

 

「信じる信じないの話以前に、(うぬ)には妾がモンスターに見えるのかえ? 仮に人間に擬態するモンスターであろうと、こうも流暢に言葉を話すことは無いじゃろうて。かかっ、次期Sランク探索者ともあろう人間が、そんな勘違いをするとは思えんがのう」

 

 べらべらと語る青髪の女性。

 

 肩口で切り揃えられた髪を揺らし、まるで世間話でもするかのような態度である。ころころと表情を変え、か弱さを演出するように腕で身体を軽く抱いている。

 

 だからこそ気味が悪い。

 

 そもそもここは未探索領域。

 転移魔法陣云々の話が本当だとしても、武器も持たず着物姿の探索者など存在しないだろう。

 

 まぁ、スーツ姿の俺が言えた義理ではないが、これは例外中の例外。

 

 それに六十七階層でこの余裕は、はっきり言ってSランク探索者でもあり得ないだろう。Sランク探索者だって強いけれど無敵な訳ではない。死ぬときは死ぬ。

 

 何より——。

 

「それだけ殺意を振りまいといてよく言いますよ。仮に俺の予想が外れていたとしても、そこまで殺意を漲らせてる人間を敵以外で何と言えばいいんですか?」

 

「かかっ、確かにのう。まぁ、良いのじゃ。前提として我が身の上を特段隠したかったというわけでもない。愚かな人間の中でも上位に位置する汝が、どれ程の思考力を持つか試しただけじゃ」

 

「随分と幼稚な試験ですね」

 

「そうかのう? 人間は総じて愚かな生命体じゃ。幼稚に稚拙に、赤子に接するがごとく問いかけて当然じゃろうて。特に――亜獣の国だなどという獣以下の出来損ないを追い返しただけで調子に乗っておる汝にはな」

 

 ——亜獣の国。

 その単語を出したということは、いよいよ隠す気はないらしい。

 同時に、俺の推測が当たっていたことの証明。

 

 間違いない。

 この女は——。

 

「……異世界からの侵略者」

 

「うむ、正解じゃ」

 

 微笑むと、女は両手を広げて大仰に語る。

 

「妾は古より続く真祖の末裔にして誇り高き吸血姫ルナリア・ペンドランザ。現在は忌まわしき魔王の下で四天王などというくだらぬ役職についているが、いずれは妾こそが世界のすべてを手に入れる虐殺王女じゃ。よーくその海馬に刻み込んでおくが良い」

 

「……四天王」

 

 何それ漫画かよ。

 なんて思ったのが悪かったのか。

 ルナリアは口端を持ち上げると、吐き捨てる。

 

「正体を見破った褒美だ。妾直々に、汝の命を摘み取ってやろう」

 

 かかっ——と笑ったかと思った瞬間、ルナリアの姿が視界から消える。

 

 目にも止まらぬ高速移動。

 それは俺が知る限り最大にして最速の動きを見せたナイトメア・ゴブリンロードを遥かに凌駕する速度。ナイトメア・ゴブリンロードはまだ動き出しに反応できたが、ルナリアは違う。

 

 いつ居なくなったのかすら気付かぬ速度。

 

 俺は即座に視力による索敵を取りやめ、聴覚を働かせる。足音、風切り音、呼吸音——生命が動く上で生じるありとあらゆる音を聞き分ける。が、無意味。

 

 認識した時には既に別の場所に移動している。

 

「……死ね」

 

 文字通り音を置き去りにするルナリアに対し、しかし焦りはない。

 背後から聞こえた声と同時に、彼女の手にした純白の扇子が首を落とそうと迫ったが、その一撃は首に触れる寸前で氷の壁に阻まれる。

 

「っ、なんじゃと!?」

 

 驚きに目を見開くルナリア。

 何てことは無い。『フレイム・サーチ』でルナリアの居場所をリアルタイムで特定し、俺の身体に攻撃が当たる距離に近付いた瞬間に反射で『アイスエイジ』を展開しただけだ。

 

 以前までのアイスエイジなら砕かれていただろうが、ナイトメア戦以降硬度を増した氷の壁は、吸血姫の一撃を問題なく受け止めてくれる。おそらく今ならドラゴンのブレス攻撃も一枚で防げるのではなかろうか? ……いや、それは盛ってるか。

 

 何はともあれ、膨大な魔力を保有する俺だからこそ出来る力技だ。

 

 完全に予想外だったのか、隙を晒すルナリア。

 俺はノーモーションで右手に氷の剣を生成すると、振り向きざまに下から上へと逆袈裟に切り裂く――が、切っ先は辛くも空を切った。

 

(くそっ!)

 

 一瞬、躊躇した。

 敵とは言え相手は人の姿をしている。

 

 それに俺は、モノクルの男の影響で異世界人に対してどこか憎み切れない感情を持っていた。向こうにもいろいろな事情があるんだよな、なんて生温いことは分かっているのに、どうしても脳裏をよぎってしまう。

 

 ——殺していいのか? と。

 

 ギリッと奥歯を噛みしめる。

 

 一方ルナリアは十メートルほど離れた位置で立ち止まった。純白の着物や美しい青髪に乱れた様子はなく、それどころか一切優雅さを崩さない彼女は口元を扇子で隠して俺を見据える。

 

(こりゃ、仮に躊躇しなくても当たったかどうかは五分五分ってとこだな~。異世界人ってみんなこんなに強いの~?)

 

 内心泣き言を漏らす俺に対し、ルナリアは静かに囁く。

 

「ふむ、正直想定以上じゃのう。……いや、そう言えば亜獣の国はギュスターヴが指揮を執っていたか? それを考慮すれば、この程度の攻撃は反応して当然か」

 

「……ギュスターヴ?」

 

 誰じゃい。

 

「かかっ、自らが殺した男のことすら覚えていないのかえ? 汝が殺したのじゃろう? 酷いのう、非道(ひど)いのう。あちらの世界で彼の者の娘がしくしくと嘆き悲しんでいたというのにのう」

 

「……そのギュスターヴというのがモノクルを掛けた男のことでしたら、俺は殺していませんよ」

 

「かかっ、そうじゃろうな。先の一撃で汝が人を殺した事が無いのは容易に想像が付く。加えてあの男の性格を考慮すれば……自殺、といったところかのう? かかかっ、最後までふざけた男よ」

 

 ひとしきり笑うと、ルナリアは扇子を閉じて袖の中へ。

 そして咳払いしてから続けた。

 

「こほん——それじゃ妾はこの辺りで帰るとするのじゃ」

 

「……は?」

 

「元々此度は調査。ギュスターヴが敗れた原因と我々の脅威となりうる『探索者』の実力の確認なのじゃ。汝の実力も、探索者の平均的な強さであるCランク(しーらんく)……じゃったか? その実力も理解した。それ故に帰るだけじゃ」

 

「……」

 

「あぁ……それと安心せい。汝は間違いなく強い。おそらく妾たちの世界にも汝に敵う者はそうそう居まいじゃろうて。……この言葉の意味が分かるかのう?」

 

 煽るような口調。

 ルナリアの言葉、それは裏を返すと、俺を殺せる者にいくつか心当たりがあるということ。次に来るときはそれらを見繕って殺してやる、という意味なのだろう。

 

「……はっ、自分が敵わないから逃げるのか?」

 

 敬語を止めて問いかける。

 すると彼女は低い声で応えた。

 

「……言葉を慎め人間。退いてやるのじゃ」

 

「逃がすと思うのか?」

 

「……」

 

 ルナリアの瞳がスッ——と細められる。

 そんな彼女に、今度は俺が煽るような口調で告げた。

 

「たった一人で乗り込んできた異世界からの侵略者。それもどうやらかなりの幹部らしい。逃がすと思うのか? こっちには聞きたいことが山ほどあるんだよ」

 

「……はぁ、しつこいのう。あまりにしつこいと本気出すぞ? 本気で殺すぞ? そもそも人の身でありながら誇り高き吸血姫である妾と言葉を交わせている時点で、汝は感涙にむせび泣くべきなのじゃ。それを怠り、数々の無礼を働き、あまつさえ妾の足を止めようとするとは……これ以上は看過できんぞ? 身の程をわきまえ、くだらぬ妄言を慎め。人間」

 

 そう言い残し、ダンジョンの奥へ向かって歩き出すルナリア。

 俺は彼女の右足の前に氷の糸——『アブソリュート・ゼロ』を設置。

 

 パキッと氷の糸を踏み砕いた瞬間、ルナリアの右足が凍り付く。

 

「……何のつもりじゃ?」

 

「逃がさないと言っただろ?」

 

「……かかっ、そのための方策がこれか? このちゃちな氷か? ……ふざけるなよ人間ッ!! こんな、こんな氷塊で妾の足を止めようというその浅はかな考えこそが何よりの無礼である!! 妾を軽視している!! 妾を舐めているッ!! 真祖たる吸血姫に対する侮辱であるッ!!」

 

 その言葉に俺は内心焦る。

 何しろアブソリュート・ゼロは俺の放てる最高硬度の氷だから。

 

 身構える俺を、激情の籠った瞳で睨むルナリア。

 彼女は氷の足枷など気にしない様子で右足を踏み出し——。

 

「……ぶべっ」

 

「……」

 

 転んだ。

 彼女は困惑。

 俺も困惑。

 お揃いだね。

 

「な、なんじゃと? ぐっ、この……っ、ふんっ! むんっ! ふんぬ~っ!」

 

 氷を砕こうと四苦八苦するルナリア。

 しかし氷はびくともしない。

 ……これは、どういうことだ?

 何かの罠?

 

 眉間にしわを寄せる俺に対し、ルナリアは大きくため息を吐いた。

 

「ふぅ……くそ硬いのじゃ」

 

「……」

 

「かかっ、なるほどのぅ。どうやらこれもまた想定以上だったという訳じゃ。三度、汝に対する評価を改めるとしよう。どうやら汝は妾が想定していた以上に強い存在であったらしい」

 

 言うと同時に、彼女は自分の右足に扇子を振り下ろし——スパンッと綺麗に足が切断された。

 

「な、なにを……!?」

 

 驚く俺の目の前で、切断された右足に変化が起こる。

 切り落とし、地面に氷漬けになっていた右足が突如無数のコウモリに姿を変えたのだ。

 

 コウモリはそのまま氷から抜け出し、血の一滴すら零れていない足の切断面に集まり——傷一つない綺麗な足が蘇った。

 

「何を驚いているのじゃ? 言ったであろう、妾は吸血姫であると。限りなく不老不死に近い、この世で最も完成された最強の生命体であると」

 

 言ってねぇよ。

 けど、これで謎が一つ解けた。

 

(ダンジョンで向けられてた視線……ルナリア本体の視線なら気付いただろうが、そうじゃなかったってことはおそらく、あのコウモリの視線)

 

 夜叉の森の木々に隠れて監視されれば気付けるはずもない。

 

 身体をどれだけコウモリに変換できるのかは知らないけれど、はっきり言ってかなりマズい。

 

 俺はルナリアに対する警戒レベルを引き上げる。右手に氷の剣を作り出し、左腕にも氷の義手を生成。

 

 見た所、防御力自体はそこまで高くない。

 速度と攻撃重視の戦闘スタイルに再生能力が付いてる感じ。

 最悪であるが、やはり問題はない。

 

 何しろルナリアは俺の氷を破壊できなかった。

 

(拘束して連れ帰ることは可能。……なら!)

 

「ふむ、それにしても何てことをしてくれたのじゃ。足は再生できても、着物は再生できぬというのに。下駄に至っては現在進行形でカチンコチンじゃ。正直、今すぐにでも殺してやりたいが……汝の氷の前では逃げる事すら不可能じゃろう」

 

「なら、投降するか?」

 

「まさか。あり得ぬのじゃ。故に妾はこう言おう――手を貸せ(・・・・)剣聖(・・)

 

 ルナリアが呟いた途端、上空から気配。

 直感頼りにバックステップを踏むと、俺の居た場所に何かがものすごい勢いで落ちてきた。紫の草原を粉砕し、舞い上がる土煙の中で一人の女が立ちあがる。

 

 褐色の肌に銀色の髪。

 年のころは二十歳前後だろうか。

 

 女にしては身長が高く俺と同じ百八十程度。露出度の高い服の上に漆黒の外套を羽織り、豊満な胸を揺らしている。

 

 剣聖と呼ばれた彼女は頭に被った軍帽のつばに触れてから腰の直剣を引き抜くと、ギザギザの歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべた。

 

「ははっ、おせーぜ姫様よォ! このままアタシの出番がこねーんじゃねぇかって冷や冷やしたじゃねぇか!!」

 

「ふん、相変わらず五月蠅い女よのう」

 

「それこそうるせぇってもんだぜ姫様ァ! 手に負えなくなってアタシに泣きついている癖によォ!!」

 

「今は時間が悪い。仕方なかろう。そして、その為に汝を連れてきたのじゃ剣聖……忘れたか? それとも脳みそまで筋肉で出来た汝には知能などという物がひとかけらも存在しないのか?」

 

「ははっ、そりゃ後者だな! 何しろアタシはバカだからなァ!! ……それで? こいつをぶっ殺せばいいのか?」

 

「殺せるなら殺せ。じゃが、第一目標は撤退じゃ」

 

了解(りょーかい)だ姫様! つまり殺せばいいんだな!?」

 

「……好きにしろ」

 

 ため息交じりに一歩下がるルナリア。

 彼女と入れ替わるように褐色の女が前に出る。

 

 まるで抜身の刃を前にしているような錯覚を覚える、鋭い殺気を放つ女だ。

 

 ——剣聖、だったか?

 

 名前からしてやばそうな雰囲気。

 余裕で人外の領域に足を踏み入れるルナリアが「手を貸せ」と命じた相手だ。彼女と同程度か、格上と見て相手するのが良いだろう。

 

 俺は『フレイム・サーチ』と『アブソリュート・ゼロ』の準備をしつつ、女を観察。

 

 しかし彼女は特段怪しい動きを見せることなく、それどころか笑みを浮かべたまま話しかけてきた。

 

「アタシの名前はテスタロッサ。今は亡き剣武国家ヴィクターにて最強と謳われた剣聖——テスタロッサ・フィリアだ。お前の名前は?」

 

「……相馬創。今は亡き三船ダンジョンの探索者だ」

 

「相馬創か……。よし、覚えておこう! 何しろ、アタシが初めて切り殺す異世界人の名前になるんだからなァ!! それじゃあ――行くぞッ!!」

 

「来るなよ……っ」

 

 俺の言葉を無視して、テスタロッサとの戦闘が始まった。

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