帝国退魔鬼譚 ~我が宿敵に口付けを~   作:裃 左右

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第12話 仕組まれた神事

 神社の境内。由良は近しい者たちに囲まれ、千弥らを待っていた。

 

「ああ、やはり来てくれたのですね」

「うん、おれたちだけで立ち会うことにするよ」

「ご理解いただけて幸いです。さあ、どうぞ。こちらの灯りをお使いくだしまし」

 

 指にじっとりと触れながら、手渡されたのは提灯。

 道中は、なかなかに骨が折れた。神社のさらに奥、獣道を思わせる苔むした石段を登り、足元がおぼつかないなか、夜闇に手元の提灯だけを頼りにする。

 

「もはや肝試しよね、これ。浴衣姿で来る場所ではなかったわ」

 

 真弥のぼやきに、倉科の案内人らは苦笑した。

 

「真弥様、わたくしの手をどうぞ」

「あら、ありがとう贄川。気が利くわね、兄貴たちとは違って」

 

 贄川が恭しく伸ばす手を、当然のように受け入れる真弥。合間にツンツンと、口撃される千弥。

 

「フーンだ。どうせ、おれは気が利かないよ」

「だから、兄貴はモテないのよ」

「壱武だって、女子に気遣いなんてしてないじゃん!」

「代わりにあんたにしてるでしょうが、ばーか。……ああ、まあ、一応、あたしにもしてる時はあるか」

 

 壱武は気が利かないわけではない、盲目で愚直なだけね。と、真弥は嘯く。

 あの幼馴染を、平然と小馬鹿にして許されるのは、真弥の特権だった。

 

 さて、現れたのは天然の洞窟。暗黒がぽっかりと口を開け、冷たい風がひゅうと吹き出してくる。

 見張りが立つ入口には、真新しさと古さが入り混じった注連縄が幾重にも張られ、俗世とを隔つ結界を果たしていた。

 

「ここが、隠れ鬼の岩屋。八面大王様が、かつて根城の一つとしてお使いになられたと伝わる、聖域にございます」

 

 由良に促され、足を踏み入れる。途端、洞窟の天井を伝って滴る水音と、ひやりと湿った石灰の匂いが一行を包んだ。

 内部は入口の狭さに反して驚くほど広く、年月をかけて成長した鍾乳石が、ツララように垂れ下がっている。

 

 最奥には祭壇と、底が見えない縦穴。

 穴を覗けば、千弥は鬼の喉元を見た気分になる。で、あれば、この洞窟は牙降ろされる口内か。

 

「うひゃぁ、すっごい光景だね。聖域、か」

 

 祭壇では、数人の白衣(びゃくえ)を纏った神職たちが、黙々と儀式の準備を進めていた。

 

「倉科は、ここをずっと守り続けてきたのです。想いを感じていただけますか? 千弥様」

「――うん、空気が澄んでるね。湧き水みたいに」

 

 千弥の感嘆に、由良は満足げに瞳を閉じると、御役目を果たすために歩いていく。

 祭壇に安置された『歓喜の相』に向かい、村長の倉科 茂が、古式ゆかしい祝詞を奏上し始めた。深く、朗々と洞内に響いては、鍾乳石を震わせる。

 

 続いて、由良が神楽鈴を手に、舞を捧げ始めた。白い千早と緋色の袴が、洞窟の闇に鮮やかに映える。

 しゃんしゃんと、清冽な鈴音が鳴り渡れば、いっそう気が鋭く清く研ぎ澄まされていく。

 

 八面大王の悲しみを癒し、荒ぶる魂を鎮めるための、正統なる鎮魂の舞。

 

「……本当に、この神様を大切に想ってきたんだな」

 

 千弥は真摯さに心打たれる。真弥も、傍らで霊気計測器を眺めながら頷いた。

 

「こんなことを数百年も続いて来たのね。もしかしたら千年以上……?」

 

 儀式に害意はない。ひたすらに誠実な、あるべき慰めの形。

 千弥が、ふと仮面に目を向けた。

 先ほどまでの、『歓喜の相』から感じた肌を刺す尋常ならざる圧が、嘘のように和らぎ、穏やかで温かい光を帯び始めている。

 

(あ――笑ってる。今度は、本当に心から……)

 

 千弥がそう思った、まさにその時だった。

 

「――ご苦労であったな。長きに渡り、我が神の番人を務めた者たちよ」

 

 洞窟の入口から、落ち着き払った声が響いた。

 全員が振り返ると、赤や青、緑の、様々な鬼の面をつけた男たちが、ずらりと並んで佇んでいた。

 異様な光景、贄川が即座に真弥を庇う。

 

「何奴! ここは神域だぞ!」

 

 だが、鬼面をつけた男たちは、贄川には目もくれない。

 彼らが道を開けると、頭領とおぼしき者が現れた。そして、芝居がかった仕草で命じる。

 

「ふむ、手筈通りであるな。――倉科よ」

「ははっ」

 

 鬼面衆に、深く、恭しく傅いた相手。

 それは、今まで厳かに祝詞を奏上していたはずの、村長の倉科 茂だった。

 

「茂殿っ! まさか賊を手引きしたのか。いつの間に、このような奴らと!」

 

 贄川の絶叫が、洞窟にこだまする。もはや、儀式が崩壊しかけていることは明白だった。

 村長は、穏やかな表情をかなぐり捨て、歪んだ笑みを浮かべた。

 

「裏切る? 人聞きの悪いことを言うでない、贄川の小僧。我らこそが、八面大王様に仕える正当なる後継者『鬼面衆』よ。……とはいえ。この村、倉科の一族の行いは大儀であったぞ」

「なん、だと?」

「わからぬか? 儂らはな、大王様への贖罪を続ける倉科に、憎き罪人の末裔ながらも、ある種の畏敬の念を持ったのだ。長きにわたる仮面の保全、鎮魂の祭事。ああ、なんと素晴らしき精神よ」

 

 なにを言われているのか、誰も理解できなかった。村の神官たちですらも。あるいは、倉科の親族ですらも。

 

「だからな。我らは奪うことも、殺すこともしなかったのだ。倉科と血の縁を結び、この上なく正当な手順の元で、その大役を引き継いだのだよ」

「まさか、茂殿……いや、そんなはずはない。倉科の一族には、ここ百年は異端の血が混じった記録など」

「まだ、わからぬか? 我らは、数世代を掛けたのだ。徐々に、少しずつ、誰にも気づかれぬように。儂のような息のかかった者が『倉科の長』として立つこの日まで、平和的に友誼を結び続けたのだよ」

 

 実に、人として正しい在り方であろう。と、倉科茂は嗤った。

 高らかに反響する嗤い声を合図に、潜んでいた鬼士たちが村人たちを押さえつける。悲鳴を上げる暇も与えぬ、手慣れた動き。

 一行は、村人たちが人質にされ、身動き出来ない。

 

「由良! お前も、この日のために長年ようやった! よくぞ祭りを、この鎮魂の儀を支え続けた。褒めてやるぞ。あとはこの者ら……古き霊力ある血を捧げるだけよ」

 

 村長は、孫娘である由良に向かっても、勝ち誇る。

 由良は、わなわなと唇を震わせ、青ざめた顔で祖父を見つめていた。大きな瞳からは、ぽろぽろと水晶のような涙がこぼれ落ちる。

 

「お爺様っ! なぜ、このようなっ! やめてくださいっ!」

 

 由良は、悲痛な叫びを上げ鬼面衆と対峙する。

 

「この方々に手を出すことは、この由良が決して許しません!」

 

 祖父の狂気に心を痛めながらも、客人たちと神を守ろうとする。あまりにも健気で、悲壮な巫女の姿。

 

「由良ちゃんっ!? ……おれは、こんな理不尽、絶対に許せないっ!」

 

 目の前で繰り広げられる裏切りに、千弥はとうとう覚悟を決めた。

 

 

*** 

 

 

 ――その頃。

 祭りの喧騒から離れた壱武は、苛立ちを隠せずにいた。

 千弥たちと別れた直後から、山の霊気が、熱に浮かされたように微かに乱れ始めている。

 いるべきでない者たちが、蠢いている気配。

 

(やはり、何かあるか。まあ、もとより、ここでじっとしている気など、毛頭なかったがな)

 

 待つのは性に合わない。壱武は木々の陰に身を滑らせると、懐から呪符を取り出し、合わせて黒髪を一本、引き抜いた。

 呪符に毛をのせ、口端を吊り上げながら呪を唱える。

 

「――オン・センダラヤ・ソワカ」

 

 呪符が淡い燐光を放ち、立ち上る煙。すると、己と寸分違わぬ姿の分身を形作った。複雑な思考をすることもない、空っぽの人形。

 だが、短時間のアリバイ工作にはこれで十分。

 

「さて、と。バレなきゃ何してもいいんだったな、真弥」

 

 分身を場に残し、雑踏を抜け出した。常人離れした身体能力で茂みを駆け抜け、最短距離で神域へと続く参道を疾走する。

 しかし、行く手を阻むように、数人の鬼面をつけた男たちが姿を現した。

 

「やはり来たか、卜部家の小童」

「首領より言付かっておる。この先、一歩たりとも通すな、と」

 

 木々の隙間から零れる月光に、抜き身の刃がぬらりと光る。次々に男たちは剣を引き抜き、殺気を隠そうともしない。

 対する壱武は、丸腰。この任にまともな武装は許されていなかった。

 

「ふん。どけよ、俺は今、虫の居所が悪いんだ」

「我らの邪魔をするなら、ここで消えてもらうぞ。貴様さえいなければ、計画に支障はないのだ」

 

 自信満々に言い放つ鬼面の男らに、ポカンとした顔を見せる壱武。

 

「は? お前ら、まさか……俺さえいなければ、あいつらを容易くどうにかできると思ってんのか? ただの人間の癖に?」

 

 思わぬ冗談を聞いたと、クククと壱武の喉が鳴った。

 

「コイツは、傑作だな」

「なにがおかしいっ!」

「いや、まあ、そうだな。……千弥は、確かにどうしようもないバカだし、心得も修行もなってない、おまけにすぐ騙される能天気だがな」

 

 壱武の全身から、ゆらりと青い闘気のオーラが立ち上る。空気がビリビリと震え、男たちを気圧した。

 

「あいつの頑丈さと、一度キレた時の暴れっぷりだけに関して言えば――俺を超えるぞ?」

 

 不敵に、そして愉しげに、壱武は牙をむき出しにした。

 軽く指を鳴らし、まあ、軽く見せてやろうか、と。

 月の下、神域へと続く参道で、第二の戦端が、静かに切って落とされた。

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