帝国退魔鬼譚 ~我が宿敵に口付けを~   作:裃 左右

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第14話 歓喜の悪鬼

「アハ、ハハハッ! 素晴ラシイ、素晴ラシイゾッ! 皆、我ヲ祝エ! 喜ベ! 踊レ! 遊ベッ!」

 

 骨と肉が歪み、人のものとは思えぬ巨躯へと変貌した怪物。甲高く、脳髄を掻き乱すように、声帯から狂気を木霊させる。

 顔には、満面の笑みをたたえた【歓喜の相】が、根を張るように癒着していた。

 

「な……なんてものを、呼び起こしてくれたのよ。 みんな、気をしっかり持って! 耳を塞ぎなさい!」

 

 真弥が、奥歯を噛みしめる。

 霊気計測器は、けたたましい警告を鳴らし続け、振り切れた針がカタカタと震えていた。

 

御霊(みたま)齋ひ奉る(いわいたてまつる)常磐(ときわ)堅磐(かきわ)に幸いなり幸いなりっ!」

 

 真弥が咄嗟に祝詞を唱え、結界を張る。が、『歓喜』の波動はあまりにも強く、みしみしと障壁が悲鳴を上げた。

 度が過ぎた感情エネルギーは、もはや人間を壊す劇薬。

 

 正気を失った鬼士たちは共鳴し、ケラケラと笑いながら同士討ちを始めている。洞窟内は、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

「真弥様、危ないっ!」

「きゃっ!」

 

 贄川が、咄嗟に真弥と由良を庇い、地面に伏せる。

 そこを通過したのは、乱暴に振り回された怪物の大腕。

 

 千弥は、飛び散る岩片を紙一重でかわしながら、鋭く叫んだ。

 

「銕郎くん! 神官さんたちを連れて、洞窟の外へ! 早く!」

「し、しかし、千弥様は!」

「いいから行け! ここは、おれたちが足止めする!」

 

 贄川はためらうが、真弥の「行きなさい、贄川! ここはあたしたちの仕事よ!」という一喝に、唇を噛んで頷いた。

 気絶している神官を担ぎ、決死の形相で洞窟の出口へと人々を誘導する。

 

「さて、と。アレをなんとかすんのは至難の業だなー」

 

 残されたのは、薬子兄妹だけ。

 対するは、狂喜の笑いを上げ続ける、大鬼をした異形の災厄。

 

「兄貴、どうするの!? アレを祓うなんて、あたしたちだけじゃ!」

「祓うんじゃない。……止めるんだよ」

「止めるって、どうやって!?」

 

 千弥は、深く、深く息を吸い込んだ。

 脳裏に蘇るのは、いつか交わした幼馴染との会話。

 

『万が一の時は、何としてでも止めてやるから突っ走れ。……胸を張れよ、お前は強い』

 

 一番大事な、不器用な幼馴染が、幼い頃そう言ってくれた。

 

(バカだよな、壱武は。おれのこと、買いかぶりすぎなんだって。でも、だからこそ……おれは走れる)

 

 信じて、託されたこの場で、自分が成すべきことを成す。

 

「真弥、援護を頼む。――ちょっと荒っぽくなるぜ」

「え……兄貴?」

 

 千弥の瞳から、光が消えた。昏く、深淵を覗き込むかのような、冷徹さが宿る。薬子家に代々伝わる、霊力を身体能力に転化させる秘術――『神降ろし』を応用した荒業。

 本来は、身体を酷使する禁じ手。

 

「ヒャハハ、ソコノムスメ! アソボウッ! アソボウヨォッ!」

 

 怪物が、真弥を目掛けて巨大な腕を振り下ろす!

 風を切り裂く、死の一撃。

 

「――させっかよ!」

 

 千弥は、地面を蹴った。

 いや、蹴ったというよりは、地面が爆ぜた、と言った方が正しい。

 常人では目で追えないほどの速度で、怪物の腕の下に滑り込み、その体重を全身で受け止める!

 

「なっ!?」

 

 真弥が息をのむ。

 華奢なはずの兄の身体が、巨大な腕を、ぴたりと、その場で受け止めていた。ミシリ、と千弥の足元に亀裂が走る。

 

「グ……ゥウウウッ!」

「『歓び』とやら……あんたが抱えてきた全部。おれが、受け止めてやるよ!」

 

 雄叫びを上げながら、千弥は怪物の腕を、力任せに跳ね上げた!

 巨体がバランスを崩し、大きくよろめく。

 

「今よ、兄貴!」

 

 好機を、真弥は見逃さない。

 指先に挟んだ呪符が、数十もの光の矢となって怪物の全身に突き刺さる!

 

「グギッ!? ギャアアアアアッ!」

 

 破邪の光矢が、穢れた肉を焼く。怪物は苦悶の叫びを上げた。

 が、すぐに再生を始める。顔の『歓喜の相』が、禍々しく煌めくと、傷を癒していく。

 

「ダメだ、再生能力が高すぎるわ。……いっそ洞窟を崩して封ずるか」

「いや、ありゃ肉体を得てるのが不味いなー。たぶん出てくる。だからまず、気の流れを減退させなきゃ」

 

 千弥は、鬼面衆たちが持っていた刀剣と呪具を、拾うと駆け出す。

 

「薬子流・体術――『鬼喰い』!」

 

 周囲にある、あらゆるものを使って全力で抵抗を試みた。

 再び地を蹴る。悪鬼の中心、心臓を目掛けて一直線に。振るわれる拳をすり抜け、一閃。武器を使い捨てては、切り込むを繰り返す。

 真弥が再び、光の矢束を解き放ち、援護する。そのまま渾身の力を込めて。

 

 ついには、悪鬼の心臓に破魔の杭を突き立てる。

 

「うぉぉぉおおおおッ!!」

 

 ズブリ、と。

 杭が、肉を抉り、骨を砕き、その中心に深く突き刺さる。

 

「ガ……ア……アアアアアアア……」

 

 怪物の動きが、ぴたりと止まった。

 顔の仮面から、黒い煙が上がり、亀裂が走る。

 

「やった……の?」

 

 真弥が、息を飲んで見守る。

 

「……アハ」

 

 ぽつりと、怪物の口から、声が漏れた。

 

「ギャハハハッ、ヒャハハハッ!!! マダ、アソボウ! アソボウヨ!」

 

 先ほどよりも、さらに躍動と狂気に満ちた哄笑。

 

「なっ、ウソでしょ、これも効いてない!?」

「純粋に、ここにある呪具じゃキャパが足りてないなぁ。……歴史と念が浅すぎる」

 

 ――せめて、本家に保管される一品でもあれば。

 

 悪鬼は、胸に杭が突き刺さったまま、恍惚とした表情で、ゆっくりと千弥に手を伸ばしてきた。

 

「モット、モットダ! モットワレヲ、ヨロコバセロォォォオオオ!」

 

 万事休す。千弥はもう動けなかった。『神降ろし』の反動で、全身が悲鳴を上げている。

 

(ここまで、か。ごめん、壱武。でも、せめて、なんとか真弥だけでも守りてぇよ)

 

 諦めかけた、その時。

 

『――最期の望みは妹、か。よかろう』

 

 唐突に、脳内に響いた。

 傲岸不遜で、聞き覚えのないはずの声。全く知らないはずのその誰かは、なぜかひどく懐かしかった。

 

「陳腐な紛い物に、我が本物の鬼というものを教えてやる」

 

 千弥の瞳が、ギラリと、赤く――染まった。

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