帝国退魔鬼譚 ~我が宿敵に口付けを~   作:裃 左右

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第15話 魔王の戯れ

「フフ、我が戯れるには、役者が不足しておるな」

 

 鼻で嗤うような、尊大な息遣い。

 それは、もはや千弥のものではなかった。

 全身から立ち上る霊気の質が、まるで違う。先ほどまでの陽は鳴りを潜め、万物を睥睨する昏き王者の気配に満ちる。

 

「あ、兄貴……? まさか、またアイツになっちゃったの?」

 

 真弥が震える。

 赤く、爛々と輝く瞳。普段の優しげな面影はどこにもない。口元には、現世の一切合切を嘲笑うかのような、妖艶な笑みが浮かんでいた。

 

「キヒ……ヒ、なんだ、オマエ。ワレと同じニオイがするゾ? ドウホウカ? ドウホウ、ナノカ? アソブカ?」

 

 歓喜の悪鬼は、本能で感じ取っていた。

 目の前の小僧が、自分と同質、あるいはそれ以上の『ナニカ』に変貌したことを。

 問いに“千弥”は、くつり、と喉奥を鳴らした。

 

「同胞、だと? 痴れ者が。貴様のような、矮小なる紛い物と、我を一緒にするでないわ。偽りの器に、不完全な化身。見るに堪えん」

 

 優美で、残酷な響きを持って裁定する。

 

「我は、まつろわぬ者たちの王。――大嶽丸(おおたけまる)なり」

 

 大嶽丸の姿が、掻き消えた。

 いや、消えたのではない。到底捉えきれない疾さで、歩いた、のだ。

 

「……オ?」

 

 視えたのは結果のみ。華奢なはずの細腕が、巨大な悪鬼の胴に深々と突き刺さっている。

 

「脆弱にして、無様」

 

 そのまま、悪鬼の体内で何かを掴み、力任せに引きずり出した。

 胸に刺さったままだった破魔の杭と、それに絡みついた、どす黒い怨念の塊……核となる心臓だった。

 

「こんな玩具で、随分と我が器を痛めつけてくれたものよな。腹立たしい」

 

 ぎりり、と怨念の塊を握り潰す。

 断末魔の叫びと共に、悪鬼の肉体が、まるで砂城が崩れるように、ボロボロと崩壊を始めた。

 

「ギャアアアアッ!? ワレのチカラガ、ヨロコビガ、キエテイクゥウウ!」

「元より、貴様の力ではないだろうが。借り物を、さも己のもののように囀るな、戯けめ」

 

 大嶽丸は、崩れゆく悪鬼に一瞥もくれず、抜け落ちた【歓喜の相】を、汚いものでも払うかのように、無造作に蹴り飛ばした。

 

「カ、カズくん……お願い、早く来て!」

 

 あまりにも圧倒的な、蹂躙。

 真弥は、これが自分の兄の姿だとは、到底信じられなかった。あれは、まさしく伝説に聞く、まつろわぬ鬼神そのもの。

 真弥は、兄を守るためではなく。いつか、兄を『祓う』ための最終手段として懐に忍ばせていた、卜部家特製の『自爆符』を震える手で握りしめた。

 

「フン、小賢しいことを」

 

 大嶽丸の赤い瞳が、ちらりと真弥に向けられる。ただの視線。それだけで真弥は呼吸すらままならなくなった。

 

「……あ、ああ」

「妹、という生き物は――なぜこうなのじゃろう、な」

 

 だが、意外にも大嶽丸はそれ以上、何もしなかった。身動きできぬ、真弥を通り過ぎていく。

 

 代わりに、ゆっくりと、未だに岩陰に隠れていた(・・・・・)由良を見つけ出して、歩み寄った。

 

「ひぃっ!」

 

 由良は、腰を抜かして後ずさった。

 大嶽丸は、その美しい顔を眼前に近づけると、甘く冷たい息を吐いて、囁いた。

 

「――由良と言ったな。お主の企み、実に愉しかったぞ」

「な……何をっ」

「祖父を使い、痴れ者どもを煽り、絶望をちらつかせる。さすれば、この心優しき愚かな器は、必ずや限界を超えて我を呼び覚ます。……そうであろう?」

 

 由良の顔から、血の気が引いていく。

 

「褒めてつかわす。その狡猾さと、度胸。気に入った。……使ってやってもいい。見目も悪くはないのう」

「あ……あ……っ」

「だが、一つ気に入らぬことがある」

 

 優美な指先が、顎をくい、と持ち上げる。

 赤い瞳が、射殺すように由良を射抜いた。

 

「――我が器を弄び、気安く触れたな」

 

 ひやり、とした殺気。

 大嶽丸は落ちていた太刀を拾い上げ、刃先を由良の喉元に突きつけた。はらはらと、刃に触れた髪が落とされる。

 

「さて。どう詫びる? 我を愉しませた褒美と、我が物を弄んだ罰。どちらもくれてやらねば、公平ではあるまい? なあ?」

 

 気まぐれと理性が同居した、絶対王者の戯れ。

 恐怖と、抗いがたい魔性の王気に、完全に支配されていた。

 

「そこまでだ、外道が」

 

 洞窟の入り口に、蒼い影が立つ。

 月光を背負い、息は乱れているが、瞳に揺らぎはない。

 

 卜部 壱武――見参。

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