ARMORED CORE VI SPIRITS 作:アユノシオヤキ
荒廃した通信タワーの残骸を越えた先、低く垂れこめる曇天の下に、それはあった。
──ジャンクヤード。正式な管理者もいない、荒くれ者や流れ者が生きるために集う無法地帯。
半分埋もれたACの腕部、ケーブルを抜かれて干からびたMTの胴体。ひしゃげて中の基盤が
剥き出しになったACの頭部。鉄くずと焼けたフレームの山々が風に晒され、時折、軋んだ
金属音が耳障りに響く。
「何か使える掘り出し物でもあるかな」
ジョンはため息まじりにそう呟いた。
ポータブルスキャナーで探査を始めるも、スキャン結果のほとんどは「使用不能」。
電源系統が死んでいるか、ジェネレーターごと失われた機体ばかりだった。
「できれば”足”が欲しい」
この大地は広大すぎる。体ひとつで渡れるような甘い土地じゃない。
起伏に富んだ土地。かつての大災害で汚染された地面。そして雪。
──生身で出歩くには、あまりに過酷で死地だった。
探査を続けること一時間──
ジョンの視界の奥、瓦礫の山の隙間から“それ”の一部が覗いていた。
「─これは⋯MTか? まだ生きてるのか?」
近寄って見る。電源は落ちていたが、主要部品は想像以上に残っていた。
暗がりのジャンクヤードに沈む朽ちたBAWS製の四脚MT。
くすんだ緑色の装甲板に折りたたまれた四脚のフレーム。
一見するとただのスクラップ。だが、ジェネレーターは奇跡的に生きていた。
特に脚部フレームは機構的な損傷が少なく、修復の目処は立ちそうだ。
半ば埋もれながらも、異様に“整った”骨格を残していた。
「⋯⋯こんな場所で、まだ生きてるヤツがいたとはな」
まるで、待っていたようだ──そんな錯覚さえ覚えた。
「⋯⋯こいつを俺の”足”に仕立ててやる」
ジョンは自らの手で補修を進める。
カプセル突入でボロボロになった補給品を食いつぶしながら、半月近く、溶接の火花と油の匂いに
まみれ、ひとりで独学で修理にかかった。
「応答信号⋯⋯正常。内部冷却、再稼働⋯⋯」
ブーツで鉄板を蹴り叩き、機体を揺らす。まるで眠りこけた機体を叩き起すように⋯
スパーク。機体の目が──光った。ジェネレーターが唸りを上げ、駆動系が動き出す。
──画面が走査線と共に明るくなる。コックピット前面のディスプレイが、ゆっくりとシステムログを
吐き出していく。
武装
右腕:レーザーブレード
左腕:レバーアクション式二連ショットガン
胴体側面:スナイパーキャノン(折畳)
脚部:増設パイルバンカー
⋯そして有り合わせの部材で作った即席のジャンクの増加装甲。
「⋯⋯十分だ。死地を抜けるにはな」
ジョンはコックピットの後部からとあるタブレット端末を取り出す。ACの残骸から偶然発見された
企業の依頼受注用の端末。そしてその中に入っていた「ゴールド・スレイヴ」と言う傭兵ライセンス。
これがこのルビコンでの彼の身分証となる。
「⋯⋯生き抜くためにひとまず金を稼ぐ。その為ならどんな仕事だってやってやる」
この日から、ジョンはMT乗りの“独立傭兵”として動き始めた。
「この四脚MTの姿⋯⋯蜘蛛か。じゃあ──さしずめこいつの機体名は「タランチュラ」、ってとこか」
少しだけ笑った。だがすぐに真顔に戻る。
「──死なねぇぞ、お前も、俺も」
──あれから一週間後。ベリウス南部──汚染市街の一角。コーラルの燃え残りの戦場跡地。
彼の仕事は明確だった。
壊れたMTの回収や、ACの残骸をドーザー連中に売りさばくこと。そして企業が不特定多数に
向けたばら撒き依頼を請け負うこと──金だけの、名も残らない仕事ばかりだった。
タランチュラを乗り回し、スクラップの山を引きずって歩く。
報酬はすべて現地決済。
まともな報酬など無いに等しい。日々を食いつなぐのが精一杯だった。
だが、このタランチュラが動いている限り、確実にジョンは食いつないでいた。
「独立傭兵ゴールド・スレイヴ! これはベイラム同盟企業 大豊による依頼だ。
ルビコン解放戦線が、汚染市街に BAWS製の移設型砲台 を配備した。市街自体に資源的価値はない。
だが、コーラル調査領域を拡大するためには、この地域を制圧する必要がある。
独立傭兵ゴールド・スレイヴ!任務は単純だ──解放戦線が設置した砲台を全て破壊せよ。
さらに、敵MTの撃破には 追加報酬 を用意した。可能な限り、敵方の戦力を削いでもらいたい。
──我々ベイラムが求めるのは『使える傭兵』だ。その力を存分に示してみせろ」
「メインシステム、戦闘モード起動」
COMの冷たい機械音声が響く。
「ミッション開始。ルビコン解放戦線の移設型砲台を全て破壊して」
「了解だ。ナナミ」
硝煙の舞う汚染市街にスラスターの噴射が轟き、スレイヴの機体「ラスト・リゾート」が踏み込む。
「企業の傭兵が来たぞ!」
「もう情報が流れたのか!? 耳聡い奴らめ⋯⋯!」
正面にそびえるいくつもの砲台。それらが一斉にスレイヴへ狙いを定める。
「見えた。あれが目標の砲台よ。正面は装甲で守られている──背後に回って」
銃撃とグレネードキャノンの砲弾が交錯する中、スレイヴが影のように敵陣の裏へ回り込む。
「戦闘配備につけ!迎撃するぞ!」
「相手は単騎だ! 臆することはない!」
鋼の脚で壁をよじ登り、至近距離でバーストライフルを撃ち込む。装甲が砕け、砲台が
火柱を上げて沈黙した。
「⋯⋯ここは片付いたわね。次の地点に向かって」
次々と現れる敵影──量産型MTの群れ。
「敵は所詮量産型のMTよ。必要に応じて排除して」
「敵襲!砲台を狙われているぞ!」
「迎撃しろ!」
都市の残骸の中、銃撃音と爆発音がこだまする。腕部のパルスブレードが唸りを上げ、
鋼鉄の胴体を両断した。
「最後の地点に向かって。順調に片付いてきている」
瓦礫を抜けると、砲台群が林立する地帯が広がった。
「来たな⋯⋯! 企業の狗め⋯⋯!」
「守りを固めろ!砲台を死守するぞ!」
ビルの屋上に構える折り畳み式グレネードランチャー搭載のMT、そしてその下を固めるMT郡。
上からの榴弾と下からの弾幕が交差する、殺意の十字砲火。
スレイヴは即座に六連装ミサイルを発射、屋上の敵を蹴散らし、続けざまにライフルの斉射で
MTを薙ぎ払う。砲撃音が耳を劈き、視界が赤熱に染まる。
「撃て! 包囲しろ!」
「薄汚れた侵略者に、我々の結束を見せてやれ!」
「──『灰かぶりて 我らあり』!」
狂信的な叫びが交錯するなか、スレイヴの一撃一撃が砲台を沈黙させていく。
やがて最後の砲塔が火花を散らし、崩れ落ちた。
「目標砲台の全基破壊を確認した。⋯⋯仕事は終わりよ。帰投し⋯」
「どうした?」
「識別不明機が作戦領域に接近してる。備えて、スレイヴ」
「⋯⋯了解した。一体どこの馬の骨だ。解放戦線の増援か?」
爆煙を割って、漆黒の機影がゆっくりと一歩踏み出した。
「誰だ⋯⋯!解放戦線の仲間か」
「⋯⋯そのような土着連中の仲間ではないと言っておこうか」
「⋯独立傭兵か」
「それもまた違う。だがお前には悪いが消えてもらう。悪く思うな」
ただのダークブルーの鋼鉄の塊──しかし、纏う圧力は常軌を逸していた。
左肩には「聖ヨハネ」の紋章。その下に「K-12」。さらに下には血で書いたかのような赤字で
「ユダ」と書かれていた。
「たしか十二使徒の柱のひとつだったか⋯⋯。まぁ、悠長に語ってる暇もなさそうだがな」
「⋯敵影一機。識別不明。気をつけて」
ナナミの声が、わずかに震えた。
「先手必勝ッ──喰らえ!」
恐怖を押し込めるように、スレイヴがリニアライフルを撃ち放つ。閃光が夜闇を裂き、
敵を穿つはずだった。だが、ユダは半歩。ほんの足首を返しただけで射線を外し、弾丸は背後の瓦礫を
粉砕するに終わった。
「⋯⋯嘘だろ」
次の瞬間、反撃。
無駄のない動作から放たれた一射が、正確無比にラストリゾートの脚部関節を狙って突き刺さる。
反射で跳躍し回避したが、背筋を氷の刃で撫でられるような冷気が走った。
「まるで⋯⋯人間じゃない。演算で動いてるみたい」
ナナミが吐き捨てる。
スレイヴは歯を食いしばり、短く応じる。
「⋯⋯あれは間違いなく俺と同じ強化人間だ。だが⋯⋯異質だ」
敵は踊らない。吠えもしない。
ただ最小限の動きで攻撃を躱し、確実に殺すための一撃だけを重ねてくる。
──化物が現れた。
爆炎を割り、黒いシルエットが飛び出す。
金属が石畳を抉り、銀光が走る。
「ッ⋯⋯!」
スレイヴは反射でパルスブレードを構えた。
次の瞬間、甲高いスパーク音。衝撃がラストリゾートの腕ごと押し返す。
予備動作など皆無。振り下ろすと同時に、敵のレーザーダガーの斬撃が滑り込む。
力任せではない。
寸分も無駄なく、関節を正確に断つためだけの殺人機械の剣が襲いかかる。
「野郎⋯⋯調子乗りやがって!」
弾き返しながら、カウンター気味にバーストライフルを撃つ。
だがユダは退かない。上体をひねり、銃口を逸らした勢いのままレーザーダガーを滑らせ、
バーストライフルの銃身を両断する。爆ぜる火花。切れた銃身が転がり落ちる。
「⋯⋯なんだこの動き⋯⋯!」
敵は一歩も引かない。
剣術の型をなぞるように、斬撃と受け流しを淡々と繰り返す。
速すぎず、重すぎず──ただ最適。
合理性だけで組まれた、狂気の剣舞。
次の瞬間、ユダが膝蹴りを叩き込む。
辛うじて左腕で受け止めたが、ラストリゾートの巨体が横転しかける。
姿勢を制御した瞬間、すでに刃が首元を狙っていた。
「⋯⋯クソッ!」
全推力を吹かし、強引に距離を開ける。
爆煙の中、黒い影は微動だにせず立ち尽くしていた。
「⋯⋯いいぜぇ。かかってこいよ。来やがれ!」
恐怖を押し殺し、スレイヴは使い物にならなくなったバーストライフルを投擲する。
ユダの刃がそれを両断。爆散した火花と煙が視界を覆う。
「目眩しか⋯⋯無駄な足掻きだ」
煙が晴れた。だが、そこにスレイヴの姿はなかった。
「⋯⋯どこだ。まさか──」
「その”まさか”だよ、ノロマァッ!」
上空から、ブースターを灼熱に輝かせたラストリゾートが降下。
パルスブレードが斜めに閃光を描く。
「⋯⋯だが甘いな」
ユダは瞬時に退き、刃を躱す。
だが──スレイヴは吠えた。
「その動きは織り込み済みだッ!」
ブースターを過負荷で吹かし、機体を強引に捻り込む。
下からの一閃がユダを襲い──左腕が切断され、宙を舞った。
スレイヴは息を荒げながら、歯を食いしばった。
恐怖に震えながらも、確かに一撃を叩き込んだのだ。
黒い機影──ユダが一歩後退した。
だがその眼光のようなセンサーは、まだスレイヴを射抜いて離さない。
「⋯⋯見事だ」
機械音声のような声が通信に割り込む。だが声音にはわずかな熱があった。
スレイヴが追撃に移ろうとした、その時。
「──K-12、撤退なさい」
澄んだ低音が無線を支配する。
「J-0!」
ユダが初めて感情を露わにしたように声を荒げる。
「機体の損傷が拡大しています。これ以上の交戦は不利益です。ここらで潮時です。撤退なさい」
冷静で、少しも揺らぎのない声音。だが指揮というよりも“命令”に近い重みがあった。
一瞬の沈黙のあと、ユダはレーザーダガーを収める。
「⋯⋯了解した」
爆煙の向こう、黒い鋼の巨人は静かに後退していく。
その姿が闇に消えるまで、スレイヴはリニアライフルを構えたまま、引き金に指をかけ続けていた。
「⋯⋯逃げたか」
「でも、あのまま続いても多分撃破はできなかった」
ナナミが小さく悔しげに呟く。
だがその胸中には、得体の知れぬ敵と、背後に控える謎の存在への強烈な疑念と不安が刻まれていた。
グリッド135のとあるセーフハウスにて⋯
ガレージ。モニターにベイラムのロゴが浮かび上がり、熱血系のような声が響く。
「任務目標──ルビコン解放戦線の移設型砲台、全基の殲滅を確認。作戦は成功だ!
さらに、今回の戦闘区域において、一時的ながらも“所属不明機”の反応を確認した!所属不明。
識別不能。だが心配は無用だ。我々も調査を進めている。次なる依頼の受領に期待する。以上だ!」
通信は一方的に途切れる。最後に残るのは、無機質な企業ロゴだけ
「⋯⋯“作戦は成功だ!”。言い回しまで体育会系じみてるのよね、あの連中」
「まあ、任務達成は任務達成。報酬が出るなら、悪くはないけど⋯⋯」
ナナミが小さくため息をつく。
「⋯⋯ほんと、熱苦しいもいいとこだわ」
彼女の声が途切れると、スレイヴは無言のまま愛用の焦げた手袋を手にはめ、
赤く煤けた「ラストリゾート」の装甲に手をかける。
油の匂いと金属音だけが、沈黙のガレージに響き続けていた。
レンチの音だけが響く中、ふとスレイヴが作業の手を止め、無造作にビニール袋をモニター横へ
放り置く。
「⋯⋯なにこれ」
「開けてみな」
ナナミが袋を開ける。袋の中には、どこで手に入れたのか不明な──油染みこそないが、少し潰れた
ドーナツが入っていた。
「あんた⋯⋯これ、わざわざ買ったの? ルビコンで?」
「ああ⋯⋯ベイラム経由で入手した。日頃からの感謝の気持ちだ」
「⋯⋯バカじゃないの。そんなの優先する余裕ないくせに」
「⋯⋯でも、ありがと」
小さく包み紙の音がする。そして、ほんのわずかに柔らかい声が返ってきた。
「⋯⋯甘っ。こんなの久しぶり」
「ルビコンじゃ嗜好品の類いは貴重品だ。しっかり味わえ」
「⋯次の任務も、生きて帰ってきなさいよ。ドーナツ代、無駄にされたら困るから」
スレイヴは何も言わず、再び工具を取り、黙々と機体の修復に戻る。
ただ、金属音の響きは先ほどより少し軽やかだった。
「スレイヴ。気になってたんだけど、いつもガレージルームの端に鎮座してるあのおんぼろMTは
何なの?」
ナナミがそんなことを聞いてきた。
「あれは俺のかつての相棒だ。おんぼろ言うな」
薄暗いガレージルームの片隅に、埃をかぶった四脚MT「タランチュラ」が鎮座している。
装甲の継ぎ目には錆が浮き、脚部のパイルバンカーは油切れで固着していた。
一時はスレイヴの命を繋ぎ、戦場を駆け抜けた相棒。
だが今は、静かな鉄屑へと戻りつつあった。
かつての傷跡ひとつひとつが、黎明期の戦いを思い出させる。
タランチュラは、スレイヴにとって戦場の原点であり、忘れ得ぬ証人だった。
油切れで固着した脚部は、わずかに軋み音を立てた。
まるでまだそこに意志が残っているかのように。