「でもそういうのって犯罪じゃないか」
「犯罪って?」
「だから警察につかまって」
「警察ってどこにあるんだ」
「そっ……そうか。ファンタジーの登場人物がとんでもない大胆行動に出れるのはおまわりさんに注意されないのをふまえての事だったのか」
──遠藤叔子作「ファンタジーだよ~ん」より引用
剣と魔法のファンタジーの世界に剣と魔法を取り締まる法律はなきに等しい。寧ろそれを助長することが多い。
しかしよく考えて欲しい。奴隷、人の家を家探しして金品を得る、森を焼く──これは、たとえ異世界だとしても倫理が咎めないだろうか。
これは、現代社会の人間とだいたい同じ倫理観をした異世界で、その倫理を守るために戦う「おまわりさん」の話である。
特徴的な、横に伸びた細長い耳。繊細な長い金髪は金塊から紡いだようだし、瞳は思慮深いアクアマリンの水色をしていた。
ただし耳はところどころ欠けており、金髪はあまり手入れが行き届いていない。目は確かに美しいが、その下の隈が酷かった。
彼──仮に彼、としておこう──は、葉巻を咥えていた。手狭なその部屋の壁や天井には彼の吸う葉巻の匂いが染みついている。この場にいる彼の部下は全員喫煙者なのでまったく気にしていなかったが、この部屋に出入りする非喫煙者は大抵眉を顰めるのだった。
彼女も例外ではなかった。
「主任! うっ」
「どうしたんですか」
彼は、荒れた外見からは想像もつかないほど穏やかな口調だった。
部下たちも彼女を見る。この部屋の者全員に共通していたのは、目の下に隈がべったりと貼りついていることだった。
制服に身を包んだ彼女は、思わず尋ねる。
「何徹目ですか……?」
「私は5徹。他の皆さんは3徹ですね」
「寝てください、特に主任。もうエルフ的にも若くないんでしょう?」
「この間509歳になりましたよ」
「それはおめでとうございます、じゃなくて。忘れてました、通信部に通報がありました!」
「──内容は?」
途端、空気が帯電する。それはこの場の者が、皆彼女の次の言葉を待っていると言う合図だった。それに息を吞みながらも、彼女はしっかり伝えた。
「『森焼き』です!」
その一言で、全員が立ち上がった。
部下たちが壁にかけられたマントを羽織る。彼は、葉巻をゆっくりと灰皿に押し付けた。
それから立ち上がると、彼の服装がわかる。
革のチューブトップにショートパンツ、ロングブーツ。
それに、椅子にかけていたマントを取って羽織った。きゅっとリボンを結ぶ。
それから、彼女に言った。
「わかりました。場所は?」
「西のフサンです! 追加応援は現在準備しているところです! あなた方に先行してもらいたいと上から」
「行きますよ、皆さん」
そう言って、彼は指を鳴らした。
途端にその場から、彼と共に部下たちの姿が消えた。
取り残された彼女は、ごくりと喉を鳴らす。
「相変わらず恐ろしい人……杖も魔法石も何も使わず一瞬で質量のあるテレポートをしてみせる……」
──朝、西のフサンの森は燃えていた。明朝に火がつけられたのだ。
「きゃああああ!」
「逃げろ! 逃げろ!」
「おかあさーん……!!」
色素の薄く耳が細長い人々が逃げ惑っていた。しかし彼らはエルフ。森以外で生きる術を知らない者たちだ。どこへ逃げていいかわからない──そんな彼らを、盗賊たちが捕まえる。
「男も女も捕まえろ! 高く売れる!」
「子どもはどこだぁ? エルフのガキも好事家に高く売れるんだよなぁ」
「おいおい、メスエルフを今から犯すなよ。商品価値下がるぞ」
「こんだけいりゃひとりぐらい殺したって十分稼ぎになるだろ? それ」
「ギャッ」
「あーあ、本当にやっちまったよ」
「しかし『兵器』を持って来たけど、使うまでもなかったな」
その中で抵抗を試みる者もいる。人間基準で言えば10代後半ほどの少年が潔癖そうに叫ぶ。
「放せ! 人間風情がエルフの森に何と言うことを……!」
「おうおう、エルフの森はいいよなぁ、良い稼ぎ場だ。兄ちゃんもなかなか売れそうな顔してんな。おい、こいつを縛れ」
「やめろ! 汚らわしい人間風情が……!」
少年は腕を掴まれたまま振り解けない。「放せ」と訴え続ける少年に、無慈悲に縄がかけられ──
「投降せよ」
──中性的な、しかし絶大なプレッシャーを与えて来る声が降って来た。
その途端、雨が降って来る。否、雨と言うにはあまりに雨量が多い。これが風呂桶を引っ繰り返したように、絶え間なく森に注がれた。
酸素を絶やす形で鎮火された森。
その間に、剣を持った者、ハルバートを持った者、鞭を持った者などが盗賊を襲っていく。
その中で、比較的彼らにとっての安全地帯にいた男が気付いた。
「け、憲兵だ!」
「げぇっ」
「なんだ憲兵? マッポ風情が俺たちに──いや待てよ、あのマント」
目の良い者が気付く。
この国の紋章が白抜きされたマント──それは王立騎士団と憲兵の双方が纏っているものだ。しかし、「これ」は違う。
鷲の刺繍が縫い付けられたマント。裁きの女神の使い魔を模ったそれは。
「特務課! 憲兵本部特務課だ!」
「じゃああそこで飛んでいるのは──」
彼らは見た。
箒も杖も、魔法石にすらよらず宙に浮き続けている、恐らく金髪の子ども。纏うマント以外は、革のチューブトップにショートパンツという随分煽情的な服装をしていた。一瞬彼らは欲情しかけたが、彼の睥睨による威圧感に膝を突きそうになる。
彼らは実感させられた。そう、彼こそが──
「……特務課主任!」
「まずい、奴が出てきたら俺ら全員お縄だぞ!」
「もうだいぶやられてるし! どうします、ボス!」
残された盗賊たちが追い詰められていく。その中でボスと呼ばれた盗賊の頭領は言った。
「くそっ、──おい、今『雨』で湿っていい具合の地面の泥になってる。あれを出せ!」
「へいっ!」
そう答えた手下が、懐から取り出した何かを地面の泥に突っ込んだ。
のちの取り調べでわかることだが、この手下はネクロマンサーくずれだった。
ブツブツ呪文を唱えると、そこから泥の塊が堆く伸びていく。
やがて、森の木々をも超える巨大な泥の塊──一応人型を模ってはいる──が立ち上がった。
「ゴーレムだ! これには勝てないだろ! 弱点は有名だがその前にお前を叩き潰すぜ!」
生き残ったエルフたちの悲鳴と盗賊たちの下卑てはいるが引き攣った笑い声。これで勝てる、そう思ったのだろう。
しかし。
「対象範囲、『切り取り』」
その一声で、ゴーレムの周りの空間が「切り取られる」。
宙に浮くゴーレム。それを前にした彼は、両手を翳した。
ブツブツと早口で呪文を唱える。
「……『赤い』……『苛烈』……『噴火』……『収束』……」
その間に、彼の周りに熱が集まる。あまりにそれは熱く、もし彼と同じ位置から見ることができれば、陽炎ができていたのが観測されただろう。
そして、彼は言った。
「『撃て』」
翳したその手から、炎の群れが飛び出た。
それは巨大な一個の塊となり、ゴーレムに襲い掛かり、何もかも焼き尽くし──……「Emeth」と書かれた羊皮紙すら、丸ごと焼き尽くしたのだ。
ゴーレムを一切合切焼き尽くし、消えた炎。呆ける盗賊たち。
彼らを特務課の憲兵たちが打ち倒す。素早く拘束されていく盗賊たち。
ボスと呼ばれた男が逃げようとして、その足の腱を絶つ剣。
「ぐわあっ……!」
「……特務課を知っているのなら」
足から血を流して悶えうつボスに、その剣使いは言った。
「ウチの主任が『攻城砲のケルシー』と呼ばれていることも知っておくべきだったな」
「くっ……!」
「──あぁ。すみませんね、ウチの部下が荒っぽくて」
空中から舞い降りて来た彼──ケルシー。ケルシーは足から血を流す盗賊の首領を見て、気の毒そうに言った。先程彼らの虎の子を焼き尽くした魔法使いとは別人のようだった。
ケルシーは部下に問う。
「ちゃんと縛りましたか?」
「はい」
「それなら足の怪我を治しましょう」
そう言って、しゃがみ込んだケルシーは頭領の脚に手を翳す。
緑色の光が点り、傷が治った。
呆ける頭領を無視して、ケルシーは部下に命じた。
「さ、これで歩かせやすいですね。そろそろ増援が来るはずだから彼らに引き渡して終わりです。──あぁ、それとあなたがボスだったようですね」
マントを翻して、ケルシーは言った。
「今回の事件は放火罪、騒乱罪、凶器準備集合罪、殺人罪、傷害罪、強姦罪……ついでにあなたには手下を悪の道に唆した幇助罪を問われるでしょう。『森焼き』は極刑を免れないので、お覚悟を」
「い……イヤだ! 助けてくれ! ここから逃がしてくれ! なんでもするから……!!」
縄で縛られた頭領が命乞いをする。そう、この国では極刑は即ち死刑を差した。それにつられて他の盗賊たちも騒ぎ出す。
それに、ケルシーは冷然と答えた。
「感謝すべきですよあなたがたは、この国の司法に。この場で殺すのは簡単ですが、ちゃんとあなたがたには裁きを受ける権利がある。たとえ、結果が丸わかりだとしてもね」
「イヤだ―!!」
「あ、増援来ましたね」
馬の嘶きと蹄の音が複数。駆けつけて来る憲兵隊西方支部からの増援に、それまで蚊帳の外に置かれていたエルフたちが人心地ついたようだった。幌馬車も来たのでそれに乗せるべく盗賊たちを引き摺って行く部下たち。
彼らが離れたところで、それまで無表情だったケルシーがエルフたちに優しく微笑んだ。
「皆さん、大変災難な目に遭われましたね。森の代表の方に憲兵本部に顔を出してもらうことになりますが、その際に騎士団を通じて王家に森の復興予算を申請してください。具体的な数字、申請の仕方などは騎士団事務課が相談に乗ってくれるのでそれに従ってくださいね」
呆けるエルフたち。それはそうだろう、ただでさえ非道な目に遭い非常に疲れていた矢先に、森の復興予算の申請などと言われたのだ。頭が働かないだろう。
それを誰よりもケルシーが知っていたが、彼はカウンセラーではない。そういったことも含めて、増援の憲兵は手続きをしてくれるだろう。「それでは」と踵を返そうとしたケルシーのマントを引っ張る存在がいた。
彼が振り向くと、エルフの幼い少女がいた。金髪の巻き毛が少し焦げている。そんな彼女は、ケルシーに言った。
「あの……おじちゃん? おばちゃん? わかんないけどあなたがわたしたちをたすけてくれたんだよね?」
「職務ですから」
「でも、ありがとう!」
少女は懸命にそう言った。
それに、ケルシーは頬を綻ばせる。彼女の頭に触れた。
「あなたも、頑張って逃げましたね。えらいですよ」
「……う……」
少女の眼が潤む。
彼女の頭を撫でながら、ケルシーは言った。
「もう泣いてもいいんですよ」
「……うわーん!! お母さーん!!」
「あぁおいでルネ、……本当にありがとうございます」
駆け付けたボロボロの姿の母親らしき女性が、少女を抱き上げる。その少女の髪の焦げ目は、潤いを取り戻していた。それに気付いてか気付いてないのかわからないが、母親らしき女性は頭を下げた。
ケルシーは敬礼した。
「職務ですから」
それから、指を鳴らした。
本部に帰って来たケルシーたち。彼らは上司に挨拶したのち、特務課分室に帰って来た。
それから、彼らはそれぞれの座席に座る。
そして、持っていたアンプルの蓋を折った。
それの中身を彼らは一気に呷る。
キュイン、と音を立てて彼らが緑色に光る。
ケルシーが目元を揉みながら言った。
「あ~~生き返りますね」
「エリクサーがなければ我々とっくに過労死してますよ」
「特に主任、今日でっかい魔法2つ使ったじゃないですか。水魔法と火炎魔法。MPは大丈夫です?」
「MPは無駄にあるから大丈夫です……あぁでもHPとNP両方回復するエリクサーをもらってくればよかったですね……」
ごしごしと眼を擦るケルシー。それから、彼は椅子を鳴らした。
「さて……あとは報告書を書けば終わりです」
「この前の事件とこの前の前の事件の報告書がまだ終わってないんですが」
「え~んエリクサーじゃなくてベッドで寝て回復したい。その方が効率良いのに。折角龍脈通ってる土地に立ってる寮なのに最後に帰ったの1週間前ですよ……」
「泣くな、泣いたら終わりだ」
「主任~……」
「……」
ケルシーは、黙ってシガーケースを抽斗から取り出す。
そして葉巻を取り出すと、シガーカッターを使って吸い口を作った。それから、葉巻に指先から火を点けると、それを咥えた。
深々と喫って、そしてゆっくりと煙を吐き出した。
「皆さん」
それから、ケルシーは言った。
「我々は公僕です。国民の皆さんのために尽力しましょう」
「給料分以上働いてますよ俺ら~!!」
終いには本当に泣き出しそうになる部下たちに、ケルシーは葉巻片手に労った。
「……報告書が終わったら、焼肉奢りますよ。私の奢りで」
「さっすが主任わかってるぅ!」
「エール、エールつけてくれます!?」
「シャトーブリアン出してくれる店じゃないとイヤですよ!」
わぁわぁと騒ぐ部下たちに、ケルシーは苦笑するのだった。
ここは王立騎士団憲兵本部特務課分室。最強の魔法使いを柱とした、精鋭の憲兵たちが集うところ。彼らは日夜、国の平和を守るため、民のために奔走する。
End.