エルデの王in血みどろの同窓会   作:倉咲

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王の近況

 

 フォドラの大地は春の謳歌を迎え、このガルグマク大修道院にも春の暖かな風が吹き込み始めた。そんなうららかな早朝の訓練場にて2人の剣士が木剣を構え向き合っていた。ベレトと仮面の剣士イエリッツァである。

 

「いざ、死合うとしよう」

 

 イエリッツァが神速の踏み込みと共に斜め上から剣を振るう、ベレトが後ろへのステップで身を躱し、首に向けて突きを撃ち放つ。イエリッツァがギリギリで剣を盾に防いだがベレトの怪力を受けて、後方へと吹き飛ばされていった。

 

「クッ…クハハハハ、もっともっとだ」

 

「ふっはああああ」

 

 今度はベレトが力強い踏み込みと共にイエリッツァに斬りかかる、イエリッツァも剣を振い、一合二合そのまま二人で示し合わせ息を合わせたように激しい剣と剣の撃ち合いが続いてく。

 

 バキッ……二人の間で決着がつく前に限界を迎えたのは木剣の方だった。二人の木剣が同時に折れ曲がり半ばから吹き飛んでいく。両者とも剣を失い、拳打の撃ち合いが始まろとしていたところにパンと拍手の音が鳴る。

 

「そこまでです。両者共に一歩も引かぬ素晴らしい戦いでしたよ」

 

 春の優しい風で美しい緑の髪をたなびかせる、汚れなど寄り付かない聖域のような攻撃的な清楚さをうちに秘めた司祭服に身を包んだ女性が褒める言葉とは裏腹に責め立てるように立っていた。

 

「ですがベレト貴方は絶対安静のはずですね?」

 

「怪我は治りました大司教様、問題はありません」

 

 ピキッと言う幻聴が聞こえた気がする。

 

「ベレト」

 

「大司教様用件がそれだけならば俺たちはここで失礼します」

 

「待ちなさい。イエリッツァ先生、ベレトは私が預かります」

 

 イエリッツァが無言で首を縦に振って肯定の意を示す。

 

「来なさい、ベレト」

 

 一息ため息を吐いてベレトがレアに追従して行く。大広間を抜けて、階段を昇りたどり着いたのはレアの部屋だった。少しの重たい沈黙の後、レアが語り出す。

 

「盗賊の死体がなにか大きなものに押し潰されたようにぐしゃぐしゃの状態だったと騎士団から報告が上がっています。ベレト貴方にその力を使わせるほどに強きものがいたのですか」

 

 ベレトが罰が悪そうに顔を背ける。

 

「…………油断…したそれだけだ」

 

「本当ですか?」

 

 レアはベレトの背けた顔を両手で優しく正面に向けて、目を覗き込む。少ないない時間をそうした後、納得したように頷いてベレトを抱きしめ、子供を宥めるように頭を撫でる、

 

「気をつけなさい。私の子、新たなるナバテアの子よ、かつて私たちはいやしくも卑劣な盗賊に敗れたのです。貴方にはそうなってほしくはない」

 

 ベレトが黙り込んで恥ずかしいような嬉しいような感触に小さくなっていく。

 

「離してくれ、恥ずかしい」

 

「ふふ…駄目です。お仕置きですよ」

 

 ベレトが諦めたように力を抜いて、数瞬考え込んで不安なような期待するような面持ちで問いかける。

 

「ジェラルトさんは本当に俺の父親なのか?」

 

「間違いありません。貴方の美しい緑の髪、その顔もジェラルトと貴方の母シトリーによく似ています。何よりこの胸から感じる神祖の力は紛れもなく双子の姉ベレスと今も繋がっている証」

 

「そう…か。……なら何故教えてくれなかった!そこまでわかるなら!あの時だって」

 

 レアが穏やかな表情ででも少しだけ影を落として語る。

 

「ごめんなさい。ですが私も確証が無かった。そしてあの日あの時に全てを伝えれば、もう会うことはない気がしたのです……」

 

 ギュッと強く抱きしられる。

 

「ごめんなさい、不出来な母ですが貴方のことは息子のように愛しています。それだけは分かって」

 

 コンコンコンというノックの音と共に扉の外から声が聞こえる。

 

「レア様、ジェラルトです。こちらにベレトが来ていると聞いたのですがいらっしゃいますか?」

 

 ベレトがレアの抱擁を解き立ち上がる。

 

「ジェラルトさんとの約束があったんだ、俺は行くよ」

 

「あ…待ってベレト」

 

「なに」

 

「いってらっしゃい、気をつけるのですよ」

 

「……いってきます………母さん」

 

 ベレトはぷいとレアに背を向けて早足で扉の外に逃げ出すように出て行った。

 

「……ふふっ…本当に可愛らしい子ですね」

 

ーーーーーーー

 

 食堂にて今日振舞われているパンの上に乗せられた焼き溶かしたチーズの芳醇な匂いとスープから立ち上がる湯気がひどく食欲を誘う、そんな贅沢な朝食を前に食堂には重苦しい沈黙が広がっていた。向かい合うように座るベレトとジェラルトが原因だった。その重苦しい空気は周囲にも影響して、アロイスなど自分のことのようにハラハラした様子で見ているし、事情を知らぬ生徒や修道士にまでチラチラと様子をうかがせることになってしまっていた。そんな沈黙を打ち破ろうとジェラルトは覚悟を決めてしゃべりかける。

 

「…………あーっとベレトお前はどこまで憶えてるんだ、俺たちのこととかよ」

 

 ベレトが食堂の雰囲気など微塵も感じていないように冷静にどこか冷たさを感じる声音で返す。

 

「…俺の記憶は奴隷として過ごした日々までしか遡れない。それ以前はぽっかりと抜け落ちた感覚です。幼少の頃ことは欠片も思い出せない、ジェラルトさんのこともベレスさんのことも」

 

 彼の驚きと怒りを表すようにジェラルトは机をバンと叩きながら立ち上がる。

 

「奴隷だと!!どいつがお前をそんな目に合わせた」

 

 ベレトは困惑したように、目を丸くする。

 

「俺のために怒ってくれているんですか?」

 

「当たり前だ!!息子を奴隷などにされて黙っていられるわけがない」

 

 ベレトの口からは自然と穏やかな笑い声が溢れていた。

 

「どっ…どうかしたか、ベレト」

 

「……ふふっ…ありがとう。ジェラルトさん、俺のためにそんなに怒ってくれて、嬉しいです。でも大丈夫、ご主人様も奴隷商の人もみんな死んでるから」

 

 ああ、今でも鮮明に思い出せる。あの日の蛮地の王の暴虐も騎士の死体から剥ぎ取ったロングソードで貫き通した無敵とすら思えたご主人様の泣きそうな死に顔も。

 

「…そうだジェラルトさんこそどうなんですか。これまで、傭兵をしていたんでしょどんな戦場を渡りましたか。昔はセイロス騎士団の団長だったと聞きました、団長ということは貴族のお生まれだったんですか?」

 

「おっ…おうひとつずつな」

 

 両者の緊張が少しは取れたのだろうか、会話は和やかに進んでいった、失った親子の時間を取り戻すように。

 

「そうだ。お前は医務室にいたから知らんだろうがベレスの奴が士官学校の教師をすることになった。担任する学級にお前のいる金鹿を選んだそうだ。あまり人付き合いもしてこなかった奴だ、できるだけフォローしてやってくれ」

 

「へぇー傭兵から士官学校の教師に転職か、大司教様も思い切ったことをしましたね」

 

 ジェラルトの苦虫を噛み潰したような顔が一瞬垣間見える。

 

「お前……レア様の養子になっているそうだな」

 

「うん、そうですね。養子に引き取られました。まぁ…そんな苦しそうな顔をしなくてもいいですよ、ジェラルトさん。俺は俺で納得の上、養子縁組をしました。ジェラルトさんたちみたいに実質選択を強制された訳ではないですから」

 

「そうか」

 

「それに俺には以外と優しいですよ、大司教様は」

 

 ベレトが囁くように小さく呟いたのをジェラルトは聞き取った。

 

「ベレスさんには気をつけさせたほうが良いかも知れませんけどね。大司教様にはなにか企みがあるようですから」

 

 いつのまにか朝食を食べ終えていたベレトが席を立つ。

 

「では今日はこれで失礼します。また、母のことを教えてください」

 

 ジェラルトが引き止めるように手を伸ばそうとして、躊躇ったように戻す。

 

「んっ…どうかしました、ジェラルトさん」

 

「この大修道院にシトリーの……お前の母の墓がある、その墓参りにベレスと行くつもりだ。…良ければ来ないか?」

 

「ええ、その時はよろしくお願いします」

 

 

 




 王の記憶
ベレトの記憶には幼少期がすっぽりと抜け落ちている。
奴隷時代の過酷な日々が原因か、それとも別の原因か今となっては分からない。だが夜を渡り思い出した、情景と胸の鼓動をよすがとしてフォドラに辿り着いたのだという。
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