ダンジョンに伝説の忍がいるのは間違っているだろうか   作:sakky314

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閉幕

 オラリオの冒険者と闇派閥(イヴィルス)が下界史上最大規模で争った大戦争。

 人呼んで『大抗争』。

 敵主力の撃滅と敵の首魁『邪神エレボス』を女神アストレアとうちはマダラによって捕縛されたことで、オラリオの住民は勝利の結末に歓喜した。

 

 そんなオラリオを、月明かりが照らし始めた夜。

 神の塔の頂をオラリオに住むすべての人が見上げている。

 

「『バベル』の天辺....初めて来たな。なるほど、いい景観だ。ここなら俺も文句はない」

 

 ここからはよく見える。

 このオラリオを壊されたことに怒る憎しみの顔が―――

 ここからはよく聞こえる。

 大切な人を奪われた者の怨嗟に満ちた憤怒の声が―――

 ここからはよく知れる。

 巨悪が打ち砕かれんと願う子供達の願いが。

 

 それでも、男神は表情を崩さずに、自分をここまで連れてきた女神に対して向き直る。

 

「が、ヘルメス、我が友よ。何故ここにいる?ああ、待て。大方予想はつく......立会人、俺が処断されるところを見届けに来たというところか?」

「ああ、エレボス。別にいいだろう、お前の願いを叶えたんだ別にオレ一人くらいどうってことないだろう?」

 

 恨みがないとは言い切れない。この『大抗争』でヘルメスの眷属も幾人か天へと還った。だが、それでもエレボスは神友だ。だから、ここにはヘルメス・ファミリアの主神としてではなく、ただの一人の見届け人()として昇ってきた。

 そんな神友の瞳にエレボスは肩を竦めることで答える。

 

「ここには私達三人だけ......全ての者が地上から、この『バベル』を見上げている」

 

 鞘から抜き出した銀の剣を見てエレボスは嗤う。両手を広げ、狙いをつけやすいようにその胸をさらけ出す。

 

「さあ、アストレア。一思いに貫け、この物語の最後を飾ろうじゃないか」

 

「その前に、聞かせて頂戴。エレボス」

「焦らすな、アストレア。この『悪』に何が聞きたい?」

 

 そう言って笑みを絶やさぬ男神にアストレアは、間もなく問うた。

 

「『正義』とは?」

 

 その問いを聞いたエレボスは、オラリオに姿を現して初めて笑顔をその顔から消す。

 

「貴方はずっとリューに......そして私達に問いかけてきた。『正義』とは何か?『正義』とはどこに至るのか?そしてわかるのならば、示してみろとそう訴え続けていた」

 

 アストレアの脳裏に浮かぶのは18階層での一幕。『絶対悪』を名乗る神がこの戦いで見たかったと言った、正邪の決戦。

 

「貴方は確信している。私が存在しないと言った『絶対の正義』があることを。そして、戦い抜いた冒険者を......リュー達を見て、子供達がその『答え』を得るだろうことを。違う?」

 

 エレボスのことをまっすぐに見つめて離さないアストレアに、自身の失敗を悟る。

 

「まさか、君にも気づかれるとは思いもしなかったぜ。アストレア」

「私にもって......マダラね?」

「ああ、だが彼よりも交わした言葉は短いのに、そこに至ったのは流石だぜ?流石は正義の女神だ」

「調子のいいことを言って私を煙に巻こうとしても無駄よ?」

「『正』と『悪』の物語の配役(キャスト)に君を選んだのは間違いだったな。まったく......」

 

 目を細めて微笑みを浮かべる女神とそんな女神のお転婆さに呆れの苦笑いを向ける男神。

 そんな女神の神意に根負けしたエレボスは口を開く。

 

「正義とは『未練』でも『知恵』でも『継承』でもない。群体の正義を掲げるお前からすればそれも一つの答えなんだろう。だが、この『絶対悪()』からすれば、それは違う」

 

『悪』と『正』。神と人が定めたその定義に従って、己を『絶対悪』と標榜しているがために、その対極の存在が分かってしまう。

 

「正義とは―――

 

 

 

理想だ」

 

 告げられる『答え』に皆が目を見張る。

 

「リオンから俺の話は聞いたか?」

「えぇ、一言一句覚えていると、聞かせてくれたわ」

「ふっ、律儀な奴だ」

 

 エレボスは語り始める。下界の子供達が探し続けている、問題の答えを。理想が正義足りえるその理由を。

 

「分岐器を切り替えなければ、五人を見殺しにする。切り替えれば一人だけが死ぬ。その選択を子供達はどちらが正しいのか悩んでいる。そして、貨車(トロッコ)を脱線させて、全てを壊したいと願うのが『絶対悪(俺達)』ならば―――」

 

「全てを救ってしまいたいと願うのが『絶対正義(私達)』だと?」

 

 エレボスの言葉の続きを先んじて答えるアストレアに、エレボスは笑みを浮かべる。

 

「前提が違うと呆れられるだろう。あり得はずがないと笑われるだろう。だが、そんな『理想』を子供達は希求し、そして、手を伸ばして掴み取ってしまう奴がいる」

 

「だから、子供達も神々も彼らを『英雄』と称えるのさ。その偉業を忘れぬように。導くように。歴史や物語としてまでな」

 

 誰も「この結末が『理想』だ」と、笑える人はいないだろう。それほどに、この『大抗争』は犠牲が多すぎた。それでも、エレボスはその『答え』をオラリオに求めた。

 

「......エレボス、お前は『地下世界』や『暗黒』を司っていても、決して死を歓迎していたわけじゃない。天界では気紛れで、付き合いの悪かったお前だが......それくらいは、わかっていたよ」

 

 天まで届く塔の上から見える光景に心を痛めながらも、エレボスの神意に触れたヘルメスが告げる。エレボスは眉を下げ、瞳を閉じて、死者を悼むように答える。

 

「......『答え』が欲しかった。オラリオが、下界が進むべき指標が」

「エレボス......」

「これより待ち受けている、いかなる絶望や苦難にも屈さず、『理想』を求め続ける眷属達の輝きが。―――世界が欲する『英雄』が」

 

 男神の神意に隠れ潜んでいた、神にしかわからない真の神意。

 

「リオン達は『答え』を口にはしなかったが......もう、俺が問いかける必要はない」

「......」

「旅の果てに『希望』へたどり着くことを、俺は確信できた。そして、それまでの道のりはマダラに託した」

「マダラが何者なのか、貴方は知っているというの?」

 

 そんなアストレアの問いかけに、エレボスは嗤った。好いている女子に悪戯をする男の子のように。ただただ無邪気に笑った。

 

「おや、アストレアはマダラのことを何も知らないのか?残念だ......」

「.......」

 

「オレも、その彼には興味があるな」

 

 次代の英雄。その誕生までを任された男の話題に、ヘルメスの神としての一面が顔を見せる。

 

「そうか、興味があるか。我が友ヘルメス。今からでもマダラを迎えてやったらどうだ?」

「そういうことをするのね、ヘルメス?」

 

 突然、エレボスとアストレアから矢印を向けられて「うえっ!?」と声を漏らすヘルメスはおとなしく空気に徹することにした。

 空気へとなった観測者を横目にエレボスは口を開く。

 

「マダラは決して『望まれた英雄』なんかじゃない。むしろ、『絶対悪()』の同類だ」

「『望まれた英雄』じゃない?どういうことなの?」

 

 そんなアストレアの疑問を無視してエレボスは続ける。

 

「だが、マダラは知っている。『理想』があることを。そしてそれを摑めることを。彼は『英雄』ではないが、まぎれもない『英傑』だよ」

「彼は......マダラは、一体何をしてきたの......?」

「さぁ?それは君が彼の口から直接聞くと言い。ただ.......忘れるなよ、アストレア。マダラが一体何者だろうと、もう彼はこの下界にいる子供達の一人だっていうことをな」

 

 月が昇り、夜風が肌を突き刺す中、中央広場(セントラルパーク)を取り囲む民家の屋根からこちらを見上げている正義の眷属達。その側に佇む青年を、エレボスは下界の子供達を見守る神の慈愛の笑みをもって見つめた。

 

「さて、アストレア。俺は俺の気の向くままに、自分勝手に満足させてもらったよ」

 

 今一度、地上に集まる冒険者たちの顔を眺め、自身の行いに満足したエレボスは、アストレアの方に向き直る。

 

「.....数多の命を天に帰し、選ばれしものを見出して、超克させる。『正義』も『悪』も全て礎に変える。それが貴方の神意」

「そして、それが貴方の『正義』」

 

 天秤を司るものとして、エレボスの罪状を告げる。

 

「正義じゃないさ。言っただろう?絶対の正義とは『理想』であり、決して気紛れな神の自己満足(エゴ)なんかじゃないんだ。......これは悪なんだ」

 

 己が神意に触れられても尚、男神はその罪を否認した。

 情状酌量の余地などないのだと。数多の命を巻き込んだ神の自己満足を美談とすることなど、許さないとばかりに。

 

「そうですか......。ならば私が、正義の女神(アストレア)が断じましょう」

 

 罪を認める罪人に対して、銀の剣を持った裁判官が罪名を告げる。

 

「貴方の悪とは、『絶対悪』ではなく――――――『必要悪』」

 

「理想に至れない下界を、理想に至らせるための『踏み台』」

「とても独りよがりで醜い、高潔な悪」

「子供達は貴方を許しはしない。ほかの神々も貴方を嗤うでしょう」

 

「―――けれど私だけは、貴方の『罪』を決して忘れず、想い続ける」

 

 聖なる響きを以て告げられる自身の『罪』に、男神は苦笑いを作る。

 

「酷い奴だな、アストレア。俺はカリスマで、カッコよくて、残虐非道な『悪』でいたいんだ」

 

「それこそ、私の知ったことではないわ」

 

「そうか......そうだな......そうに違いない」

 

 『悪』でありたい男の戯言など聞き入れず、正義の女神は微笑みを男神へと向ける。

 エレボスが下界から去った後も、アストレアは彼の『罪』を忘れないだろう。誰に恨まれようと、笑われようと、貫き通した、その心の片隅にある彼の『正義』を。

 

「さぁ、終わらせよう、アストレア。今度こそ俺を裁いてくれ」

 

 裁定の剣を求める男の姿に、最後に、最顔に一つだけ。アストレアは問いかけた。

 

「貴方は、下界を愛していた?」

 

 星が煌めく。夜空が呻る。風が鳴く。松明が火花を散らす。

 輝く魂を見下ろせる、下界で最も天界に近い場所で、『彼』は笑った。

 

「当たり前じゃないか、アストレア」

 

「俺は子供達が、大好きさ」

 

 アストレアは目を伏せる。ヘルメスは帽子の鍔を抑え、表情を隠す。

 わずかな沈黙の後、アストレアは決意をもってその判決を下した。

 

「――邪神エレボス。貴方を裁きます」

 

 光の柱が昇る『神の塔』。天へと続くその柱に、オラリオ中が歓喜を上げる中、青年と少女だけは静かにその柱を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「んで、オマエはいつまでアタシ等についてくるんだ?」

 

 『神の塔』から降りてきたアストレアを迎え入れ、拠点(ホーム)へと帰る夜の道のりで、ライラが突き放す様に尋ねる。

 それが、不器用な団員を見てきた賢い彼女の彼女なりの優しさ。

 言いにくそうに佇むマダラよりも先に、アストレアが口を開く。

 

「いいじゃない、ライラ。もう既に、マダラは私達のファミリア(家族)なのだから」

 

「「......はっ!?」」

 

 微笑むアストレアに、わかってたように笑うライラとアリーゼ。うっすらとその雰囲気を感じ取りつつも驚いた表情を見せる団員達、そして、心底理解できないという顔を見せる輝夜とリオン。

 

「この男が正義の名を語るなど、納得できません!アストレア様。どうか今一度ご再考を」

 

 眷属達の中で最もアストレアに心酔しているリオンが声を上げる。あの邪神を最も近くで見たからこそ、正義の在り方を求める彼女には、彼の存在が許せなかった。

 

「はいはい、リオンそこまでよ。アストレア様がひっっっっじょ~~~~うに珍しく、新しい仲間を連れてきてくれたんだから!こういう時は笑顔で迎え入れなくちゃ!!」

 

 こわばった妖精の頬をムニムニとほぐし上げ、笑顔を作り上げる。敬愛する主神と派閥の団長に言われて言い返せなくなってしまったリオンは、困ったように眉を下げた。

 

「フフン!それでいいのよリオン。それじゃあ、仲直りと初めましての握手よ、握手!」

 

 そういって、アリーゼはリオンとマダラの手を取り上げる。無愛想で一歩前に進めない不器用な兄と他者に肌を触らせない気難しい妹の間を取り持つように。

 やや、間を開けて、二人は歩み寄る。

 

「よ、よろしく頼む......」

「こちらこそ.....よろしくお願いします......」

 

 そんなアリーゼの手を介してぎこちなくも歩み寄る二人に、夜空に輝く星に負けないほど、アリーゼの笑顔が輝く。

 

「さあ、帰りましょう!私達のホームへ!」

 

 二人と手をつないだままに帰りの道を駆け出したアリーゼに、皆が笑顔を溢してそのあとに続く。

 そんな彼女たちの背を夜空の星々と一人間を開けた少女の目が見つめていた。

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