願いの物語シリーズ【星野雛】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
先輩に誘われた映画撮影が終わり、私はその後に行われた撮影で病気になってしまい入院していた。
長い間休まず撮影していたからだろうか。多分過労だと思うのだけれど。
先生は未知の病気だなんて言っていて、私は思わず笑ってしまうのだった。
しかし、もう疲れてしまっていたのは確かだ。その未知の病気とやらで死ぬのも悪くないと思えたのだった。
だが、どうやら私の波乱はまだ終わっていないらしい。
私しか居なかったはずの部屋に一人の少女が来た事で、私の時計は再び動き出す事になる。
「あー! 痛いよー! 死んじゃうー」
「大丈夫。盲腸じゃ人は死なないよ」
「分かんないもん! 死んじゃうかもしれないもん! お兄ちゃん! ずっと横にいて! 傍にいて!」
「そうしたいのは山々だけど、夜には帰らないといけないんだ」
「ぶー! やだやだー! そんなルール関係ないモン!」
「ほら、陽菜。あんまり騒いでいると、他の人に迷惑だろう?」
ヒナと呼ばれ、私はビクッと震えながらそちらを見ると、やたら顔の良いイケメン君が私の方を見ていた。
そして、そのイケメン君に撫でてもらいながら泣いている少女が一人。
彼女もイケメン君に言われ私の方を見て、目を見開いた。
「おねーちゃん?」
「知り合いか? 陽菜」
「うん。前に一度だけね。会った事があるの」
一度だけと言われ、記憶の底を漁り、考える。
そして、遥か遠い昔の記憶に一つだけ引っ掛かる物があった。
「もしかして……七夕の時に会った、ひなちゃん?」
「そうだよ! 覚えててくれたんだ!」
「いや、ひなちゃんこそ、よく覚えてたね。確か、前に会った時は三歳だったでしょ?」
「ふふふ。陽菜は天才なので」
「そっか。凄いね」
「えっへん!!」
それから、私は陽菜ちゃんとそしてそのお兄ちゃんである立花光佑くんとも話をした。
二人は私の出演した映画を見た事は無いらしく、顔は知られていなかった。
お陰で、ただの星野雛として話をする事が出来たのである。
すぐ私に懐いた陽菜ちゃんは、最初こそお兄ちゃんが帰って寂しいと言っていたが、私が色々な映画の話をすると落ち着き、またニコニコと笑ってくれるのだった。
可愛い子だ。
見ていて飽きないし。辛かった思い出も忘れられる。
「それでね。陽菜。芸能界を目指す事にしたんだ!」
「そうなの?」
「そう。お兄ちゃんがグラビアアイドル? って奴を好きだっていうからさー! 陽菜がアイドルになってお兄ちゃんを守るのだ!」
「そっか。彼。グラビアアイドルが好きなんだね。うんうん。なら、良いかもね。応援してるよ。陽菜ちゃん」
「ありがとう! 陽菜ちゃん、ガンバリマス!」
「ふふっ、あ。でも、アイドルって事は芸能界か。うーん。芸能界かぁ」
「どうしたの? おねーちゃん」
「いやね。芸能界っていうのは怖い所なんだよ。酷い人たちもいっぱい居てね? 陽菜ちゃんが傷ついちゃうかもって考えたら、おねーさん。うーん。って考えちゃうなぁって」
「えぇー。そうなの? それはヤダなぁ」
「うーん」
「ねぇ、なんとかならない?」
「うーーん」
「おねーさん!」
「分かりました! よし。じゃあおねーさんが協力してあげよう!」
「ホント!?」
「うん。陽菜ちゃん。貴女に演技を教えてあげる」
「えんぎー?」
「そう。演技。芸能界で生きていく為には、上手く相手と付き合う事が大事なの。たまには人を騙したりね」
「ふんふん」
「それに、陽菜ちゃんがアイドルとしてデビューしたら映画とかに出演するかもだし。演技の事は知っていても損じゃ無いでしょ?」
「た、たしかに! じゃあ演技の事、教えてください!」
「まかされたー!」
それから私は陽菜ちゃんに色々な事を教えた。
それは陽菜ちゃんが退院してからも続き、陽菜ちゃんは学校帰りにわざわざ病院に来て、私と話をしてくれるのだった。
どれだけぶりだろうか。
それは涙が出てくるほどに楽しい時間だった。
しかし、どんな時間にも終わりは来る。
ある夜。私は喉の奥に熱さを感じて、苦しさに咳き込んでみれば、手のひらに大量の血を吐き出していた。
こうして目に見える様な状態になる事で感じるのは震える程の恐怖だ。
私という人間が終わるときが来ているのだ。
だから、私はもう陽菜ちゃんに会わない事にした。
だって、別れは辛いから。
そんな気持ちを陽菜ちゃんに味合わせたくは無いから。
「陽菜ちゃん。もう終わりにしようか」
「え? でも、まだ陽菜、覚えてない事いっぱいあるよ」
「でも、陽菜ちゃんもここにばかり来ているとお友達と一緒に遊べないでしょう?」
「お友達なんてどうでも良いよ! 陽菜は、おねーさんと一緒に居たい。ねぇ、だめ? 陽菜の事、嫌いになっちゃった?」
「そうじゃないの」
「ねぇ、陽菜。もう煩くしないよ。良い子にする。だから、だから」
「ごめんね。陽菜ちゃん。ごめん」
「やだ! やだよ!」
「もう今日は帰って。ほら、もう帰らないといけない時間だよ」
「やだ。帰りたくない」
「……しょうがないなぁ」
私はバッグから、お婆ちゃんが最期に遺してくれたリボンを取り出すと、陽菜ちゃんを呼び寄せて、それを手首に巻く。
私の愛した全てが詰まった物だ。
きっと陽菜ちゃんに多くの勇気と力を与えてくれる。
「これ。私の一番大切なもの。陽菜ちゃんにあげる」
「……おねえちゃん」
「だから、元気でね。陽菜ちゃん」
「……また、明日、また来るから! 絶対また来るから!!」
陽菜ちゃんの言葉に背を向けて、私はベッドに横になった。
そしてナースさんに、事情を伝え、陽菜ちゃんを通さない様にお願いする。
それから私の病室は火が消えたように静まり返り、寒さを感じるほどの静寂の中で私は日々を過ごしていた。
陽菜ちゃんが来なくなってから三日。
私の体を蝕んでいる謎の病気はいよいよ終わりの時を迎えようとしているらしく、私は体を起こす事すら出来なくなった。
それでも、私は窓から見える星を眺め、ただあの子の幸せを願うのだ。
終わりの時まで……。
「あっ、あっ! 押さないで! あうっ!」
「あ。ごめん」
「もう! 綾ちゃん! もっと丁寧にやってよ!」
「しょうがないでしょ。お友達ってば加減が出来ないんだから」
「もう! まったくもう! なんだから!」
なんだろうか。
声が聞こえる。
誰かの声が。
「あ、鍵が掛かってるよ。窓の鍵」
「はいはい。少し待って。お爺ちゃん。お願いできる?」
「あ、あいた。さすがー! どりゃ! 侵入成功!」
大きな月明りに照らされたその窓の辺りに小さな影が映り、それが窓を乗り越えて中に入ってきた。
そして、私に近づいてくると、ニッコリとあの日と変わらない笑顔を向ける。
「久しぶり! おねーさん!」
「ひな……ちゃん?」
「もうー。全然通してくれなくてさー。だから勝手に入ってきちゃった!」
何でもない事の様にそう言い放つ陽菜ちゃんに私は何だか笑いがこみあげてきてしまった。
しょうがない子だなぁ。なんて言いながら、もう殆ど動かない左手を動かして陽菜ちゃんの頭を撫でる。
陽菜ちゃんは嬉しそうに私の手に撫でられた後、落ちてゆく私の手を捕まえて両手で抱きしめて、笑いながら涙を流す。
「綾ちゃん。どう?」
「……わかんない」
「分からないって、どういう事?」
「見つからないんだよ。そのお姉さんの中にある病気が、その縁が見えない」
「そんな……じゃあ、どうなるの?」
「分かるでしょ」
「ねぇ、何か方法は無いの!?」
「あったらこんな話しないよ」
「っ」
陽菜ちゃんは一緒に入ってきた女の子と話をしていたが、満足いく答えは得られなかったのだろう。
先ほどよりも辛そうな顔で私を見つめた。
その頬に流れる涙を拭いたいが、体の動かない私ではどうする事も出来ない。
そんな時、私でも、陽菜ちゃん達でもない声が病室に響いた。
「星野雛」
「陽菜ちゃん、下がって!! コイツ、人間じゃない!」
「っ」
その男の人と思われる人の気配に、陽菜ちゃんとそのお友達は警戒した様にその男から距離を取った。
そして男の人は私に見える所まで来ると布団の上から私の体に手を振れる。
「俺は天野。お前の願いを叶える為にきた」
「そうなんだ」
「何か願いは無いか?」
「なんでも、良いの?」
「あぁ。ただし、その代償に命を貰うがな」
「ふぅん」
「っ!?」
「でもさ。私、もう多分遠くない未来には……死んじゃうと思うんだけど、それでも良いの?」
「あぁ、例え体は死んでも魂の寿命は残っているからな」
「なるほどね。なら、叶えて貰おうかな」
「駄目!! 綾ちゃん!! 手伝って!」
「あいあい! みんな、アイツをぶっ殺すよ!」
私の言葉を切っ掛けにしてか、室内の張り詰めた空気が爆発した様に解き放たれた。
静止を呼び掛けても止まらない。
しかし、男の人と陽菜ちゃん達の争いはさほど長くは続かず、陽菜ちゃん達が敗北する形で終わりを迎えたらしい。
当然と言えば当然だ。子供二人で大人に勝てるわけがない。
こんな時、体が動かない事がこれほど悔しいとは思わなかった。
しかし、声は出せる。
「天野さん。私に用があるんでしょ? 子供は関係ない」
「……分かってるさ。それで? 願いを聞こうか」
「だ、だめ。おねーさん。ひなが、ひなが何とかするから、居なくならないで」
まったく泣きたくなるくらい良い子だ。陽菜ちゃんは。
でも、大丈夫。おねーさんはいつまでも陽菜ちゃんを見守っているからね。
「陽菜ちゃんの夢を、叶えてあげて」
「……良いだろう」
「だめ―!!!」
天野さんが願いを叶える為か私に触れている場所から、何かが消えていくのを感じる。
もしかしたら嘘吐きかもしれないなんて、一瞬考えたけれど、どうせ消えるのは私の命だ。
大した事じゃない。
でも、どうか。こんな命が、陽菜ちゃんの未来の……少しでも、役に、立てば……。
声が、聞こえる。
「やだ、やだよ……ひなのおねーちゃんだったのに」
『泣かないで』
「っ!? おねーちゃん!? どこ!?」
「陽菜ちゃん? どうしたの?」
「綾ちゃんには聞こえないの?」
『私はここに居るよ。陽菜ちゃん。あなたの中に』
「私の、なか!?」
『悲しませちゃってごめんね。でも、これからはずっと一緒だから。あ、でももし嫌だったら、いつでも追い出して良いからね』
「嫌なんて! そんな事、ない! でも、そっか……私の中におねーちゃんは居るんだね」
『うん。何か困った事があったら、なんでも相談して』
「……あり、がとう」
陽菜ちゃんの零れる涙を拭う事は出来ない。
でも、私は陽菜ちゃんの中で、生き続ける。
全てを失った私に唯一残った希望を、その夢を繋ぐ。
そうやって私はこの世界で生きていこう。
「……」
「陽菜ちゃん? 大丈夫? お姉さんが亡くなって悲しいのは分かるけど」
「綾ちゃん!」
「う、うん。なに?」
「私、決めたよ! アイドルになる」
「それって、前に言ってたグラビアアイドル?」
「そんなんじゃない。私はこの世界で一番輝く一等星になるんだ。雛っていう凄い人が居たんだって、世界に見せつけてやる。誰も忘れられない様に。刻みつけるんだ。それは陽菜ちゃんにしか出来ない事だから!」
「……そ、そう。まぁ、頑張って?」
「ヒナは世界一のアイドルになる!!」