願いの物語シリーズ【星野雛】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
綿菓子の様な柔らかいベッドの上で、私は頬を突く何かの感触に目を覚ました。
「んゅ?」
「おはよう。眠り姫さん」
「えっと……おはようございます?」
私は深い眠りの中にいたせいか、目を覚ましても上手く頭が動かない中、ベッドに手を付きながら微笑んでいるご婦人に挨拶を返した。
しかし眠い。
よく寝たが眠い。
ぽやぽやと、雲の上にまだ居るような心地だった。
「これは大変なお寝坊さんねぇ。でも可愛いわ。うーん。合格」
「母さん。合格じゃないんですよ。星野! 起きろ! 星野!!」
「んにゃー。はぃ。おきてまーす」
「どこからどう見ても寝てるだろうが!」
「おきてますってー」
体を動かしながら返事をする。
声だってちゃんと聞こえているし、返事だって出来ている。
大丈夫。私はちゃんと起きている。
ぽやぽやぽや。
「ふむ。貴女! 星野雛さんと言ったかしら!」
「ひゃぃ」
「息子とは、どういう関係なのかしらっ!? ハッキリ聞かせてもらいたいわね!」
「母さん!!」
「せんぱいとは……わかんあい。でも、せんぱいは好きです。にへへ」
「勝ったっ……! 趣味に全力で女の気配が欠片もない息子に、遂に、こんな可愛い彼女が!」
「まだ彼女じゃない! ただの友人だ!」
「えー。ただの友人が、男の子のベッドで寝るー? 寝ないよねー? ねー? 峰倉さん」
「そうですね。しかも一緒に寝る約束をしていたみたいですよ奥様」
「あらま! これはもう確定では? 将来は明るいわ!」
「違う! 星野は、なんて言うか。そういう知識が薄いんだ! いや、無いと言っても良い。だから」
「そうなの? 箱入りさんなのねぇ。でもそれならチャンスよ」
「は?」
「貴方がどんなヤバイ性癖を持っていても、それを常識だと教え込めば良いじゃない! 自分色に染めるって最高よ? ほれ、そうと決まればさっさと襲いなさい」
「アホか!! アンタそれでも人の親か!!」
「いやだって、こんなに可愛くて純真なんでしょ? こんなの世の男共が放っておかないわよ? すぐに食べつくされて汚されちゃうわ。そうなる前に、手を出す。オーケー?」
「何もオーケーじゃない! そんな心配しなくても、星野とは約束してるから大丈夫だ。十年後に俺からプロポーズする」
「貴方……それは駄目だわ。そんなのこれから二人の関係が壊れる前設定みたいなものじゃない。可哀想に。この子はこれから頭の悪い下半身と顔しか良い所のない男に良いように弄ばれるんだわ」
「ドラマの見すぎだ。ほら、星野。起きろ。そろそろ帰れ」
「あぁ! このままじゃ帰り道に!」
「やかましい!」
わいわいと誰かが言い争いをしている様な声に、私の意識はだんだんとハッキリしてきた。
そして僅かに開いていただけだった目を開くと、目の前には先輩と、メイドさん。そして見知らぬ女の人が立っていた。
「あれ? 私」
「ようやく目を覚ましたか。ほれ。もう帰るぞ」
「えっと、私……どうしていたんでしたっけ?」
「僕のベッドで寝ていたんだ」
「そしてこれから僕と愛を育むんだ」
「母さん!! 黙ってろ!!」
「きゃー。息子が怖いわー」
「お母さん? あっ、先輩のお母様なんですね! はじめまして! 私、星野雛っていいます! よろしくお願いします!」
「えぇ。はじめまして。これからながーい付き合いになりますからね。こちらこそよろしくお願いいたします」
私はベッドの上で頭を下げたが、眠りこけていたなんて第一印象最悪だと、急いでベッドから降りる事にした。
そして、やや乱暴に手を引っ張る先輩に付いて、部屋から出ていこうとする。
しかし、そんな私たちを先輩のお母さんが引き留めた。
「雛さん」
「あ、はい! 先輩。少しだけ待ってください。なんでしょうか」
「これから主人が帰ってくるの。一緒に夕飯でもいかが?」
「ありがたいです! でも、お婆ちゃんが待っているので」
「それならウチの電話を使えば良いわ。大丈夫。ご飯だけ。ね?」
「……えっと」
私は先輩をチラっと見て、特に嫌そうな様子では無かった為、お婆ちゃんに連絡してみますと言って、電話を借りた。
お婆ちゃんは失礼のない様にねとだけ言って、許可を出してくれるのだった。
そして、先輩のお父さんが帰ってきて、私と先輩のご家族の方と共に、私の家がそのまま入ってしまうんじゃないかというくらい大きな食堂で一緒にご飯を食べる事になった。
「そうか。星野さんは役者を目指しているのか。それで恵太とも知り合いになったんだな」
「はい! 先輩が部活に誘ってくれて、私も夢を追う勇気を貰いました!」
「あらー。貴方も意外とやるのね」
「別に。星野の才能をそのまま捨て置くなんて人類史に対する冒涜だと思っただけさ」
「あらま。素直じゃ無い子! 雛さん。こんな息子だけど、これからよろしくね?」
「はい! 先輩の事は私に任せてください!」
「ワハハ! これは頼もしいな」
「父さん! 星野も!」
「良いじゃないか恵太。母さんもそうだったが、元気のある女性というのは良いぞ。私たちが落ち込んでいても、元気を貰える」
「それは、そうかもしれないけど」
私をチラっと見る先輩に、私は口に入れていたフォークを急いで引き抜き澄ました顔をする。
しかし、どうやら遅かったようで、先輩は頭を抱えて溜息を吐いた。
「星野は子供なんだ」
「なぬ! 先輩! それは聞き捨てなりませんよ! ほら! こっちに来てください! 私の方が大きいんですからね!」
「星野。食事中だぞ」
「うっ」
「しかも僕の両親の前だ」
「あ、あわわわ」
「ワハハ!! 気にしなくて良い。そんな固い場じゃないんだ」
「そうそう。自分が頭良いと思い込んでるアホよりずっと良いわ。いえ。比べるのも失礼ね。ただ、そうね。外で取り繕う事は覚えた方が良いかもね」
「ご、ごめんなさい」
「いいのよ。これから恵太が教えてくれるわ」
「先輩……!」
「分かったから。そんな目で僕を見るな。見捨てないよ」
「ありがとうございます!」
いつも変わらない。先輩のしょうがないなぁとでも言うような笑みに、私は安心しながら笑う。
先輩が何も変わらないのなら、私も大丈夫だ。
目印はそこにある。
「ふむふむ。ところで星野さん。高校を卒業したら、どうするかもう決めているのかな? 大学へ進学か、就職か」
「いえ。私は大学に行くほど頭も良くないですし。お金も無いので、どこかの劇団とか、事務所に入ろうかなと考えています。生活費はアルバイトとかで稼ごうかなと」
「そうか」
そこで私はアッと思い出した物を財布から取り出した。
そう。ジョージさんから貰った名刺である。
それを先輩のお父さんに手渡しながら、ここから誘われているので、良い所ならここにしようかなと考えています、と告げる。
「これは……恵太」
「ん? これ! ジョージ・ウィルソン!? っ、そうか! あの人、今日会っていた人か!」
「あら。大分大物が出てきたわね」
「星野。これ、お前はどうしたいんだ?」
何やら深刻そうな顔になってしまった先輩一家に困惑しつつ、私はお婆ちゃんと話した事を話す。
「えっと、その事務所とかジョージ・ウィルソンさん? という人がちゃんとした人か調べて良さそうなら連絡しようかなとは考えています」
「そうか。星野さん。この事務所、山瀬事務所とジョージ・ウィルソンさんについては私が保証するよ。問題などは無いし。業界でも最大手だ。ここに入り、ジョージ・ウィルソンと共に居れば君は間違いなくトップスターへの道を駆けあがる事が出来るだろうね」
「あなた!!」
「嘘を吐いても仕方が無いだろう。調べれば分かる話だ。しかし、その上で私は一つ君に提案がしたい」
「はい。なんでしょうか?」
「私が管理している会社の中に一つ小さな劇団があってね。そこに君を紹介したいんだ。無名だし。観客だって多くを呼べるわけじゃない」
「……」
「だが、利点はある。一つはそこに居る人間は全て信頼できる人間だという事。そしてもう一つはその劇団が隣町にある事。そして最後にその劇団を恵太に任せるつもりだという事だ。つまり、高校を卒業しても恵太とともに居られる。どうかな。星野さん」
「そんなの考えるまでも無いだろ。父さん。意味のない話だ」
「……そうですね」
「父さんも母さんも分かってない。星野は確かに可愛いし、良い子だ。でも、それ以上に彼女の才能は世界に挑むべき才能だ。だから」
「先輩。後は私に言わせてください」
「っ、そうだな。すまない」
「いいえ。ありがとうございます先輩。それで、先輩のお父様」
「なんだい?」
「その話。お受けさせていただきます」
「バカな!!!? あり得ない!! 君は何を言っているのか本当に分かっているのか!?」
「先輩。食事中ですよ。立ち上がっては……」
私は怒りのままに椅子を立ち上がり、座っていた私の肩を掴んだ先輩に言葉を飲み込んだ。
「よく考えろ! 子供じみた感傷で決める様な話じゃ無いんだ! 自意識過剰って訳じゃないが、僕と話がしたいなら別にいつこの家に来たって良いし、電話をしたって良いし、何処かで会ったって良い! だから」
「先輩。落ち着いてください」
「落ち着けるか! 君は君の価値を分かっていない! 君の幸せは!」
「私が決める事。ですよ。先輩」
「っ」
「先輩。私は先輩がそうやって私の才能を高く評価してくれる事が嬉しいです。でも、私はそうやってどこの誰とも分からない人を喜ばせるより、お婆ちゃんや先輩の傍に居たいんです。それが私の一番の幸せだから」
「……星野」
「貴方の負けよ。恵太」
「でも!」
「恵太。そんなに才能があると思うのなら、お前自身の手で世界に示して見せろ。それとも自信が無いか?」
「そんな事! ある訳が無い!」
「ならこの話は終わりだ。星野さん。恵太。君たちの将来に私は期待するよ」
「はい!」
「……分かってるさ」
どこか元気のない先輩を気にしつつも私は、元気よく返事をするのだった。