願いの物語シリーズ【星野雛】   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第9話『受け取った世界は『羅刹の谷』、渡された役は『羅刹』という名の鬼。』

あぁ。

 

心が凍てついてゆく。

 

お婆ちゃんの葬儀が終わり、ご先祖様のお墓に納めてから、私は奈緒さんの手も振りほどいて、都会に戻ってきていた。

 

既に仕事として受けていた撮影を、全てを終わらせる為に。

 

そしてこの心に渦巻く感情を、解き放つ為に。

 

最初の撮影は、例のアイドルだった。

 

「あっ! アンタ、前は私の事突き飛ばして、怪我しちゃったんだけど!? ねぇ、聞いてるの!? ヒッ」

 

「……何か」

 

「い、いえ。何でも」

 

「そうですか。では撮影。よろしくお願いします」

 

アイドルも、他の共演者も、全て巻き込んで、映画の世界に引きずり込む。

 

ジョージさんとやっていた時の様な、互いの力を巻き込みあって、より高い次元に演技を持っていく事もせず。

 

上手くない共演者を導いて、世界の形を作る事もせず。

 

ただ、ただ巻き込んで、映画の世界に叩き落として、引きずり回して、潰す。

 

徹底的に。

 

『死んで……!』

 

『っ! あっ、かっ、なん、で』

 

アイドルは最終的に死ぬ役だったが、巻き込んだお陰で実に素晴らしい演技をしていた。

 

まるで本当に殺されたかの様な。

 

監督は満面の笑みで喜んでおり、私は小刀の小道具をスタッフさんに手渡しながら、撮影現場を後にした。

 

「いやー。凄かったよ。もえちゃーん? もう起きて大丈夫だよ? もえちゃん!?」

 

「もえ!? もえ! どうしたの!? もえ!!」

 

「救急車!! 救急車を呼べ!!」

 

「いやぁぁああ!! もえ!!」

 

「お疲れ様でした」

 

あぁ、もっと、もっと深い場所まで潜っていかないと。

 

お婆ちゃんを見捨て、先輩の手を離した私にはもう演技しか残っていないのだから。

 

 

 

「よぅ。聞いたぜ? アンタ。共演者殺しって呼ばれてるらしいな」

 

「はぁ」

 

「アイドルの心臓止めたとか。ベテラン俳優を廃人にしたとか、色々噂は聞いてるぜ?」

 

「そうですか」

 

「今日は恋人役。頼むぜ? まぁ、俺の魅力で演技忘れちまうかもしれないけどな」

 

「よろしくお願いします」

 

どこまでも挑む。

 

より深い海の底へ。遥か彼方にある星々の世界へ。

 

私は進んでゆく。

 

「ま、待ってくれ。俺、俺を捨てないでくれ!」

 

「もう撮影は終わりましたよ。では、お疲れ様でした」

 

「ひ、雛! 雛さん! 俺を、おいていかないでくれ!!」

 

確かに彼は役の中で両足が動かなくなった男性を演じていたが、映画が終わった以上、彼は動けるはずだ。

 

しかし、動かないという事は彼が役の中から抜け出そうとしていないからだろう。

 

自ら望んだのなら、そのままの世界で居る方が幸せだ。私はそう考え、役の中で交換した連絡先から彼の名を削除した。

 

 

 

「ひっ、ほ、星野、雛」

 

「はい。本日はよろしくお願いします」

 

「や、やだ! 私、演技なんて、出来ない! お願い! お願いだから、許して!」

 

「許す? よく分かりませんが、監督? 代役を立てますか?」

 

「……いや、俺のイメージでは変えられないな」

 

「という事なので、本日からよろしくお願いします」

 

いつの頃からか、共演を断りたいという人が増えていた。

 

理由は分からない。

 

私たちが撮影した映画はどれも高い評価を受けていて、役者としての生涯全てを費やすだけの価値があるのに。

 

何故それを拒否するのだろう。

 

役の中で死ねるのであれば、それは本望なのでは無いだろうか?

 

「わ、私の娘。ねぇ。玲ちゃん? 雛ちゃん? 雛ちゃんね。お母さん。雛ちゃんと一緒に居たくて」

 

「そうですか。ですが私は次の撮影がありますので」

 

「待って。ねぇ。お母さん雛ちゃんと一緒に居たいの。分かるでしょ? だって二人きりの家族だもの。新しいお父さんなんて要らないわ。そうでしょう?」

 

「映画の中ではそういう結論でしたね。ですが、現実で、私と貴女は家族では無いので」

 

「いや! 捨てないで!!」

 

「では、お疲れ様でした」

 

 

 

どれだけ演じても、飢えは消えない。

 

心の中に広がってゆく冷たさも、消えない。

 

黒々と、泥の様に奥底に沈む感情もまた、消えない。

 

そんな中、私は酷く懐かしい人と再会した。

 

もう記憶の遥か彼方にあるその人は、撮影が終わり、現場を立ち去ろうとした私の腕を掴んでこう言った。

 

「星野。僕の映画に出てくれ」

 

その言葉はずっと私が待ち望んでいたものだったというのに、どこか寒々しく聞こえていた。

 

しかしそれでも嬉しさはある。

 

だから、私は彼の、先輩の誘いに頷く事にしたのだ。

 

受け取った世界は『羅刹の谷』、渡された役は『羅刹』という名の鬼。

 

人を喰らい生きる化け物だ。

 

その台本を見た時、なるほどと理解した。

 

これは今の私なのだと。

 

お婆ちゃんを失い、凍り付いた心と世界の中に生きる私なのだと。

 

それが、先輩が未だに私を見ているという事実が、私は嬉しかった。

 

その気持ちが私の中にある氷を少しだけ溶かして、新しい季節を連れて来ようとしていると思った。

 

「二つ、聞いても良いですか?」

 

「あぁ」

 

「一つは、私と共演して下さる方は居るのでしょうか? 私、大分嫌われておりますが」

 

「知っている。だが問題はない。国内で最高の役者を用意した」

 

「そうですか。それは期待できますね」

 

「あと一つは?」

 

「……ラストシーン。台本がありませんが」

 

「それか」

 

先輩は思い悩むように台本を強く握りしめた。

 

そして、いつかの様に。

 

私と初めて出会った時の様に、真っすぐに、私の心の奥を見通す様な瞳で応える。

 

「僕は、君に選んで欲しい」

 

「私が?」

 

「そうだ。この映画のエンディングは君にしか選べない。僕はそう思ったんだ。監督としては失格だが。すまん」

 

「いえ。問題ありませんよ」

 

私は少しだけ昔を思い出して、懐かしくなった。

 

いつかの時も同じような話があったなと。

 

どうしても映画のラストシーンが思い浮かばないという先輩に、私が「なら演じて決めれば良いんじゃ無いですか!?」なんて言ったのだ。

 

先輩はそんなの監督失格だ! なんて騒いでいたけど、結局はそうやって撮ったんだっけ。

 

ふふ。変わらないな。

 

先輩は、相変わらず優しくて、温かい。

 

私は先輩との懐かしい時間に心の奥で氷がゆっくりと崩れていくのを感じながら、撮影に向けて準備をする事にした。

 

 

 

そして撮影が始まり、私は二人の天才役者と顔を合わせる事になった。

 

山瀬耕作さんと宗近清史郎さんだ。

 

まさか私が共演出来るとは恐れ多いが、それでもやる以上は全力だ。

 

私は全力以上の全力を出して、二人に挑んだ。

 

人喰いの鬼である私と、それを討ちに来た侍の山瀬耕作さん、そしてお坊さんの宗近清史郎さんだ。

 

激しい斬り合いのシーンも、二人は代理などは立てず、自分たちの力で挑んでくる。

 

だから、私もそれに負けない様により羅刹になって、迎え撃つのだった。

 

『まさか、これほど、とはな』

 

『くっくく。存外楽しめたぞ。人間』

 

『我らも喰らうか? 羅刹』

 

『そうさな』

 

私は二人と言葉を交わしながら、考える。

 

羅刹として、空白のラストシーンへと挑むのだ。

 

「……お前たちを喰らえば私はより大きな力を得られるだろう。世界を呑み込めるほどの力だ」

 

「っ」

 

「しかしな。それではつまらぬ」

 

「なに?」

 

「先ほども言っただろう? 楽しめたと。お前たちの様な者が居るのなら、私はまだこの世界に絶望せずに済む」

 

「羅刹……お主は」

 

「ふっ、勘違いするなよ。人間ども。私は人を喰らう羅刹だ。これからも変わらぬさ。お前たちが私を殺せなかったのだからな。だから、また挑みに来い」

 

「……後悔するぞ」

 

「後悔などせぬよ。お前たちが私の首を刎ねたなら、その時、私はようやくあの子の元へ逝けるのだから」

 

私は静かに目を閉じて……笑った。

 

これほどの人間に討たれたのなら、満足だからと。

 

そして、撮影は全て、終了するのだった。

 

 

 

全てが終わり、私は先輩の所へ歩いて向かっていた。

 

昔の様に、無邪気な子供の頃の様には居られないけれど、それでもまた昔の関係に戻りたかったから。

 

だから、この映画を始まりにしたいと思った。

 

そう言うつもりだった。

 

「……星野」

 

「どうでしたか?」

 

「問われるまでもない。最高だ。最高の映画だった」

 

その言葉に私はまた安心感が広がってゆくのを感じる。

 

穏やかさと、嬉しさと、楽しさと、喜びが……。

 

「だが、公開はしない」

 

「……え? な、なぜ」

 

「それは……」

 

先輩が何かを言おうと私を見つめる。

 

しかし、その口は開かれる事はなく、以上だと言って、終わってしまうのだった。

 

私はそれ以上何も言えず、静かにその場を立ち去りながら、一人家に帰って泣いた。

 

私一人しか眠る事の出来ない小さな布団の上で、枕に顔を押し付けて、涙を流した。

 

もう二度とあの頃には戻れないのだと。

 

現実を知った私は、ただ子供の様に、無力なまま泣く事しか出来ないのだった。

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