納合リコの腑に落ちない話   作:ホラー領域

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科学館の地下通路

 遠足って、楽しいはずなんだけどね。あのときは、なぜかずっと緊張してたんだ。

 

 ほら、私って……今でこそこんなに小心者なんだけどさ。

 当時はまだランドセルの底がピカピカで、なんでも初めて尽くし。地元の小さな小学校で、全校生徒百人ちょっと。

 そんな中で、遠足といえば市内の科学館が定番だったんだけど、その頃の私は結構好奇心が強くてね。遠足にウキウキしていたのをよく覚えてるよ。

 

 まあ科学館っていっても、こっちのでっかくてきれーなやつじゃないよ。小山をちょっと削った場所に建てられてて、なんというか、ちょっと古めかしい感じ。確か私が生まれた頃に建てられてたはずなんだけどね。

 中には巨大な虫の模型とか、木でできた飛行機の骨組みとか、宇宙服のレプリカとか、そういうのがあったんだ。

 

 そんな科学館なんだけど、建物の構造がちょっと変でさ。2階建てなんだけどその一階からさらに下――地下に降りる階段があるんだけど、その地下に何があるか?って言われると……何もないんだよね。

 ただ白い通路、白い灯りに無機質な壁と警告の文字が貼られてて、普段は騒がしく機械の音が響いてる。

 建物で使う設備のナニカがこの壁の向こうに何かあるってのはわかるんだけど、それ以外は何もない。

 展示物なんてない、多分スタッフ用通路だったのかな。

 

 それが『地下通路』って呼ばれてた場所でね。

 

 いや、別に正式名称じゃないよ。私たちが勝手にそう呼んでただけ。でも、ほんとに通路なの。ただ、子どもが入って楽しい場所じゃない。さっきもいったけど白色の床と壁、白い蛍光灯の光、装飾ゼロ。壁と鍵がかかってそうな箇所には黄色と黒で読めない英語が書いてある。

 

 ほら、研究所の廊下ってドラマで見るでしょ? ああいう感じ。冷房の風がひんやりしてて、でもなんか息苦しいのよ。たまに壁越しにゴゥンゴゥンと音は鳴るだけで、足音だけがカンカン反響して、だんだん自分の音じゃない気がしてくるっていうか。

 なんだか今にも壁の向こうのナニカが私と一つになるような。

 

 当時の私は、そんな場所がとにかく怖かった。

 初めて行った時なんて慌てて降りてきた階段を駆け上って逃げ出しちゃったぐらいに。

 

 でも、遠足の日ってさ、みんなテンション上がるじゃない? 私たちの班、五人組だったんだけど、先生が近くにいないときに誰かが言ったの。「そこ、降りてみよっか」って。

 私はそれに、いいなやってみよう!とかそんな感じで答えた筈なんだ。

 

 ……後輩くん、少し意外? だって私、今、君と話してるだけなのに怖がってるレベルだもんね。でも、不思議とそのときは、誰も反対しなかったの。

 

 え、その提案はどんな子がしたのかって?

 うーん……それがね、いまだに、その一言を誰が言ったのか思い出せないんだよ。顔すら曖昧。今から二十年以上も前の話だからってのもあるけどさ。

 ともかく、ふだんはビビりな子まで無言で階段降りてったの。

 

 コツリ、コツリと。みんなゆっくりと階段を降りていった。一歩一歩下に達する度に、重心がズレていく気がしたな。自分は今ちゃんと立ってる筈なのに、どんどん斜めに傾いていくような。

 高熱が出て平衡感覚を失った時が1番近いかもね。

 そうして降りて行って最後の段から降りた時、私はもう立つのも限界だだだ。すっごい気持ち悪かったんだ。

 

 でもよく覚えるてるよあの光景は。

 通路は冷たくて、無人なのに、何かいる気がした。壁沿いの扉が少し開いていて、配電盤みたいなのがずらっと並んで見えてさ赤とか緑の小さいランプが点滅してた。

 でも不思議と、いつもしていた機械の音は聞こえなかった。メンテ中だったのかな?

 

 空気がやけに静かで、耳が詰まったような感覚になったのを覚えてる。誰かが口を開いて喋ったら、何か崩れてしまいそうな静けさ。

 だからみんな、何も言わずにゆっくりと白い通路に影を落としながら進んだ。

 

 で、通路の真ん中まで行ったとき。先頭の子が、ぴたっと足を止めたの。「あっ……」って、ぽつり。

 呟いて、びくともしなくなっちゃった。少し後、私たちもそうなった。

 

 その先に――いたの、女の子が。

 

 四、五歳くらいかな。花柄のナップサック、赤いスカート、白いシャツ。そして黄色い帽子。

 そのへんの幼稚園児に見えたかな? 無言でこっち見ていたの。ずぅっと、固まった私たちに何も言わず。

 

 無言って、あんなに怖いもんなんだって、そのとき初めて知った。顔は普通の子なのに、視線が……なんていうのかな。冷たくて、感情がない。

 西洋人形って見たことあるかな。少しリアルな人形がこっち観察してるみたいな、そんな感じだった。

 

 その子の周囲もおかしかった。その子の周囲だけ、輪郭がぼやけているような気がして。まばたきをしても、まるで距離感が狂ってる。遠いのに近い。光が屈折しているみたいに、ピントがうまく合わなかった。

 その子は一歩も動かしてない筈なんだけど、どんどん近づかれてるって、なんでかそう思えた。

 

 足音も、心なしか吸い込まれるような、鈍い音になってた。そこまで考えて、さっきまで聞こえなかったはずの機械のうなるような音が微かに聞こえた。それが何の音か、わからない。

 でも私はその音が、その女の子の中で響いてるように聞こえたの。

 

 心臓みたいに。

 

 ……あ、いまちょっとゾッとした? 大丈夫?

 私もその時、背筋がぞわっとしてさ。誰も動けなくて、相談もできなくて、息すら、吸うのが怖かった。

 多分息を止めてた気がする。

 

 で、その子が、私たちの姿の前までまで近づいて来てしまったと思った時

 右手を……ゆっくり、ほんとにスローモーションみたいに持ち上げて……

 私を、指さした。

 

 その瞬間、指を差された部分――胸の中心が、氷みたいに冷たくなって。

 なぜか、涙が出た。怖いというより、体が勝手に反応してる感じ。

 吐き気がして、引っ張られる気がして。

 

 そこからはもう、反射だった。私は大きな叫び声をあげたの。

 すると他の子たちも悲鳴上げて、来た道を引き返して階段まで走り出した。

 動くまで少し遅れた私は、慌ててみんなの後を追った。走って走って、すぐに階段までこれてみんな我先にと駆け上って行った。

 

 でも私は、途中で動けなくなった。

 階段を3段くらい上がった頃で、体が引っ張られるように動けなくなった。

 金縛りだ、助けて。そう叫んだけど、みんな気が付かずに登って行って私だけが残された。

 

 機械の音が背後から聞こえる。

 あの子が近づいて来ている。

 でも動けない。登れない。誰も助けてくれない。

 

 ……怖くなった私は、ヤケになってその子と戦おうとでもしたのかな。

 ゆっくりと、後ろへ振り返ったんだ。

 

 どうなったと思う?

 

 ……まあオチがあるんだけど。私は後ろを見て拍子抜けしたの。

 私が動けなくなったと思った原因は、階段の横の手すりのせい、水筒の紐が手すりに引っかかってたのよ。

 

 それで気が抜けて、もっと後ろも見たけど、少女はいなかった。通路はからっぽ。白い蛍光灯の光だけが、そこに変わらず照ってた。

 

 でも、その一瞬前まで確かに視線を感じてたと思ったんだけどね。後頭部のあたりに、何かの気配がぴたりと貼りついてて。

 

 さっきまでの恐怖が、嘘みたいにスンって消えた。でも何故か体の震えは止まらなくて、水筒の紐を外しながら、心臓の音だけが耳の奥でガンガン響いてた。

 

 その後はもっと不思議でね。

 普通に階段を登って行って追いついた班のみんなに「ねえ、あの子どこ行ったの?」って訊いたら、全員ポカンとしててさ。

 

「何の話?」って言われた。

 

 あんなにハッキリ見たのに、誰も覚えてないの。

 そもそも私以外、階段を降りて行った奴はいないって。勝手に地下通路の階段前で私が、何も言わずに降りて行ったって。

 

 少し、からかわれてると思ったよ?

 でもそれ以上に怖くて先生にも言えなかったよ。下手に口に出したら、本当に何かがついてきそうで。

 

 その後の遠足はとにかく、その通路に近づかないように過ごした。

 そうしてるうちにさ科学館で遠足してるのは私達だけじゃなくて幼稚園の遠足が来てたらしいって気がついたの。

 

 ただ、その子たちはみんな、制服着てて、

 

 ……私が見た子は、制服なんて着てなかった。

 

 だから、単にどこかの子どもが迷い込んでただけなんだって、思うことにしてる。

 

 でも、それ以来、私はあの科学館には一切近付いてない。

 建物の近くを通る時も、わざと視線を向けないようにしてるんだ。

 

 ……あの子、なんだったんだろう。

 

 なんで、私を指さしたのかな。

 

 ――ねえ、もしさ、あのときあの紐が引っかかってなかったら。

 私はちゃんと階段の上まで逃げられてたのかな。

 それとも階段の上まで行っていたら逆にダメだったのかな?

 

 それとも、あの子とちゃんと話していたら……何かが、始まってたのかな。

 

 もしかしたら、今ごろここにいないのかもしれないって、ふと思うときもあるの。

 あの空気の中に、もう一秒でも長くいたら……何か別の場所に行ってたのかもしれない。

 

 ……ねえ後輩くん、変な話だけど。

 私、本当はもう、水筒の紐を外した後、階段を登れてなかったんじゃないかって、たまに思うんだ。

 

 いまここでこうして喋ってる私は、本当に私なのかなって。

 

 ふふっ、そんな顔しないでよ。単に考え過ぎなんだってわかってるんだから。

 

 でも、まあ。こういう話って、だからこそ腑に落ちないのよ。

 

 それでも、聞いてくれてありがと。

 こんなオチも無い話、話す機会もなかったからスッキリしたよ。

 

 

 

 ――はい、と、いうわけで。

 この話を元に応募作の中から一つ、似たような雰囲気のがあったから選んでみようかなって思って。

 ね、後輩くん。いいのある……っておー、もう選んでたんだ。偉すぎる!

 

 えーと……子供の頃、とある施設の建設現場で遊んでたら友達がコンクリの中に落ちて沈んで……?

 怖くなって逃げたらその子が行方不明扱いになって、何も言えない間に建物も完成。

 友達はまだあの建物の下に埋め込まれてるのかもしれない……って怖!? いや教えてあげなよこの人!!

 

 というか、この話のどこが雰囲気が似てるのさ後輩君。全く話が違うじゃん。

 差出人? どういう……ん、あれ。

 

 私の、地元じゃん……?




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