それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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「指名依頼、ですか?」

「はい。お二人へ護衛の依頼が届いています」

 

 

 馴染みのない言葉に首を傾げるアクアの問いかけに、受付嬢が同意を返す。冒険者ギルドに登録したあの日から、この受付嬢はほとんど専属の扱いでアクアの対応を担当している。正確にいえば、リティーを担当しているからこそ同じパーティであるアクアの事も請け負っている。

 

 出会った日に起きた出来事の衝撃こそ大きかったが、今ではアクアと個人的な雑談をするくらいには打ち解けていた。もちろん、会話の内容はシンに対する愚痴が主となっている。

 

 その受付嬢から机の上に差し出された依頼書には、確かにアクアとシンの名前が記載されていた。

 

 依頼人の名前は、イ・チュロカンタ。

 ギルドから常時発注されている納品依頼以外を受けた事のないアクアには、当然ながら覚えのない名前だった。

 

 となれば、依頼の出所に心当たりがあるのはリティーの方であろう。そんな気持ちを込めて視線を横に向ければ、そこにはソードマンの衣装に着替えたリティーが、依頼書を見て思案げな表情を浮かべていた。

 

 

「チュロさんですか」

「はい、内容としてはアウトラートへの護衛依頼となっていますが……お受けいただけますか?」

 

 二人はアクアの等級上げを目的として、冒険者ギルドに立ち寄っている。アクアとしては、活動実績のない自分に指名依頼があるという現状に困惑こそしているが、そもそもの目的から考えても特に断る理由はない。依頼内容も護衛との事であるし、冒険者ギルドにくる依頼としては一般的だ。

 

 どちらかといえば、等級上げを言い出したリティーがあまり前向きではない様子なのが気になる。

 あと、ソードマンの衣装に着替えているのも凄く気になる。この装備を初めて見た時のリティーの行動が行動だったため、見ているだけで何処となく不安に感じてしまう。

 

 そんな諸々の感情を飲み込みつつ、アクアは率直に尋ねる。

 

「イ・チュロカンタさん……って、リティーさんのお知り合いなんですか?」

「はい。チュロさんは僕が駆け出しの頃からお世話になっている、所謂“何でも屋”を営んでいる人です。錬金術で作った商品を卸していますし、逆に僕が注文した素材や武器を各地から集めてもらったりもしています」

「お得意先じゃないですか」

「はい。最近代替わりしたのですが、先代から合わせるとかれこれ十一年程の付き合いになりますね」

 

 十一年前といえば、リティーが初めてダンジョンに潜ったという時期と一致する。商売で繋がっている関係とはいえ、これも一つの古馴染みと言って良いだろう。

 

 その相手からの依頼となれば、悩む理由は無いように思える。そう考えて首を傾げているアクアへと、リティーが顔を寄せる。

 

 

「チュロさん――――イ・チュロカンタは、合衆国がイ族の出身でして……つまり、獣人の方なのです」

 

 周囲に聞こえないように、アクアの耳元でそう呟いたリティーの声音は、相変わらず平坦なものだった。だが、そこに含まれた思案の色をアクアは鋭敏に感じ取る。躊躇う理由も、明白だった。

 

 つまり、アクアに配慮しているのだ。

 

「私は、大丈夫ですよ」

「本当ですか?」

「はい……相手の方がどう思っているかは分かりませんが。少なくとも私は、獣人に対しての隔意はありません」

「そこは、指名依頼ですからね。チュロさんもアクアさんの身元については、ある程度知っているとは思いますが」

「なら、受けてみませんか? 指名依頼って事は、達成すればギルドからの覚えも良くなると思いますし」

 

 小声で相談する二人を、受付嬢は不安そうに見つめていた。イ・チュロカンタの“何でも屋”は冒険者ギルドとも長い付き合いがあり、色々な意味で重要な取引先の一つである。指名依頼はそれなりの料金も貰っている契約形態であり、双方向の信頼が必要が無ければ成り立たない。可能であれば、ここで色良い返事を貰いたかった。

 正直、そんな相手にこの全身理不尽人間を近づけて良いのかと葛藤する気持ちも多大にあるのだが。シンはこれまでイ族と問題を起こしたことは一度もなく、冒険者ギルドを通して斡旋した依頼も毎度高い評価で達成している。

 依頼者たっての希望なので、ギルド側の不安は杞憂でしか無いのだが……。

 

 真面目にやっていてもいなくても、周囲に不安を振り撒くのがこのシンという冒険者だった。伊達に八回も降格処分を受けていない。

 

 

「では、受けるという事で」

「分かりました……その、私も自分の目で獣人を見てみたかったので。良い機会だと思います」

「チュロさんは温厚な方なので万が一もないとは思いますが。何かあったら、僕が間に立ちますので」

「はい、それは……お願いします」

 

 合衆国は、比較的新しい国家だった。

 一番最初にその存在が確認されてから、まだ二百年も経っていない。

 

 そして獣人という種族もまた、新しく確認された人種だった。彼らはこの大陸の北方の、それまで人間が生息していないと思われていた不毛の大地から姿を現した。

 いつから()()に住んでいたのか、誰も知らなかった。

 

 人の骨格と知能を持ちながら、その肉体に獣の要素を持つ彼らが人類であると、最初はどの国も認めることは無かった。

 

 魔獣や魔物の一種であると、固く信じられていた。

 

 奴隷として扱われるならまだマシな方で、発見次第殺害という御触れを出している国も少なくは無かった。彼らは徹底的に差別され、あるいは奴隷として搾取されてきた。

 

 だが、彼らは間違いなく人間種だった。

 幾つかの戦争を経て、徐々に、徐々に生存権を勝ち取ってきた彼らは、最終的には外交によって周辺諸国からの承認を得て()()()()()として認められた。

 

 それが、概ね半世紀ほど前の出来事。

 

 差別や偏見は、完全に無くなった訳ではない。依然として、獣人を人間として認めていない国家もある。

 

 そしてその最たる例が、アクアの出身であるソロナ王国であり――――今もまだ根強い排斥が残っている、獣人にとって最も大きな敵対国家だった。

 

 

「チュロさんへ“受ける”と伝えてください」

 

 

 

 アウトラートへの出発は、早ければ早いほど良い。

 それがイ・チュロカンタからの要望であり、リティーとアクアは依頼を受領したその日のうちに準備を終え、待ち合わせの場所へと到着していた。

 

 

「シン、久しぶりですよ」

 

 待ち合わせ場所である南側正門に着いた時には、既に依頼人であるイ・チュロカンタは二人を待っていた。

 比較的身長が低めであるリティーよりも、更に頭一つ分は小さい体躯。

 獣人特有の手足を露出する布面積の小さい民族衣装の上から、大きなフード付きの旅衣装に身を包んでいる。

 

 その四肢は先端から肘関節、膝関節までを毛が覆っていて、遠目には冬用の手袋と靴下を身につけているようにも見える。

 

 そして、リティーを見てにこやかに笑うその少女の頭上には、普通の人間には存在していない大きな耳が生えていた。

 

 彼女こそ獣人の唯一の国であるトータス合衆国にて、商人の役割を与えられた種族。

 イ族のチュロカンタだ。

 

「チュロさん、指名ありがとうございます」

「元気そうで良かったですよ」

「はい。お蔭様で」

 

 長い付き合いというだけあり、二人の間に流れる空気は傍目にも穏やかだった。リティーは普段よりも目の焦点が合っているし、チュロカンタは尻尾を低い位置でゆらゆらと振っている。

 やりとりを聞く限りだと、歳の近い親戚のような関係に見える。

 

 念のためリティーの後ろに控えていたアクアへと、チュロカンタの視線が向けられる。

 獣人の宿敵ともいえるソロナ王国の魔法使いであるアクアだが、チュロカンタの視線に不穏な気配は感じられない。

 

 アクアはその眼を見て、「ネズミだ」と思った。やや内側に巻いている丸い耳と、大きな黒目が特徴的だった。

 

「パーティを組んだと聞いたですよ」

「はい」

「いつまでも一人でいるから、チュロはたいへん心配してたですよ」

「これで僕も、ようやく冒険者としての一歩を踏み出せたという事ですね。やはり、冒険者は仲間と共に冒険してこそですから」

「それが分かっているなら、もっと早く安心させるですよ。チュロの方が先に一人前になるなんて、思わなかったですよ、まったく……紹介、してくれるですか?」

 

 チュロカンタの催促に合わせて、アクアも一歩前へと進む。チュロカンタに相対するリティーの、ちょうど隣へと立つ。

 

 リティーはアクアの動きを横目で確認し、一歩横に動いて体をチュロカンタから斜めにしつつ、右手をアクアに向ける。

 

「こちら、僕のパーティメンバーのアクアさんです。水の魔法使いで、役割としては後衛になります。魔法使い全体で見ても高い実力があるので、護衛は心配なく」

「初めまして、アクアです。その……ソロナ王国から来ました。えっと……あの、頑張りますので、よろしくお願いします」

「初めまして、イ族のチュロカンタですよ。こちらこそ、よろしくお願いするですよ」

 

 チュロカンタから差し出された手を、思わず反射的にといった様子で受けるアクア。握られた手を見てチュロカンタは満足げに微笑み、二度ほど軽く上下に振ってから手放す。

 想像していたよりも友好的な態度にアクアは困惑し、その姿を見てチュロカンタはニッと笑う。

 

「時は金なり、会話は移動しながらするですよ」

 

 

 

 チュロカンタの用意した馬車に乗って、アウトラートへの旅路をゆく。アウトラートは最速で移動すればアルファーから二日で着く距離だが、最短での計画は何か一つでも歯車が狂えば破綻する。

 急ぎではあるが、焦るのは良くない。

 そういう理屈で、片道の移動に掛ける日数は三日という事になっていた。

 

 リティーとアクアは、チュロカンタと同じ馬車に乗っていた。リティー――いや、シンとの旧交を深めるついでにアクアの人となりを知りたいという、チュロカンタからの申し出だった。二人にはこれを拒む理由などないため、二つ返事で了承。

 

 護衛依頼というものは、基本的に魔獣や盗賊といった歓迎されない客との対応を責務としている。本来であれば馬車の外で警戒しているべきだが、チュロカンタがシンに護衛依頼をする場合はこの形式で移動している。

 シンの近くにいるのが一番安全というのも理由の一つだが、そもそもシンは感知能力が非常に優れているため、馬車の中にいようが外にいようが殆どパフォーマンスに変化はない。

 

 ならば、馬車の中で話をしていたいというのがチュロカンタの言い分だった。

 

 

「チュロはイ族だから他の氏族と比べて体が小さいけど、出会った頃はシンの方が小さかったですよ。シンはですね、こーんなに小さい頃から滅茶苦茶だったですよ」

「チュロさんに初めて出会った時は、六歳でしたからね。獣人は成長が早い種族ですから、チュロさんが僕より身長が高いのも不思議ではありません」

 

 アクアにシンの昔話を聞かせるチュロカンタと、補足の説明を入れるシン。あいも変わらず、自分の所業についての言及はサラッと流している。

 

「チュロもたっくさん苦労したですよ! アレを買ってこい、コレを見つけてくれ、誰それを紹介してくれ〜〜って! パパ――親方の手伝いをしていただけでどれだけ無茶振りに付き合わされた事か」

「まぁ、そうですね。お世話になっていますね」

「ま、そのお陰で他のイ族よりも早熟したですから。十五歳にして一人前の商人として一人で仕事を任されるようになったですよ、それは感謝してますよ」

 

 思い出話に花を咲かせるチュロカンタ。いつもより大人しく見えるリティーに首を傾げながら、アクアは相槌を打って静かに話を聞いていた。

 

 チュロカンタからの話は、一時間ほど続いた。

 その内容のほとんどはシン(リティー)に関するもので、どんな苦労をしてきたとか、どれだけ心配したかとか、そういった内輪の話が殆どだった。

 話題の中心になる事が多いリティーは居心地が悪いのか、途中から相槌も打たなくなり、いつもよりもぼんやりとした表情で馬車の外を見つめている。

 

 リティーがそうなると、チュロカンタも少しずつ話の勢いが鈍っていく。自然と会話が減り、言葉が少なくなっていく。

 

 

 そして、会話が途切れた瞬間を見計らって。

 今度はアクアの方から、チュロカンタへと声をかけた。

 

「チュロカンタさんは」

「チュロ、でいいですよ。みんなチュロをそう呼ぶですよ」

「そ、そうですか? うーん……そう言うなら……では、遠慮なく。チュロさんは、その……獣人の人なんですよね?」

「はいですよ。商人の氏族、イ族の獣人ですよ。見た目通り、鼠獣人って呼ばれる事もあるですね」

「私は……あの、平民だけど魔法使いなんです。ソロナ王国魔法学校を卒業して……戦争には参加していないんですけどね。でも、もし国に残っていたら、きっと……」

「きっと?」

「たくさん殺してたと思います、獣人の方を」

 

 獣人の戦士は、他の人類と比べてもかなり強い。

 だけど、円熟した魔法使いはその上をいく。

 ソロナ王国の貴族の中には、自然災害と同一視される魔法使いが何人も存在している。それは魔法使いの中でも例外で、滅多に表に出てくる事はないけれど。

 アクアはそこから一歩、いや、二歩ほど後ろの序列に相当するだけの力を持って生まれてきた。それも、言い方を選ばないのであれば死んでも問題ない存在として。

 

 アクアは戦争から逃げてきたからこそ、こうして冒険者として生きているが。逃げていなかったら、獣人たちとも敵対していたのだろう。

 

 その後ろめたい気持ちが、アクアの口を動かしていた。

 

 懺悔のようなそれを聞いても、チュロカンタの顔色は特に変わらなかった。

 

「不思議ですか? チュロが怒ったりしないのが」

「まぁ……はい、多分……? そうなんだと思います」

 

 

「簡単な事ですよ。シンがダンジョン探索の妨げになるような人と仲間になる筈がないですよ。だから、アクアさんは大丈夫な人ですよ」

 

 それはつまり、信用しているという意味の言葉だった。

 アクアに直接向けられたものではなく、あくまでリティーという共通の知人を通した信用ではあったが。少なくともアクアは、その言葉に一片の偽りも感じられなかった。

 

 肩の力が抜け、無意識の緊張がほぐれる。

 アクアが魔法使いであるが故に起きた騒動が、繰り返されるのではないかと思っていたのだ。それも、明らかに旧知の中である二人の間でとなれば、気まずいというレベルではない。

 

 隣でそんな重めの会話をしているにも関わらず、リティーは我関せずで馬車の外を眺めている。アクアの経験則からすれば、この姿のリティーはもう完全に人の声が聞こえない状態になっている。

 話を聞かれて恥ずかしくなる心配がなくて安心すれば良いのか、それとも無関心を貫く姿に怒れば良いのか。

 

 

 差し当たって、アクアはチュロカンタと二人で交友を深めることにした。心配事が杞憂だった以上は、安心して依頼人との信頼関係を築く事ができる。

 

 繰り返すが、トラブルメーカー……いや、トラブルの化身であるリティーもチュロカンタの前では大人しい。きっと、小さい頃の話をされて恥ずかしいのだろう。リティーは一見して傍若無人であり、実際に唯我独尊そのものなのだが、こういう可愛らしい一面も持っている。

 もっと普段から恥を知って欲しいくらいだが、こうして恥じらう姿を見ればため息も下がるというもの。

 

 つまり、チュロカンタと仲良くしていれば。

 少なくとも、こうして一緒にいるうちは。

 

 アクアの抱える心労(リティー)を、手放すことができる。

 

 

 依頼を受けているうちは、心穏やかでいられそうだ。

 アクアはそう考え、リティーに対する愚痴でチュロカンタと盛り上がった。

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