それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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 リティー・アクアの二人とチュロカンタ一行の旅路は順調に進んでいった。

 

 一日目、何事もなく目的の行程を達成。

 移動中に襲われることもなく、リティーが大人しいためアクアの心労も溜まらない。

 野営地ではアクアの水魔法が無双。

 行列を作るチュロカンタ一行へ魔法で作った清潔な水を提供し、簡易的な水浴び場も作成。好評を得る。

 

 二日目、生憎の雨模様。

 アクアの水魔法によって一定範囲内の水分を操ることで、馬と馬車を濡らすことなく切り抜ける。

 依頼中という事もあり、リティーによる“日課”も無し。最近は経験値痛に悩まされる事も無くなったが、疲労が貯まるのは相変わらずのため、アクアも大喜び。

 この日は二人が不寝番を務める事になり、アクアが最近凝り始めたコーヒーを振る舞いながら完遂。

 アクア、順調すぎて逆に不安になる。

 

 三日目、夕方にはアウトラートへ到着の予定。

 アクア、不安が爆発する。

 

 

「何も……! 何も起きない……!?」

「いい事じゃないですか」

「ですです」

 

 不寝番を務めていたアクアとリティーは、チュロカンタと同じ馬車で仮眠を取っていた。

 寝る前にもしきりに周囲を気にしていたアクアだったが、寝られる間に寝るべきという冒険者の鉄則に従って無理やり睡眠時間を確保している。

 

 昼過ぎになり、食事がてらの小休憩になって起こされたアクアが発した言葉に対して、リティーとチュロカンタの二人によるツッコミが入る。二人とも「何言ってるんだこの人?」という目をしていた。

 

「だって……もう三日目なのに戦ってないんですよ!?」

「そもそもの話ですが、アルファーから馬車で三日程度の距離ですからね。そんな近いところに拠点を構える盗賊なんか、冒険者ギルドによって討伐されますよ。物流の邪魔ですから」

「魔獣は出る事もあるですよ。でも、そっちもやっぱり冒険者によって駆除されるですね」

「じゃあ……これって私たち必要なくないですか!?」

 

 護衛依頼という形で同行している以上、何かしらの形で戦う事があるとアクアは考えていた。

 それは冒険者の仕事としては然程間違った認識ではないが、かといって、現実としては長距離の移動でもない限り実際に戦闘になる機会はそう多くない。

 特に、ダンジョンによって強化された冒険者が幅を利かせているアルファー周辺では討伐漏れでもない限りは襲われる心配は殆どない。

 

 アルファーで食される海産物の殆どは漁村アウトラート産のものであるため、アルファーからの道のりは人の手によって整備されている。なぜなら、商人達の通る場所が安全でないと、輸送業は成り立たないからだ。

 当然、商売の妨げになる要素は徹底的に潰されている。

 

 とはいえ、万が一という事もある。

 定期的に魔獣を討伐していても、周辺地域から流れてくる事もあるし。

 盗賊などが寄りつかないといっても、腰を据えて拠点を構えない散発的な犯行であれば捕まらずに利益を上げられる可能性もある。

 そもそも、盗賊の誰も彼もがリスク計算できるというわけでもない。

 

 万が一の可能性に備えて、護衛を付ける。

 十回通って十回無事であったとしても、十一回目も無事であるとは限らない。百回通って百回無事であっても、百一回目で命を落とす可能性もある。

 

 当たり前だが、命は基本的に一人につき一つ。

 まともな商人であれば、予算をケチって一つしかない命を危険に晒すような事はしない。

 

 ましてや、獣人は地方によっては未だ根強い差別に襲われる種族でもある。保険は十重二十重に掛けても、多すぎるという事はない。

 

 そういった事情もあって、チュロカンタは二人を護衛として同行させていた。

 

 少し考えれば分かりそうなものだが、冒険者ギルドに入ってからずっとダンジョン攻略ばかりさせられていたアクアがその辺りに対して疎いのは仕方ないのかもしれない。

 

 

 リティーとチュロカンタによる説明を受けたアクアは、なんとも言えない表情をしていた。

 

「う、う〜ん……そう言われてみれば理屈は理解できるんですけど……」

「逆に、何が納得できないですか?」

「いや、だって……リティーさんがいるんですよ!? それなのにこんなに静かなんて……何かおかしいと思うじゃないですか!!」

「あ〜、まぁ……気持ちはわかるですよ」

「失礼すぎませんか?」

 

 アクアの言葉に控えめながら同意を示すチュロカンタと、唇を尖らせて不服を表明するリティー。

 

 アクアは完全に疑心暗鬼になっていた。

 いや、それはある意味でリティーの事を信用しているからこその発想だった。

 

「リティーさんと一緒に歩くだけで、なんかよく分からないうちに戦闘になるんですよ!? ダンジョンじゃないですからね!? 街の中ですよ! この前なんて一時間で四回は襲撃されましたよね!? 治安どうなってるんですか……!!」

「気持ちはわかります、水増しのためのバトルは不人気ですからね。大した報酬もないリザルト画面を連発されると、辟易させられますね」

「こ、この……っ! 他人事みたいに……!」

「僕が悪いわけじゃないですからね」

「この前“挑発”使ってましたよね!?」

「“挑発”をレジスト出来ずに血管パンパンに浮かび上がらせて襲いかかってくるのが悪い、そう考えられませんか?」

「その無敵の理屈、やめてくれませんか!?」

 

 この一ヶ月間で、リティーがどれだけ騒動を起こしてきたことか。どれだけ無意味な戦いに巻き込まれたことか。アクアが、どれだけ苦労してきたことか。

 なぜ街をただ歩くだけで二度も三度も戦闘に巻き込まれるのか、アクアには意味がわからなかった。

 

 そして、今回はリティーの存在を発端とした護衛依頼である。絶対に何か起きる、まだ起きてないならそのうち起きる。それこそ、目的地に辿り着くまでに盗賊や魔獣の襲撃に三十回くらい遭遇してもおかしくない。一定時間会話するたびに、ワイバーンが襲いかかってきてもおかしくない。アクアは心の底からそう思っていた。

 

 悲しい事に、アクアは心の中で平穏を願っているにも関わらず、その平穏の中で安心して生きていけない状態になる程、身も心もトラブルに慣れてしまっていた。

 

「それに、今回はそういった心配は不要ですよ。やはり、無意味な戦闘は避けるに限りますからね。話が進まないですし、不毛ですから。あらかじめ対策しておきました」

「対策……とは?」

「企業秘密です」

「……あの、また何か変なことしてないですよね?」

「また、とはなんですか。僕は必要な事しかしませんよ」

「ほ、本当かなぁ……? 不安なんですけど……」

「まぁまぁ、言い争いはそのくらいにするですよ。ご飯冷めちゃうです――――はい、スープのおかわりですよ」

「あっ、どうも……」

 

 アクアの気勢が削がれた瞬間を見計らって、チュロカンタがアクアへと新しい器を差し出した。チュロカンタが持ち込んだ野菜と調味料を使った、移動中に食べるには不釣り合いに手の込んだ一品だった。

 

「ありがとうございます。すごく美味しいです」

「よかったですよ」

 

 温かいうちに、と。アクアがスープに口をつけた事で口論が止まる。チュロカンタにお礼を言い、美味しそうにスープを飲むアクア。

 

 

 その視界から外れるように、チュロカンタはそれとなくリティーを連れ出し、アクアに声が届かないように囁いた。

 

「シン、仲間には優しくしないとダメですよ」

「してるつもりですが」

「アクアさんは女の子ですよ。シンが考えているより、もっともーっと優しく接するくらいが丁度いいですよ。シンは女心がわからないですから」

「僕も今は性別:女性なんですが」

「屁理屈言わないですよ。おねーさんの言うことは素直に聞くですよ」

 

 聞き分けの悪い弟を叱るように、チュロカンタがリティーの頬を指で突く。まるで赤ちゃんのような頬をぷにぷにと押されながら、リティーは納得いかないという気持ちをほんのり顔に浮かべながら頷いた。

 性別:女性がこういう事を言ってきた場合、理屈では太刀打ちできないという事をリティーは知っているからだ。

 

 リティーにしては殊勝な態度に満足したチュロカンタは表情を和らげ、アクアが大人しく食事をとっているのを再度確認して、それから本題を切り出した。

 

「さっきの話とこれまでの態度で思ったですが……もしかして、アクアさんには()()()を伝えてないですか?」

「ええ、まあ。アクアさんはすぐ顔と口に出る方なので、あまり余計な事を言わない方がいいのかなと思いまして」

「それ、バレた時が怖いですよ。“真の仲間”なら……ちゃんと伝えておいた方がいいですよ」

「そうですね。ですが、依頼中に気が漫ろになるのも良くないので。全部終わってからちゃんと伝えようと思います」

「そうするといいですよ。アクアさんは……素直な人みたいですから、きっと、仲間に隠し事されると悲しむですよ」

 

 

 チュロカンタが初めてシンに出会ったのは、シンがまだ六歳の時だった。その時チュロカンタは七歳で、父親である“何でも屋”の親方、つまりはイ族を束ねる頭領に連れられて、丁稚の一人として各地を回っている頃だった。

 大頭領の依頼で各地の情勢を調査していた親方は、まだ未熟で危うかった頃のシンとチュロカンタを引き合わせた。

 

 そこにどのような意図があったのかは、チュロカンタにも分からない。だが、結果からいえば……チュロカンタは、この一つ歳下の少年の姉になった気分で色々と手を貸すような関係を築く事に成功した。

 

 その少年が今となっては、独立都市国家アルファーでも上から数えた方が早いほどの立場を手に入れているという。商人としては、実に都合の良い話だった。

 獣人にしても嗅覚の鋭い頭領には、このような未来が見えていたのだろう。一人前となった今でも親に手助けされている様な気がして不本意だが、シンと出会えた事は間違いなく商人としてのチュロカンタの一生の財産になる。

 

 姉代わりとして助言をするくらいは、サービスの内に含まれるだろう。下心を抜きにして、チュロカンタはシンがパーティで上手くやっていく事を祈っていた。

 

 その気持ちを分かっているのかどうか。

 出会った時と変わらぬ無表情で――表情どころか性別が変わっているが――頷くリティーを連れて、それとなくアクアの元へと戻る。

 

 

「二人で何を話してたんですか?」

「これからの事について、相談してたですよ」

 

 純粋に疑問、という表情でアクアは二人を迎えた。

 リティーが余計な事を言う前に、チュロカンタが答える。

 

 アクアとチュロカンタはこの三日間で、それなりにお互いの事を理解していた。チュロカンタがアクアを“素直”と評した様に、アクアもチュロカンタの事を“やり手の商人”として認識していた。

 

 そのチュロカンタが返した言葉を、アクアは疑問を抱く事なく受け取った。元よりそこまで興味があった訳ではないだけに、「そうなんだ」くらいの温度感で頷き返した。

 

 二人が戻った時には、アクアの料理は全て無くなっていた。その上で、配膳のために使われた食器類が全て綺麗に洗われていた。

 水の魔法使いであるアクアにとって、水で流すだけの食器洗いは苦にもならない。生み出した少量の真水を精密に操り、表面に残った汚れだけを拭い取って捨てていた。

 

 これまでの行程で見てきた他の行動を合わせて考えるに、実に使い勝手が良さそうな能力だった。水を生み出し、操る。シンプルなだけに、活用方法は多岐にわたる。もしもソロナ王国との講和が為されたのなら、チュロカンタが水の魔法使いを雇える日も来るだろうか。

 アクアは平民という事もあって、貴族の魔法使いと違って人間味もある。シンの仲間でなければ、この場で引き抜きたいくらいだった。

 

 

「そういえばなんですけど、今日到着予定なんですよね。アウトラートって、どんな場所なんですか?」

 

 小休憩が終わり、野営地を引き上げ。

 これまでと同じように三人で馬車に乗って少し経った後に、アクアがそう尋ねた。よく考えてみれば、これから行く先について殆ど何も知らないという事に気づいたのだ。

 

「アクアさんは、まだ行った事なかったですか」

「はい……その、アルファーに着いてからダンジョンにしか行ってなくて……」

「あ、あぁ〜……シン、無茶させたらダメですよ」

「無茶……?」

「心当たりが無いって顔は辞めてもらえませんか!?」

 

 あくまでも惚けるリティーに、「お前マジかよ」という気持ちを全面的に顔に出してアクアが叫ぶ。早速話が脱線しそうな気配を感じ取ったチュロカンタが「まぁまぁ」と二人の間に割って入り、落ち着いたアクアへ説明する。

 

「アウトラートはアルファーに属する漁村ですよ。海流がなんか良い感じに集まっているらしくて、色々な魚が取れるですよ」

「へぇ〜、それは楽しみですね……あれ? そういえばアウトラートでどれくらい滞在する予定なんですか? 依頼は往復で護衛って聞いてたんですけど……」

「シン……それも説明してなかったですか?」

「そういえば、説明してなかったですね。オートで流していたので、気づきませんでした」

 

 流石に説明不足にも程があった。

 想定よりも杜撰な活動をしているシンに、チュロカンタも呆れを隠せない。アクアが寛容なのを良いことに、甘えているとしか思えなかった。

 

「おーと……? 全く……シン、仲間にはちゃんと説明してから仕事を受けるですよ。一人が長かったからって、なんでも一人で決める事に慣れたらダメですよ。報告・連絡・相談は基本中の基本、怠ったら信頼にもヒビが入るですよ」

「そうですね。アクアさん、すみませんでした。以後は気をつけます」

「あ、はい……まぁ、別にそこまで気にしてないですから」

「大丈夫ですか? 不満に思った事はちゃんと言わなきゃ伝わらないですよ? シンはただでさえ、こういう性格してるですから」

「もう諦めてます」

「なんて顔するですか」

 

 悟りを開いたような表情をするアクアに、開いた口が塞がらない。その隣でリティーが「アクアさんがそう言うなら、まぁ良いか」みたいな雰囲気を出してる事も信じられなかった。

 たった一ヶ月でどれだけ苦労してきたんだ。

 

「んっ、んん……話を戻すですよ。アウトラートは近年のアルファーの発展に伴って、さらに需要が増えた町ですよ。元々かなり規模の大きい漁村だったですが、アルファーの人口増を受けた結果、最近は観光業にも手を出してるです。綺麗な浜辺で海水浴、美味しい魚料理でおもてなし。そういう方向で外貨を集めてるですね。実はチュロ達も、今回はバカンス目的で行く予定ですよ。勿論、お仕事もするですが……折角だから、みんなで遊ぶ事にしたですよ」

「へえ、観光業……あの、チュロカンタさん。それって私たちも寛いで良い感じですか?」

「勿論ですよ! 一週間は滞在する予定だから、アクアさんも一緒に楽しむと良いですよ」

「リティーさん! ……その、良いですか?」

「ええ、勿論。それ()目的ですから」

「〜〜〜〜〜〜! ありがとうございます!!」

 

 アクアは水の魔法使いの例に漏れず、海が好きだった。

 水の魔法使いにとって、水とは体の延長線のようなものだ。広く、大きく、大量の水がある海は、近くにいるだけで気分が高揚する。

 

 しかも、観光業も発達しているという。

 綺麗な海、美味しい魚、バカンス。

 

 来る日も来る日もダンジョン漬けだったアクアにとって、初めての休養らしい休養。いや、ダンジョンに潜るのは週四なので休みの日自体は与えられているのだが。それはそれとして、リティーと一緒にこうして大々的に遊びに行くのは初めてだ。

 

 きっと、素晴らしい思い出になる。

 

 先ほどまで抱えていたはずの警戒心を忘れて、アクアはこれからの一週間に思いを馳せた。

 

 

「────海! 楽しみですね!」

 

 アクアの夏が、やってくる。

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