それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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「り、リティーさん……こ、これ……本当に必要なんですか……? 本当にこれ着ないとダメな感じですか?」

 

 チュロカンタによるレクチャーで水着に着替えさせられたアクアは、先ほどまでの興奮が嘘のように大人しくなっていた。羞恥心からか、目に涙が浮かび上がっているようにすら見える。

 声もか細く震え、弱々しい態度でリティーに控えめな抗議を送っている。

 

 そんなアクアを、リティーは無言で上から下まで舐めるように見つめていた。その瞳はぼんやりと揺れていて、絶妙に焦点があっていない。

 

 水着姿以外の何かを見通されている気がして、アクアは自分の体を両手で抱きしめることでリティーの視線を遮る。色々な意味で、不躾な視線だった。

 

 そんなアクアの態度と内心を丸っと無視して、リティーは水着アクアの性能(スペック)を確認し、満足したように一つ頷いて口を開く。

 

「ふむ、だいたい分かりました」

「な、何が分かったんですか……?」

「アクアさん……いや、サマー・アクアさん」

「サマー・アクアさん!?!?」

「リーダー命令です。とりあえずアウトラート滞在期間中はその格好のままで過ごしてください」

「嘘でしょう……!?」

 

 突然変な名前で呼ばれたあげく、リーダー命令を使ってまでバカンス中の水着着用を強要される。

 そんな納得のいかない理不尽そのものの所業に、恥ずかしがっていたアクアも我を忘れてリティーに迫る。

 

「納得いきませんよ! こ、こんな格好……まるで痴女みたいじゃないですか!! 私はリティーさんと違って肌を晒すのが好きなわけじゃないんですよ!?」

「僕も好きで晒しているわけじゃないのですが。というか、そこまで露出多くないじゃないですか。ワンピースと大して変わりませんよ」

 

 リティーの言う通り、アクアの水着はそこまで露出度の高いものではない。アクアの反応は、いってしまえば過剰なものではある。

 だが、アクアはこれまでソロナ王国が魔法学校の中で人生の三分の一弱を過ごしてきた。服に無頓着な彼女にとっては、魔法学校での制服こそが服の基準だ。由緒正しい服装であり、当然、露出は少ない。魔法学校の生徒の中には着崩したり改造したりで露出の多い者もいたが、優等生なアクアはそういった行為とは無縁だった。

 その上で、普段は魔法使いの証であるローブを服の上から纏っている。

 

 水着という文化は、アクアの目には恥ずかしいものに映っていた。

 

「全然違いますよ!? 丈! 丈が短すぎます! 足がほとんど丸見えじゃないですか! こんなの変ですって!!」

「大丈夫大丈夫、どこもおかしくない。綺麗ですよ、その水着」

「え? そ、そうですか……? えへへ……ん? いま私じゃなくて水着の方を誉めませんでしたか?」

 

 アクアはリティーの雑な賞賛で誤魔化されそうになるが、よく考えるとアクア自身に対する褒め言葉ではない。

 チュロカンタが持ち込んだ水着は合衆国で作られたもので、服飾の専門家であるチ族によって手掛けられた特別製のため、合衆国の民族らしさを残しつつも他国でも違和感のない出来栄えだ。貴族に混ざって過ごしていたアクアの審美眼をして、見事なモノだと思う。

 

 だが、あくまで水着は服であり従。それを身にまとった主であるアクアを差し置いて褒められるというのは、なんとなく面白くない。

 

 

 アクアは水着に対する羞恥を一旦横に置き、リティーをじぬろ……と半目で見つめる。ここ最近の雑な扱いに対する不満も含めた、抗議の視線だった。

 

 あからさまに責められているにもかかわらず、リティーは表情をピクりとも動かさない。自分の言行に非があるとはこれっぽっちも思っていない、そんな態度だった。

 

 そのまま数秒間見つめ合い……アクアはこれ見よがしに大きなため息を吐いた。二人のやりとりを見ていたチュロカンタも、アクアと同じくらい大きなため息を吐いている。昔から全く変わらないシンのデリカシーの無さに、呆れと諦めを感じていた。

 

 

「それで……結局どうなんですか? 強くなってますか? ……私としては、何か変わったように感じられないんですけど」

「そうですね。結論から申し上げますと、今のサマー・アクアさんは普段のアクアさんから然程変化はありません。恐らくはマイナーチェンジの類ですね、水の魔法使いという事もあって結構期待していたのですが……基本的な技能は同じように見受けられます」

「いや……まぁ、当たり前というか。普通に考えて、服を着替えただけで強くなる訳が無いじゃないですか。出来ることが増えたり減ったりもしませんよ……」

「お言葉ですが、サマー・アクアさん。僕は(そうび)を着替えたら強くなりますよ」

「リティーさんはもう少し自分がトンデモ生物なのを自覚した方がいいですよ」

 

 唯一の実例をさも常識のように扱うリティーに対し、雑に反論するアクア。日課は免除されているはずなのに、何故か疲れていた。

 

「それで、確認は終わったんですよね? なんで着替えちゃダメなんですか?」

「説明が難しいのですが……」

「ですが?」

「サマー・アクアさんには未だ解放されていない領域があるようなので――――海で解放的な気分になっていただければ、ワンチャン解放されるんじゃないかと」

「流石に曖昧すぎませんか!? 私そんな雑な理屈で辱められるんですか!?」

 

 これまでの付き合いによって、アクアはリティーが独特な感性と知覚能力で自他の潜在能力を見抜き、独特の基準に当てはめて評価している事はよく理解している。

 アクア自身、リティーに説明された数値に限りなく近似した成長を実感として経験しているため、どれだけ荒唐無稽な内容の説明であっても頭ごなしに否定することは無い。

 

 だが、水着に関しての説明はこれまでに輪をかけてトンチキな上に効果もよく分からない。

 肌を露出した程度で強くなれるのなら、今ごろ世界中の服飾文化はもっと過激な進歩を辿っていてもおかしくないのだから。いや、もしかしたら……この偽メスガキは露出するたびに強くなるのかもしれないが。

 それと同じ現象をアクアに要求されても困る、というのが正直な感想だった。

 

 アクアは自分が流されやすいことを理解している。

 そして……リティーがそれを理解した上で、アクアを楽に流そうとしているんじゃないかと疑ってもいる。

 

 というか、多分色んな意味で舐められている。

 アクアに対してだけではなく、そもそもの話としてリティーは世の中の大体の相手を舐めている節がある。

 

 アクアはここらでビシッと「ノー」を叩きつけることで、何でもかんでも上手くいく訳ではないことをリティーに理解(わか)らせるつもりだった。

 

 

「どうしても、嫌ですか?」

「……どうしても、です」

 

 リティーが無表情を崩し、目尻をへにょんと下げて哀れっぽくアクアへと懇願する。

 アクアとリティーの二人だと、アクアの方が背が高い。お互いに立って正面から相対すれば、自然とリティーがアクアを見上げる形になる。

 

 リティーは自分が不利になると、上目遣いでアクアに哀願する癖があった。普段がどれだけ“アレ”なリティーであっても、見た目だけは可憐で幼げな美少女だ。

 恵まれた見た目から繰り出される洗練された演技による悪辣なおねだりは、アクアにクリティカルヒットしていた。

 

 だが、それは話が自分に有利になるように誘導するためのリティーの十八番。何度も同じ手は食わないぞ、という気持ちを言葉に込めて拒否する。

 演技だと分かっている筈なのに、罪悪感を与えてくる見た目の良さがいっそ憎らしかった。

 

 

→『こんなにお願いしても、ダメ?』

「ちょっ」

 

 リティーが前へ一歩踏み出し、反射的に下がろうとしたアクアの手を両手で捕まえる。そして……両手で掴んだアクアの手を、そのまま自分の胸元まで引き寄せた。

 意図的にそうしているとしか思えない、完璧な角度の上目遣い。普段の無表情が嘘のような、感情の籠った瞳と口角。

 

 リティーは普段の情緒が薄く、淡々とした喋り方で人の感情を無視して物事を進める事が多い。そのため、リティーをよく知らない者からは人の情が理解できないと思われる事も少なくはない。

 だが、それは誤解だ。

 

 リティーは人の情をよく理解している。

 なので、必要な時は“情”に訴えるようにしていた。

 

 何せ“そう”だと分かっていてもガードが難しく、実質的にノーコストでメリットが得られる行動なのだから。

 ガード不可の一番強いスキルは、ここぞという場面で使うに限る。

 

 

→『ね? お願い……友達、でしょ?』

「ぐっ、うぁ……やめ、やめてください!! 恥ずかしくないんですか!? あなた本当は男の人でしょう!?」

「ですが、今は性別:女性なので」

「こ、この……っ! え、演技! 演技だって分かってるのに……!!」

「演技ではなく、本当に友達だと思っていますよ」

「〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

 アクアは長年の孤立が後を引き、人の触れ合いに飢えている節がある。なまじ個として生きていける能力があるため普段はそれを表に出すことは無いが、ふとした拍子に人肌が恋しくなってしまう。

 

 リティーはアクアをよく理解していた。

 

 アクアの狼狽える様子から、リティーの「友達」という言葉があからさまにぶっ刺さっているのがよく分かる。一歩離れた場所で二人の様子を見ていたチュロカンタが思わず「うわぁ……」と溢してしまうくらいには、悪辣な行動だった。

 

 何が酷いって、恐らくは「友達」という言葉自体は心の底からそう思っているのだろうというのが伝わってくるのが一番酷かった。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「うぅ……私ってどうしてこう、こんななんだろう……」

 

 ガクリと項垂れながら手を引かれていくアクアを見て、チュロカンタは同情の念を抱いた。だが、そのポジションに自分がいないことを残念に思い、少しだけ羨ましくも感じていた。

 

 チュロカンタはそんな複雑な内心を隠して、手を取り合って部屋を出ていく二人を笑顔で見送った。

 

 

 

 リティーが選んだアクアの水着は、確かに露出の少ないタイプのものだった。

 

 アクアの髪色より濃い青地の上から半透明のワンピースを重ね、太ももの付け根あたりの位置でフリル状のスカートを靡かせている。合衆国の衣装に見られがちな、民族性のあるエキゾチックな紋様が目を惹く。

 水色のショートヘアにハイビスカスの飾り花を差し込み、手首に水着と同色の青地でできたフリルを付け、白い花をあしらえたサンダルを履いているその姿は、色気というよりは少女らしい可憐な雰囲気を放っている。

 

 アクア本人が美少女という事もあり、とても人目を惹く魅力に満ちていた。

 

「おい、アレ見てみろよ」

「あん……? うおっ、すっげ……!」

 

 そんなアクアはいま、浜辺に来た事で羞恥心に襲われていた。周囲から向けられる好奇の感情を肌で感じ、紫外線ではなく視線で頭が茹だりそうだった。

 

 だが、それはアクア自身に向けられた視線では無い。

 アクアの隣で堂々と水着姿を晒す、リティーに向けられたものだった。

 

 アクアは自分が水着である事よりも、隣にリティーが立っている事に対して羞恥を覚えていた。

 

 

(ウェミ)だー」

「あ、あの、リティーさん……? その、それ……恥ずかしくないんですか!?」

「恥ずかしい……?」

「本当に、本当に心当たりがないんですか!?」

 

 アクアが叫ぶのも無理はなかった。

 リティーの水着姿は……なんというか、もう、本当にすごかった。ここが街中だったら一発で衛兵を呼ばれていると断言できるほど、すごい服装だった。

 

 リティーがアクアの手を引いて宿を出る直前。

 リティーは一人で角を曲がり、アクアの視線の届かない場所で水着に着替えていた。いつものように数秒で着替えを終えたリティーを見た時、アクアは衝撃のあまり言葉を失った。

 

 元々が男であるというのが信じられないほど、大胆なビキニだった。色も黒を基調にしたもので、ワンポイントで付けられた金の刺繍が目を惹く。

 そしてそれ以上に、今にも溢れ落ちそうな下乳が丸見えなのが特徴的だった。

 

 下にはパレオを巻いているものの、生地が小さく太ももの半分ほども隠せていない。パレオの下には上と同じ黒のビキニが見え隠れしていて、両端を紐で蝶結びにしているのが分かる。

 

 リティーの白い肌と相まって、実に扇情的だった。

 

 それでいてリティー本人はこれっぽっちも恥ずかしがるそぶりも隠そうとする気配も見せず、実に堂々とした佇まいで浜辺を練り歩いている。

 

 アクアの感性からすると、信じられない事だった。

 というか、純粋に胸と尻がデカすぎるし太ももも太すぎる。キャッツ・ウィザードの衣装よりも見ていて恥ずかしくなる装いがあるとは信じられなかった。

 

 周囲の観光客も、男女問わずにリティーへ不躾な視線を送っている。まるで一人だけ年齢別レーティングを飛び越えてきたかのような存在であるリティーに対して、遠慮する者はいなかった。

 

 ヒソヒソと、観光客たちが身内同士で内緒話をしている。もちろん、視線はリティーに向けられたままだ。

 

 時折「デカすぎんだろ……」「声かけてみるか?」などの言葉が届き、アクアは顔から火が出そうなほどの恥ずかしさに襲われる。

 思わず目を逸らした先で、我に返った母親であろう人物が呆然とする男の子の目を塞いで離れていくのが見えた。あまりの申し訳なさに、アクアは下げた頭を上げられなかった。

 

「サマー・アクアさん、どうしましたか?」

「変な呼び方はやめてください。あと、出来ればもうちょっと肌を隠してください。すごく……本当にすごく、見られてますよ」

「僕は見られても気にしてませんよ」

「いや、本当にもう……この人は……! いや、落ち着いてアクア……リティーさんに悪気はないはず……本当にただただ発育が良いだけで……それは悪い事じゃないし……どう見ても痴女だけど……秩序に反してるとは言い切れない……!」

「あの、聞こえてるんですが」

「聞こえてるんならもう少し自重してくださいよ!」

 

 二人が騒いでいる間に、観光客達の反応も幾分か落ち着きを見せる。

 カップルの男はリティーを気にしていないフリをして、やや不機嫌になった連れの女の機嫌をとりながら離れていく。

 子供連れの親子客は、目に毒だと言わんばかりにリティーから距離を取る。

 

 そして残ったのは、ナンパ目的の男達。

 

 リティーは豊満な肉体をしている上に、どこかぼーっとしていて隙だらけのように見える。

 隣のアクアも……体が平たく髪色が変な事を除けば、リティーに匹敵する程の美少女。

 

 一夏のバカンスに訪れた、女二人。

 

 ここがアルファーだったら、リティーの素性が割れているため声が掛かることは無かっただろうが……いや、それでもバカな男が声を掛けていた可能性もあるが……。

 アウトラートでアバンチュールを求めている男達が、声を掛けるのを躊躇う理由は無かった。

 

 視線でそれとなくお互いを牽制しあいながら、二人に近づく浜辺の男達。

 

 あわや、被害者発生の危機かと思われた瞬間だった。

 

 

「――――は? もしかして……シンか?」

 

 屈強な体つきのチンピラが、一足先に声を掛けた。

 

「あれ? 貴方は確か……」

「……? どちら様ですか?」

「おい」

 

 現れたチンピラに言葉を失うアクアと、首を傾げるリティー。リティーの薄情極まりない態度に反射で非難した男は、リティーのあまりにもあんまりな装いを見て言葉を失う。

 

「リティーさん、ほら……あの人ですよ。酒場の」

「…………?」

「おい、マジかよ」

「ほら! 前にリティーさんに挑発されてた……初めて会った日の!」

「…………ああ、もしかして戦士さんですか?」

「気づくの遅すぎだろ!? 普通に見て分かんだろ!?」

「あまりにもチンピラ然としていたので分かりませんでしたね。いや、本当に……水着を着ているとそこら辺の荒くれ者にしか見えなくて。顔を出すなら、いつもの装備を着けていてくださいよ」

「お前、俺相手だったら何言っても良いと思ってないか!? 流石に泣くぞ!?」

 

 

「なんだ、男連れかよ」

 

 先を越されたと思っていたナンパヤロウ達は、その親しげなやり取りを聞いて二人と男が知り合いだということに気がついた。

 諦めの早い者はさっさと踵を返して離れていき、諦めの悪い者は会話に割り込もうとして――――その男がアルファーから来た冒険者の男だと気づき、他の者達に続いてその場を離れる。

 ナンパヤロウは観光客ではなく、観光客狙いでナンパを繰り返すアウトラートの村民だった。アルファーから訪れる冒険者の強さを、身をもって知っていた。

 

 特に、その男はよく見知った顔だった。

 

 アウトラートとアルファーを行き来する隊商を護衛しつつ、実家の酒場で提供する食材を買っていく。そんな行為を何年も続けている顔馴染みだったから。その実力は理解していた。

 

 

「シンお前……アルファーの外に出るのは珍しいじゃねぇかよ。ダンジョンほっぽって何してんだ?」

「別に、ただの護衛依頼ですが」

「依頼だぁ? ……あぁ、等級制限か。随分早いな、まだ一ヶ月経った程度だろ? ……おい、魔法使いの嬢ちゃん。お前も大変だな」

「あ、いえ……まぁ、はい。そうですね……本当に!」

 

「マジで苦労してんのな……」

 

 

 独立都市国家アルファーの冒険者。

 シンの幼馴染にして、その教えを受けた一人。

 

「コイツがいるとロクなこと起きねぇんだよな」

 

 シンから“戦士さん”と呼ばれる男が、そこにいた。

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