それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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 アウトラートでの一日目は、賑やかなものだった。

 

 後から合流したチュロカンタとリティーが、お互いに日焼け止めを塗ったり塗られたり……。

 痴女がいると通報を受けて駆けつけた観光協会の警備員を、チュロカンタのネームバリューと金の力で穏便に黙らせたり……。

 海から戻ってきたアクアを含めて、皆でビーチバレーで遊んだり……。

 ビーチバレーで勝負を挑んできたナンパヤロウ達相手に、リティーが身体能力と胸部装甲の二つで無双したり……。

 勇気を出して声をかけてきた男の子の事を、リティーが“少年”呼びして赤面させたり……。

 

 そういった様々な出来事を楽しんでいる間に、時間は光の如く過ぎ去っていく。

 

 色々な思い出を作りながらも、何も起きる事はなく。

 いや、明らかに色々な事が起きてはいたのだが。

 ビーチバレーの最中にリティーの水着が外れかけ、たまたま至近距離でそれを見てしまった少年が目を回して倒れたりとか。その子を探しにきた親への受け渡しとか、色々と起きてはいたのだが……。

 

 戦闘や事件という意味では、特に何も起きず。

 楽しいバカンスを満喫して、一日目は終了した。

 

 

「そういえばなんですけど、戦士さんはどうしたんですか? 私が戻ってきた時には、もう居なくなっていましたけど」

「さあ? 急に海に向かって走っていってしまったので、僕からはなんとも。随分元気そうでしたし、まだ泳いでるかもしれませんね」

「えぇ……折角会ったんだから、一緒に遊べば良かったんじゃ……?」

「まぁ、戦士さんにも戦士さんの事情があるでしょうし無理に誘わなくても。長期で依頼を受けているそうなので、一週間も滞在していれば何処かでまた会うこともあるでしょう」

「う、うーん……? そんなものですか?」

「はい、そんなものです」

 

 アクアからしてみれば――さっさと海に潜りたかったという本音もあるとはいえ――幼馴染である二人に気を遣って、二人きりにしたつもりだった。

 

 アクア自身が対人経験に乏しく、リティーの幼馴染という、所謂「友達の友達」の絶妙な関係の他人と同じ場所にいるのが気まずいという気持ちも少なからずあったが。それはそれとして、二人が気兼ねなく話せる機会を用意しようという善意での離脱だった。

 

 一通り浜辺を満喫し、合流した時にはもう戦士の姿が見えなくなっていたため、拍子抜けする結果になってしまったのだが。

 

 それとなくリティーに確認しても、期待するような反応が返ってくる事もなく。だけど、“幼馴染”という関係にどの程度の親密さが含まれているのかなど、アクアには知りようもないため。

 まぁ、そんなもんか、と。話を切り上げて、アクアは目の前の料理に手をつけた。大ぶりのシュリンプをソースにつけて食べる、これだけのシンプルな一品だが、他の場所で食べるよりも妙に美味しく感じられる。

 

 

「アクアさんはそれが気に入ったですか?」

「はい! こう、海が近いと味が違うというか、やっぱり鮮度なんですかね? ……あ、すみません。私ったら一人でたくさん食べちゃって……」

「え? ……あ、ああ〜……いや、食事の都合も契約に含まれているですから。気にせずじゃんじゃん食べるですよ!」

 

 チュロカンタを含むバカンスの一行は、宿に併設されたレストランで食事を摂っていた。

 

 依頼主であるチュロカンタの支払い、ということになっているためか。味の良否を尋ねられたアクアの返答はやや硬く、腰も低い。

 本当はバカンスの費用は宿代まで含めて全てシン持ちのため、チュロカンタは絶妙な居心地の悪さを感じつつもアクアに気にしないように伝える。

 

 申し訳なさそうに料理に手をつけるアクアを見て、チュロカンタはそれとなくリティーへと視線を向ける。

 

 リティーと目が合い、アクアが料理に夢中でこちらを見ていない事を確認してから、口パクで「は・や・く・つ・た・え・る・で・す・よ」と伝える。リティーはやはりぼーっとしていたが、自分に配膳されたものを黙々と食べつつ、口内のものを飲み込んだタイミングで一つ頷きを返した。

 

 チュロカンタとしてはやはり、気兼ねのない関係の方が良い。今は依頼主と雇われという関係とはいえ、アクアはこれから“長い付き合い”になる相手だ。バカンスという絶好の場で仲を深めるのであれば、後ろめたい気持ちは早々に解消したい。

 

 

 チュロカンタのいる卓に座っているのはリティーとアクアを含めた三人だけだが、レストランの中ではチュロカンタが引き連れてきたキャラバンの面々が思い思いに過ごしている。

 

 キャラバンはチュロカンタの部下のイ族以外にも、市場調査を目的としたチ族やリ族の職人、ル族の戦士の護衛、ワ族から借りている下働きなど、実に多種多様な面々によって構成されている。

 バカンスという事もあり、都合の付く者は全員参加しているため、それなりの人数で店の中が埋まってしまっている。

 

 なんとも豪勢なことに、一等地のレストランを貸切にしていた。勿論、シンの金で。

 

 シンは冒険者・魔術師・錬金術師の各ギルドで利益を得ており、近年目覚ましい発展を遂げているアルファーの中でも有数の富豪だ。彼のポケットマネーの額と比べれば、今回のバカンスに掛かる費用も端金なのだろう。

 しかし、だからといって、恩恵を受けている側が感謝の気持ちを忘れるというのはあり得ない。正式な不正取引によって与えられた境遇であるにしても、それはそれ、これはこれ。

 

 スポンサーとしてこれだけの費用を負担してもらっているのに、表向きはチュロカンタが出資者ということになっているのは、なんとも居心地が悪い。

 情報漏洩の観点からキャラバンの面々には話せないにしても、本来の出資者であるシンの仲間に感謝されるのは、流石に勘弁してほしいというのが本音だった。

 

 

「そういえば、シンさんから聞いた話ですが…………裏付け、取れたですよ。最近のアウトラートでは漁獲量が減ってるらしいですよ、組合の人が言ってたです」

「なるほど。となると、間違いなさそうですね」

「……え? なんの話ですか?」

 

 話を変えるついでに頼まれていた調査の報告をするチュロカンタと、得心いったとばかりに頷くリティー。話についていけず置いてけぼりになっているアクアだけが、シュリンプ片手に首を傾げていた。

 

「実は戦士さんから聞いた話なのですが、ここ最近のアウトラートでは漁獲量が減っているらしいのです」

「それは……取り過ぎたとかですか?」

「いえ。アウトラートの沖は海産物の坩堝、あらゆる海域から海流を通じて様々な生物が流れ込んでくるようになっていて、多様性に富んだ独自の生態系が作られています。その上で、海流の影響でアウトラート海域の外に出ていけないようになっています。工業化が進んでいるならともかく、今の技術水準で人が取り切れる程度の量ではありません」

 

 リティーの話を聞きながら、アクアは手に持ったシュリンプを一口で咀嚼する。近くを通りかかった給仕に同じ料理を注文してから、リティーに問いかける。

 

「つまり……他の原因があるということですか? たとえば、水質の変化とか?」

「その可能性もゼロではないですが……チュロさん、海中の巨大な影については何か分かりましたか?」

「そっちは噂話ぐらいしか分からなかったですよ。組合も認知はしているですが、話が広まらないように情報統制されてるですね。実害が出てない以上は、広めてもいたずらに不安を煽るだけ……とのことですよ」

「巨大な影……? 鯨とかですかね? アレは体が大きいから、沢山の魚を食べますし」

「いえ。今回は魔獣ですね」

「魔獣……!?」

 

 アクアが出した大きな声は、レストラン内の喧騒によって掻き消される。だが、人間に比べて五感に優れる獣人――護衛を務めるル族の犬獣人などは、耳をピクリと動かして反応していた。

 

 

「魔獣って……じゃあ、漁師さんが危なくないですか!?」

「……海の魔獣がこんなに陸地に近い場所に出るなんて、聞いたことないですよ。シン、どうしてそう思ったですか?」

「攻略Wikiと掲示板にそう書かれているからですね」

「……根拠が無いとなると、組合を説得するのは難しいですよ」

 

 魔獣、それはこの大陸中に蔓延る人類の脅威。

 ダンジョンの中にしか現れない魔物とは違い、冒険者以外が出会う可能性のあるモンスターが魔獣という生き物だった。

 

 彼らは既存の生物に酷似した生態を持ちながらも、それらを逸脱する体躯や運動能力を有している。そして中には、火を吹くなどの特殊能力すら持つ個体もいる。

 人間が魔術や呪術を使えるように、動物が特別な力を宿した結果生まれる生物。というのが、学者らの魔獣に対する見解だった。

 

 魔獣は普段は通常の生物のように生活しているが、人間種を認識すると襲いかかってくるという特徴がある。元がどれだけ温厚で臆病な生き物であったとしても、魔獣であれば必ずといって良いほど人間を襲う。

 

 逃げ場のない海上で出会えば、一般人にとってかなりの脅威になるのは想像に難くない。経験値を蓄えた冒険者であっても、状況や相手によっては死の危険がある。

 

 

「シン、間違いないですか?」

「はい。この時期に魔獣が現れるのは、星の巡りから見ても確定です。ですが、まだ役者が揃っていませんからね。実際に姿を現すまでには、猶予があると思われます」

「占星術ですか? ……シン、最初から知ってたですね? おかしいと思ってたですよ、シンが誰かを遊びに誘うなんて」

「はい。ですが、確信を持ったのはこちらに到着してからになります。説明すると長くなりますが」

「いや、いいですよ。シンの説明はチュロには難しすぎるですから……それに、覚悟はしてたですよ」

 

 チュロカンタが拗ねたように唇を尖らせてリティーを咎めるも、リティーの平常運転は崩せない。チュロカンタも慣れたもので、気持ちを切り替えて話を続ける。

 

 

「それで、どうするですか?」

「勿論、“最善”を尽くします」

 

 リティーが問いに対してそう断言すると、今度はアクアが重ねて問いかける。

 アクアは冷静だった。魔法使いの血による闘争本能を、人間としての理性が制御していた。

 

「退治するって事ですよね? すぐ動きますか?」

「いえ、まだ動きません。なぜなら、役者が揃っていないからです」

「さっきも言ってましたけど、役者ってなんなんですか?」

「明日、今回の事件を解決するために必要な人が此方に到着する予定です。なので、その合流を待ちます」

「助っ人を呼んでいるって事ですか?」

「いえ、知り合いではありますが僕が呼んだわけではないですね。主に魔獣被害などを専門に対処している方々で、予知に近い能力を持っています。現地に重大な被害が想定される場合、事態を未然に防ぐために来てくれるのです。勿論、全てを救える訳ではありませんが」

 

 リティーはそこまで言うと、自分の皿に乗った最後の一口を済ませて、改めて言葉を続ける。

 

「なので、明日は今日と同じように普通に浜辺で遊んでいてください。海に潜ってもいいですが、あまり遠くに行かないようにお願いします」

「いやいや、それは流石に……こう……今の話を聞いた上で素直に遊べなくないですか? 魔獣が出るんですよね? 私がささっと潜ってパパッと倒した方が良くないですか?」

 

 アクアは魔法使いの例に漏れず、魔獣や魔物の退治に高いモチベーションを持っている。旅の途中でも、色々な魔獣を単独で撃破してきた。

 まして、海――水場はアクアが最も力を発揮できる場所でもある。

 

 魔獣という言葉に面食らったが、一度受け入れてしまえば必要以上に慌てることはない。アクアは、自分が魔獣程度に負ける筈がないという自信があった。その上で、人々を助けたいという純粋な想いがあった。

 

 アクアのその気持ちが伝わったのだろう。

 リティーが真っ直ぐにアクアを見つめ返し、一つ頷く。

 

 

「ですが、そうされると世界が滅んでしまうので」

 

 

 

 翌日。

 

 アウトラート、二日目――――。

 初日と同じ水着姿で浜辺にやってきたアクアは、リティーによって“助っ人”の紹介を受けていた。

 

「お、おえっ……うっ、おぅ、うげえええ……」

「紹介しましょう。こちらが災害対策のスペシャリスト、聖国からきた聖人のモルセさんです。モルセさん、お久しぶりですね」

「うぇっ……げっ、ゔっ、ひっ、うぅ……」

 

 モルセリナと呼ばれた人物は、リティーと同じくらいの年頃の可愛らしい少女だった。聖国特有の黒い衣装に身を包み、砂に汚れる事を気にする余裕もなく、浜辺に膝をついている。

 

 そして、吐瀉物を口から吐き出していた。

 リティーから掛けられた声に反応できないほどに苦しみ、もう吐き出すものが無いのか胃液を吐き、明らかに痙攣している。

 

 女性が見せてはいけない姿を前に、アクアも戸惑いが隠せない。それまで抱えていた色々な感情を一旦忘れて、おずおずと声をかける。

 

「あの……その、大丈夫ですか? なんかすごい勢いで吐いてますけど……」

「この人、僕の顔を見るといつも吐き出すんですよね」

「ええ……」

「モルセ、大丈夫かい? ……シンくん、申し訳ないけど水をもらってもいいかな?」

「あっ、水なら私が」

 

 モルセと呼ばれた少女の背中を摩っているのは、こちらもまた少女だった。モルセと同じ服を着た、どちらかというと可愛いというより美しいという枕詞が似合う少女。

 

 リティー(シン)とは顔見知りらしく、名前を呼んで水を要求している。

 

 水、という言葉に反応してアクアが魔法を使うと、その綺麗な顔に驚きの感情を浮かべる。

 

「ああ、ありがとう……魔法使いとは、此方では珍しいね?」

「彼女はアクアさん、僕の仲間です」

「へぇ……シンくんの仲間かぁ。私はマリア、宜しくね。可愛いお嬢さん」

「あ、はい……」

 

 その二人は、空からやってきた。

 まるでこの時間にこの場所を訪れる事を知っていたように、リティーが待ち構えていた目の前に、空から落ちてきた。

 

 そしてリティーの顔を見るや否や、片方が急に吐き出した。あまりにも突然の出来事に、アクアは唖然とするしか無かった。

 

 

「こちらは同じく聖人のマリアさんです。マリアさん、今回も宜しくお願いします」

「ああ、まぁ、うん……シンくんも、なんというか……変わらないね。いや……一部が凄く変わってるんだけど……」

 

 マリアと名乗った少女が、黒ビキニに包まれたリティーの胸をジロジロと眺めながらそう溢す。思わずといった様子のそれと、地面に跪いて吐いているモルセを交互に見て、アクアは思った。

 

 なんかまた変なのが増えたな、と。

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