それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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 アクアは反省した。

 いや、冷静になったというべきだろうか。

 

 思い返してみれば、あまりにもリティーに良いように言いくるめられ過ぎている。水着を着ていることもそうだし、浜辺で遊んでいる事もそうだ。

 

 浜辺で遊ぶのは、まだ構わない。

 海が近くにあるだけで、アクアのテンションとコンディションは否応にも高められていく。

 

 リティーによって強制参加させられた聖人二人とのビーチバレーも、振り返ってみれば悪くはなかった。

 

 リティーに謎の手順で行動を指示されて。

 魔法の力でボールを射出させられたり。

 “奇跡”とやらの力で自在に空を飛ぶマリアとの空中戦をやらされたり。

 なんか明らかに人に向けるには過剰なエネルギー同士のぶつけ合いに発展したり。

 最終的に“絆の力”とやらでパワーアップしたリティーの一撃が勝負を決めたりと。

 

 明らかに普通のビーチバレーから外れた全く別の競技となっていたが、肉体と魔法の力を思う存分振るう事ができたのはアクアにとって良い息抜きになった。

 

 リティーに振り回されつつも、アクアは確かに楽しんでいた。勉強と鍛錬だけの生活だった学生時代を思えば、あまりにも充実している。それは間違いない事実であって、アクアは口では文句を言いつつもそれを受け入れていた。

 

 だが、楽しいという気持ちを認めるほどに。

 

 魔獣という存在を事前に把握しておきながら、何か手を打つでもなく放置しているという事実。それに言いようのない気持ち悪さを感じているのも、間違いなくアクアの本心だった。

 

 

 アクアは学生時代の経験と出奔後の旅路から、魔獣という存在がどれだけ人々を苦しめているのかを知っている。

 学校を卒業していない未熟者の身であった頃のアクアでも片手間に殺傷できる害獣が、平民にとっては相対するだけで命の保障がない脅威だと。心の底から理解できたのは、実際に被害に遭った人々を目にしてからだった。

 

 魔獣は人を襲う。

 普通の獣よりも大きな体を持ち、不自然なほど積極的に人を害する。それがどれほど恐ろしい事かを、強者であるアクアが本当の意味で実感する日は来ないだろうけれど。

 

 だけど――人命が失われる、という恐怖については理解できる。

 昨日までは確かにあった筈の命が、爪や牙によってあっさりと消失(ロスト)していく。旅の途中でそんな光景を目の当たりにした数は、一度や二度ではない。

 

 特に、強者の庇護がない地域は酷かった。

 ソロナ王国では魔法使いが、アルファー周辺では冒険者が人々を守っている。大きな国の領土であれば、戦う役割を持った者がいる。

 

 だが、全ての人々がその恩恵を受けられる訳ではない。

 

 崩壊した建物と、打ち捨てられた作物。

 おびただしい血の跡を残して、消失(ロスト)した人々。そこで暮らしていた筈の人々が、何も残さず姿を消す。そんな悲劇が、この大陸ではありふれている。

 

 

 アクアは別に、博愛主義というわけではない。

 

 同胞の魔法使いが戦争で敵兵を殺すのを目の当たりにした時も、それを止めようとするのでは無く、加担せずに背を向けるという選択を取った。命が何よりも大切だと思っているのであれば、どんな手を使ってでも止めるために立ち向かっていけた筈だ。

 

 誰も彼もを救おうと思っているわけではない。

 

 だが、被害が出るかもしれないという状況で。何もかも知らないふりしてバカンスを楽しめるほど、人の心が無い訳でもない。

 

 そして何より、遊び倒している間に何かしらの人的被害が発生したとなれば。それを知った後に嫌な気分になるのは、容易に想像できる。

 

 

 リティーにはリティーの考えがあるのだろう。

 

 リティーは生粋のトラブルメイカーだが、有り余るほどの権力と財力と本人の能力で何だかんだ話を丸く収めている。

 

 人間も器物も最終的に治せばいいと思って無茶苦茶な行動をしているのは、ちょっとどうかと思うが。

 

 アクアでは理解できない理屈と、想像できない視座に基づいた、リティーなりの合理性に沿って行動しているのは見ていれば分かる。

 

 本人が言っている通り、最善を尽くしてはいるのだろう。まだ起きていない事件も、最終的には丸く収めるのであろう。

 

 だけどそれは、アクアが最善を尽くさない理由にはならない。

 

 いつまで遊んでいればいいのかは分からないが、どうせ遊ぶのであれば気持ちよく遊びたい。そのためには、胸の内に燻る不満を解消する必要がある。

 

 

 アクアはそれとなく、リティーへと視線を向ける。

 リティーはマリアとチームを組み、アウトラートが地元だという二人組の老人とビーチバレーをしていた。

 

 “ビーチバレーの達人”だという老人達は、見た目の年齢にそぐわない速度で機敏に動き、リティーとマリアという超常の力を宿した二人組とも互角に渡り合っている。

 

 ボールを手元に吸い寄せたり、分身したり、足元からオーラを放出するなどしている。リティー達ではなく、老人達が。

 

 なんなら、既にリティー達から1セット奪っている。

 

 意味不明だった。

 

 相対しているリティーもいつに無く真剣な表情をしていて、どこか楽しそうだった。リティーは表情の動きが少ないため分かりづらいが、アクアを“真の仲間”に勧誘した時と同じくらい真剣な顔つきをしている。

 

 アクアからしてみれば、面白くはない。だが、リティーがビーチバレーに集中している今がチャンスだ。

 

 

 別に、リティーの話を無視するわけではない。

 アクアはただ、遊びとして遠泳をするつもりだった。

 

 水の魔法使いにとって、水泳はとても楽しい遊びだ。

 あまりに楽しすぎて、浜辺から50キロほど沖に向かって泳いでしまうことも、まぁ、無くはないだろう。

 

 そして、夢中になるあまり。

 海水浴場として定められている区域を飛び出して、気がつかぬうちに漁場に紛れ込んでしまうことも、考えられない事ではない。

 

 その上で、偶然にも。

 アウトラートを騒がせている漁獲量減少の原因、海の中の“巨大な影”に遭遇してしまう可能性はゼロではない。

 

 そうなれば、戦闘になる事も考えられる。

 地の利を得た魔法使いであるアクアに対して襲いかかってくる、愚かで命知らずの魔獣がいるかもしれない。そうなれば、当然だが……アクアが反撃するのは、正当防衛になるだろう。

 

 必然、魔獣は退治される事になる。

 

 あまりにも完璧な計画だった。

 少なくとも、アクアの中では完璧だった。

 

 

「どこへ行かれるのですか」

「うぇっ!?」

 

 そそくさと海へ近づいていたアクアは、声を掛けられた事でその場で飛び上がる。急に話しかけられた事で驚いたのか、あるいは後ろめたい気持ちがそうさせたのか。

 

 あからさまに狼狽えながらも、アクアは声の発生源へと振り返る。そこでは、聖人モルセが静かにアクアを見上げていた。

 

 瞳の紋様が刻まれた布で両目を覆った、羊毛のような短めの癖っ毛の少女。アクア達の前に現れた時に着ていた黒い衣装によく似た、フード付きの上着を羽織っているものの、その下には白い水着が見え隠れしている。

 

 意外な事に、モルセはリティーの言う通りに水着へと着替えていた。特に抵抗することもなくそれを受け入れた様子を見て、割とノリが良いんだなと思ったのはつい先ほどの事だった。

 

 ビーチバレーで競い合った少女を前して、アクアは誤魔化すように言葉を探し始める。

 

「え、えぇっと……モルセさん、でしたよね」

「はい。改めて名乗らせていただきます。聖国が北部、ロノウェの村の出身。モルセリナ・ロノウェと申します。聖人モルセ、或いは“十災(じっさい)”のモルセと呼ばれています」

「あ、どうも……私はアクアっていいます」

 

 淡々と名乗るモルセからは、リティーやマリアを相手にしていた時のような不機嫌な様子は見受けられない。リティーに似た喋り方をしているが、リティーのそれが無感動であるならば、モルセは諦念といった暗い雰囲気を纏っているのが伝わってくる。

 

 

「ええと、それで……何のご用でしょう?」

「特に用がある訳では無いのですが……強いていえば、挙動不審だったのが気になりまして。念のため、声を掛けさせて頂きました」

「き、挙動不審……? そ、そんなにですか?」

「はい、とても」

「え、ええと……その……あの、え、えへへ……」

 

 アクアはあまり会話が得意ではない。それがほとんど初対面の相手となれば尚更であり、更に付け加えると、不審な行為を咎められている最中でもある。

 

 何か言い訳しなければ。そう思うほどに、言葉が思い浮かばなくなる。言い淀んだ末に誤魔化すように笑う姿は、まさしく不審者のそれだった。

 

 自分を誤魔化すために用意していた“言い訳”を口にする事もできず、その場しのぎの嘘をつく事も出来ない。そんなアクアを見て、モルセは面の下の片眉を上げて怪訝な表情を作る。

 

 面によって顔の上半分が見えなくても、その疑念は伝わる。アクアは更に焦って忙しなく体を動かすも、その口から言葉は出てこない。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉もなく口をパクパクと動かすアクアと、それを怪訝そうに見つめるモルセ。

 二人の間に、嫌な沈黙が流れる。

 

 アクアもそうだが、モルセの対人能力も決して高くない。人の様子を伺う事を知らないリティーと趣味がナンパのマリアがビーチバレーに夢中で不在である弊害が、このタイミングで顕在化していた。

 

 

 そのまま数秒経ち、一分経ち。

 アクアの額を汗が伝ったタイミングで、モルセが大きな溜息を吐き出す。アクアはその反応にビクリと震える。

 

「それで、どこへ行かれるのですか。シンは貴女に、浜辺で遊ぶように伝えているそうですが」

「あっ、その……ち、ちょっと泳ごうかな〜って。ほら! 私って水の魔法使いなので……泳ぐのが好きでして!!」

 

 このままでは、埒が開かない。それを察したのであろうモルセが再度尋ねると、アクアも“建前”を返す。声は震えていて、既に目は泳ぎまくっている。言っている内容に変なところはないが、態度があからさまに「何か隠しています」と語っていた。

 

「泳ぐのが、お好きですか」

「はい! それはもう……! 何時間でもイケます!」

「なるほど、本当にお好きなんですね」

「分かってくれますか!?」

「では、質問を変えましょう。何故、沖合まで泳いでいこうとしているのですか?」

「は、はい? ……な、何のことだか」

「言葉での誤魔化しは全て卑劣ですよ」

 

 モルセの体から――いや、面に隠されて見えないはずの瞳から。魔力とも導力とも違う、正体不明の圧力がアクアへと向けられる。

 

 それはアクアに害を及ぼすほどの力はないが、魔法使いを警戒させる“異質さ”に満ちている。世界の破滅を口にする時の、リティーのような気配だった。

 

 アクアは思い出した。リティーが言っていた「予知」のような力を持つ者の存在を。目の前でプレッシャーを放つ少女が()()である事を、知識ではなく感覚で理解する。

 

「いや、その……べ、別に誤魔化そうとは……」

「なら、堂々としているべきではありませんか? 言いたいことがあるなら、シンの方針に納得がいかないのであれば。正面からそれを伝えれば良いのです。人目を盗むように動き、自らを騙すために言い訳を重ねる。それは自らの行為に自信がなく、気が咎めるからこその行動では?」

「う、うぐぐ……」

 

 何が悲しくて、初対面の少女に説教されなければいけないのか。自分の行動を予測され、内心の不満を言い当てられる。それはアクアにとって耐え難いものであり、自覚しているからこそ反論できず、言葉が呻き声となって口から漏れる。

 

 悔しげなアクアの姿を見て、モルセは再度大きなため息を吐き出した。モルセは呆れていた。アクアに対してではなく、彼女にするべき説明を省いているシンに対してだった。

 

 

 モルセがチラリとシン――リティーに目を向けると、彼女はモルセ達に対して背中を見せていた。だが、その意識は明らかにモルセに対して向けられている。

 

 モルセは聖国に所属する聖人の中で一番、持つ力の性質がリティーに近い。それなのに――いや、だからこそ相性が悪く、顔を合わせると見たくない物が見える。そしてその特異性ゆえに、モルセの予測の妨げになる。モルセの予知の外側であるシンは、いつも未来を有耶無耶にしてしまう。

 

 それが気に食わないのはモルセ個人の問題であり、突っかかってしまうのはモルセが未熟だからであり。世界を救うためには、その感情に蓋をしなければならない。

 

 シンはモルセとは違った手段で未来を見る。

 だが、目線は限りなく近い。

 

 能力と人格の相性、この二つを無視すれば。

 モルセはこの世界で上から数えた方が良いくらいには、シンの意図を理解する事が出来る人間だった。

 

 つまるところ、シンはアクアへの説明をモルセへと押し付けているのだ。その意図を正確に察して、モルセは呆れていた。

 

 他人には見えない物を見て、知り得るはずのない事を知り、己が何をするべきかを悟る。それが出来る人間は少ないが、だからこそ、巡り会った時には双方に無言の理解が生まれる事もある。

 

 

 アクアに説明する事が、今のモルセの役割だった。

 モルセは咳払いしてから、アクアの目を見て口を開く。

 

「枝から抜け落ちた枯葉が、いつか地面に辿り着くのは誰にでも分かる事です」

「はい?」

「ですが……モルセやシンは、その枯葉がどのような軌道を描き、風などの外的要因にどのような影響を受けて、どの地点に落ちるかを予測する事が出来ます……一部、例外はありますが」

「あの、何を」

「そして我々は、その枯葉が地面に落ちる事を阻止しなければいけないのです。それが、世界を救うという事なのです」

 

 同じ視界を共有できない以上、モルセやシンの意図を完全に理解する事はできないのかもしれない。そもそも、モルセとシンですらお互いを完全に理解しているとは言い難い。特別な力を持ち、同じ時代に生まれたというだけで分かり合えるほど世界は単純に出来ていない。

 

「枯葉が地面に落ちないようにするには、どうすればいいでしょうか? 落ちる瞬間に地面に飛び込むか、あるいは宙を舞っている間に掴み取るか。落ちる場所がわかっているのであれば、そこに器を置くのもいいでしょう。器がないのなら、布を敷くのでもいいかもしれません。もしも人手がたくさんあるのであれば、全員で阻止するのが確実かもしれません。手段を選ばないのであれば、枯葉が地面に落ちないようにすることは容易いのかもしれません」

 

 だが、それを理由にして話をしないというのは誠実ではない。言葉と行動の両方で誠意を尽くしてこそ、辿る道筋に正義が宿る。

 

 

「そう……容易いと、そう考えてしまう。なぜなら、その先の未来がどうなるのかを知らないから。枯葉を受け止めた時点で、全てが終わったと思ってしまうから」

 

 アクアもバカではない。というより、魔法学校でそれなりの教育を受けているため基礎自体は出来ている。いかにも抽象的なモルセの説明の、その意図を理解していた。

 

 

「地面に飛び込んだことで負った怪我が、後に取れる行動を制限してしまうかもしれない。宙を舞っている枯葉は一つではなく、その全てを掴み取るのは不可能かもしれない。置いた器につまづいて、もしくは布に足を取られて、知らぬ誰かが転ぶかもしれない。その場の全員が一つの枯葉に夢中になるあまり、別の場所で人手が足りなくなるかもしれない。全て結果論でしかありませんが、「こうなるとは思っていなかった」と後から抗議しても現実は都合の良いように変わってはくれません。我々は最善を尽くし、()()()()()()()()べきなのです」

 

「モルセもシンも、既に最善を尽くしています」

 

「次は貴女の番です」

 

 

 

 ――――数分後。

 アクアは後悔していた。

 

「ギョギョッ!? ギョギョギョギョ!!」

 

 それは、あまりにも変な生き物だった。

 言葉にするのも躊躇うような、そんな生き物だった。

 

「ギョギョギョ……ギョッ!? ギョギョッ!?」

 

 魚だ。

 多分、鯉だった。

 

 いや、なんで海に鯉がいるんだというツッコミどころはあるが。それどころじゃない特徴を確認して、アクアは閉口した。

 

 海中を人間離れした速度で泳ぐアクアに並行して泳ぐそれは、顔つきだけみればあからさまに鯉だった。

 

 だが、魚にはない特徴を持っている。

 

 その鯉は、人間のような二本の腕と足が生えていた。

 しかもアクアを仲間か何かかと勘違いしているのか、やたら親しげに――顔が魚なのでフィーリングだが――話しかけてくる。

 

「ギョギョーギョギョッギョ! ギョギョ!?」

 

 いや、魚は「ギョギョギョ」って鳴かないだろ。

 なんなんだ、お前は。

 

 

 

 

 そんな風に困惑するアクアを、リティーは遠く離れた浜辺から察知して。一つ、満足するように頷いた。

 

「揃いましたね、役者が」

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